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第七章「いかずち」

第七章「いかずち」



 桐壺帝の容態は日に日に悪くなっていった。

 その様な折、桐壺帝の第一皇子、東宮への帝位の譲位が行われ、源氏の兄帝となる朱雀帝が即位した。

 朱雀帝の配慮により源氏は大将となり、頭中将も三位の官位となったが府は中将のままであった。

 源氏のライバルである頭中将の内心は穏やかではなかった・・


 宮中の奥の間、祈祷が鳴り響く翠簾の中で桐壺父帝は伏せっていた。

 兄帝である朱雀帝そして源氏が見守る中、桐壺前帝は藤壺中宮を呼ぶ。


「藤壺、まだ皇子は幼い・・源氏よ、兄帝と共に藤壺と皇子を見守ってくれ」

「父上、分っています、兄君と共に」


 桐壺帝は静かに崩御され、三条の大宮で育てられていた桐壺帝の末子、実際には源氏の実子は冷泉皇太子となった。

 しかし宮中ではその後、朱雀帝の母を中心とする右大臣家の派閥が強くなっていく。

 朱雀帝は身体が弱かった為、実権は実子を帝にした弘徽殿大后と、右大臣、太政大臣である朱雀帝の祖父が握っていた。

 源氏の心の内は更に穏やかでは無くなり、惟光の進言も聞かずに朧月夜との逢引を頻繁に行った。

 その行為は三位となった頭中将の耳にも入るようになったのだ。

 そんな矢先、右大臣別邸に忍んだ源氏は背後から話しかけられた・・・


「源氏の君」

「三位中将、どうしてここに?」

「源氏の君、あなたと私の間柄です、今まで通り頭中将と呼んで頂きたい。しかし源氏の君、この先に居られる方にはお手を控えた方がよろしいかと」

「なぜだ?私は先日の祭事の時、この方は私を受け入れてくれたのだ。皇弟である私に憚る事はない」

「源氏の君、その方が兄帝の女御になられる方だとしたらどうしますか?」

「なに?」

「朧月夜の君は、右大臣家の六の君あらせられます。近く入内されるとの事、ここは左大臣家の事を考え、お控えて頂きたくお願いします」

「面白いではないか!頭中将。兄君の御執心の女御なら相手に不足はないわ!」

「源氏の君!」


 制止を振り切り源氏は別邸に入っていく。

 頭中将は源氏の後姿を遠目に見て呟いた。


「もはやお狂いになっておられる。他に道はないな・・・」


 数日後、大政大臣により源氏と六の君の逢引が発覚され、右大臣家では源氏の暴挙に対する批判が更に強くなった。


 朱雀帝の母親、弘徽殿大后が後涼殿から清涼殿に入る。


「母上、弟の源氏は六の君に入内を知らせる前から、六の君と密していたとの事、源氏はすぐれた弟でございます。この度の事は何卒、私、帝の一存でお納め頂きたい」

「朱雀帝様、あなた様がそのような事でどうするのです。このままではあなた様の皇位が脅かされるのですよ。壬申の乱のように皇弟が上位を奪うのは、まつりごとにはある事です。この際、あなた様の身をこの母は呈して守りたく考えております」

「どのようになされるおつもりですか?」

「父上である大政大臣と夜に会いますゆえ、その際に考えたく、帝にはこの母がついております。何も心配する事はございません」


 弘徽殿大后は清涼殿を後にすると、麗景殿を見ながら弘徽殿へ引き返した。

 弘徽殿に戻ると御簾の外より使いの者の声がする。


「大后様、お目通りを願っている方がおります」

「どなたじゃ?」

「藤原の中将様でございます」

「三位中将か、何ゆえに?」

「ぜひお耳に入れておきたいことがあるとかで・・・」

「よかろう、通せ」


 弘徽殿大后に悪い予感が走った。右大臣家は本来実権を持てない間柄、しかし朱雀帝が即位してから勢力は右大臣側にある。

 左大臣家の中核である三位中将が、なにか難癖をつけなければよいのだが・・・


「大后様」

「なんじゃ、三位中将」

「お目通りを」

「よろしい、入れ」

「大后様、このようなご無礼をお許し頂きたく・・・」

「もうよい、用件を先に申せ」

「は、左大臣家の実子としては、今後とも右大臣家とのまつりごとをとりもって行きたく、朱雀帝に忠誠を仕りたいと思っております」

「そのような事、口ではいくらでも言えるわ、わらわは帝を守る事だけを考えておる」

「大后様は桐壺帝の末子、冷泉皇太子を廃し、次位東宮には八宮を推薦されるとお見受けしましたが」

「そのような事は考えておらぬ!」

「冷泉皇太子が桐壺帝の実子でないとされたらどうされます?」

「なに?」

「あくまでも、仮にでございます。東宮の次位の資を失うと・・・」

「そなた、何ゆえにそのような事を」

「この中将、まつりごとを乱すものを諌める官位でございます。事の次第では大后様にお伺いをと思っております」

「ふん・・そうか、帝のお耳に入れておこう。ところで中将」

「は、」

「そなた、源氏と常に比べられるだけあって、なかなかの容姿であるのう。背の方も立派であるな」

「は、恐れ入ります」

「よい、そなたここへ来やれ」

「大后様?」

「よいか、我は大后ぞ、三位の者が我に進言するのは理屈に合わぬ。ならばそなたのすべてを見ようではないか、事の次第では宰相にでも推薦するぞよ」

「そのような、大后様・・・」

「宰相ならば帝にも進言できよう、ならばわらわと契れ、そうなればわらわとの密ができよう」

「・・・わかりました」


 弘徽殿大后は大政大臣に気分がすぐれぬので、お目とおりを憚るとの使いを出した。

 更に大后の間には気分がすぐれぬからと、人を近づけさせないように女房に告げたのだ。


「さあ、来やれ・・」


 頭中将に選択肢は無かった。朱雀帝の母、帝の実母を抱く事、それは頭中将に絶望的な服従と新たな野心を植える事になった。

 二刻後、弘徽殿を出て内裏を歩く頭中将の目は鋭く紫宸殿を見つめていた。その口から思わずこぼれる。


「ふん!帝といっても人間である以上、同じだな。ましてやその母は人とは言えぬわ・・・」


 頭中将は自らの身体が汚れていくのを感じていた。その憤りはさろめとの満たされた一夜をもう一度味わいたい盲信的な願いになっていた。


 数日後、帝への不審の疑いで源氏の大将に須磨への蟄居命が降りた。

 二条院に葵の上とさろめを残し、源氏は京から須磨に移ったのだ。


 頭中将は宰相となり、国のまつりごとの実権を握ると同時に源氏無き後の帝の補佐を一任された。

 紫宸殿から西の方角を見る頭中将の口元は微かに笑み浮かべていた・・・

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