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第六章「若紫」

第六章「若紫」



 源氏は二条院から御所を遠目に見ていた。

 御所の内裏の中、飛香舎に藤壺中宮が居るのだ。しかし距離にして短くても源氏には遥かに遠く感じられ、もう二度と触れられない人であった。


「光君様!」

「若紫、また蹴鞠ですか?あなたは姫君なのですよ?もう少し女人らしい遊びを」


「源氏の君」

「頭中将、なぜここに?」

「さすがの源氏の君も、幼子には敵いませぬな」

「いや、私は若紫をいずれはと・・」

「藤壺の中宮に仕立てると?」

「そんな事は・・」

「源氏の君、若紫の君を三条宮におられるご子息、夕霧の方の母親代わりにしたいのですか?」

「いや、まだそのような事は考えておらぬ。頭中将、なぜそのようなことを申す?」

「若紫の君にはしかるべき教育を施すものが要りますな」

「なにを・・」

「いや、これは過ぎた進言でしたな、何卒お気になさらずに・・」


 甥である夕霧を、頭中将は事のほかに可愛がっていた。

 源氏が心を許せる男人は頭中将だけであったのかもしれない。



 山城国、酒造の邸に牛車が着く。顔を白布で覆った源氏が早足で歩き邸宅内に入り、惟光は牛車を表に見せぬように早々と屋敷の裏に隠す。

 御簾に囲まれた薄暗い部屋にさろめは座っていた。


「さろめの君」


 源氏の呼びかけに、さろめは袿を脱いだ


「姫!」


 さろめは袿の下に単衣も小袖も着けずに、腰から下は張袴も穿いておらず全くの全裸であった。


「またそのような姿で・・、酒造の翁も困っておりますよ」

「光君様、わたくしはいつもあなたをお待ちしているのです。いつでもわたしはあなたを受け入れていますわ」

「姫、あなたの事、宮中の公家の口の戸に上がっております。無理難題を申しつけたとか」

「頭中将様が事無く取り持っていただきました、特にご心配されることはありませんわ」

「いつもそうやってお逃げなさる。そろそろ貴女の事を教えて頂けませんか?」

「ふふふ・・光君様、今日は光君様からお焦りの気が出ていますわ」

「・・・」

「若紫の君のことでしょう?」

「あなたがどうしてその名前を知っているのですか?」

「わたくしは光君様がさいのかみに見初められたと申しましたわ」

「姫、おしゃっている事が私にはわかりません・・」


 さろめは不意に御簾に顔を向けて声を上げた。


「若紫の君!ここへ!」


 御簾の後ろより若紫が震えながら静かに姿を現す。源氏は狼狽を隠せなかった。


「若紫、なぜここに!?」


 さろめがニヤっと笑い源氏に向かって話し始めた。


「光君様、若紫の君は御年10歳でございます。まだ裳着も添臥もしておりません。光君様の相手は無理でございますわ」


 震えながら若紫はさろめを見る。


「しかし光君様、若紫の君は毎夜のように光君様と添寝をしておられます。男女の営みに興味を持つのは筋でしょう」

「さろめ・・・」


 源氏が言葉を失いかけたその時、さろめが若紫に言葉強気に放った。


「若紫!小袖と袴を脱ぎなさい!」


 震えながら若紫は全裸になっていった。まだ10歳の幼い身体が曝け出され目は怯えていた。


「さろめ!止めなさい!」


 源氏は帯刀を持ち柄に手をかけた。同時に源氏の目をさろめが睨む。

 源氏はその場で動く事ができなかった。全身に痺れが走り、まるで身体が固まってしまったように感じられたのだ。


 源氏は朦朧とした・・

 さろめが若紫を引き寄せていく・・

 若紫の幼い唇にさろめが接吻をし始めた・・


 長い時間、二人は口を重ね合った。この異様な美しい姫達の姿に源氏は我を忘れた。

 さろめが若紫を放すと、突如として若紫が苦しみ始めた。


「痛い・・」

「若紫、怖がることはありません。乳が張っていくだけのこと」


 源氏の前で若紫が成人した女人に変わっていく。

 およそ信じられない光景をみて、源氏は不思議と恐怖は感じなかった。


「さあ若紫、光君の元へ行きなさい!」


 さろめの言葉を受けて若紫が源氏に近づく。若紫の目は一心に源氏を見つめていた。その姿は藤壺の中宮?いや・・源氏の母である桐壺更衣そのもの。

 若紫は動けない源氏の直衣紐をほどいていく。すでに源氏には抵抗する気力もなく、若紫の行為に身を委ねる・・

 さろめは薄笑を浮かべ、まぐわう二人を見ていた。



 京の都では悪鬼を祓うために道餐祭が開かれた。更に宮城四隅疫病祭を行うかを決める為、頭中将はまつりごとに没頭する日々であった。

 大内裏内、大政官の間に源氏が濃紫の束帯姿で現れたのはそんな折であった。


「頭中将」

「源氏の君、どうなされたのです。濃紫の束帯・・帝に会われたのですか?」

「いや、左大臣、一上に」

「父上にですか?なぜ?」

「頭中将、先日の若紫に必要という教育係の事であるが」

「お考えなされたのですか?」

「頭中将、そのような嘯きはもうよい。さろめに若紫を遣わせたのはそなたであろう」

「・・・」

「左大臣にとっては孫となる夕霧の身上を任せるには、若紫は幼過ぎるのは確か。ならば若紫の女房としてさろめを二条院に迎える」

「な、それは父上は認められたのですか?」

「私の父である帝のご容態がよろしくない今、左大臣家を支えられるのは私と頭中将しかおらぬ。もし帝の身上に何か起きた時は、そなたは内大臣としてまつりごとを取り持ってほしい」

「それは帝の命でありますか?」

「頭中将、そなたはそれを一番分っているはずであろう。ならば何も言うな」


 二条院、源氏が生まれた邸宅に夜半に牛車が忍びで入る。牛車から降りた源氏と一人の女人は足早に屋敷内に消えた。

 源氏は若紫の父である兵部卿宮へ若紫を正妻として迎える文を送り、若紫は紫の上となった。

 

 源氏の子息である夕霧は、頭中将の母である三条の大宮で育てられていた。

 継母となる紫の上の事など何も知らずに・・・

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