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第四章「頭中将」

第四章「頭中将」



 夜半に集まった貴族は五人であった。

 酒造は駅の長であり屋敷は広大とはいえ、牛車の出入りは非常に目立つ事である。

 ましてやそれが五台も夜半に集まるとなると、人々は何かの前触れではないかと訝しがった。


「酒造様に朝廷から何か達しがあったのか?」

「いや、さろめの方が来られてからというもの酒造様は何か変わってしまった」


 人々は恐れ、天地異変の前触れでないのかと噂し合う。


 酒造の屋敷では五人の貴族が座敷に通されていた。貴族たちはお互いの顔を見ては言い訳を交わし合った。


「いや、私は左大臣家における礎を振られては・・なぜ帝の嫡男ともあろうお方が?と、見聞に来ただけで・・」

「私はさろめ姫という君はどの様な者なのか、果たして源氏の中将に相応しいのかを見定めに・・」


 各人は座敷に入るとバツが悪そうに部屋の周りに座った。部屋の中央には高燈台が二脚設けられており燈盞の炎が怪しく燃えている。

 やがてさろめが部屋に入ってくる。その姿に五人の貴族は驚くと同時に美しさに魅入った。

 さろめは烏帽子に絹の衣を纏っただけの、裸同然の姿で五人の前に現れたのだ。


「姫!なぜそのような姿を?」

「ふふふ・・皆さま私の事を見に来られたのでしょう?ならば私が衣を厚く羽織っていてはおかしいですわ」

「それは・・しかし何も我々はそなたのその様な姿を見に来たのでは」

「わたくしのお誘いに来ていただいて、恐れ多く思っておりますわ」

「姫君、あのような忍びの手紙、御所では大事になる可能性があります。今後は・・」


 さろめは気にも留めず高燈台の一つを消した。

 部屋は薄暗くなり、貴族たちはさろめの行動が理解できず戸惑った。

 さろめはもう片方の高燈台を持ち上げ燈盞の炎を天井に付けた。

 天井は茅葺であったが火は瞬く間に天井に移り、天井は脆くも大きな穴が空き始めた。

 さろめが高燈台を下ろすと火は納まり、天井の穴から月の光が部屋に差し込む。

 さろめは月の光のなかで更に一層怪しさを増し美しく浮かび上がった。


「さあ、わたくしを見てくださいませ」


 さろめの行動に五人は戸惑いながらもその魅力的な姿に息を潜め、誰もその場から離れようとしなかった。

 やがてさろめはすこし大きめな唐櫃から円形の板のようなものを出し、それを一人の貴族に渡した。


「さあご覧になってくださいませ」


 貴族が覗き込むと中に猿の姿が浮かび上がった。


「姫、これはどういう事でしょう?」

「その鏡は本当のお姿を写し出すものですわ、あなた様はどのようにお見えになりました?」

「姫、ご冗談を!このようなからくりで楽しませるのは余興としては面白いが、ここに居並ぶ方々は皆、まつりごとではお力を持つ方でございます。あまり行き過ぎたご冗談は・・・」


 言葉が終わらないうちにその貴族の首が宙を舞った。

 さろめが羽織る絹の下に紅い長刀が下がっていた事など、五人は気がつかなかった。

 さろめは一瞬にして月明かりの中、長刀で首を刎ねたのだ。

 胴体から飛び散る血しぶきでさろめは頭から爪先まで血に染まった。

 さろめは胴体から離れた首を抱きかかえると、自らの胸に抱いて呟くように言う。


「おかわいそうに、人では無い者が人を演じるのはお辛かったでしょう。撒羅米が苦悩を取り除いてあげますわ」


 残った四人は怖れ慄きこの場から逃げ出したいと思ったが、既に身体の自由は利かなかった。


「さあ、次はあなたですわ・・」


 青ざめた顔をした貴族達にさろめは鏡を回していく。

 一の刻の後、血まみれのさろめと一人の貴族が残った。

 さろめの髪から血が滴り落ちる。

 首のない死体が部屋のまわりに並び、首はさろめが集め月明かりの下に照らされた。


「あなたさまだけは残られましたわ」


 滴り落ちる血を舐めながらさろめが言った。


「あなたさまが映された鏡には、黒くて鳥とも牛ともつかない物を見られましたわ・・」

「あのような獣を私は見た事がない、あれは一体」

「あれは天から追われ地の底に堕ちたものですわ。でもあなた様はそのような方ですわね、頭中将様」

「なぜ私の名を?」


 さろめは答えずに長刀で二回床を叩いた。

 伏戸が開き酒造が敷布を床に敷く。酒造の目には生気がなく傀儡のような動きで部屋を出て行った。



「頭中将様、さあ来てくださいませ」


 さろめは烏帽子を外し血だらけの絹の衣を床に置いた。

 そして頭中将の着衣を一枚ずつ長刀によって剥がしていく。

 すでに頭中将は恐怖の底にいた。


「頭中将様・・」


 裸体になった頭中将をさろめが包み、さろめから滴り落ちる血によって頭中将も血まみれになった。

 さろめは頭中将を抱き寄せるとそのまま敷布の上に導く。

 頭中将がさろめに触れる。血で全身が滑りその姿は月の光で黒く映った。


「姫、私は怖い・・・」

「なにがです?」

「姫は何をされようとしているのですか?」

「頭中将様、お気持ちを静かになさって、月を見てくださいませ」


 さろめは頭中将を仰向けした。


「何を?うっ・・・」


 さろめの中に入るとそれまで我慢していた恐怖がすべて快感に変わった。

 何人もの死体の中でまぐわう異常性と血の匂い。

 さろめと頭中将の肌の間は血によって満たされ、頭中将は今まで体験した事がない一体になる安心さを感じていた。

 気がつくと頭中将はさろめの顔についた血を自らの舌で舐めとっていた。

 その都度さろめがかすかに笑い、繋がった下半身に暖かみを覚える。そしてさろめのすべてが頭中将を満たしていた。


「頭中将、いや藤原の君様」

「なぜそれを?」

「源氏の君の義兄弟であられますのに私を求める。あなた様は怖い方ですわ。もっと強く受け止めてくださいませ・・」

「姫?」

「あなた様は強い力をお持ちでありますわ、私にはあなた様が必要なのです。欲しいのです」

「姫、そなたが望むならば」


 すでに頭中将はさろめに支配されていた。


 明朝、頭中将は酒造に新しい着物をもってこさせ、牛車にて宮中に戻っていった。

 頭中将は御所において、他の貴族はさろめ姫に難題を仰せつかり至宝を探しに諸国に旅立ったと告げた。

 頭中将が戻ったあと、さろめの指示で酒造と配下の豪族により死体はすべて食されたのだ。


「頭中将、どうしたのです?」

「源氏の君、いや考え事を」

「昨晩はどうしたのですか?女人からの文が唐櫃に入りきらないだけおありになる」

「源氏の君、女人とは怖いものでございますな」

「頭中将?どうされたのですか」

「いや、わたくしはあなた程の器量はありませぬから、私のものにはなりませぬ」

「どうしたのです?あなたは蔵人頭と近衛中将なのですよ。あなたが叶わぬ事など」

「従一位の源氏の君にはかないませぬ・・」

「頭中将?」

「いや、少々深酒が過ぎたようです。今宵は早急に戻り、休ませて頂こうかと思います」


 京の夏、盆地であるこの地において夏の気候は厳しい。源氏の父、桐壺帝の容態は夏の暑さによって日々弱っていった。

 陽炎が朱雀大路に立ち上り異様な気の流れが都を襲っていく。

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