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第二章「晴明」

第二章「晴明」



 晴明は目をつぶったまま鏡の前に座っていた。


「もし耳を切り落とせるならどんなに楽であろう・・・」


 溜息とも絶望とも言えない言葉が出る。

 晴明が聞いているのは声ではなかった。頭の中に直接届く脅迫的とも言えるものだった。


「晴明・・」

「は、」

「そなたの役目は?」

「は、この国の都を守ることでございます。出雲のさいのかみによるご加護により、都の鬼門にこの屋敷を設け、地の気を授かった私の役目でございます」

「晴明、五芒星であるそなたにはこの役目、ちと重いと思うができるかな?」

「すでに撒羅米は作り出してございます。しかし・・」

「しかし?」

「あなた様には、この地における最高のお力を与えた者がおりますれば・・」

「そうだ、その者に六芒星を与え耶路撤冷に聖天させ地の人を導かせている」

「しかし、その者を認めたのは御君の下部の者でありますれば、撒羅米はその下部の者の首を刎ねております。なぜそのような者を私に仕られたのですか?」

「撒羅米が首を刎ねたのは地の均一を乱すものを防ぐため。そなたも知っておろう」

「それは下部の者が、近親の契りは認められないという事に不備を申されたと聞いておりますが・・」

「わかっておろう、時には地の均一を乱す事もあればそれを防ぐ事も用明なのだ。撒羅米は近親の契りを責める者の首を刎ねた。しかしそれにより地の均が保たれるならば、撒羅米はそれを行うのだ」

「しかしこの度の撒羅米は私が出雲の神木より作り出したもの。わたしごときがそのような力を常に撒羅米に与える事はできませぬ」

「晴明、お主が案じる事ではない。撒羅米は自ら周りを引き込むように振舞うのだ。それが撒羅米の力であり、お主が作り出しても撒羅米はすでにお主の元には居ないではないか。そなたは撒羅米を拒むものを防げばよいのだ」

「それを私にと?」

「そなたの国は地の大きさから比べればあまりに小さい。五芒のそなたでも成せるはずだ」

「は、分っております・・」


 晴明はゆっくりと目を開いた。部屋の色が緑に写り、視界がぼやける。


「ナーニャードヤラー、ナニャドナサレノ、ナニャドララヨー・・汝の聖名を褒め称えん、汝に逆賊を掃蕩したまえり、汝の聖名を褒め称えん・・」


 晴明は独り言のようにつぶやくと踵を返し我に帰った。

 どの程度の時間が過ぎたのであろうか?人を呼ぶために枯れた喉を押さえながら叫んだ。


「誰かいないか?」


 引き戸が空き下女が顔を覗かせた。と同時に下女の顔色が変わった。


「晴明様!」

「どうした?」

「お顔がまるで病の末人のようになっておられます」

「そうか・・」

「晴明様!どうかお休みになってくださいませ!晴明様が居なければ私達、紙人形もみな紙に戻ってしまいます」

「そうであったな、そなた達の事も忘れてはいけなかったな」

「そなた達と言いますと、他にもお気になされることがあるのでしょうか?」

「いや・・そうだ今宵は皆を集めて呑もうではないか。皆、肌襦袢だけで座敷に集まるがよい」

「晴明様、私達は晴明様によって作られました。晴明様に精を与えられるはずがありません」

「そなた達は私の化身だ、心配せぬでもよい。ところでどのくらいの間、私はここに居たのだ?」

「五の日でございます。その間、食事も摂られずにいました。どうかお願いでございます。ご自愛なさってください」

「その間、誰か訪ねて来たものはいないのか?」

「兵部卿宮様が来られました。なにか宮中では帝のご容態がよろしくないとかで、高僧による祈祷が盛んに行われているとか」

「高僧を呼んだか。祈祷など時空を繋げる事しかできぬ・・」

「晴明様・・」

「いや、戯言だ。兵部卿宮?」

「はい、兵部卿宮様の姫君の若紫の方が源氏の中将のご寵愛を受けているとかで、兵部卿宮様はまつりごとに盛んに関わっているようで」

「そうか、源氏の中将は確かに気が多い。あの方は何時も邪気を憑けている。先日も葵の上様の母屋に邪気が飛びお亡くなりになられた。兵部卿宮はいかようで来られたのだ?」

「それが・・宮中であらぬ噂があるとかで、陰陽によって事と割を付けてほしいと言われておりましたが」

「源氏の中将は京でも評判の方であるから・・。ん?まさか!」

「どうなされました?」

「いや、大丈夫だ。すこし横になりたい」


 晴明は下女に粥を頼み床に身を任せた。


「源氏の中将・・藤壺の上が産んだ帝の末子は帝の子供ではないという噂があるが、撒羅米の目的は・・まさか!?」


 御所は連日の祈祷により護摩の火で紅に浮かび上がっている。

 右大臣家によって帝の権威は脅かされ、次帝はすでに決まっているようなものであった。

 祈祷の声明が宮中に響き渡り京の都には不穏な空気が取り巻いていた・・・

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