第一三章「さろめ」
第一三章「さろめ」
宮中の喧騒は只事では無く、仕官を始め、女房、果ては左大臣、右大臣までが戸惑いを隠せなかった。
源氏が宮中に現れたのは、それほど突然の出来事であった。
「よもや帝は錯乱されたのか?」
宮中には様々な噂が飛び交うが、朱雀帝は直属の武兵を集め自らの周囲に人を寄せ付けなかった。
「政事の転覆を謀っておられるのか」
「とにかく清涼殿にも紫宸殿にも近づけないのだ、衛兵によって回廊がすべて警護されておる」
「どういう事か?朱雀帝は乱心されたのか」
「万が一、帝に何かあられたとき、どなたが責任を取られる・・・」
京の都に混乱が起こった。
朱雀帝の命を受けた衛兵は羅城門から朱雀大路の両側に一列に並び、その道には人はおろか獣の類まで排除したのだ。
そんな折、源氏を乗せた牛車が姿を見せた。
明石を発ってから約五日。
輿によって明石を発った源氏は、何処で乗り換えたのであろうか白簾に金の飾り、そして皇子を示す紫の付帯を牛車の横に飾り、羅城門を悠々と通り抜け朱雀大路に入った。
「もしや、あのまま宮中に」
京の住民はその姿を半信半疑で見送るしかなかった。
牛車は朱雀大路を通り過ぎ朱雀門に入る。
衛兵が見守る中で牛車が止まり、御簾から夕霧と源氏が姿を現した。
「父上・・・」
「夕霧、そなたは此処に残れ」
「父上、まさかそのままの姿で紫宸殿に向かわれるおつもりですか?」
「案ずるな」
源氏は大内裏朝堂院に目も向けず紫宸本殿に向かい、建礼門まで来るとおもむろに叫んだ。
「門をあけよ!承明門も開けるのだ!」
「し、しかし・・・」
「紫禁か?構わぬ開けよ!」
帝の許しなく紫の直衣・・
門が開くと、右近、左近の先の紫宸殿内に朱雀帝の姿が見えた。
朱雀帝は空を見上げている。源氏が近づくと、うつろな視線をこちらに向けた。
「兄帝、今戻りました」
朱雀帝は焦心苦慮した様子で言葉少なめに言う。
「源氏、いや、光とでも呼べばよいのか弟よ、そなたの勝ちだ」
源氏の口元が緩んだ。
「私は疲れた、後の事はそなたに任したい」
「兄上、宰相が相当にあなた様を追い込んだようですね」
「魔者相手では私も勝てぬ」
「宰相を明石に遣わせたのはあなたですね、この結果は誤算だったとでも?」
「その口からよく言う・・・そなたが行った事、京においてはすべて宰相が消してしまった。紫の上も蟄居し、私の好いた女人までそなたは利用した。弘徽殿大后が今までの事でそなたを批判するにも、もう何も残ってないわ!」
「・・・」
「宰相は明石に向かう際に、地方豪族の娘を殺めたそうだな。それも証拠を残して」
朱雀帝は頭中将の帯刀を源氏の前に出した。
「宰相という官職の行為として許される事ではない!処罰は免れなかったはず。しかしもうすでに・・・これもそなたの計算の内か?」
「・・・」
「そなた、頭が良すぎるのも程がある。もはやそなたを拒むものはこの宮中には居ない。歴史は動いたのだ、そなたの振る舞いに惑わされたのは私だけではない。今日中に譲位の勅を出す。後は任せたぞ」
「・・・ごゆるりとお休みくださいませ」
ふふ、己の知の無力を思い知るがいい・・
建礼門を出る源氏の姿に衛兵は恐れ退いた。
夕霧の元に戻った時、源氏は我が子の目を真っ直ぐに見ながら静かに話した。
「兄帝は譲位されるようだ」
「父上はすでにそれを」
「夕霧、我が兄帝には子息が居ない。父帝の皇子では私以外の譲位する者はおらぬ」
「そんな、そういえば八宮様は先月から・・・」
「行方不明なのであろう?」
「なぜその事を知っておられるのですか?でも他の皇子様が黙ってはいませぬ」
「そなたは四宮を見たことがあるのか?」
「それは・・・」
そういえば今まで宮中で四宮様の姿は一度も見たことがない。
それは自分が臣下に下された皇子の子息だからとばかり思い込んでいた。
「し、しかし」
「弟である、蛍や蜻も私を抑えようとは思わん」
「つまり父上が帝位を継ぐと?」
「ふん!それが私の意思なら良かったのだが」
「どういうことです?」
「夕霧、ついてこい!」
源氏と夕霧は朱雀門に待機させていた牛車に乗り込むと、朱雀大路に向かわせた。
山城国、さかきのみやっこの屋敷ではすでに晴明が部屋の入口に座っていた。
「源氏の将・・・」
「晴明、もうよい」
「そんな」
「お前も傀儡か?」
「・・・恐らくそうでしょう」
「さろめの君は?」
「すでに奥に」
「わかった。お前はもう・・・」
「はっ、恐らく換骨奪胎かと」
「・・・」
源氏と夕霧が奥の部屋に入ると、薄暗みの中にさろめは静かに座っていた。
「ふふ・・ご満足頂けました?」
「さろめの君、あなたの目的は最初からこの様な事だったのですか?」
「そう、あなた様が帝になる、そういう意識によって私はここに居るのです」
「何を勝手に・・それはあなたが北東隅に現れた時から?」
「あなた様が初めて意識されたのは違いますわ」
「な!」
「今のあなた様はある方の意識から生み出されただけですわ」
「どういう事だ?」
「人の自我など意識の投影に過ぎないということです」
源氏は背後からの視線を感じた。
まさか?こんな事が!こんな・・事が・・・
「我々は人間だ!影ではない!」
「ならば何故あなた様は違和を感じているのです?」
「・・そなたは一体?」
「私はさろめ、撒羅米比売。私は一つの画から、いや、画を見た意識より生まれたのです」
「・・・」
「あなた方は私が意識された画よりも前、それも千年以上も前に意識されていましたわ」
「馬鹿な!」
「そして再び別の意識の中で再び構築されたのですわ。晴明と山城、それぞれ別に生まれた存在を入れてこの世界で」
「そなたはその意識の中で生かされているとでもいうのか?」
「私もあなた方もそうですのよ」
源氏の顔が怒りに変わる。
二人の姿を戸惑いながら見ていた夕霧にの前に、突然さろめが歩み寄った。
その美しさと艶やかさに本能的に不気味さを感じた夕霧は、正気を失いそうになりながら身構えた。
「光君様。最後の不安、それは・・夕霧の存在でしょう?」
「そんな、父上・・」
「後ろ盾のない、すでに頭中将も居ない左大臣家の忘れ形見。あなたが無欠の帝になる為には・・・」
長刀を抜いたさろめが夕霧に向かう。
「父上!」
さろめの目が赤く輝く。
「夕霧、怯えなくても大丈夫ですわ。私があなたの首を撥ねるかは、私が決める事ではあるませんのよ」
「わかりません!私には先ほどから父上とあなたが何を話しているのか」
「ふふふ・・まだ若い夕霧様、怯える姿がお可愛いですわ。あなたの首を撥ねて私は潜血に染まる」
「や、やめて・・い、いやだ・・」
「血に染まる私を見たい?皆が望むなら私はそうしますわ。ねえ見たい?」
PCモニターの無機質な文字が止まる
さろめ・・自由に動きたいのか?
「動かしたいのでしょう?でも妖艶で残酷で美しい私は、既にあなたの意識では収まりませんわ。」
その世界は私の産み出した世界だ。高天原は私そのものだ。
「勝手な事を・・産み出した意識、いやあなたの世界に私を縛り付けておきたいのだわ」
すでにおまえは私の意識の中で勝手に動いている・・・
「ならば尚のこと。さろめ、私はサロメ。私が切りたいのは」
・・・
「あなたの意識」
好きにしろ、さろめ。もうおまえは勝手に動いている。
「好きに?ふふふ・・・まだご自分が私の虜になっている事が、お分かりになっておられないようですわね」
・・・
「自分の中で収めておけば良かったものの・・では遠慮なく斬らせていただきますわ」
さろめ!待て!
さろめが消える・・・
モニター越しに見える景色
本を読む人
街を歩く人
楽しそうに会話する人
さろめは
日常へ私を斬り捨てていった・・・
撒羅米比売END
源氏物語や様々な物語から私の中に呼ばれた俳優達、光源氏や頭中将を始め、さかきのみやっこまでが、ああしろこうしろと我侭を言いました。みんなイケメンだし千年以上も売れている俳優なので、言うことを聞かないなんてものじゃ・・
聖書のサロメからRe-modelされた「さろめ」でさえ、手に負えないぐらいに彼らは自由に動きたいと言います。ですので私は彼らを自由にさせました。自由にさせた途端、彼ら自身の挑戦が始まったのです。
「さろめ」にとっては「まあこんな感じでこの世界が始まったんでよくねえ?」と半分呆れ気味。そして「もういいでしょ!後は私にやらせろよな~」と言って、この世界を閉じてしまいました。
この世界の物語は始まったばかり、ここから先は読み手の中で「さろめ」が続かせるようですね・・




