表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

第一章「出会い」

第一章「出会い」



「ご主人、お気持ちはご察しいたしますが・・・」


 怪訝そうに袙を直しながら惟光が言う。


「過ぎる深酒は身体に障ります。葵の上様がお亡くなりになられた気持ちはお察しいたしますが」

「夕霧の身上は変わりないのか?」


 あの晩、けしの臭いの髪を洗う御息所をみてから、私は何か因縁めいた運命を感じていた。


「まつりごとに触るようでは・・」

「惟光、私が居まいとまつりごとには関係ない」

「そのような発言はご主人らしくありませぬ。そのようなお気の弱いことでは。」


 私は常に何かを求めているのか。幼くして失った母親の影を追い求めているのか。



 京の都に冷たい雨が降る。雨は夜半になっても降り続けた。


「源氏の君、どうされたのです?」

「頭中将、いや少し考え事を」

「妹の葵の事ならお気持ちは私も同じです。源氏の君がお気を確かに持たれないと」


 干し魚と酒が蝋燭に妖しく陰を映し出した。酒の白さと器の色が重なり、輪郭がぼやける。


「源氏の君、若紫はなかなか変わった趣向ですな。しかし・・この度の女人の事は頂けません。」

「というと・・」

「源氏の君が何をしても構わないのですが、卑しい身分では分からぬ事が多すぎます。源氏の君がお関わりになる事は慎まれた方がよろしいのでは」

「若紫と同じように、私は一目みたときからあの人を欲しいと思ってしまった・・」

「なぜ北東隅に近づいたのですか?帝の嫡男ともあろうお方がそのような軽率な事を・・源氏の君は女人の元に忍ぶにも、方違いに行かれていたではありませんか?」



 その女人はその時そこに居たのだ。私は何かにとり憑かれたように女人を牛車に入れ、六条河原院に連れて帰った。

 私はいつも強引だった。腕の中で女人に聞いたのだ。


「逆らっても無駄です。あなたのお名前を聞かせてください。人の戸に登らぬうちに」


 女人は言葉を話さず怯えていた。

 夕顔もそうだった、怯えながら息を引きとったとき私は何もできなかった。あの時の空虚は忘れられない。私は焦ったのだ。


「姫、あなたには望みはないのですか?」


 朧月夜とは扇を交換したのだ。せめて何かを・・


「あなたは源氏の君、光君様ですのね」

「私をご存知なのですか?」

「お顔は存じませんでした。私のような身分の者がお顔を見ていいはずはありませんので」


 そうだ、姫ではないのだ・・京の下賤の者かもしれない。私は何をしているのか・・


「あなたは何に怯えているのですか?光君様」

「私が怯えている?」

「ご自身でもお顔を見ればお分かりになりますわ」

「あなたは私の事を知らないのです。私が望んで叶わぬものはないのですから」

「出雲の神は見ていますわ、なぜあなたがさいのかみに見初められたのかお知りになりたいのですか?」

「・・あなたは一体?」

「ふふふ・・・光君さま、いらしてください、私を探ってくださいませ・・・」


 高揚する顔は艶やかに紅を帯び、真っ白な肌となめまかしい唇から漏れる吐息。

 この世のものとも思えぬ姿。

 女人が敷布の中で私を導く。


「何を!無礼な」

「光君様、怖がらなくても大丈夫ですわ。まだこの国ではあまりやられていないだけですわ」


 私の身体の一部が女人の口の中に入る。宮中でこのような行為を姫君はしない。

 身体中の精を吸い取られるように私はのけ反り身を任せ、母の胎内にいるような多幸感に私は酔ったのだ。

 私は怖かった。

 下賎の女人に嵌まる恐怖とまた捨てられる恐怖。

 だから執拗に迫ったのだ。


「あなたのお名前を教えて下さい!私の力ならあなたを宮中に呼ぶ事もできます。私は帝の実子なのですよ!」

「光君様、お急ぎにならないで。私は撒羅米・・・」

「撒羅米?それはあなたの名ですか?」

「私には名も姓もありませんわ・・・撒羅米比売と呼ばれるだけです」

「撒羅米比売・・・わかりました、私はあなたに名を与えましょう」


 私は扇に唐櫃の筆で「さろめひめ」と書いた。


「あなたはさろめ、さろめ姫と名乗りなさい。御所には用意できぬが、あなたの隠れ家ぐらい私にはいくらでも用意できます。あなたが私の元を離れる事は許しません」

「強引ですのね光君様。私はいつでも待っていますわ」


 私は六条河原院の爺にさろめの世話を頼むと宮中に引き上げ、庵の手配をしたのだ。



 その頃、北東隅にある晴明の屋敷では晴明が事の他たじろいでいた。

 陰陽師である晴明は部屋から出てこようとしなかった。


 下女達が心配そうに語る。


「晴明様、どうなさったのかしら?」

「最近おかしいのです。何か酷く疲れているようです」

「心配だわ、晴明様・・・撒羅米比売を生み出してから、おかしくなられているわ」

「撒羅米比売は?」

「晴明様は「ひとがた」に戻したと言っておられたけど」

「私達のように紙人形から生まれたわけではないの?」

「わからない。撒羅米比売が何の為に生まれたのか、晴明様しかご存知ないもの・・・」


 暗雲は京の都に陰りを見せていた。夜になって降り出した雨のなか五芒星が怪しく光っていた・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ