従者のターン
「お疲れ様でした。此れで本日の執務は終わりになります」
「……そうか」
短く応じて、魔王は筆を置く。時刻は深夜2時。勇者の一人娘で今は魔王の妻(に成りたいらしい)シャルロッテはとうに就寝している時間だ。
主の執務終了を知った使い魔は甘えるように魔王の膝に乗り、魔王もまた、それを受け入れてその頭を撫でてやる。
束の間の、とても微笑ましい光景だ。
従者は、ふぅ、と内心小さな溜め息をこぼす。彼は彼で神経を磨り減らしていたここ数日、疲れがいよいよ表立ってきた。
しかし疲労の溜まり具合なら主の方が格段上、と今日も今日とて魔王の知らぬところで勇者の一人娘と攻防を繰り広げていたのだが。
「ジョゼフ」
「……え? あ、ははい!」
思案の途中、不意にその主人から名を呼ばれ、従者はパッと顔を上げる。しまった。
「す、すみません、すぐに淹れますッ」
「いや、良い」
主が自分を呼んだのはてっきり仕事終わりの紅茶を求めているのだと思っていた従者は、意に反して彼から対面するソファーを示され、おずおずと其処に座る。そうしたは良いが、意図が読めない。
「……あの、魔王様?」
自分は何かマズイ事をしでかしたのだろうか、と内心冷や汗の従者だったが、対座する魔王は、ふ、と微笑した。
「いや、そう畏まらなくても良い。お前に此れを渡そうと思っていたんだが……すっかり日付を跨いでしまったな。すまない」
「い、いえ! ……ですが、何故私に……?」
差し出された箱を無下には出来ず受け取ってしまったが、さて今日は何の日だったかと従者は内心首を傾げる。それを察してか、魔王は苦笑しながら戸惑う従者の問いに答えた。
「なんだ。自分の誕生日も忘れたか? ……まぁ、最近は殊更忙しかったからな、無理もないが」
「あ……」
誕生日。文字通り、生まれた日。
だが目の前の主に出会うまで、自分はその日が疎ましくて仕方なかった。
そんなことを知っている人間は誰ひとりいない。況してや、祝福してくれる大人など。
「誕生日おめでとう、ジョゼフ。此れからも、宜しく頼む」
誰も、親すらも、呼んでくれなかった自分の名前。
敬愛する主にそれを呼ばれた途端、胸の内から湧いた熱が涙腺を刺激する。
「……っ、はい……!」