友人Yの陰謀(笑)
「まぁ、何故ですか! 夫を起こしに行くのも妻の役目。離してください、従者の方ぁ!」
「駄目です、離しません! 大人しく客間でお待ちください!」
「嫌ですわ!」
「……、……元気だな、お前達」
勇者の一人娘・シャルロッテが魔王の棲む城に来たのはつい数日前。
朝を迎える度に自身の寝室前で体裁構わず取っ組み合う己の従者とシャルロッテに、魔王の深いため息がひとつ増えたのもまた、数日前。
「魔王様っ! 昨夜はとても夜空が綺麗でしたわ! 御覧になられました?」
「……あぁ」
朝食後のティータイム。ミルクたっぷりのアッサムを置き、シャルロッテは目を輝かせて昨日の出来事を語る。 その笑顔につられて不器用ながらも微笑して相槌を打つ魔王は、静かに手元の珈琲を傾けた。
「あの、魔王様」
「どうした」
その時、傍らに寄ってきた従者は、対座する少女を気にしてか、耳打ちで「勇者様からお電話です」と告げる。次いで、魔界の扉に綻びが出来ていた、とも。
「勝手ながらそちらは私が修正しておきました。ですが……勇者様は魔王様しかまともに取り合ってくれませんので……」
「……分かった。執務室に繋いでくれ」
「はい。頭痛薬の手配も済ませておきます」
「……頼む」
「? どうしましたの?」
不思議そうに首を傾げるシャルロッテに営業スマイルで対応する有能な従者に内心苦笑して、魔王は執務室へ向かう。そして受話器を取った。
「……」
『もしもーし、まおーくーん? おはよー』
「……寝惚けているのなら切るぞ、勇者」
『やだなぁ、僕は普通だよー。ねーねーロッティ元気ー? あの子魔法使えないから、僕が魔界への扉開けといたんだけどさぁー』
「……は?」
『だからー、権力フル活用で魔界の扉開けてー、ロッティを見送ったんだけど。あれ、ダメだった?』
「……原因はお前か……! 駄目に決まっているだろう!」
『えー、でもさぁ、ロッティがどうしても君に会ってみたいって言うからー』
「『えー』じゃない! 引き留めろそこは! 寧ろ今引き取りに来い!」
『何でさー。良いじゃない、ロッティは可愛いでしょ』
「そういう問題じゃない!」
『じゃあよろしくねー。また電話するから』
「は? おい、」
ばいばーい、と今年で三十路になる男とは思えない科白の後、言い返す隙もなくプツリと電話が切れた。
「………」
「失礼します。……魔王様、大丈夫ですか?」
「あぁ……だが、何故だろう、目の前を星が旋回している」
「今は朝です。……相当ですね。今日は執務も有りませんし、1日お休みになられては如何でしょう」
「……そうだな。……電話回線を基から抜いておいてくれないか」
「畏まりました」
恭順な従者が頭を下げて出ていく。
精神力の総動員により何とか寝室に辿り着いた魔王は束の間の微睡みに沈んだ。
その後、それを聞いたシャルロッテが看病をすると言い出し、寝室前で取っ組み合いが始まったのは、また別のお話。