1章8 「ほんとにエレナさんのこと、覚えてないんだな?」
「ソール……さん――」
エレナから聞かされた英雄譚。そのすべてが真実だとは思わない。彼女の目を通し、美化され、ときには作られてしまったものもあるだろう。それでも、彼女の語ったことは真実だったのだと信じたかった。それは、夢物語ではなく確かに可能な未来なのだと。
だが、現実は非情にもそれを否定する。無情にもそれを拒絶する。
デュオンの目の前に立つその男は――ソールは、その右目を赤く輝かせて笑う。どこまでも昏く、どこまでも深く落ち切ったその瞳は何もかもを映さず、淀み切った純粋な欲望にのみ従って、二人を視界に収める。
「さて、こんなところに一人、おあつらえ向きな『魔人』が一人いるじゃないか。結構結構。生きのいい人形さんが見つかってよかったよ。ゆっくり……じっくりと可愛がってやるからよぉ。だから、今はおとなしく――」
ゆっくりねっとりとしたしゃべり方は、エレナが語ってくれたような、颯爽と彼女を助けてくれた優しい男の姿とはかけ離れている。今、目の前にいるのはただの――血に飢えた「化け物」だ。
「体残して死んでくれや」
ソールが右足をダンっと踏み鳴らす。
「エレナさん!!」
「ふぁ……!?」
嫌な感じが、肌をピリピリと焼く感じ――その意識がそこにあったからこそ、咄嗟にエレナを連れて窓を破り逃げ出せた。二階から落下したその下は、雪が積もって柔らかいクッションになっていた。エレナを背と膝に手をまわし、彼女を抱きかかえるようにして落下する。デュオンの体がまだ空中で着地を待ち構えていたとき、その背後からは突風が吹き荒れた。
今までデュオンとエレナが立っていた地点は、まるごと風に持っていかれ、中にあった家具や家財はすべて竜巻にのまれて粉々に粉砕されて放り出される。その破片がいくつかデュオン達の身にも降ってきた。パラパラとした木くずはもちろん、ほぼ原形をとどめている椅子や机も降ってくる。
「くっ……しょうがない」
デュオンは口の端を噛みしめて、覚悟を決める。戦いは避けられない。エレナを危険に晒すわけにもいかない。彼女をどこか安全な場所まで送り届けるか、もしくは――
「エレナさん!あいつの狙いは俺だ!俺はすぐにこの村から出て、あいつを村から引き離す。そのあいだにみんなを安全な場所へ!」
「は……はい」
自身の力で何本も作り出した赤い槍を射出、あるいはそのまま宙空で操ることで降ってくる机、椅子を弾き、その場に安全に着地すると、デュオンはすばやくエレナにそう伝える。
エレナは呆然と青い顔をしていたが、かろうじてデュオンの言うことは理解してくれたようだ。
「まぁこれは避けるわな。想定内で予定通り、ついでに見たとおりだ。まだまだこれからだぜ!だからよ……そこでお前が、自分を囮には使うのは分かってんだよ」
内から外へと噴き出す竜巻は、宿の二階に大きな丸を穿ち、そこからソールが笑みを湛えて現れる。さも当然と言ったような余裕の表情の彼は、外で待ち構えるデュオンに指摘する。
「当たり前だが、そんな風にお前が自分を囮にして逃げたところで、俺はこの村から離れることはねぇ。そんな見え見えの囮についていくような馬鹿がいるわけねぇだろ。どこまで自己犠牲チキン野郎なんだよ。チキン具合で俺と張りあおうってんなら、それはやっぱりやめとけ。俺には敵わねぇよ」
けらけらとせせら笑うソールに対し、デュオンは何も言い返せない。ソールは状況をよく理解し、深追いするつもりはないということらしい。それどころか、デュオンの性質を利用してエレナやこの村の人々を人質に取っているに等しい。
「どうして……ソールさんが……ここに?」
もはや囁きにもならないほどの小さな声で、エレナはそう問うた。もちろん、ソールにその問いは届かない。ずっと追い続けてきた憧れのその人は、まったく変わり果てた絶望的なまでの変容を遂げて彼女のもとへと帰ってきた。それは、望まぬ最悪の再会であった。
「申し遅れたなぁ。つっても、そっちはそこのお嬢ちゃんから俺のことは聞いてんだろう?
まぁ、知ってても気分てやつだ聞いてくれよ。俺の名前は、ソール!空に輝かんばかりの太陽の名を関した――「魔人」だ」
二階からこちらを見下げて、服のポケットに手を突っ込みながら凶悪な笑みをこちらに向けている。くつくつと馬鹿にしたような笑いや軽薄な態度。そして、惜しげもなく自身を『魔人』と紹介する様には一切の躊躇がない。その彼の様子は、エレナが語る英雄像と何もかもが違っていた。そのことに最もショックを受けているのは、説明せずともわかるだろう。
「どうして……何があったんですか、ソールさん?こんな、来ているなら言ってくださればよかったのに……。わたし、あれから頑張って、一人になっても頑張って、ソールさんとルナさんが泊まっても笑えるような宿を目指して」
軽薄で酷薄な薄ら笑いを浮かべていたソールだったが、エレナのその言葉を、もっと正確には「ルナ」という言葉を聞いたとき、ぴくりと肩がはねた。
「ルナ……?」
しかし、そのルナという言葉を言ったとき、その時だけ彼の瞳に強い意思の光が宿った気がした。それも一瞬のことだったが。ふるると頭を振ってソールは頭を押さえると、すぐさまあの酷薄な笑みを返す。
「ででくんなって言ってんでしょうがぁ~!!まったく…さっきから言うことまったく聞かない野郎だな。うざってぇ。一度本気で痛い目見てるはずなんだけどなぁおい。しつこいと女にはモテないってそこのお嬢さんも教えてやってくれよ」
「え……?」
エレナさんを抱え、思い切り後ろへと後退する。嫌な予感がそこら中から漂っている。二階からそのまま飛び降り、ちょうど宿の入り口の前あたりにだんっと大きな音を鳴らして降り立つソール。一瞬の油断も許されない。やはり、エレナさんを守りながら戦うのは危険だ。この村から出ないにしても、彼女と離れて行動すべきだ。
「ソールさん!私です!!エレナです!!分からないんですか?
あなたがこの村に来たとき、私は幼かったから気づかないんですね!そうなんですよね!」
「あ?」
「わたしは、あなたとルナさんがまた一緒にこの村に来てくれることを待ち望んでいました。ずっとずっと待っていました!その約束を、果たしに来てくれたんですよね!?」
「あ~……訳わかんねぇこと喚いてるとこ悪いけどよ。俺はお嬢さんのことなんかこれっぽちも興味ねぇんだわ。俺が興味あんのはそこのお人形さんだけなんだよ。分かったらお口を閉じる!OK?」
エレナの顔は終始青いままで、ソール一挙手一投足、その一言にまですべてに絶望を感じている。受け入れがたい現実を前に、エレナはなおも現実を見ようとしない。今、目の前に立つ人物は紛れもなく「魔人」であり、人を人として見ない「化け物」だ。決してソールなどという人ではない。それは今の問答からも明らかだ。
「そんな……そんな…はず」
「現実を見ろ!」
「!?」
デュオンの低い声に、エレナはびくりと怯え身を竦ませる。絶望と恐怖の狭間に板挟みになって苦しむ彼女を見るのは辛いが、それでもこれが現実なのだ。「魔人」と人は、共存できない。それがいま、証明されたも同然なのだ。
「あなたが理想を抱き、憧れ、恋い焦がれた「魔人」は、紛れもない「化け物」だった!今、目の前にいるそれが本当で、変えようのない真実だ!分かったら、とっととこんな「化け物」の狩場から出て行ってください。邪魔です」
「……」
デュオンはそう吐き捨てると、エレナを投げ飛ばす。エレナは咄嗟に放り投げられて驚いたのか、目を見開いている。それは、なにかがぽきりと折れたような、悲しく切ない目だった。投げ捨てられた後も少しの間、茫然としていた彼女だが、やがてゆっくりと力なく走り出し、その場から逃げ出す。あとに残されたのは、二人の呪われた化け物だけ。
「茶番は終わりでいいか?いや、まぁあの子を脅しに使うってのもいいとは思ったんだけどよ。それはこの先々で詰むってことが分かってるから、あえて見逃してんだけどよ」
「あんた、ほんとにエレナさんのこと、覚えてないんだな?」
「そうだな。俺には、あんな使えない「人形」の記憶なんてこれっぽちもないわ」
「もう一度確認する。お前の名前はソール。エレナさんのことは知らないんだな?」
「その通り。大正解だよ」
けらけらと気持ちの悪い笑いのあと、片目をつぶり赤い目でこちらを睨んだ。
「そうか――なら、もう容赦はしない!」
数にして百を超える赤い槍が、周囲一帯に浮かび上がる。ソールを中心にドーム状に広がる赤い槍の嵐は、まるで血の乱舞のようだ。
「OK!OK!ここまでは予見通りだ。こっちも全力で行かねぇと、まぁやられるよな!!」
ソールは赤く輝く右目を瞑り、左目の黒い目を見開く。そして、裂けるような笑みを口いっぱいに広げると、右足を一歩ダンと力強く踏み込む。それを発端にデュオンは右手を前に突き出す。
「死んで償え!」
赤い槍が雨のように降り注ぎ、まるで血の雨でも降らせているかのようだ。魔人同士の争いは相手の能力が何なのかを把握しておかねばならない。デュオンのそれは、単純な武器の掃射だ。正確には、自身の魔人の力を赤い槍の形として作り上げ、それを何本も射出する。
魔術でも行うことが可能な範囲の至ってシンプルな攻撃だ。だが、その真価は別にある。それは量だ。魔術に頼る形で武器を作る場合、どれだけ優秀な魔術師や魔女でも精々5個が限度だろう。故に、魔術師の多くは形の固定化の必要ない炎や水、風などをそのまま用いて攻撃とする。それをデュオンは、魔力ではなく魔人の力として振るえる。一度に百はむしろ少ないほうで、本気を出せば数千は瞬時に武器を作り出せる。殲滅としてこれほどまでに効果的な能力はない。つまりは、物量に任せた力押しが可能だということである。
そうした数の暴力が、一切の容赦なくソールへと降り注いだ。赤い槍の雨は止むことも知らずに降り注ぎ続ける。あの中を避け続けるのは至難の業だ。
「2手目は、やっぱりそのまま物量で攻めるか。ここも予見通り。細かく見る必要もねぇ。数に任せた暴力が、魔人に通じると思うかよ!」
しかし、ソールの声は一切の乱れも見せない。息切れすら感じさせないその余裕っぷりにデュオンは唇の端を噛んで手ごたえがないことを感じ取る。それと同時に、目の前を何かが通る気配を感じ、咄嗟に頭を下げて交わす。
「くっ……何だ!?」
「カマイタチだよあほんだら!このくらいでビビってもらっちゃ困るんだよ!」
ダンと何かを踏み込む音の後、今度は足元から氷の柱が次々と突き立つ。あんなものに下から突き貫かれたらたまったものではない。その場から飛び退ってかわすが、その間に槍の射出に隙ができてしまい、次々とかまいたちを投げられる。
「くっ!」
「おいおい!こんだけで手詰まりかよ温いぜ赤槍の『魔人』。まだまだ用意したプレゼントは尽きてないぞ、と!」
再び足で踏み鳴らした大きな音が鳴る。今度は地面が隆起し、石のつぶてが飛び交う。自身の周りにも槍を用意したのが幸いして、ほとんどのつぶては、槍を使って撃ち落とせた。それでも、いくつかは防ぎきれずに腕や脚に切り傷を増やすことになってしまった。
「何で無事のまま……っ!?」
自分の攻撃で雪が舞い散り、白い靄がかかったようにソールの姿をくらましてしまっている。それでも、その雪煙の向こうにかすかに見える防壁、それがなんであるか見てわからないデュオンではない。
「土の壁!?でも、その程度で俺の槍が通らないはずが」
「これでも試行錯誤の末に出来上がったものなんだぜ?おかげでただの土の魔法じゃ足りないんだもんな」
「ただの土魔法ではない?」
見たところはただの土の壁だ。一切何の変哲もない。だが、それは固いというよりも柔らかいような――
「……泥」
「ご名答。お前の槍は魔人の力で作られているとはいえ、ただ魔力で射出したような投げ槍だ。固い壁で受け続けていたら、そのうち土の壁の方が耐えられないだろ?
だから、壁を泥にして弾くんじゃなくて刺さるようにしたのさ。あとは、まぁこの壁を維持し続けるようにすれば簡単に数の暴力は防げるってわけだ。工夫だよ工夫。
力押しは、頭使えばどうとでもなる負け戦だぜ」
雪煙が晴れた向こうでは、泥の壁が常に作り続けられているのか流動しながらソールの周りを壁として守っている。ソールはその場から全く動いていない。
「なら、戦い方を変えるまでだ」
「――これで12個消化だな」
12?
それが何を意味している言葉なのか、いまいち容量を得ないが、もしかしたらソールの能力のヒントかもしれない。未だにソールが使う能力は分からない。数々の属性魔法を使うようにも見える。今の攻撃したって、かまいたち、氷柱、泥の壁といったように風、水、土の属性魔法を使っている。それ自体は珍しいことではない。「魔人」でなくとも、超一流の魔術師なら四大元素の魔法を併用するのは造作もないはずだ。逆に言えば、ソールは未だに『魔人』としての力を使っていないともいえる。数々の魔法を使うこと自体が、『魔人』としての力かもしれないが、それにしては何か違和感が残る。何かが足りない。そう感じはするものの、いまだにとっかかりは見えない。しかし、そんなことはお構いなしにソールからの攻撃は止まらない。
「戦い方を変えるってのは、近接戦闘にでも持ち込むつもりかよ?お前が槍を使ってる時点でそれは分かり切ってる選択肢だぜ!」
「それが分かったところでどうするっていうんだ?」
ソールの読み通り、ただ数に任せた槍の雨が利かないのならデュオンがとるべき戦い方は近接戦だと考えていた。読まれていたことに不安は残るが、それでもどうにかできるとは思えない。魔法に頼り切りなソールならば、むしろ近接戦闘にした方が有利なはずだ。唯一の懸念は、ソールの『魔人』の力だ。
それを警戒はしながらも、デュオンは息を止め力をためて前へと突っ切る。ドッと地面を一蹴りしただけでソールとデュオンの彼我の差はほとんどなくなる。ソールの右手には、瞬時に生成された赤槍が握られ、それは吸い込まれるようにソールの胸へと伸びていく。しかし――
「――13」
その小さな呟きが聞こえた時、槍の穂先はソールの胸を穿つことなく空を切る。ソールは右目を閉じて左目の黒い瞳だけでこちらを見据えている。――そう、これだ。違和感というより直感にすぎない。しかし、ソールは必ずこちらからの攻撃を受けるときに右目を閉じる。左目だけで見ているのだ。
「まだまだ甘いぜお人形さん!そんなんじゃ俺の先を行くなんざ無理な話だ」
「まだたった一突きだ」
「おっと、そりゃそうだよな。近接戦闘だってんなら、そりゃ槍なんだから振って払うとか織り交ぜるよな。知ってるよ」
いちいち口にしないと気が済まないのか――そう思わずにはいられないほど、こちらを煽ってくる。槍を振るい、薙ぎ、払い、回し、突く。右手だけでなく左手にも槍を持ち、小さめの短槍を射出することも織り交ぜて戦うが、そのすべてを躱していく。
「どしたどした?当たらねぇぞ!そっちが手を抜いているってんなら、こっちは本気で行かせてもらうぜ」
ソールはこちらの切れ目ない攻撃を器用によけるだけでなく、反撃を織り交ぜてくる。こちらが右足を踏み出した瞬間にその足場を隆起させ体制を崩したり、近づこうとしたタイミングで目の前にかまいたちを落としたりするのだ。まるで、最初からこちらの攻撃が読まれているかのようなタイミングで邪魔を入れてくる。しかも攻撃している間、ずっとかすかな声で数字を呟いている。その意味を捉えようにも、ヒントが少なすぎてどうしようもない。しかし、手だけは緩めず攻撃を続けていく。『魔人』の能力を知るために、少しでもボロを出してもらうために。宿の前で行われた攻防は、少しづつだがその場を離れて、どんどんとどこかへと移動している。
「よっと!ほっと!はっはあ、避け避けても手数は減らないねぇ。まったく……少しは休みをくれてもいいんじゃないの?」
「お前は……お前は本当にエレナさんのことを覚えてないのか!?」
戦いのさなかにあっても、やはり頭を離れないのは彼女のことだ。この場でソールと戦うまで、この村ではエレナに世話になりっぱなしだった。その彼女の憧れの相手が、なぜこのような凶行に走っているのか。彼女でなくとも疑問に思う。むしろ、彼女の羨望や希望をまるごと黒く塗りつぶしてくれた目の前の男には怒りしか感じないが、それでもどうしてこのような最悪の行いをしたのか。エレナの温かく優しい物語から想像できない程の変貌を遂げたこの男。デュオンでも、この『魔人』の話には希望を抱いたというのに。
「エレナってのはさっきの女のことか?――あー、まったく思い当たらないね!俺の頭にゃ、今はただお人形さんのことしかねぇなぁ。つまりは、お前だよ『魔人』。精々、俺のお気に入りのお人形さんになってくれることを望むぜ」
「本当の「化け物」になっちまったのかよソール!エレナさんの憧れも!俺の希望も丸ごと潰して、それで楽しんでのかよ!あんたの大事な人も――ルナって人も裏切って、それで満足なのかよ!」
「ルナ……」
――ルナ。その言葉にだけ、なぜかソールは過剰に反応する。その言葉を耳に入れただけで、その瞳はなぜか揺れる。右目を――赤い目を閉じ、左目の黒い瞳が遠くの誰かを映す。しかし、またそれは強い何かにかき消される。何か禍々しい何かに黒く黒く塗りつぶされる。
「ったく、そんなに青い獣が大事かよ!いっそお前の姿で殺すぞ!あぁあ!」
何だ……この違和感は。時々こいつは突拍子もなく誰に何を言っている。それだけじゃない。こいつがしきりに言う人形とは何だ?俺が人形候補とはどういうことだ?
一瞬の空白もすぐさま隙とはならず、目の前に土の槍が伸び行く手を阻む。デュオンはそれを自身の持つ槍で受け止め、それが上に伸びる力を利用して上へと飛び上がる。そのまま槍を下に構え、ソールへと槍を突き穿つ。同時に数本の槍を雨のごとく降らせる。
「それじゃ俺は倒せないぞ!何度同じことをやるつもりだ」
「そいつは泥の壁だ!なら、こんな添え物はどうなんだ?」
デュオンがそういうと、降りしきる槍の穂先に火が灯る。まるで火矢のようなそれは何本も泥の壁に刺さり、そして泥を乾かしていく。急速に固められた泥は脆く崩れ去り、新たな穴を穿つ。
「俺だって、『魔人』だからと魔術を使わないとは言ってないぞ!」
「――それもまぁ、想定の内ではあるんだが、ちょっと今持ち合わせがねぇなぁ」
そこで初めてソールは焦りの表情を浮かべ、口の端を噛みしめる。左目だけで自身の状況を見、そして舌を打つ。
「少し予定よりも早いがしょうがねぇ。分断させたのに、これで気づかれちまうか。それともすでに異変に気付いてるかは分からねぇが、次善の策だ。受け取れよ人形さん」
泥の壁が脆く崩れ去る中、苦渋に染まった顔は、気味悪く笑っていた。
一体、何を企んでいる!?
その笑みに嫌な予感がし、デュオンは火槍だけを降らせて、自身は突っ込むのをやめる。その瞬間、ソールは火槍の中に赤く輝く何かを投じた。それは――
「赤い、魔鉱石?」
ソールの手から投じられたそれは、砕かれた赤い魔鉱石。火の魔鉱石だ。それはだんだんと熱を高めていき、魔力を収束させ、そして――