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1章2 『顔見せしに来ただけですよぉ〜』

 宿は村の入り口あたりに配置されていた。おそらく村にやってきた旅人などが、すぐに宿を見つけられるようにという配慮なのだろう。今夜エレナの宿屋に泊まっているのは自分たちだけのようだ。それで経営は大丈夫なのかと思わなくもないが、もともと田舎な村なのだ。そこらへんは考えながら経営しているのだろう。


「……雪…久しぶりな気がするな」


 デュオンが宿から出ると雪が降り始めていた。村の入り口に配置された門をくぐって村外に出る。村の入り口付近で人通りがそれなりにある大通りは雪が道の端によけられているのだが、村を出てしまうと積もっている部分と踏み固められた部分がまばらだ。人が通る部分は雪が踏み固められているのだが、それ以外の部分はうずたかく雪が降り積もっている。そこにさらに雪が積もっていく。日も沈み始める時間で、これからだんだんと冷え込むことが分かる。赤い外套を身に纏い、デュオンは誰もいない細い道の先を見つめていた。


「この先にみんなが――」


 今滞在しているこの村は、デュオンがかつて暮らしていた村のほぼ南方に位置する。日にちにして大体2日くらい歩いた先に故郷がある。――いや、『あった』だ。

父も。母も。友人も。隣人も。幼馴染も。みんなすべて、『悪竜』に奪われた。大切な人たち全員を失ったあの日、自分はすべてを失ったのだ。なのに、自分はまだここでのうのうと生きている。《悪竜》に復讐を果たすこともできず、何を果たすこともできず。それどころか――


「感傷的になってるな。あの日は別に雪の日でも何でもねぇのに。ただ故郷に近いってだけでこんなに不安定になるのか」


 あの日から、俺にとってのすべては変わったのだ。

あの日から、俺にとっての世界は終わったのだ。



――だから、《悪竜》に復讐を果たすことだけを考えろ



 デュオンは何もない白い道の先を望み、まとまらない思いに整理をつけようと深く息を吐き、そのまま深呼吸をして心を落ち着かせようと努めた。

一息吸って吐くごとに大切な何かを失っていく感覚がしたが、そんなことは無視してデュオンは深呼吸をしていく。


「くふふふ、何をそんなに思い悩んでいるんですかぁ?

らしくないですねぇ。みっともないですねぇ。私の勘違いでしょうかぁ」


「!?」


 不意に後ろから声がする。まったく気配を感じさせずに背後に立った人物。声は女のものだ。くふふと怪しげな笑い声を上げながら、女はデュオンの背後で笑っている。咄嗟に振り返ったデュオンだったが、しかし女の姿はどこにもない。――ただ一つ、只ならぬ気配だけはそこに残り続けていた。


「せっかちさんですねぇ。そんなに怖がって私の存在を探さなくても、私は逃げませんよぉって今まさに逃げましたけどぉ~」


 せせら笑うかのような女の声が再び背後から聞こえる。

くふふ。くふふふ。くふ。くふふ。

 何度も何度も振り返るのに、女の姿はとらえられない。ただただ女の笑い声だけが何度も木霊するだけだ。


「いったい何の用だ!何しに俺のところまで来たんだよ!」


「そんなに答えを急がなくても教えてあげますよぉ~って教えませんけど~」


「じゃあなんだ!俺を笑いにきただけとでも言うのか!?」


 しばらく女は不敵に笑ったあと、少し思案するような時間を経てこう言った。


「いえいえ~、今日は顔見せしに来ただけですよぉ~。くふふ。それとも声出しですかねぇ。まぁどっちでもいいですねぇ、くふふ」


「いい加減にしろよ!俺がお前に付き合う必要はないんだ。手荒な真似はしたくないけど、そうされても文句は言うなよ!」


 そう告げたデュオンの手には人の背丈ほどもある赤い槍が握られていた。そんな長物を村から持ってきてはいなかったのだが、まるで最初からそれを手にしていたかのようにその姿は自然だった。彼は槍を自分の周囲で振り回し薙ぎ払うことで声の主を退けようとする。それだけで赤い旋風がデュオンの体を覆ったようだ。しかし


「4の刻フィリポくーん」


 そうふざけた声で女が呟いただけ。それだけで――


「――!?」


「くふふ、そんな焦らなくてもあなたを害そうと思って近付いてなんていませんよぉ~。だって私はあなたのことを愛していますからねぇ~って嘘ですけどぉ~」


 怪しげに笑う女の言葉が続く中、デュオンは二の句を継げない。なぜなら、まったく体を動かすことができないのだ。まるで体中の時が止まってしまったかのように体が動かない。呼吸さえも止まってしまっているかのようだ。このまま放置されれば間違いなく魔物の餌だ。そのことに恐怖したいが、そんな感情の動きさえ許さないとでもいうようにすべてが動かない。


「すみませんねぇ。今すぐ戻してあげますよぉ~」


 女がそう言った瞬間体はもとのように動いた。時に忘れ去られたかのように止まっていた身体の活動も、体を流れる血潮の動きも元に戻る。


「いったい、何が……お前、いったい何者なんだ。まさか『魔人』なのか!?」


 これだけの強大な力を持つ存在だ。明らかに常軌を逸した力を持っているとしか思えない。そしてこの世界にはそんな「化け物」じみた力を実際に持っている存在が確かにいる。――赤き瞳の呪いを持つ『魔人』。そんな奴が牙をむけば、普通の村人なんてひとたまりもない。そんな化け物がこの場にいる。


「くふふ。私は『魔人』じゃないですよぉ~。『魔人』なのはあなたの方じゃないですかぁ。むしろ私の方が怖い怖いって泣き叫んじゃいたいですよぉ~ってしませんけどぉ」


「じゃあ一体なんだっていうんだ……」


「そうですねぇ。まぁこの遊びにも飽きてきましたしそろそろ顔見せしちゃいましょうかぁ~!ということで6の刻マタイさん」


 くふふふと陽気に怪しげに笑う女。飽きたといった女は、再び不可思議な名前をふざけて呼ぶ。たったそれだけでデュオンが「は?」と疑問をはさむ余地なく、まるで本当に最初からそこに存在したかのようにふっと女の姿がデュオンの目の前に現れた。


「ということでハドラさん堂々の登場ですよぉ~。恥ずかしいですねぇ~!怖いですねぇ~!!愛しくなっちゃいそうですねぇ~!!!どうですかぁ~デュオンさ~ん?」


 そういってこちらに歩み寄る女性――ハドラは、容姿から服装までアンラと真逆でありながら彼女とよく似た女性だった。

どういえばいいだろうか。全体的な見た目がアンラと真逆の女性がそこに立っていた。濡羽色の髪は腰までの長さでつやつやと輝く美しさを放っている。顔も目鼻立ちがよく整っていて可愛らしいというより美しいと形容できそうだ。髪だけでなく眉も瞳も黒一色。肌の色も浅黒い。しかし服装は白を基調としたものを纏っている。白いドレスのようなものを纏っているが、フリルのような華美な装飾は一切なくシンプルにまとめている。スカート部分も動きやすくするためか短く膝よりも少し上の丈だ。アンラの白と黒のコントラストを真逆にした女性だ。しかしこちらはアンラと違い、美貌を損なわないようよく纏めている。全体的な見た目はアンラとよく似た雰囲気のハドラだが、この女性はそれ以外の部分で度し難い。


「いったい……何の用だ」


 隠し切れない圧倒的な力に怪しげな話し方。警戒せずにはいられない人物だ。少なくともデュオンはそう判断せざるをえなかった。どうやら彼女の双眸が両方とも黒目であることから、彼女が『魔人』でないということは確かなようだ。


「心外ですねぇ~。私はどうですかぁ~って聞いてどう答えられるか期待していたって言うのにぃ~って嘘ですけどぉ~。それに目的も話した通りですよぉ~」


「それだけのために俺に会う目的が分からない。だってそうだろう!俺は」


「『魔人』だからですかぁ~?」


 その言葉にデュオンは驚きながらも頷く。先回りしてデュオンの言葉を拾ったハドラは、今までの態度の中で初めてこちらに失望を露わにしたような声を出す。


「その程度のことで私があなたを諦めるわけないじゃないですか」


「は?」


 はあぁ~、とどこかふざけた態度ながら失望感を露わにするハドラ。デュオンはその変わり身に訳も分からず狼狽えることしかできない。


「どういう意味だよそれは」


「いえいえ~、特に気にしないでください~。これは個人的な理想に過ぎないものですからねぇ~。なので今はこれで仕方ないのかもしれませんねぇ~」


「だから訳わかんねぇこと言うんじゃねぇよ!」


 一人で勝手に納得するハドラに対し苛立ちが募る。それは彼女の常にふざけたような態度がそうさせるのか、今日の不安定な自身の感情によるものなのか。よくわからないがとにかく苛立つ。その気持ちをハドラに対して容赦なくぶつける。


「今は分からなくてもいいですよぉ~。それでも私はあなたを愛していますからぁ~って嘘ですけどぉ~。今日は顔見せ程度に一つだけお伝えしたいことがあるだけなのでぇ~」


 くふふと笑うハドラは、そんなデュオンにも余裕を崩さず対応している。その彼女は警戒を崩さない彼を軽くあしらい、自分の要件を済ませるべく、回りくどく怪しげに芝居がかったうさん臭さで動くだけだった。


「私も暇じゃないのでぇ~というか大忙しのハドラさんなのでぇ~なるべく用事は早く終わらせちゃいます~。遊んでただろ!とか無粋なこと言うのは良くないので釘挿しますよぉ~」


「俺をおちょくって遊んでたじゃねぇか……」


 あえて地雷を踏みに行く。ちょっとした反抗心だ。デュオンは納得できないままだったが、このまま感情に任せるのもよくないとそれだけに留めて自制する。このまま彼女の手の平も納得いかないが、早くおかえり願おう。


「くふふ。あえてしないでということをするなんてデュオンさんはどえすなんですかねぇ~?どうなんですかねぇ~?」


 先ほどのアンラとの評も真逆なことを言うハドラだったが、彼女も本当に急いでいたのか脱線するのもそこまでにしてふざけた口調で先を告げる。


「デュオンさんがお世話になっている宿屋のお姉さんがピンチですのでぇ~助けに行った方がいいかもですよぉ~?」


「は?どういうことだ?」


 なぜ彼女の身に危険が及ぶんだ?そんな疑問に首をかしげるしかないデュオンだったが


「村人は『魔人』を恐れているんですよぉ~?

彼女は違うみたいですが他の人までそうとは限りません~。じゃあ村人が『魔人』を追い出すために次にすることはどんなものがありますかねぇ~。『魔人』は怖くて手が出せないですよねぇ~。だったら、宿の人をどうにかするのが手っ取り早いんじゃないですかぁ~?」


「――嘘だろこの野郎!!」


 ハドラが言い切る前に、デュオンは駆けだしていた。自分に対してエレナが向けてくれる視線が珍しくて、暖かくて。だからそれだけで満足していた。危機意識が足りなかった。今まで自分に向けられる負感情に対してばかり気がいって、エレナのような魔人に偏見を持たない人が危ないなんて思いもしなかった。


「悲劇に浸ってる時間があったら、もっと別のこと考えろよ俺!」


 エレナの無事を祈りながら急いで村へと取って返す。その後姿を眺める黒と白の女性――ハドラは、くふふと怪しげに笑いながらその背中にこう言葉をかけるのだった。


「健闘をお祈りしていますよぉ~私の愛しい人ぉ~。って嘘ですけどぉ~」


 どこまでも怪しげで不可思議な彼女はそう言葉を残すと、現れた時と同じようにふっと姿を消して、まるでこの日この時この瞬間ここにいなかったかのように姿を消したのだった。



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