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1章10 「その名で呼ぶな」


 ソールの手から投じられたそれは、砕かれた赤い魔鉱石。火の魔鉱石だ。それはだんだんと熱を高めていき、魔力を収束させ、そして――


「しまっ!?」


 次の瞬間、カッと白い閃光が迸る。それとともに強い衝撃が体を遠くへと吹き飛ばす。気づいた時には、デュオンは吹き飛ばされ、近くの家の壁へと打ち付けられ倒れていた。咄嗟の白い光に目をやられ、まともに前を見ることが敵わないが、それでも音だけを判断する限り周りに人の気配はしない。しかし、本当にそうかは分からない。爆発音がまだ耳に反響しているし、そこら中から木が焦げたような匂いがしている。それから察するに相当の爆発が起こったのだろう。


「そういえば、アンラがそこかしこに火の魔力を感じるって言ってたが、こういうことだったのか」


 ソールが火の魔鉱石を村中に配しているのなら、アンラのあの奇妙な話も少しばかりつながる。しかし、それならそれで疑問が残る。ソールが事前に村に火の魔鉱石を配したというなら、それはソールがすでにこの村にデュオンがいることを知っていなければいけない。しかし、デュオンは彼にあったことも、彼がこの村にいたことも知らない。村人の反応から見ても、彼が昨日この村にいなかったことは確かなはずだ。もしくは潜伏していたか。どちらにせよ確かになったのは、彼がこの村に火の魔鉱石を散りばめた犯人だということだ。


「だが、その目的が分からない」


「げほっ!ごほっ!っぐ……!あれでも倒せないとか、やっぱりお前は「化けもの」かよ!こっちゃ死ぬ気だぜあれ。いや、あれで死なないことは知ってたし、俺が死なないことも知ってんだけど」


「っ!」


 満身創痍といった感じの声が周囲から響く。それは紛れもなくソールの声で、ともすれば彼も無事だということ。あの爆発なのだから、彼も無事では済まないはずなのに。


「あの爆発を引き起こしたのは俺だ。俺が死ぬような真似を俺がするわけねぇだろ。目もお前と違って無事だがな。そこは当たり前だな」


 ぜぇぜぇと息を切らした声が響く。耳も爆発音のためか、まともに働いていない。かろうじて言葉は聞こえるのだが、それでもどこから聞こえているのか分からない。今まともに戦えと言われると厳しい。


「ついでだ。多分お前が疑問に思っているようなことにも答えてやる。大丈夫だ。今は攻撃しない。なんせ、俺もしばらくは動けねぇからな」


「どういう……意味だ?」


「いやこの状況みりゃ分かるだろ!?……って目が見えてねぇんだったな。いいぜ。教えてやる。今の俺は瓦礫の下敷きだ。殺そうと思えば今殺せるぜ。させねぇけどよ」


 槍の雨を範囲に展開させれば無条件で当たるかもしれないが、近くに人がいないとも自分に当ててしまう可能性もある。不用意にはそんな攻撃はできない。相手も動けないのであれば、目が回復するまでおとなしくするのもありかもしれない。


「ソール……あんた、本当に殺したのか、人を」


「ん?あぁ、昨日の夜殺したやつか?あぁ、俺が殺した。人形にする価値もない奴だったからな。しかも気を抜いていた時だからびっくりしたぜ。なんせあんな吹雪の中、外にいるなんて思いもしなかったしよ。準備してる最中に驚かせるなって話だ」


「準備?」


「そう……お前らももう気付いてるだろうし、気づいてもらわなきゃ想定通りにいかねぇんだ。火の魔鉱石を村中に捲いたのは俺だ。その理由はお前らを分断するため。お前の連れの嬢ちゃんにも加勢されるのは、さすがのこっちも捌ききれねぇよ」


「アンラのことか」


 確かに、アンラはその魔鉱石の存在を気にかけ、別行動になった。しかし、それこそが狙いなのだとしたら、この襲撃は大分練られたものということになる。まだアンラが戻ってきていないということは、魔鉱石の数もかなり多めなのだろう。そこまでして為したいこととは何だ?


「そこまでする理由は、いったいなんだ?」


「ずっと言ってるだろ?お人形さん集めだ。俺の――大事で愛しい、かっこよくて可愛い人形を手に入れることだ。そのために、気に入った人間の体が必要なんだ。死んでなくともいい。ただ、飲ませればいいんだから」


「飲ませる?」


「そう――こんな風にね」


「っ!?」


 足元に何か温かいものがぽたりぽたりと垂れる。ねっとりとした温かい液体。だんだんと視界が明確になり始めているがまだぼやけている。その視界で、うごめくその影はソールのもだろうか。


「お前!?動けなかったんじゃ!?」


「敵の言葉にうまく乗せられてるうちは、まだまだ甘ちゃんだぜ!このくらいはこなせないと、俺みたいな弱い『魔人』はすぐに食われちまうんでな」


「くっ!」


 ぬかった。『魔人』は「化け物」だと常に言っているが、それは魔物のように思考を働かせないわけではない。普通に裏をかくし、嘘もつく。それを相手も同じ状況と思い込んで、安心しきるなんて愚の骨頂だ。


「何で、今更俺にネタ晴らしするようなことをしたんだ!?冥土の土産のつもりか!」


 くつくつという笑い声がしたのち、ソールはこちらに馬乗りになり血を垂らす。


「いや、単にもう必要なくなった情報だったから言っただけだ。火の魔鉱石をこんな風にド派手に使っちまったんだ。アンラとかいう嬢ちゃんでなくとも、ここで何かが起きてるってのは分かっちまうだろ。その前に何とかお前を人形にしちまおうってことだ。じゃあな、次は大事なお人形さんとして会おうぜ」


 ぽたぽたと垂れる血が腹、胸へと落ち、口へと近づく。


「まだだ!」


「おっと!!」


 デュオンはそう叫ぶと短槍を射出する。どこにいるか分からない状態なら危険だが、ここまで近いなら話は別だ。自身の頭上に何本もの槍を生み出し、ソールに向かって槍を打ち出す。これで何とか追い払えたはずだ。


「まぁ、そうするって知ってたから避けれたんだがよ。初見だとその不意打ちは辛いんだわ。初見殺しとか死ぬほど嫌らしいトラップしかけやがって、それで1回死んだぞ」


「……何を言ってる?」


「こっちの話だ。ここで人形に変えちまうこともできると思ったんだが、やっぱり甘いか」


 目も大分回復してきた。ゆっくりと立ち上がり、頭を手で押さえて痛みを振り落とす。そうして目を開いた末に視界に入ってきたのは、周囲一帯が爆発で吹き飛ばされ、軒並み焼け野原になっている光景だ。雪も融け、爆発の熱で下の地面が泥となっている。木でできた家や雑草が煙で燻っている。大きな爆発には違いないが、村全体に被害が及ぶほどの爆発ではなかったようだ。

 その爆発の中心点と思われる場所は丸焦げになってはいたが、不自然に雪が融けないまま円形の部分が残っている。おそらくその場所がソールのいた場所なのだろう。咄嗟に自身の身を守っていたわけだ。


「……ずいぶん捨て身な作戦を使うな。危うくお前も死ぬかもしれないような作戦じゃないか。そこまでしたいお前の目的は、本当に人形集めなのか」


「はぁ……そうだよ。でも、ここまでして人形が捕まえられないとなかなか厳しいものがある。火の魔鉱石を使っちまったことで、お前の連れの嬢ちゃんも遠からずここに来ちまう。さて、二人の相手をするのは、俺には荷が重すぎる。ここで見逃しちゃくれねぇか?」


「そんなことをする理由はない。お前も俺も『魔人』だ。そしてお前は、俺以上の「化け物」だ。ここで殺せるなら殺す。大事なものを守るために、俺は「化け物」にでもなってやる」


「はぁ!なんだそれ!?」


 ぶっははははと俺の言葉を笑い飛ばすソール。その様子を不快に思い、長槍を構える手が握りしめられる。


「何がおかしい?」


「いや、お前が真面目腐った顔でそんなことを言うからよぉ。冗談が過ぎるってやつだぜおい。お前が「化け物」にでもなって人を守るだって?笑わせるじゃないかよ」


「っ!何が言いたい!」


 諸手を上げて面白おかしいと腹を抱えるソール。何がそんなにおかしい。何がそんなに笑える。俺の何が、そんなに――


「だってお前、もう「化け物」だろうが――」


「――」


「俺たち『魔人』が、「化け物」でないなんていつ思い込んだんだよ。まぁでも仮に「化け物」でないにしても、お前だけはそれを言っちゃ駄目だろうが」


「――」


「だろ?世界から恐れられ、敵視され、恨まれ、その末に孤独の化け物になるしかない『魔人』たち。彼らはその脅威から人々に恐れられる。誰にも受け入れてもらえるはずがない。その中でも特に恐れられている魔人には畏怖を込めて二つ名がつけられている。お前を知らない奴はなかなかいないんじゃねぇか?それこそ、こんな辺境の村でもない限りはだが。そうだろ、デュオン――またの名を「救命者」だったか?」


「――その名で呼ぶな」


「なかなか皮肉のきいた名前だよな。「救命者」ってな。傍から聞いたら英雄なのに、そんな二つ名がみんなの恐れる化け物に冠されるなんてなぁ!」


「その名で呼ぶなあぁ!!」


 ふつふつと胸の内に湧くどす黒い狂気。その中身を今すぐにでも目の前の男のぶち当ててやりたい。ここまで人を馬鹿にし、虚仮にし、弄んだ末に絶望に叩き落すような化け物に慈悲などかける必要はない。

惨めに死ね酷く死ね苦しんで死ね悲しんで死ね無念に死ね残酷に死ね無惨に死ね哀れに死ね恥辱の果てに死ね苦悶の末に死ね孤独のまま死ね軽蔑されて死ね生き恥を晒して死ね憎悪されて死ね堕落して死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネシネ――


「デュオン!!」


「!」


「デュオン、無事なのかい!?」


 少し気だるげで高い鈴のような声が背後から聞こえる。声の方向に振り返ると、息を切らせた様子のアンラが、こちらに近寄ってきていた。デュオンが振り返ると、アンラは胸を押さえて安堵の溜息をもらす。黒い魔女服は所々が雪が融けでもしたのか濡れていて、何度も転んだ跡が見える。何度もこけたがゆえにアンラの服はぐちょぐちょになっているが、その分だけこの場所に急いで来たのだということが分かった。


「俺は今、一体――」


「デュオン、本当に大丈夫なんだね?」


「あ、あぁ」


 今さっき、ソールに抱いたどす黒い感情――それに一番動揺したのは自分自身だった。あの時、自分は本当に自分だったのか。それすら疑いたくなるような深く黒い感情。あそこまでの殺意を抱くことができるのか、自分で自分が恐ろしくなる。アンラが声をかけてくれなければ、いったい自分は何をしたのだろうか。


「――なるほど。それが「救命主」の力か。そりゃあ確かに、敵わねぇな。このパターンは見たことがねぇから知らなかったが、それはそこの嬢ちゃんがいたからか。認めたくはないが、間接的に助けられたってことか」


「君が、今回の首謀者ってことなんだね?」


 様子のおかしいデュオンを察してか、アンラはデュオンを背に庇い、ソールに向けて杖を構える。相手は『魔人』とはいえ、アンラなら後れを取ることはない。それでも、デュオンが動けないでいるのは彼女にとっても足手まといだ。


「悪い。大丈夫だ、アンラ。俺も戦える」


「……無理しなくてもいいんだよ。さっきの爆発、大きいものではなかったけど、威力だけなら相当のものなんだよ。君の今の状況、かなりボロボロなんだよ」


「大丈夫だ。まだ動けるし、あいつのおしゃべりのおかげで何とか回復もした」


 アンラの横に立ち、デュオンも槍を構える。それと同時に意味はないと分かりながらも何本も槍を作り出し周囲に浮かべる。アンラは杖の先に魔力を集中させ、いつでも魔術の行使が可能だ。その状況を見て、ソールは肩をすくめて溜息をつく。


「こうなったら、勝ち目はないなぁ。こちとらそんなに強い『魔人』でもない。お前みたいな二つ名持ちじゃないんでね。というわけで最終手段に訴えさせてもらうぜ」


「何をするつもりだ」


 すでにあきらめたように肩を落として落胆するソールだが、その顔は未だに何かを企んでいる。明らかに怪しげな光を瞳に宿している。そう判断して立ち向かう準備をしたのだが。


「そんじゃ、逃げさせてもらうぜ」


 そういってこちらに背を向けて走り出した。


「なっ!?」


「逃げるが勝ちってなぁ」


「行かせるわけないんだよ!フィーア!」


 アンラの言葉とともに、杖の先から炎が迸る。小さな火の球が何個も生み出され放射状に広がり、ソールの背へと収束していく。しかし


「それも見て知ってるよ」


 その言葉を残していくと彼が足で踏んだ地点から地面がせり上がり、土の壁が出来上がる。彼が走っていく度、地面から壁がせり上がり、彼の背中を守っていく。しかし、今回はただの土の壁だ。前のような泥の壁ではない。


「なら!これはどうだ」


 アンラの火球が防がれるのを見て取り、デュオンは土の壁より上の位置から槍を射出する。しかしこれもあえなく撃墜される。


「それも知ってるっつってんだよ」


 ソールは今度は振り返り、向かってくる槍に向かって右手を突き出し、拳を開く。そこから風の刃が現れ、槍を撃ち落としていく。


「駄目だ。早く追いかけないと」


 ソールの後を追うため駆け足になるデュオンだが、アンラは足を止めて何かを考え込んでいる。デュオンはそれを見て、足を止める。


「アンラ、早くあいつを追わないと逃げられるぞ!」


「たぶん……いや、確実に彼は逃げるつもりがないんだよ」


「なんでだ!現に今逃げてるじゃないか」


「それなら、なんで村の中心地へと向かったんだよ?」


「え……?」


 アンラのその言葉に虚を突かれる。ソールが村の中心部へと向かった?

そんなはずはないと思いながらも、しかしいまここがどこだか分かっていないデュオンではわかるはずもない。アンラは魔女帽の縁を手でつかみ、何かを考えている。おそらく、デュオンでは考えもつかないような相手の裏を読むことを考えているのだろう。長年の付き合いで、アンラの戦い方は敵の観察から始まることを知っている。そのアンラが、敵の出方に何か不安を感じているのだ。彼女の言うことに従った方がいいだろう。


「彼――ソールといったかな。彼はあたしが今までいた方向、つまり村の中心地へと向かっている。それはあたしが保証するんだよ。そして、今村の中心地は『魔人』の災禍に身をひそめる村人の避難所になっているんだよ。あたしはそこにやってきたエレナ君のおかげでここに来れたわけだけどね」


「エレナさんが……」


 こうして思い返す場合ではないとしても、思い返してしまう。彼女と別れた時、デュオンは彼女とケンカ別れのようなひどい別れ方をしている。『魔人』という「化け物」から彼女を逃がすため、未練も残さず「化け物」だと縁を切ってもらうために辛辣に接したが、その時の彼女の悲壮感にみちた表情に心が痛む。


「彼女が教えてくれたんだよ。デュオンがソールさんと戦っている。どうか助けてあげてほしいってね。もちろん助けるけれど、彼女はソールが何かあってこんなことをしなければいけなくなっているんだと頑なに信じていた。それを確かめるためにもここに来たんだけど――確かめるまでもなかったみたいなんだよ」


 アンラは目を伏せ悲しそうに俯く。エレナにどういえばいいのか、アンラも口の端を噛みしめて悔しそうにしている。ソールが彼女の希望を奪ったという点では、間違いはなさそうだ。そして彼が現状、村の中心へと向かっているという点から考えられることは


「村人を俺たちの脅しに使うつもりか!」


「そう考えてもいいと思うんだよ」


 だとすればやはり悠長にしている暇などない。今すぐにでも村の中心へと向かい、エレナを――この村の人たちを助けなければならない。いくら俺を恐れて不親切にしたとはいえ、この村の人に罪はない。それが『魔人』に対する当たり前の認識で、そうしなければならない正当な理由もあるのだから。だから、その罪なき人たちに『魔人』という「化けもの」の牙が迫っているというなら、同じ「化け物」といえども看過すべきではない。


「今すぐに向かわないと」


「でも、何の対策も立てずに行っても、こっちが不利なままなんだよ」


「それは……!そうだけど……」


「まずは落ち着いて考えるんだよ。ソールという魔人に立ち向かうために、どうすればいいのか。まずは彼の『魔人』としての能力を考えてみるんだよ」


 アンラは帽子をかぶりなおして、杖の柄でカツンと音を鳴らす。


「彼の行動、言動、すべてがヒントなんだよ。それは、彼の残したものからも分かる。情報的に後手に回っていたあたしたちだけど、ここで挽回すべきなんだよ」


「……分かった。それでも村の中心地に向かいながらだ。考えるだけなら、向かいながらでもできるだろ?」


「それでいいんだよ。まずは、エレナ君が伝えてくれた死体だけど――」


 デュオンとアンラはお互いの経験、観察、ソールの行動を思い出しながら足りないところを補っていく。彼の力、そのすべて――それを暴く時だ。

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