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騎士になりました  作者: 比呂
95/127

不明


 風車騎士団の団長室には、風車を模った盾の紋章が飾られていた。


 その他は特に目立った物も無く、応接用の椅子とテーブルがあるだけだった。

 騒動の片づけが終わった後で、余人を交えず話が出来る場所へ集まったのが先程のことである。


 ナイガンが椅子に深く腰掛けて、大きな溜息を吐く。


「アンタ、魔族だったのかよ」

「多分な。俺も良く分かってないが」


 客用の椅子で、ユーゴは適当なことを言った。

 嫌そうな顔をしたユミルに紅茶を淹れて貰い、カップを傾ける。


 そして、ナイガンの視線がアリアドネに向けられた。


「これはアルベル連邦の総意ってことじゃぁねんだよな」

「はい。ユーゴ様をお招きしたのは、私の独断です。お兄様の意志は介在しておりません。お父様は言わずもがなです」

「っ……そうかい」


 ナイガンの眉が、わずかに跳ねた。


 彼の反応が顕著だったのは、『お父様』――――つまりは、アレク・レオの存在が示された時だった。

 それを見逃すユーゴでも無い。


「アレク・レオに何かあったのか」

「ア、アンタにゃあ関係の無い話だ! 言う義理もねぇ」


 目に見えて狼狽えるナイガンの姿は、誰の眼に関しても異様だった。

 腹芸の出来ない父親を見たユミルが、腰に手を当てて言う。


「アリアドネ様の家族の話だろ、親父。こっちにゃ話をしてくれてもいいだろ」

「馬鹿野郎! 風車騎士団の成り立ちを考えてみやがれ、誰に忠誠を誓ったと思ってやがる!」


 再び親子喧嘩が始まろうとした。

 無論、大怪我をしているナイガンなので口喧嘩の様相だ。


 その間に、ユーゴが小声でアリアドネに聴いた。


「成り立ちって?」

「私も聞いた話なのですが、お父様が一人でこの『トランキアル霊廟街』を訪れた際に、近隣住民が護衛団を立ち上げて供回りをされたそうです。そこから義勇兵としてアルベル連邦が召し抱えたと言うわけですね」

「ふぅん」


 割とどうでもいい感じで頷いたユーゴの態度が許せなかったのか、ナイガンが噛みつくように言う。


「はんっ! あの御方の偉大さは、手前ら魔族にゃ言っても理解出来ねぇよ。こんなに街が栄えたのは、誰の御蔭だと思ってやがる!」

「いや、いつの話をしてんだって。そんときは親父も生まれてないだろ」

「………ふむ。ところで、アレク・レオってのは何歳なんだ?」


 ユーゴが紅茶を飲み干してから呟くと、周囲の目が一斉に彼へ集まる。

 ただならぬ雰囲気に、彼は若干慌てた。


「なんだ。俺は変なことを言ったか」

「あ、いえ、お父様の年齢を推し量ることは出来ないのです。何せ、『至高人』であらせられますので」


 俺もそう呼ばれたことがある、などと言ってしまえば、この場で袋叩きにされそうなことは彼でも分かった。

 その代わりに、疑問を吐き出してみる。


「少しだけそんな話を聞いた事があるんだが、『至高人』って何なんだ?」

「わかりません」


 アリアドネが真面目な顔をして、首を横に振る。


 それが当たり前であるのか、ナイガンもユミルにも変わった様子は見当たらなかった。

 彼女が言葉を続ける。


「お会いしたことは何度もありませんが、ただ、崇高であることは分かります。そもそも、素性を探ろうとするのは禁忌とされていますから、年齢などの発言も忌避されていますね。ですので、文字通り、高みにおわす人と考えてよろしいかと存じます」

「そういうものなのか」


 娘と言えど父親に気軽に会えないのは、何か寂しいものを感じるユーゴであった。

 そして、自分には崇高な雰囲気とか無いもんなぁ、としみじみ思う。


 この場の空気が緩みかけた瞬間、ナイガンがテーブルを叩いた。


「ともかく、嬢ちゃんにゃ悪いが、この男が魔族とわかった以上はどうにもならねぇ。出て行ってくれ。せめてアンタらの背中が見えなくなってから捕縛に向かわせてもらう」

「親父っ!」


 約束を反故にされて憤るユミルであったが、娘の声でもナイガンの忠誠は揺るがなかった。


「黙りやがれ。本来なら、今ここで捕まえるのが筋だろうが。それを曲げるだけの譲歩はしてやるってんだ。我慢はしてやる。だがなぁ、根性まで曲げちゃなんねぇんだよ」

「まあ、そう言うことだよな」


 ユーゴが頷いて見せた。


 誰のために話が拗れてるんだ、と彼以外の全員が思った。


 しかし、面子を潰されたと言うのならアリアドネも同じことである。

 父と娘で権力に天と地ほどの開きがあろうと、ユーゴを帰還させると決めたのは彼女の意志だ。


 アリアドネの瞳は、まだ諦めていない。


「ありがとうございます。それではお暇いたしましょう」


 彼女がそう言って腰を浮かせる。

 それに続いてユーゴも立ち上がろうとしたときだった。


 団長室のドアが開き、白い髭を撓ませる初老の男が姿を現した。


「その必要はありませんな、お嬢様」

「――――ランヒ」


 アリアドネが息を呑む。

 その表情を見て、心外とばかりにランヒが頬を緩ませた。


「グラウコス様が風車騎士団に目を付けぬはずが無いでしょう。ここは最初から監視されておりました。事の顛末も、ええ、しかと見させてもらいましたがね」


 ここで彼の目線が、ユーゴへ向けられる。


「随分とまあ、奇跡の安売りでしたな」

「そうか? 何なら執事さんの右手も治すけど」


 座ったままそう言って見せるユーゴの態度は、傲岸不遜と罵られてもおかしくはない。

 ただ、ランヒ自身が同じことを思っているかと思えば、そうでもない。


 執事は正しく、己の分をわきまえていた。


「それは有難いのですが、遠慮させてもらいましょう。それより、グラウコス様からの御提案を携えて参ったのですが、お聞きになられますか?」

「俺は良いけど……」


 彼がアリアドネを確認しようとすると、それを遮ってランヒが言う。


「ならば構いません。実は今、アレク・レオ様が行方不明となっておられまして」

「んなっ!」

「え――――」


 声を上げたのは、ナイガンとアリアドネだ。

 それも耳に入らなかったかのように、ランヒが告げる。


「政情不安を避けるために情報統制を行っておりますが、一部の将校は嗅ぎつけておりましてな。故に、アリアドネ様を担ぎ上げ、下剋上を行う不届き者がいても不思議ではない状況でございます」

「その言い方からすると、何人か始末してきてるだろ。風車騎士団を見張ってたのも、反乱をおこさせないためか?」


 ユーゴが眼を細める。

 ランヒの気配は、暗殺者のそれだった。


「ええ、隠し事は出来ないものです。右手を潰されていたので苦労しましたが、無事に反乱の芽を摘むことは出来ましたよ。こちらの方は素晴らしい忠誠をお持ちでした。良かったですね」

「……ちっ」


 恨めし気な眼をするナイガンであった。

 万全な状態であれば喧嘩腰になっていただろうが、満身創痍の身体で敵対していい相手では無いことに気付いている。


 白い口髭を揺らせたランヒが、静かに頷いた。


「賢明です。そして、賢明な貴方様であれば、この魔族――――ユーゴ・ウッドゲイトを『騎士』にしてあげられることでしょう」

「え?」


 ランヒの言葉に、一番驚いたのがアリアドネであった。

 執事が大仰に手を広げる。


「つまり、貴方様の相手をしている暇が無いので、さっさと国外へ出て行って欲しい、という訳です。アレク・レオ様がいないとはいえ、正規の手段は踏んでもらいたいのですがね」

「何と言うか、身も蓋も無い話だなぁ。……それだけとも思えないけどな。今、アルベル連邦の全権を握ってるのがグラウコスであれば、色々とあると思うけど?」


 ユーゴが薄笑いを浮かべる。

 対するランヒも口元を緩めた。


「あまり詮索をなされない方がよいですよ? 貴方様の望みは帰国することでしょう。欲張り過ぎると身を滅ぼす、という言葉もございます」

「なるほど。それくらいには切羽詰ってる、ってことか」

「ご明察でございます。こちらとしても、望んで窮鼠になりたくは無い、といったところでしょうか」


 ランヒが大きく表情を変えることは、一度も無かった。

 ただ、印象に残り難い彼の微笑が、静かに浮かんでいる。


 既に覚悟を完了した者の雰囲気さえ感じられた。

 言葉の真意を掴む必要が無くなった彼は、頭の後ろで手を組む。


「ヴァレリア王国との不可侵条約は?」

「続けられるそうです。そちらから破られない限り、でしょうが」

「了解した。それでいい」

「その言葉を聞けて嬉しく思います、魔王ユーゴ様」

「それこそ、いつの話だよ!」


 昔の話を掘り起こされて、思わず立ち上がったユーゴだった。

 ランヒの髭が大きく揺れる。


「これが仕事ですので、ご勘弁願いたいものです。もしも他に何かあれば、グラウコス様にお取次ぎ致しましょう。方法は、お嬢様が御存じのはずです。では、この辺りで失礼致します」


 優雅な一礼を残し、初老の執事が姿を消した。

 背後を見送るよりも先に闇に溶け、その存在を疑うほどに見えなくなった。


 話を終えたユーゴが、何気なくユミルを見ると、彼女が妙な顔をしていた。


「魔王だったのか――――」

「ちょとだけの間だからな。偉くもなんともない」


 気恥ずかしげにした彼は、団長室から見える窓の外を見つめるのだった。




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