技術
埃臭い格納庫に、気まずい雰囲気が停滞していた。
親子喧嘩の騒動で、倒れた戦鎧騎がユミルによって片付けられている。
その光景を横目で眺めつつ、ユーゴは沈黙していた。
アリアドネも同じく、彼の傍に控えている。
全ての原因は、怪我人が仏頂面で黙っていたからだ。
しかし、ついに居心地が悪くなったのか、ナイガン・レードフが口を開いた。
「…………ちっ。約束は約束だ」
「ありがとうございます」
彼が会釈すると、虫を振り払う仕草でナイガンが嫌がった。
「慇懃無礼も程々にするもんだぜ。アンタは強ぇ。それは俺が認めたんだ。言葉遣いくらいは崩してくれねぇと、俺の立つ瀬が無ぇよ」
「わかった。そうさせて貰おうか」
治療された所為で、髭まみれから包帯まみれの頭が縦に振られる。
顔色をうかがうことは出来ないが、その声の弱さから、骨折以上の怪我をしていることだろう。
ユーゴの見立てでは、息をしただけで激痛が走っていると思われた。
彼はナイガンの怪我を見て、それから視線をアリアドネに向ける。
すると彼女が、首を横に振った。
「やめておいた方が良いでしょう。彼もそれを望まないでしょうし、今後は人前で御業をお使いになられるのは控えられた方が良いかと思います」
「まあ、散々使ってきたけどな」
「私たちも恩恵にあずかった身なので無理にとは言えませんが、あまり目立ちすぎてお兄様に目を付けられると、風車騎士団にも害が及びかねません」
「ふぅむ」
確かに、骨折以上の怪我が瞬時に治るなど、人族にしてみれば夢のような話だった。
ただでさえ怪我の絶えない兵士たちにとっては、是が非でも欲しい逸材だ。
そんなことで悪目立ちし過ぎては、ユーゴの立場が危なくなってしまう。
アルベル連邦の領内に居る間は、《完全変貌》することも《永劫回帰》を使うことも制限をしなければ、と考える。
ユーゴが難しい顔をしていると、ナイガンが話しかけてきた。
「おい、アンタ。そんなに強ぇなら『騎士』になるまでも――――すまねぇ。つまらねぇことを聞いた」
「いや、気にしてない」
彼は苦笑いで肩を竦めた。
自分で言った言葉を律儀に守ろうとするあたりに好感が持てたこともあり、何より痛みを我慢してまで強がらなければならない騎士団長という立場に共感を覚えていたのだった。
「それより、休んだ方がいいんじゃないのか」
「俺ぁ『騎士』だぜ。このくれぇの傷なら、まだいける。………そういうアンタなら調整も必要ねぇだろう」
「調整って何だ?」
「そんなことも知らねぇのか」
少しばかり上ずった声を出して、ナイガンがアリアドネを見やる。
彼女が薄笑いを浮かべた所で、風車騎士団長が項垂れた。
「……随分と込み入った男みてぇだな、アンタ。まあともかく、この戦鎧騎を動かすには、相応の筋力と体力が必要でね。訓練と増強剤で仕上げるのが常識だ」
「今、不穏な言葉が聞こえたんだが」
「あん? 増強剤か? 確かにこいつは遣い過ぎは良くねぇが、戦鎧騎と相性の悪い奴なら必須の薬なんだがなぁ。それなら、乗って見てから考えるか?」
包帯まみれの男が、台座に格納されている戦鎧騎を指差した。
ついでに、一人の技師を呼びつける。
「おーい、ゼンロの爺さん! こっち来てくれねぇか!」
「何じゃー。わっしか?」
汚れた革服に身を包んだ老人が、小走りでこちらへやって来た。
垂れ目でユーゴを見つめてくる。
「お前さんが、騎士になりたいって男かい?」
「ああ、頼む」
「ふむ。そうさなぁ」
ゼンロが口を尖らせ、顎に手を置いて眼を細めた。
口元を何度か動かしてから、小さく呟いた。
「……止めておいた方が、ええと思うがのぉ」
「何がだ?」
「いや、こっちの話じゃわい。乗って見たらわかるじゃろうて。ついて来たらええぞ」
先に一人で歩いて行くゼンロだった。
ユーゴは首を傾げながらも、ナイガンを見る。
すると彼が頷いたので、老人の背中を追いかけた。
骨組みだけの階段を上り、戦鎧騎の腹部まで到達する。
装甲が開いていて、中には身体を覆う大きさの椅子があった。
「座ってみぃ」
「わかった」
言われるがままに、彼は椅子へ腰かけた。
肘置きのある場所へ手を置き、周囲を見回す。
「見通しが悪いな」
「それはそうじゃろう。お前さんはまだ、戦鎧騎と繋がっておらんのじゃからな」
「繋がる?」
「そうじゃよ」
急に、ゼンロが表情を消した。
手元には鉄柱状の棒を持ち、ユーゴへ近づいた。
「お前さん、魔族じゃろう」
「……違うと言ったら?」
「それでもええがのう。わっしは別に構わんこった。しかしなぁ、お前さんに暴れられても困るでのぅ」
老人が、鎧内部の壁に手を触れた。
戦鎧騎の腹部装甲が、ゆっくりと閉じられていく。
「わっしはどうとでもしてくれてええが、若いもんは見逃してくれんか」
「話が見えないな」
「なら、これを見ればわかるじゃろうて」
そう言って、ゼンロが手に持っていた鉄柱状の棒の中から、硝子に入った液体を取り出した。
「増強剤じゃ。これの原料が何かは、言わんでも分かるじゃろう」
「……《魔玉》だな」
ユーゴは知らず、手に力を籠めていた。
老人の手の中にある液体は、極微弱ではあるが《魔玉》と同じ気配を持っていた。
《魔玉》を原料にした技術発展が行われていたことは、前例がないわけでも無い。
それでも目の前に突き付けられては、感情を飲み込むことに力が必要だった。
口を閉じている彼に、ゼンロが言う。
「お前さんの気持ちを分かるとは言わん。じゃが、わっしの家族は魔族に殺されておる。怒りも恨みも忘れられん。納得も出来んじゃろう。それでも、お前さんに押し付けるのは間違っておることも知っとるよ」
「ああ、いや、俺としても平静でいられるわけじゃないが、ここで暴れることはしない。故郷に迷惑がかかるからな。証明するものはないから、アリアドネに保証してもらうしかないが」
「……さっきから不思議に思っとったんじゃが。令嬢様と魔族が知り合いなのかのぅ」
「そこは余り、深く考えない方が良い。余計な詮索をすると、人間同士の殺し合いになりかねないぞ?」
脅しも兼ねた忠告に、老人が口を噤んだ。
政争に巻き込まれ、口封じの暗殺が行われても不思議では無い案件であることが理解出来たのだろう。
ユーゴとしては、もう少し戦鎧騎について情報が欲しかったところだが、これ以上の話を聞くことは難しかった。
そのことは、また後でアリアドネにでも聞くとして、彼は老人に向かって苦笑いを浮かべた。
「ところで、どうして俺が魔族だと分かったんだ?」
「……ユミルが怪我をしておったろう? それを治すのが見えたんじゃ。本来なら礼を言うべきことなんじゃろうがなぁ」
「なるほど」
「気を悪くして欲しくないんじゃが、ユミルは魔族になったりせんじゃろうな」
「ああ、それは無い。人もエルフも治したことはあるが、どっちも元気だ」
治療した者が全員魔族になっていたら、大騒ぎどころの話では無い。
そう言う理屈なら、まず真っ先にアリアドネが魔族となっていることになる。
「――――ん?」
人から魔族になった前例はユーゴだが、他にも《魔玉》を研究していた者がいる。
エルフを魔族化した人間――――アルベル連邦研究局、キュロス・メゾットだ。
戦鎧騎についても、関わっているとみて間違いないだろう。
これは少し調べてみても良いかもしれない、とユーゴは小さく息を吐いた。
そのとき、何気ないことに、肘置きの先に合ったレバーへ彼の手が触れる。
ゼンロが眉を顰めた。
「お前さんが魔族なら、『騎士』は諦めることじゃな。魔族に戦鎧騎は動かせないように――――なんじゃあ!」
ユーゴたちの搭乗している戦鎧騎が揺れる。
台座に固定されていた巨大な甲冑が、いきなり膝をついたのだ。
固定ベルトもつけていないユーゴとゼンロは、操縦席で撹拌されていた。
堪らず腹部装甲を開いたゼンロが、戦鎧騎から降りる。
「あ、ありえんことじゃ……」
「そうなのか」
老人に続き、戦鎧騎から飛び降りたユーゴは、背後を振り返った。
そこには、騎士が忠誠を誓う様に、巨大な甲冑が膝をついて頭を垂れていた。
固定具が引き千切られ、台座が傾いている。
「……俺が壊したことになるのか?」
彼は口を曲げて言った。
立ち尽くすユーゴに向かい、近づいてきたアリアドネが薄笑いを浮かべていた。
「私も返済を手伝いますので、御気を落とされないでください」
「あ、うん。何か……すまん」
複雑な気持ちになりながらも、彼女に悪気はないのだと自分に言い聞かせるユーゴであった。




