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騎士になりました  作者: 比呂
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喧嘩


 薄暗い格納庫の壁際に、幾多の戦鎧騎が並んでいた。

 普段であれば怒号や喧騒が飛び交い、技師たちが作業に追われる日々を送っていることだろう。


 ただし、今は埃臭い静寂に満ちている。


 そんな雰囲気の中で、水面に滴を落とすような声が響いた。

 顔の輪郭を覆うほど髭面の男が、腰に手を当てていた。


「――――さて、この落とし前はどうしてくれる」


 一目見て威厳が溢れ出る髭面は、不機嫌さに彩られていた。

 彼の前には、ユーゴたちが立たされている。


 どうして俺まで、と思わなくも無い彼だったが、原因の一端と言われてしまえばそれまでだ。

 ユーゴは隣で澄ました顔をしているアリアドネを見た。


 彼女がその場をゆっくり離れて、大きく頷く。


「部下の不始末は、上に立つ者の責任です。そうは思いませんか、風車騎士団長――――ナイガン様」

「……まあ、嬢ちゃんには恩がある。アンタを見逃すのは吝かじゃあねぇさ」


 名前を呼ばれたナイガンが、顔を顰めた。

 髭だらけの顔が、更に髭まみれとなる。


「ただなぁ、無断で戦鎧騎を使うってのは、流石に擁護できねぇ。こいつを修理すんのも、手間暇が必要だ。戦争で壊すのは仕方ねぇ。それが戦鎧騎の役割で、責任は俺にある。だが、私怨で壊したんなら、手前で責任取れって話だ」

「ですが……」


 アリアドネの顔が、少し引きつった。

 悲しんでいるのだと想像できるが、見た目では怒っているように見えた。


 しかし、付き合いが長いのか、ナイガンが気を悪くすることはない。


「嬢ちゃん。確かにアンタの心持ちは立派だ。だがなぁ、たまには部下を成長させてやったらどうだい」

「ええ、そのことでしたら既に罰を与えているのです。今はこちらの方のお世話を言いつけているのです」


 彼女が、ちらりと視線をユーゴへ向けた。

 ナイガンの視線も、自然と彼を追う。


「アンタが例の『騎士』になりてぇって男か」

「そうです。初めまして。俺はユーゴ・ウッ……」


 名乗ろうとして、彼はアリアドネに口を塞がれた。

 髭面が構わずに言う。


「ああ、名前なんぞ聞いてねぇ。アンタが誰でも構わねぇ。そういう約束だ。騎士になる手伝いは構わねぇんだ。だがよぉ、道理を通す必要があるとは思わねぇかい」


 ナイガンの視線が、ユミルに向けられた。

 当の眼帯腰巻メイドは、口を尖らせて座り込む。


「私がやったことだ。親父に言われるまでも無い」

「うん? 親父?」


 ユーゴは思わず首を捻った。

 ナイガンの顔が殊更に歪む。


「手前な、今はそういう話をしてんじゃねぇだろう」

「修理ならゼンロ爺に頼むからいいだろうが」


 そう言って横を向くユミルだった。

 これに顔を真っ赤にして怒りを堪えるナイガンである。


 そして、二人を微笑みながら見つめるユーゴがいた。

 アリアドネが困惑した声で聞いてきた。


「あの、どうしてそんなに穏やかな顔を?」

「羨ましいと思ってね」


 彼の言葉が本心であることは、重々伝わった。

 だからこそ、理解不能な視線を向けて来る彼女だった。


 それをどう思ったのか、ナイガンが口を引きつらせて言う。


「なぁにが羨ましいだ、この唐変木め! そんなに羨ましいなら、コイツの筋を通してみせろってんだ!」

「あらあら」


 口を手で押さえ、ちっとも慌てた様子が見えない顔で驚いている。

 そして、ユミルが吠える。


「その男は関係ないだろう!」

「うるせぇ、手前は黙っていやがれ! そもそも手前が殺そうとして失敗した相手だろうが! 殺るならちゃんと殺りやがれ!」

「いや、それはどうかと思うぞ」

「何だとぉっ!」


 ユーゴは冷静に指摘するが、彼の言葉は火に油を注ぐ結果しか招かなかった。

 髭面の騎士団長が、ついにユーゴの胸ぐらをつかもうと手を伸ばす。


 しかし、その手はユミルに止められた。


「親父。確かに私は、この男を一度は殺そうとしたよ。今でもお嬢様の命令に従っただけの関係だ。――――だがな、仮初であっても私の主人だ。敵対するなら剣を抜く」

「……そいつは、俺の娘としての言葉か。それとも、ユミル・レードフとしての言葉か。今ならまだ選ばせてやろうじゃねぇか」

「騎士の名に懸けて言った言葉だ。侮辱するなら親父でも許さん」

「ああ、そうかい。それでいいんだな、嬢ちゃん」


 ナイガンの視線がユミルに向けられたままで、言葉はアリアドネへ問われていた。

 それがどんな意味を持つか、門外漢のユーゴにとっては理解が及ばない。


 だだ、言葉の重要さだけが伝わってきた。

 視線が集まるアリアドネの首が、縦に振られた。


「はい。我が騎士の行いは、私の行いです」

「良いだろう――――乗れ」


 ナイガンが顎をしゃくり、戦鎧騎を示した。

 彼とユミルが互いに背を向けて歩き出し、手近な足場を登り始める。


 巨大な鎧のその胸に、二人が同時に滑り込む。

 固定されていた戦鎧騎が、足を前に踏み出した。


 胸部装甲を跳ね上げたまま、二体の騎士が剣を構える。


「――――で、何が始まるんだ?」


 そこで空気を読まないユーゴの一言が響き渡った。

 彼は腕組みをしたまま、微笑を湛えて趨勢を見守っている。


 その隣でしとやかに佇むアリアドネが言う。


「親子喧嘩です」

「ほう、いいじゃないか」

「いいのでしょうか?」

「喧嘩するほど仲が良いと聞くぞ? ウチの娘はまだまだ子供だから甘えたがりでね。いつになったら喧嘩するんだろうと思うよ」


 ユーゴの脳裏には、半変貌して暴れ回るフィーナが思い浮かんでいた。

 喧嘩になるかは兎も角、周囲の被害だけは凄そうだな、と考えた。


 納得のいかない様子で、彼女が言う。


「ですが、命が懸かっています」

「……それは駄目じゃないのか?」


 アルベル連邦の文化に疎いユーゴにとっても、命を懸けて親子が争うことが正常だとは思わない。

 多少、ヴァレリア王国の作法に染まり過ぎた自覚はあるが、命の獲り合いを奨励する気は更々なかった。


 無遠慮に二人の間へ割り込み、言いたいことだけ言う。


「喧嘩はやめるんだ。お父さんが泣いてるぞ!」

「誰が泣くか馬鹿野郎! 踏み潰されたくねぇなら、どっか隠れてやがれ! 今日という今日こそは引導を渡さなきゃ気が済まねぇ!」

「うるさいクソ親父! 返り討ちにしてやる!」


 喉の奥から絞り出して罵声を言い合う二人は、仲が良いのやら悪いのやら、とユーゴを困惑させるのに充分だった。

 どう言葉を切り出そうか悩んでいたところで、アリアドネの声がよく響いた。


「止めて頂けませんでしょうか」

「君は止めなかったのに?」


 不思議そうに聞くユーゴであった。

 彼女であれば、幾らでも止める手段と機会を持っていたはずである。


 ならば、理由があるのは当然だろう。


「ええ、そうですね。私が言えば、喧嘩自体は収まることでしょう。ですが、ナイガンの負い目とユミルの気持ちが鬱屈してしまうのです。この際ですから、新しい風にお願いしようかと思います」

「勝手に何でも問題ごとを投げ込んで欲しくないもんだな」

「ですが、この喧嘩を止めませんと、ユミルは操を失う前に命を失ってしまいますよ?」

「何だよその、俺が操を狙ってるような言い方は――――」

「彼女のスカートと下着を脱がせたのは事実でしょう?」


 あ、こいつ、とユーゴが思った時には、もう遅かった。

 髭の塊がこっちに顔を向ける。


「おい、今なんつった。娘の下着に手ぇ突っ込んだだと?」

「突っ込んでない。見ても無い」


 彼の言葉に、今度はユミルが反応する。


「嘘だ! 絶対に見ただろう貴様! 寸止めしたくせに!」

「寸、止め、だぁ?」


 声が引きつるナイガンであった。

 何か勘違いされていそうなので、ユーゴは拳を突き出して言った。


「拳だよ。間違えるな?」

「拳大ぃ? そんなに手前のナニを自慢してぇってのか。いい度胸してんじゃねぇか!」

「……ダメだ。話が聞こえてない」


 激怒する風車騎士団長の剣幕は、凄まじいものであった。

 まともに会話が成立しているとは思えないし、何より、娘を想う父親としての感情は理解が出来る。


 どちらかと言えば、ナイガン寄りの気持ちであるユーゴであった。

 だからと言って、髭面親父の怒りが収まるわけでも無い。


 ナイガンの乗る戦鎧騎が剣を振り下げ、その切っ先をユーゴに向ける。


「決闘を受けやがれ! 戦鎧騎でも何でも使って構わねぇ。そっちのやり方に合せてやる! だがなぁ、逃げるのだけは許さねぇぞ!」

「……わかった。このままでいい」


 ユーゴは頷いた。

 それに顔を顰めるナイガンだった。


「舐めてんのか、手前」

「まあ、これくらいの差なら問題ない」


 平然と応対する彼の態度は、まさに上からの態度に他ならない。

 ここは風車騎士団の詰所で、問うた男は風車騎士団長だ。


 ユーゴの態度は、侮辱でしかないだろう。

 戦鎧騎と生身で戦うのは、狂気の沙汰なのだ。


「おう、ふざけた態度じゃねぇか。殺された後で文句は言えねぇぞ」

「ああ……ところで、俺がその戦鎧騎とやらを壊しても、後で文句を言わないでくれよ? 決闘を持ちかけられて、その上で弁償しろとか言われたとしても、持ち合わせが無いんだ」

「は、ははは、いいぜ。気にするな。手前の葬式代まで出してやらぁ」


 怒りの限界に達したのか、歯切れの悪い笑い声を漏らしながら、ナイガンの戦鎧騎が大剣を振り上げた。

 そこから繰り出される一閃は、まさに先程の戦鎧騎と練度が違う。


 乗る者が違うとこうも変わるか、と感嘆せしめる腕の冴えだった。

 平常でないナイガンであっても、彼の経験と感性が裏切っていない。


 熟れた戦士は、どのような状態であっても実力を発揮するものである。

 その意味で、ナイガンは熟達の戦士だ。


 ――――ただ、それでもまだユーゴの戦闘経験に追いつくことは出来なかった。


 常識的に考えれば、振り下される大剣へ向かって身を躍らせる者は皆無だ。

 それでも尚、彼が飛び込んだのであれば、利があったと言うことである。


「よっと」


 危険を顧みず戦鎧騎の足元へ立ったユーゴは、一仕事を終えた顔をしていた。


 戦鎧騎は人の形をしている。

 であれば、弱点もほぼ人間と同じようなものだ。


 とてもバランスが悪く、倒れただけでダメージを受ける存在なのだから、正直に殴り合う必要も無い。

 相手が巨躯である利点を奪い、自分が小さいということを最大限に生かすのであれば、接近して戦うのがセオリーだ。


 ユーゴが足元に居ると、大剣の震えない戦鎧騎が距離を取ろうと避ける。


「この野郎がぁ」

「器用に動くもんだな」


 彼は踏まれないようにして、それについて行くだけだ。

 業を煮やした戦鎧騎が、踏み潰しにかかる。


 その片足を上げた瞬間に、ユーゴは振り上げた足をそのままの勢いに任せて蹴り上げた。


「よっ」

「ぬぅ、ぐぁ――――」


 戦鎧騎が自身で足を持ち上げたので、さほど重さは無い。

 高く上げ過ぎてしまった戦鎧騎の足は重心を崩し、勢いよく倒れた。


 胸部装甲が開けられたままだったので、ナイガンが座席から飛び出る。

 それを、ユミルの乗る戦鎧騎が受け止めた。


「そうこなくっちゃな」


 ユーゴは満足げに頷き、他人事の風体で彼女らの光景を眺めているのだった。


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