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騎士になりました  作者: 比呂
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候補


 広大な敷地を囲む林の中に、練兵場があった。

 学舎も併設されていて、集会場のような大きめの建物もある。


 トランキアル霊廟街からみれば、かなり端へ追いやられた位置だ。

 しかし、ユーゴの耳に入る騒音を考えれば、当然の結果と言える。


「何の音だ?」

「ああ、訓練だろう」


 どこか余裕を湛えた表情で、ユミルが答える。

 彼女の後ろには、慣れた顔をしているアリアドネがいるので、この場所では普段通りのことだと思われた。


 ユーゴたちが林を抜け、その騒音の原因が明らかになる。

 鉄と鉄のぶつかり合う音が、遠くに響いて消えた。

 人の背丈を倍にした高さの巨大な甲冑が、互いに大剣を振り戦っていた。


 見覚えのある甲冑の姿に、ユーゴの眼が細められる。


「――――剣兵か?」

「あら、戦鎧騎を御存じなのですか?」


 彼の呟きに、アリアドネが首をわずかに傾けた。

 その後で、小さく頷く。


「そうですね。ユーゴ様が仰っているのは、遺跡から出土したものでしょう。保存状態が良好ですと、稀に暴れ出すそうですね。ですが、こちらは心配ありません。あれは人が動かしています」

「……人が動かせるものなのか」


 眉を寄せて難しい顔をしたユーゴは、剣兵――――戦鎧騎の戦う様子を見つめた。

 甲冑に包まれた巨人が剣を振り合う光景は、まさに騎士同士の決闘を思い起こさせる。


 ただ、その規模が段違いだった。


 剣戟の衝撃が、肌を叩く。

 戦鎧騎が地面を蹴るたびに、大地が捲りあがってしまう。


 そんな光景を真面目に見つめる彼に対し、ユミルが軽口を叩いた。


「どうした、驚いて声も出ないのか。小便を漏らすなよ」

「ん、いや。確かに驚いたが、漏らすほどでも無い」


 ユーゴは平然と答えた。


 確かに、戦鎧騎同士の戦いを看過することは出来ない。

 魔王国とアルベル連邦が戦争になったとき、大きな脅威となるだろう。


 それでも単体で見ると、彼の国から出土した《剣兵》よりもかなり小さく、武装も『守護の炎剣』のような特殊なものでは無い。

 竜種であれば充分に対応可能な相手だ。


 戦鎧騎の動きにしても、予想の範疇を越えていない。

 妖精皇国で戦ったフギンとムニンは人間と同じ大きさではあったものの、恐ろしく機敏だった。


 剣兵と同種であることを考えると、どうしても比べてしまうのだ。


「ふん、減らず口を叩くな」


 ユミルが面白くない顔をして、横を向いた。

 それを執りなす様に、アリアドネが言う。


「こう見えて、ユミルは歴戦の騎士なのです。ユーゴ様でも学ぶところは多いと思いますよ。それに、戦鎧騎は人が操る分だけ戦力は低めですが、作戦遂行能力と実機数の有利がありますから」

「うん、別に侮ってる訳じゃない。あれの怖さは身に染みてる」


 彼は深く頷いていた。

 一対一の決闘と、戦争は同列で語れない。


 単騎であれば問題にならなくとも、複数相手に戦うことは乗算的に難易度が上がる。

 アリアドネの言葉からしても、戦鎧騎が十や二十で収まる数でないことは必至だ。


 ユーゴは、人差し指で顎を掻いた。


「ああ。これはちょっと、考えたくなるなぁ」

「ったく、今更か。貴様を相手にしていると、どうにも調子が狂うぞ」


 肩を落としたユミルが、小さく首を振った。

 その後で、アリアドネに向き直る。


「……では、お嬢様は先に団長へご挨拶をお願いします。私はこの男を騎士団に引き渡してから向かいます」

「ユーゴ様の御挨拶は良いのですか?」

「はい。詳しいことは話を通しております。この男は中途編入になりますので、すぐにでも候補生たちに合流させた方が良いと考えてのことです」

「そういうことでしたら、ええ、任せます。くれぐれも、失礼の無いようにお願いしますね」

「――――わかっております」


 眼帯メイドが頭を下げると、アリアドネが不器用な微笑みを見せた。

 そして、ユーゴに一礼を残すと、学舎の方へ歩いて行く。


 その背中を見送ったユミルが、顎を振った。


「ついて来い」

「わかった。よろしく頼む」


 先を進むユミルの姿は、やはり体幹が出来上がっていた。

 背筋の伸び方と、ふてぶてしい態度から類推するに、元軍属なのは間違いない。


 そりゃそうだよな、とユーゴは心の中で頷いた。

 土を蹴る音が続く。


 無言で歩くのも苦痛ではないが、彼には気になる事があった。

 少しだけ背後を気にしながら、言う。


「戦鎧騎って、どのくらい数があるんだ?」

「軍事機密だと、わかって聞いてるだろ、貴様」

「まあな」

「……黙って歩け」

「それは良いけど、大丈夫か?」


 彼がそう言うと、少しだけユミルの肩が動いた。

 しかし反応としてはそれだけで、黙って彼の前を歩き続けた。


 林の方から見えた大きな集会場の方へ、二人が辿り着く。

 ユーゴは、その建物を見上げた。


「でっかいな」

「戦鎧騎専用の格納庫だ。修理も自前の技師がやってるから、この大きさが必要なんだ。そら、もうすぐだ」

「……ふぅん」


 彼は横目で一瞬だけ背後を確認した。

 そして、ユミルの進む先へついて行く。


 格納庫の角を抜けた先に、大剣を構えた戦鎧騎が立っていた。

 そこで、ようやく彼女が振り向いた。


「さて、恨みは無いが貴様にはここで消えて貰う」


 そう言うなり、彼の背後に二人の男が姿を露わにした。

 手には剣を持っており、それなりに殺気を放っている。


 対するユーゴは、驚いていた。


「え、恨みは無かったのか? 背中に座ったこともか?」

「はあ?」


 ユミルが口を開けた。

 ユーゴの背後にいた二人も、首を傾げている。


 少しだけ顔を赤らめた眼帯メイドが地面を足で踏みつけた。


「うるさいっ、言葉のあやだ! どうしてここまで簡単について来て、囲まれても平然としていられるんだ! だから貴様は危険すぎるんだよ! お嬢様の安全のために、ここで土に還れ!」

「そう言われてもなぁ。勝手に連れて来られて迷惑してるのは、こっちの方なんだが」

「だからどうした! お嬢様のためなら、多少の犠牲は払うのが当然だ。私の命と刺し違えてでも、貴様を殺してやる」

「えらく嫌われたもんだなぁ。ここで借りを返して貰らえる――――わけないよな」


 彼は肩を竦めて苦笑いを浮かべる。

 ユミルがそれを見て、静かに頷く。


「貴様の死体は、必ず魔王国へ届けると約束しよう」

「そんなことをすれば、君も殺されるぞ」

「構わん。お嬢様への脅威が無くなれば、それでいい」

「なるほど。うん、わかった。君は俺のことを嫌ってるみたいだが、俺は気に入ったかもしれない」

「ああ?」


 顔を顰めるユミルに対して、口を曲げて笑うユーゴだった。

 一生懸命に大切な人を守ろうとしているところが、彼の心に少しなりとも響いていた。


 ちょっと間抜けなところも、微笑ましくさえ思える。


「何を――――笑っている! やれ!」


 憤慨した様子の眼帯メイドが、戦鎧騎に向かって吠えた。


 巨人が足を踏み出す。

 その動きは緩慢に見えて、大地を穿つ力を内包していた。


「――――そこまでです」


 アリアドネの声が響く。

 ユーゴの逃げ場を塞いでいる二人組の、更に後ろから彼女の声がした。


「お、お嬢様!」


 ユミルが驚愕していた。

 彼女が走り出そうとして、手を伸ばした。


 しかし、何もかもが後手だった。

 戦鎧騎の振り上げた大剣が、その全力を以って振り下される。


「――――あら」


 アリアドネが、口元を押さえた。

 無慈悲な大剣が、地面に大穴を空けていたからだ。


 何も思わぬ鉄塊が、何者を叩き潰したとしても変わることはない。

 それが、誰であったとしても。





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