資格
約定通りにアリアドネの屋敷を追い出されたユーゴたちは、一先ずの拠点探しを行っていた。
その殆どはユミルが率先して動いている。
何も知らないユーゴを使い走りにすると、面倒事が増えることは容易に予想されたからだ。
ましてや、アリアドネを働かせるわけにもいかない。
結果的に、動ける人間が彼女しかいなかったのだ。
そしてユーゴは、暫定的にアリアドネの護衛としての仕事を了承した。
むしろ、それしか出来ることがなかった。
時間を持て余した二人は、眼帯メイドの仕事が終わるまで、適当に街を散歩していた。
「良い天気でよかったですね」
「そうだな」
石畳で整備された街路に、石造りの建物が広がっている。
あまり珍しくはない風景であるが、街で見かける者の中で軍人の数が多かった。
そして特に気になったのが、その軍人たちの年齢が若いことだろうか。
確か『騎士』とか言ってたか、と小声で呟いたところで、アリアドネが首を傾げる。
「どうかしましたでしょうか」
「いや、うん、何でもない。それより、随分と小奇麗な街だと思ってな」
彼の何気ない感想に、アリアドネが不器用な笑みを漏らす。
どこか遠くを見るような眼をして、口を開いた。
「奴隷が鎖に繋がれていると思われていましたか?」
「そこまでは言わないが、あまり気分のいい予想ではなかったよ」
「ええ、そうでしょう。私たちも、それを否定することはありません。ですが、時が経てばまた、変わりゆくものなのです。その答えが、『騎士』です」
「うん?」
今度はユーゴが首を捻る。
騎士道精神といったものを想像してみたが、その程度で《魔族》に対する憎しみが消えるとは思えない。
高潔な者もいるだろうが、国家の機運を変えるまでには至らない。
そんな彼の顔を見て、彼女が頷いた。
「これも運命の導きなのでしょう。ユーゴ様は『騎士』にならなければ、御実家へ帰ることができません。この事実が、偶然であると言えますでしょうか」
「あー、もしもし? それって俺がアルベル連邦の軍隊に入るってことだよな。大丈夫か?」
「御心配なさる必要はございません。地位を奪われ、屋敷を含めた全ての財産を没収されましたが、ユミルと――――貴方様が私に残されました。きっと上手くゆきます」
「そんなものかなぁ……」
ユーゴは口を曲げる。
頼りにされるのは良いとして、彼女の兄――――グラウコスの動向も気になる所だった。
ランヒとか言う執事の報告を受けているとすると、ユーゴの存在も知られたことになる。
正体がすぐに露見することは無いだろうが、不安要素の一つだ。
そして一番気がかりなのが、ユミルの彼に対する感情だろう。
彼女の背に座ったことを根に持たれているに違いない。
復讐はあると考えて良い。
「ふむ」
彼は後頭部を掻きながら、まあいいか、と思い直した。
彼女の性格からして、闇討ちは無いだろう。
正々堂々、真っ向から嫌がらせをしてくる性質のように思われる。
「まあ、その時にでも借りを返してもらうとするか」
「はい?」
彼の隣で、アリアドネが不思議そうな顔をしていた。
次に、眼を細めてユーゴを見つめる。
「いけませんよ。ああ見えて、ユミルも乙女なのですから。手籠めにするのは――――」
「しない。絶対にしない」
真顔で返すユーゴであった。
そんな借りの返され方を望んではいない。
彼が全力で首を横に振っていると、味のある顔をしたユミルが現れた。
手には鞄を持っており、様々な手続きするために奮闘していたことが読み取れる。
「何をしないんだって?」
「手籠めです」
「……お嬢様、はしたないですよ」
顔から力の抜けたユミルが、ユーゴに向かって顎をしゃくった。
頬を吊って笑う。
「ついて来い、貴様の面倒をみてやる」
「貴方が手籠めにするのですか?」
「…………お嬢様、そういう意味では御座いません」
格好をつけてユーゴを威嚇しようとしたところ、自分の主人に毒気を抜かれた様子だった。
観念した彼女が、力無く言った。
「取りあえずの寝床は用意したさ。貴様の入る騎士団も都合をつけた。正規の軍ではない――――義勇兵扱いだが、『騎士』の資格を取る分には構わないだろ」
「ん? 『騎士』の資格?」
彼が若干だけ間抜けそうな顔を見せると、ユミルが面倒そうに説明を始める。
「ああ、そうだったよ。貴様には私の苦労を説明してやる必要があったな。……『騎士』になるには、騎士団で見習いをする必要があるのさ」
「そうか」
そんなもんだよなぁ、と別段に目新しくない主張を聞かされて頷くしかないユーゴであった。
そこは彼女も気づいているのか、何の反論も無く続けられる。
「騎士団の団長に認められて、ようやく『騎士』になれるんだよ。騎士団は自分とこの『騎士』に対して責任があるから、簡単に資格が貰えるわけでもない。入団さえ難しいんだ。そこを捻じ込んだ私の辣腕ぶりを褒め称えても良いからな?」
「ふぅん」
彼は、説明されても上手く分かっていなかった。
ただ、またこの歳で初めからやり直しか、と心中で溜息を吐く。
すると、アリアドネが眼帯メイドに言った。
「どこの騎士団ですか?」
「風車騎士団です、お嬢様。あそこであれば、口も堅いですし、信頼に足ります」
「……巻き込んでしまって申し訳ありません」
アリアドネが顔を伏せた。
ユミルがそんな彼女の背に、そっと手を添える。
「良いのです。ようやくお嬢様に恩が返せるのだ、と団長も喜んでおりました」
「この御礼は、必ず用意します」
「いえ、大丈夫です。それよりも、お嬢様を御泊めする宿ですが、私の手持ちが少ないばかりに大した物件を借りられませんでした。申し訳ありません――――」
眼帯メイドが頭を下げようとしたところ、アリアドネに制止された。
彼女が言う。
「ユミルと一緒であれば、馬小屋でも構いません。手籠めをするのもされるのも、雰囲気があって良いでしょう」
「……お嬢様、感動が台無しです」
盛大に肩を落とすユミルであった。
彼女が仕方なしに振り返ってユーゴを見るに至っては、それまでの覇気など微塵も感じられない。
「そういう訳だ。入り口は作ってやったぞ。後は貴様次第だな。精々、上手く立ち回れよ」
「ああ、それなりに武術の心得はあるつもりだ」
彼の言葉に、ユミルが少しだけ意地の悪い瞳を見せた。
しかしそれもつかの間、アリアドネの方へ向き直る。
「では、日が暮れる前に宿屋へ行きましょう。しばらく逗留する予定ですので、細々とした買い物も必要でしょうし」
「そうですね。ではユーゴ様、参りましょう」
「わかった」
二人が並んで前を歩く姿を見て、仲がいいのだな、と素直な感想を抱くユーゴだった。
その光景が、少々だけ心に沁みたことは、誰にも言わないつもりであった。




