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騎士になりました  作者: 比呂
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強者の理由2


「……はぁ」


 ユーゴは落ち込んでいた。

 自分の娘が魔族にも関わらず変貌できなかったからではない。

 そのことに気づいてやれなかった自分に腹を立てていた。


 空が夕暮れ色に染まっている。

 午後も授業を受けたはずなのだが、あまり記憶に残っていなかった。


 フィーナとは、帰り道の途中で分かれた。

 ユーゴは、自分の寝泊りする屋敷に向かっていた。


「確か、あの建物だったよな」


 彼が見ているのは、大きな幽霊屋敷だった。

 あちこちに補修が必要で、人が住めるとは思えない風体である。


 元は貴族の邸宅だったと思わせる剛健さが見え隠れしているが、今では逆に寒々しさを強調していた。


「まあ、何も無いよりはマシか」


 人がいない建物を、と頼んだのはユーゴであった。

 ウッドゲイト兵術学校に通う生徒は貴族なので、それぞれの家や国が出資した建物に住むことになる。


 特にヘクトンホテルを滞在先に選ぶ生徒が多かったが、ユーゴにはやることがあったので、動きやすいように一戸建てを選んだのだった。


「アルベル兵団か……」


 ユーゴは小さく呟いた。

 前もって資料は渡されていたので、概要は理解していた。


 その兵団は、人と魔族の混合兵団だった。

 設立当初は商隊が自分たちを護衛するために立ち上げた兵力だったが、商隊が成長するにつれて兵力も規模を増した。


 そして、ある時から国家規模の影響力を持つまでになった。

 その時期が、エトアリア王国の崩壊した時期と重なるのである。


 エトアリア王国が崩壊して共和国制に移行することになったとき、それを嫌った貴族たちが国外へ逃げ出したことは周知の事実だった。


 国家崩壊の際によくある話だが、危険な研究資料や貴重な遺産が持ち出されたという報告もあった。

 幾らかは処分できたものの、完全に取り返したとは言い切れない状況だった。


 そして、問題はそれだけではない。

 アルベル兵団が、ヴァレリア王国にスパイを送り込んできているという事実だ。


 ユーゴが魔王だった時代に創設した諜報機関が掴んだ情報によると、商人に紛れて情報収集しているらしかった。


 人との融和策を取るヴァレリア王国にとって、人の商人を排斥することなど出来ない。


 そうして手をこまねいている内に、兵術学校にもスパイが紛れ込んでしまったということだった。

 各国の貴族子弟が集まる場所で破壊活動でもされようものなら、国家の威信にさえ響くことになる。


「嫌な話だ」


 ユーゴは口先を尖らせて呟いた。

 彼が何より気がかりだったのは、アルベル兵団では魔族が奴隷として働かされていることだった。


 純粋な戦闘力は人間を遥かに凌ぐ魔族が、奴隷とされている事実がある。

 それがユーゴの予想通りであったなら、ヴァレリア王国どころか魔族の種としての問題となってしまう。


「ん、おっと……」


 考え事に耽っていたら、幽霊屋敷に到着してしまっていた。

 分厚い両開きのドアを開ける。


 すると、そこにメイドがいた。

 流れるような金髪に、フリルのカチューシャ。

 質素なエプロンドレスで、どしどしと無遠慮に歩いていた。

 そして、こちらに気づく。


「おお、ユーゴか。遅かったな。風呂にするか、御飯にするか、私にするか、選ぶといいぞ」

「……何やってんだ、お前」


 呆れた顔をするユーゴを尻目に、腕組みをして仁王立ちするティルアであった。


「嫁だ! 嫁をやっている!」

「何でそんな強気なんだよ」

「ユーゴが帰ってきたときでもないと、私たちは嫁らしいことも出来ないからな。張り切るのも無理はないぞ」


 聞き捨てならない言葉を聞いてしまったユーゴは、もう一人の嫁のことを考えた。


「えっと、いま、『たち』って言ったか?」

「うむ、姉上も居るぞ」


 ティルアが振り返ると、奥の部屋からシアンが出てきた。

 彼女は裸エプロンだった。


「あら、ユーゴですか。お帰りなさい」

「ただいま――――って、おい、ちょっと待て『現』魔王様よ。その恰好は無いんじゃないか?」

「似合いませんか」

「そんなことは無いが、威厳というものがだな……」

「夫相手に威厳を出しても仕方ないでしょう?」

「確かにそうだけど」

「まあ本気は出しますけどね」

「何の本気?」

「……秘密です」


 ふふふ、と微笑んで再び奥の部屋に帰っていくシアンであった。

 その部屋の方向から、生肉を叩きつけるような音や、ニワトリの絶叫が聞こえてきた。


「そっか、料理か。……料理だよな?」


 ユーゴが隣にいるティルアに聞くと、彼女は視線を逸らした。


「い、言いたくない」

「そこまでか」

「ユーゴが悪いのだ」

「え、俺か?」


 彼は眉根を寄せて原因を考えてみたが、何も浮かばなかった。

 ただ次の瞬間、部屋の奥から聞こえてきた声に、心臓を突き刺されたような思いをしたのだった。


「魔王様、どうして私はここに連れて来られているのでしょう」


 それは、エルザの震えた声だった。

 ユーゴは未だかつてない戦慄を受け、かいたことのない汗を流しながら、シアンの居る部屋に飛び込んだ。


「お、おい!」

「はい?」


 手にノコギリとハンマーを持っているシアンが、笑顔で振りむいた。

 この部屋には長テーブルと椅子が並べられており、エルザが上座に座らされていた。


 そこは食堂だった。

 貴族屋敷の食堂で、会食でも出来そうな広さだった。

 ユーゴを見つけたシアンが言う。


「どうかしましたか」

「え。いや、あの、違うんだ」

「何が違うんですか」

「シアンの考えていることは、全然なかったぞ」

「私の考えていること、ですか。しかし、筋は通しておいた方がいいのではないですか。話は聞かせてもらっていますよ、フルクスさんから」

「――――少しだけ、ほんの少しだけ時間をくれ。あいつの首を取ってくる」

「いけません。国際問題です」

「いや、これは夫婦の問題だ」

「? だからエルザさんを呼んでいるのですけど。まあ立ち話も疲れますから、食事をしながらでも良いでしょう。すぐに出来ますから、座って待っていてください」


 そう言って、シアンが部屋続きの厨房に入って行った。

 ユーゴは忍び足で、上座に座るエルザの元に立つ。


「何がどうなってるか、聞いてる?」

「うわっ――――お、驚かさないでくださいっ! どうやって私に気取られずに動いたのですか!」

「しーっ! 静かにしろ! シアンに聞こえるだろ」


 厨房から、シアンの声がした。


「心配しなくても聞こえていますから安心してください。あと、食堂で仲良くするのも結構ですが、度が過ぎると殺しますよ」

「…………はい」


 ユーゴは項垂れるように、椅子に座った。

 エルザが気まずそうに言う。


「えっと、ユーゴ様は元魔王様ですから、上座に座られた方がよろしいのではないでしょうか」

「いや、いいよ。そういうの面倒臭い……っていうか、口調違うな?」

「私とて、公私の区別はつけます。兵学校では組織の長として威厳を保ちますが、ここには私用で……これは私用なのですか?」

「俺に聞かれてもなぁ」

「どちらにせよ、魔王様から呼ばれたら行くしかないのです。今回は理由もわかりませんけれど」

「そうか」


 ユーゴが長机に肘を置いたとき、厨房からシアンが声をかけた。


「ティルア、ちょっとお皿を運ぶのを手伝ってください」

「わかった。任せるのだ」


 玄関中央ホールから、小走りでやってきたティルアが食堂を通りかかった。

 彼女は意味ありげなウィンクをユーゴに見せ、厨房に入っていく。

 そして大声で言う。


「ユーゴなら、いつかやると思っていたぞ」


 それを聞いたユーゴは、椅子を弾き飛ばしながら立ち上がった。

 とりあえず、あの金髪メイドの口を閉じさせなければ、状況が悪くなる未来しか見えないからだった。

 急いで厨房に向かい、中を覗いた。


「おい、ティルア――――」

「……あ、ちょうど良いところに来てくれたぞ、旦那様。助けてくれ」


 彼が見た光景は、大皿の料理を半分ほどつまみ食いしたティルアが、半変貌したシアンに正座させられている姿だった。

 シアンがユーゴを見る。


「ちょっとコレを叱りつけますので、手伝ってもらえませんか?」

「それはご褒美だぞ、姉上」


 輝く眼つきとなるティルアだったが、シアンが真顔で言う。


「叱るのは私だけです。誰の所為でエプロンしか身に付けられないと思っているのですか。私だって、着飾ってユーゴの前に立ちたいと……いえ何でもありません。ユーゴは料理をお願いします」

「お、おう」


 ユーゴは手近にあった大皿とパンの入ったバスケットを持って、食堂に戻った。

 長テーブルに皿を並べていると、呆然とした様子のエルザがいた。


「どうかしたのか」


 彼が聞くと、エルザが気まずそうに苦笑いを浮かべた。


「家族なのですね」

「え? ああ、まあ、そうだな。そう見えていると嬉しいもんだな。俺もあまり国に居られないからな」

「……あの、つかぬ事をお伺いしますが、ユーゴ様は本当に、魔王国を壊滅させた責任で追放されたのですか? 父上や魔王様の姿を見ていると、そうでは無いような気がします」

「壊滅の原因は俺だ。それでも俺が生きていられるのは、カール将軍や臣下だった奴らの温情だからな。そこは勘違いするなよ」


 ユーゴは、幼子に諭すように言った。

 普段ならば「舐めるな」と噛みついてしまうだろうエルザであったが、この時ばかりは妙な心地よさを感じていた。

 そうしていると、残りの料理を持ったシアンとティルアが食堂に入ってきた。


「恰好ばかりつけていると、足元を掬われますよ」

「いや、姉上。足元を掬われて弱ったユーゴを、意のままにするというのも倒錯的で、こう、良いのではないだろうか」

「意のままに、というのは同感です。良いかどうかは知りませんが」


 長テーブルに料理が並べられて、ちょっとしたホームパーティの様相だった。

 そして、ユーゴとエルザを取り囲むようにして椅子に座る嫁二人である。


 各人のグラスには、血のように紅いワインが注がれていた。

 ティルアがグラスを持ち、咳払いをした。


「こほん、それでは新しい家族の誕生とユーゴの帰還を祝して――――」

「はあ? え、何だそれ、ちょ、もしかして、いや、魔族でもそんなに早くないだろ、っていうか早く言えよ、え。んん?」


 ユーゴは錯乱していた。

 他の三人が首を傾げていた。

 代表してティルアが言う。


「何を言っているのだ。ユーゴはそこのカールの娘を貰ったのだろう? 泣いているエルザを慰めているうちに良い雰囲気になったと……聞いたような気がするが? そうであれば、嫁にするのは当然だろう」

「は――――」

「え――――」


 ユーゴとエルザは、限界まで眼を見開いて絶句した。

 それを見たシアンが、片眉を上げて口を開いた。


「どういう反応をしているのですか。私たちが反対するとでも思っていたのかもしれませんが、むしろ喜ばしいことでしょう。ユーゴが人族であったときの常識に拘泥しているのは知っていますが、魔族では珍しくありません。人でも王族は同じような形態だったと思いますが」

「いやいやいやいやいやいや」


 意識が戻ってきたユーゴは、とにかく首を横に振った。

 ティルアが言う。


「わかっているぞ、ユーゴ。不倫という背徳感を味わっていたかったのだろう? 私も私で、不倫されているのに夫を愛するしかない嫁という感じで遊ぶから、何の問題も無いぞ」

「そこの光竜。まぜっかえすな」


 ぴしゃり、とティルアを黙らせて、彼は続ける。


「違うから。不倫とか無いから」


 シアンが言う。


「あの、私たちが仲違いするのが心配ならば、その必要はありません。真剣にユーゴを独り占めしたいのであれば、魔族の流儀に従い、ただ一人が生き残るまで殺し合いますので」

「物騒だな、おい。それ余計に心配になるから止めてくれ」

「ですから、本気を出して歓迎しているのです」

「歓迎も何も、俺、何もしてないぞ。完全変貌したエルザとフルクスが喧嘩しそうだったから、つい、先に殴りかかろうとしたエルザを転がしただけだ」

「え? ああ。はあ……そうだったのですか」


 溜息をついて、残念そうに納得するシアンだった。

 ユーゴは、その様子を訝しんだ。


「残念、なのか」

「新しい雌が出来たら、もう少し魔王国に居ついてくれると思ったのです」

「雌言うな。……でも、すまん」


 その場の雰囲気が重いものに変わってしまったとき、急にエルザが立ち上がった。


「わ、私は、構いません! その、末席でも光栄なので、加えて頂けると幸いです!」


 相当に意を決した言葉であったのだろう、彼女の表情は茹でた様に真っ赤だった。

 慣れていないのは、誰にでも分かった。

 それに飛びつかないティルアではない。


「エルザはやっぱり可愛いぞ。どうだ、私の妹にならないか?」

「妹、ですか」


 困惑するエルザを見かねたシアンが、視線だけでティルアを座らせた。

 しかしティルアもそれで懲りずに、これは嫉妬だろうか、などと呟いて嬉しそうにしていた。


「どうしましょうユーゴ。ティルアに対抗する手段が無くなりそうです」

「対抗しようとするから手段がいるんだ。対抗しなければいい」

「無視をしても放置プレイ、と言って喜ぶのですが」

「そのうち飽きて、ティルアの方から謝ってくるよ」

「そうですね」


 小さく手を挙げて発言の許可を得たティルアが、すまなさそうに言った。


「あのう、もう少し相手にして欲しいぞ?」


 ユーゴはティルアを見ずに言う。


「ああ、そう言えば、フィーナが変貌出来ないそうなんだが、原因はわかるか?」

「……いえ、魔族は生まれたときから自在に変貌できます。中々変貌できない魔族も、年頃になれば出来るはずなのです。けれど、あの子はどうにも気負い過ぎていますね」


 腕組みをしたシアンが、横目でティルアを見る。

 ティルアが首を横に振った。


「私は何も言ってないぞ。アドバイスはしたがな」

「何を言ったのですか」

「いや、まあその、完全変貌しなくても魔王にまでなった魔族がいた、と」


 ユーゴが振り向く。


「俺のことか。っていうか、俺は元々人間だったからなぁ。俺の所為かもしれないか。まあ、《魔玉》のことについては、後で相談してみるよ」

「あのエルフに、ですね。娘には指一本触れさせてはいけませんよ」


 シアンが難しい顔をしながら言うのだった。

 ティルアでさえも、良い顔はしていない。


「わかってる」


 その人物は稀代の錬金術師で超絶技巧を持ち、魔改造大好きで掛け値なしの変態エルフなので、嫁二人の対応は理解できた。


 しかしユーゴにとっては、二人の嫁の命を救ってくれた恩人で、今も義手足の調整をしてもらっている為、そう悪いエルフだとは思っていなかった。

 それを引き合いに出しても、娘を診察させることにも抵抗があるのは確かではある。


 ただ、《魔玉》の研究についても第一人者で、相談事ならこのエルフを置いて他には無いとも言えた。

 

 それに、無理に完全変貌出来なくてもいいと、ユーゴは思っていた。

 人の姿のままで魔族と渡り合える技術は、彼にとっての生きる術で、それを磨き上げた自負もあったからだ。


 三人がそれぞれの思惑を整理しようと黙ったとき、話に置いて行かれたエルザが立ったままで言った。


「あの、それで、私はどうすればいいのでしょうか……」

「何と言うか、すまん」


 ユーゴは即座に頭を下げたのだった。


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