表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士になりました  作者: 比呂
84/127

経緯4


 ――――夜間飛行。


 暗黒の天幕に輝く砂を撒けば、空を駆る竜種と同じものが見えただろう。

 黒銀の鱗を闇夜と同化させ、ユーゴらは風を切って進む。


 彼の背中では、既に夜の景色に飽きて寝そべっているセイカの姿があった。


「暇でござるなぁ……ん。この鱗は何でござろうか」


 黒竜の背骨に沿った鱗の中で、一つだけ向きが違う鱗が生えているのを、彼女が発見した。

 動くものを見つけた猫のように、視線を外さず、静かにゆっくりと近づいた。


 風よけになって便利ではあった。

 ただ、彼女の予感が、それだけでないことを伝えている。


 そっと、指が触れる。


「――――うおっ」


 ユーゴの背筋に、寒気が走った。

 原因はもちろん、セイカに逆鱗を触られた所爲だ。


 人間である時の感覚からすれば、背後からいきなり股の間に手を入れられて鷲掴みにされた気分だった。

 ここで身じろぎして、セイカとジゼルを落とすわけにもいかない。


 最大限の忍耐力を発揮し、ユーゴの頭の上に鎮座している《魔玉》へ話しかけた。


「ジゼル、さん?」

「へ? 何? いまさら他人行儀にならないでよ。お姉さん悲しいわ。呼び捨てでいいんだから」


 小気味良い笑いが聞こえるが、ユーゴはそれどころではない。

 後ろも振り向けずに、そのまま言う。


「それじゃあ、ジゼル。俺の逆鱗を突いてる馬鹿弟子をなんとかしてくれ」

「ほ? ……あらー、竜種にとってはかなり敏感な部分をいじられてるわね」

「そ、そうか。確かに弱点だとは思うが」

「そう言う意味だけじゃなくて、いやらしいのよ」

「いやらしい?」


 魔族の常識を知らない彼にとっては、ジゼルの言葉しか頼れるものが無い。

 彼女は魔王国を総べていた王の妃であり、魔族に精通していて当然なのだ。


「まあ、他の竜種が見たら、異常性癖にしか見えないでしょうね。空を飛びながら逆鱗をエルフに触らせているだなんて、ティルアでもやらないわよ」

「なんだと――――」


 後頭部を大ハンマーで撃ち抜かれるほどの衝撃を受けるユーゴであった。

 黄金の竜種でさえ挑戦を忌避する変態行為だとすれば、最早一刻の猶予も無い。


「本当か。わかった……早く止めてくれ」

「自分で言わないの?」

「声をかけた拍子に強く突かれたら、二人を落とさない自信がない」

「わかったわ――――あ」


 それはユーゴにとって、絶望の号砲であった。

 眼を細め、息を吸い込み、今にもくしゃみを吐き出そうとするセイカの姿がある。


「こらー、やめなさーい」


 ジゼルが勢いよく跳ね、転がっていく。

 それに気づいたセイカが口を閉じ、何事かと前を向く。


 風に流されて加速するジゼルを、彼女が難なく受け止めた。


「何事でござろう、大師匠」

「私の目の前で不貞行為禁止よ。見えない所でやりなさい」

「はあ、拙者が何かしたので?」

「あなたは今、師匠の大切な部分を触っていたの。わかる?」

「大切な、部分?」

「そう、魔族で言えば《魔玉》にも匹敵するもののことよね」

「ほう、それはつまり」


 セイカは思い出していた。

 ユーゴが《魔玉》の力を振るうと、ワカメが生まれていたことを。


 竜種となったユーゴの大切な部分は、果たしてどれほどの味を秘めているのだろう。

 その好奇心を、セイカに抑える術は無い。


「ん――――」


 だから、逆鱗を舐めた。

 彼女にとっては当然の帰結である。


 その論理を知らぬ者からすれば、突拍子もないことに見えたに違いない。

隣に居たジゼルでさえも、目があったら完全に見開いていただろう。


 セイカは瞳を上に向け、難しい表情を見せる。


「あまり、味がしないでござるなぁ。もう少し味見を。あとほんの少しで、何かが掴めそうでござる」

「――――くぁっ」


 ここで、ユーゴの忍耐がついに崩壊した。

 バランスを崩して風の壁に衝突し、回転しながら落下する。


 投げ出されたセイカが空中で体勢を入れ替え、叫んだ。


「師匠! どうしたのでござるか……まさか、敵襲!」

「獅子身中の虫って、このことよねー」


 ジゼルが冷静につっこむ。

 それについては、セイカが首を傾げるばかりだ。


「腹の中に、虫でござるか。拙者が師匠の口から入って仕留めてくるでござる」

「その前に地面に激突して、全員砕け散ると思うわよ?」

「ふむ、そうでござろうか」

「誰の所為だと思ってるの?」


 呆れて呟くジゼルであったが、セイカが気にすることは無かった。


 刀を持つ者にとって、生死とは表裏一体。

 命が惜しいのであれば、そもそも戦いなどに身を置くべきではない。


 そして最後に付け加えるならば、己を倒した男が、地面ごときに砕かれるはずは無いと信じている――――否、砕いて当然だと思っている。


「ついに、大地と対決する日が来たのでござるな」

「えっと、お姉さんも充分変だなって自覚はあったけど、あなたにはついて行けそうにないかなーって思うの」

「ならば、拙者の影に隠れていると良いのでござる。露払いに、渾身の抜刀をお見せする」

「言ってることは格好いいけど、やってることは変よね」


そう呟きながらも、面白いものを見つけた声をしていた。

 ジゼルが期待の籠った気持ちでいると、きりもみしていたユーゴが自分を取り戻す。


「……ぬ、うう、すまん、空中で転ぶとは思っても見なかった」

「あ、ユーゴ起きたのかな。だったら翼は広げないでね。この速度だと、慣れないユーゴは翼が千切れてしまうわ」

「しかし、減速しないと地面に突っ込むぞ」

「いいんじゃない? あなたはその後で再生すればいいのだから」

「再生……再生ねぇ」


 何かを思いついた様子のユーゴが、《完全変貌》を解いた。

 竜種になる場合とは逆の課程である。


 彼の背骨の一番上から、『獣の心髄』が飛び出た。

 人間の姿に戻ったユーゴは、自分の居る場所が、ウィドウン洞窟の直上であることを確認する。


「確かあれ、深かったよなぁ」


 意味ありげなことを呟きながら、加速度的に落下していく。

 恐ろしい勢いで地面が迫ってくる。


 ついにユーゴの足が、地面と同じ高さへ到達するのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ