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騎士になりました  作者: 比呂
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経緯3


 遺跡前の岩壁に、背中を預けて寄りかかる竜種がいた。

 陽光を反射して竜鱗を鈍く光らせ、叡智の宿った瞳で遠くを見つめている。


「――――」


 その竜種の足元では、土埃に塗れたエルフ女剣士と泥団子がいた。

 誰も口を開かないので、仕方なく泥団子が喋る。


「それはそうよね。あんな狭い所で完全変貌したら、遺跡といえども崩落するわよねー」


 高笑いする泥団子の正面には、入り口が潰れてしまった遺跡があった。

 先程まであの中に居たと考えると、背筋に寒気が走る。


「……はぁ」


 黒銀の鱗を持つ竜種――――ユーゴが、肩を落として溜息を吐いた。

 あまりの人間らしい仕草が出来ることに、自身でも驚く。


 体格が変わっても、身体を自在に動かせるらしかった。

 背中の翼でさえも、思い通りに羽ばたかせることが出来る。


 嫁の一人である竜種を思い出し、こんな気分だったのか、と感慨にふけるも、先程羽ばたいたことで生まれた突風が、セイカとジゼルを吹き飛ばしそうになっていた。


「す、すまん」

「……それにしても師匠、随分と大きくなられたのでござるなぁ。いずれ拙者も大きくなれるのでござろうか」


 セイカが彼を見上げるその目は、何故か期待に彩られていた。

 彼女の頭の上にいるジゼルが言う。


「やっぱり原種になるのねぇ」

「やっぱり?」


 ユーゴは聞き返した。

 初めからこの結果が分かっていた言い方には、素直な感情が持てなかった。


 それを察してか、ジゼルが身体である《魔玉》を振った。


「エキドナは、魔族すべての祖だもの。『獣の心髄』を使って完全変貌すれば、存在の近い黒竜になるのは当然よ。それより、身体の調子はどう? 槍が背骨に埋まっていく様子は、中々にグロテスクだったわね」

「調子は良いけど、俺の身体は大丈夫なのか?」


 表情の読めないジゼルの冗談は、洒落になっていない。

 話だけ聞くと、気分が悪くなるのも仕方のないことだった。


 しかし、彼女の声色は変わらなかった。


「平気よ。槍を持った時に、使用可能かどうか生体確認してるはずだからね。初めて持ったとき、痛く無かった?」

「あ、ああ。確かに、針で刺された感じがしたけど――――グルヴェイグが造らせたものなのに、どうしてそこまで詳しいんだ」

「あの子の家系に知り合いがいるもの。というより、元の基本設計は私だし」


 手でも生えていればピースサインでも見せて来そうな声色だった。


 ユーゴは竜種の姿でありながら、手で眼を覆う。

 言いたいことはあるが、的確な言葉が見つからなかった。


 ジゼルが優しい声色で言う。


「まあ、詳しいことはエキドナと会った時に話しましょう。あと――――私たちの話を盗み聞きしてる子たちは、何か用事かな? 私は身内以外に優しくないわよー」

「……ああ、あの者達は大師匠の知り合いでは無いのでござるな?」


 セイカが納得するなり、鬱蒼と茂る樹木の中を見つめる。

 このままでは、解き放たれた猛獣の如く飛び出しそうである。


 ジゼルも乗っており、やっておしまいなさい、などと声をかける始末だ。

 事態を静観することも出来ず、ユーゴが口を開く。


「まったく、すぐに殺し合いを始めるんじゃないぞ。話し合う余裕と言うものをだな」

「でもあれ、アルベルさん家の暗殺部隊でしょ」


 ジゼルの答えに、なんだと、と竜種の顔で声を唸らせるユーゴだった。


 すると、樹木の中で動きがあった。

 草類を身体に巻きつけて姿を隠蔽していた兵士たちが、銃を構えたままで静かに姿を現す。

 彼らが油断なくユーゴへ銃口を向けたまま、その場で膝をついた。


 その奥から、黒い礼装をした短髪の女性が音を立てて出て来る。


「誤解なきよう、ジゼル様。今はまだ、貴方と事を構えることはありません」

「今はまだ、でしょう? なりふり構っていられなくて、中立の妖精皇国へちょっかい出して返り討ちになったのはどなた様かな?」

「ジゼル様が横槍を入れて来なければ、万事が首尾よく運んだのです」


 そう言って、黒い礼装の女性がユーゴを横目で見つめてきた。

 彼が妖精皇国で、アルベル連邦の思惑を叩き潰したことが理由だろう。


 それならそれで、ユーゴとしても言いたい事があった。


「君たちのやり方は好きになれないな。ヴァレリア王国の件や、妖精皇国のこともそうだ。強大な軍事力を背景にして、周辺を隷属化し続けるのか?」

「――――どうやら貴方にも、誤解があるようでいらっしゃいますね」


 黒い礼装の女性が、眼を伏せて首を横に振った。

 彼女が周囲に散開している兵士たちに合図を送ってから、近づいてきた。


 ユーゴの足元で、見上げながら言う。


「私はアリアドネ・レオ。アレク・レオの娘です。話し合う余裕は、お持ちでしょうか。出来れば我々の故郷へご案内したいのですが」


 彼女が微笑んだ。

 その見た目は真顔であった今までよりも、妙な顔だった。


 端的に言えば、怖いと表現できるだろう。

 整った顔立ちをしているが、笑顔が不器用な人物であることは間違いない。


「……そうですか、残念です」


 何の反応も示さないユーゴに対して、真顔に戻った。

 それで呪いでも解かれたように、彼が言う。


「いやまあ、話し合いくらいなら了解した。けど、先約があるから、今すぐは難しい」

「ええ、わかります。何事にも準備は御必要でしょうとも。では、これに触れてください」


 彼女が胸元に手を突っ込んで、糸玉を取り出した。

 それは半透明な糸が巻かれて塊となっていて、見るからに魔導具だった。


 ぬっ、と無遠慮に差し出された糸玉が、ユーゴの鱗に触れる。


「触れる、というか、押し付けられてるよな、これって」

「申し訳ありません、躓きました」


 にこぉり、と不器用な笑顔を見せられた。

 十中八九で嘘なのだろうが、何故か問い質す気にはなれなかった。


 彼が腕組みをして首を傾げながら、暫く考え事をし始める。


「うぅん、何か引っかかるんだよなぁ」

「そんなはずはありえません。正しく起動していますでしょう」

「いや、実際に糸玉が絡んでる訳じゃなくてな――――そうか」


 そして、ようやく今までの違和感に思い当たった。

 今まで彼が見ていたアリアドネの笑顔――――らしきものは、照れ笑いだったのだ。


 だからと言って不器用なことに変わりはないが、そんなことを踏まえて彼女の顔を見ると愛嬌さえ感じられた。


「ところで、お姉さんたちのことは無視なの? 殴ってもいい?」

「拙者、そろそろ朝食を摂りたいのでござるが……」


 それぞれ彼女らが、好き勝手なことを言い始めた。

 真顔で頷いたアリアドネが、頭を下げる。


「では、どなた様もごきげんよう。いつでも我が故郷へご案内致しましょう。そのときはぜひ、この糸玉を頼りにしてくださいませ」


 そう言って、兵士たちに守られながら樹木の繁みに案内されていった。

 残された竜種とエルフと《魔玉》の間に、無言の風が流れる。


 最初にユーゴが、竜爪で頭を掻いた。


「どうする?」


 彼の問いかけに、世間話をする雰囲気で返事をされた。

 約一名は、頑なに食という我欲に蝕まれていたのだが。


「いいんじゃないかなー。私もついていくから。でも、先に私の身体を手に入れてからだからね」

「彼の国では、何が食べられるのでござろうなぁ」


 確かにどういう国なんだろう、とユーゴは考える。

 まだ見ぬ国に思いを馳せながら、背を預けていた岩壁から離れ、この手で朝食を作るのは無理だろうなぁ、と思うのであった。




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