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騎士になりました  作者: 比呂
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経緯2


 夜が明けて、空が白み始めた。


 冷たい空気を肺に満たし、ユーゴは長い息を吐く。

 仮眠から目覚めてから、火を起こして湯を沸かし、妖精皇国から持ってきて残り少なくなった緑茶を飲む。


 暖かいものが喉を這う感触と、鼻腔を抜ける瑞々しい香りを堪能した。


「――――はぁ」

「見た目は若いのに、ちょっと趣味が年寄り過ぎるわよ。……でも懐かしいわね。私にも少し飲ませて」


 柔らかい《魔玉》――――ジゼルが全身を振るわせて喋る。

 その姿でどうやって緑茶を飲むのかと考えながら、彼は《魔玉》に湯呑を近づける。


 すると、《魔玉》が変形して一部が伸び、湯呑の中に触れた。


「うん、普通の緑茶だわ」


 よくわからない感想を言うジゼルの下で、セイカが迷惑そうに言う。


「……ところで、どうして拙者の頭の上に乗っかっているのでござるか?」

「それはね、あなたがユーゴの弟子だからよ。弟子の弟子――――つまりは孫弟子ってこと。わかる?」

「ほう、御身は師匠の師匠でござるか。確かに存在感や姿形には奇妙なものを感じるのでござる。すると、ゆくゆくは弟子の拙者も、エルフの姿から変化するので?」

「ま、それが極意よね。――――って、何?」


 ユーゴの指によって凹まされたジゼルが振り返る。

 どちらが正面か判断できないが、とりあえずユーゴは口を開いた。


「誰が誰の師匠だって?」

「似たようなものでしょう。何なら奥義でも秘伝でも伝授しましょうか? 現世に降臨した私の力なら、きっと何かが出来るはず!」

「ああ、そうか。そうなんだな、うん。ところで、緑茶が美味いなぁ」

「そうねぇ。私もそう思う」


 ユーゴが緑茶を啜ったあとで、《魔玉》を伸ばして湯呑に触れるジゼルであった。

 話に置いて行かれたセイカだけが、首を傾げた。


「何かの符丁でござるか?」

「わわ、ちょっと、落ちちゃうから」


 セイカの頭の上から滑り落ちそうになるジゼルだった。

 首を戻したセイカの上で、《魔玉》が居住まいを正す。


「特に意味は無いわ。私は私の居たい所に居るのよ。それがたまたま、あなたの頭の上だっただけね。大師匠の言うことは絶対よ」

「ふぅむ。まあ、そのようなものでござるか」

「え、納得するんだこのエルフ……まあ、後で報酬はキッチリ払うから問題は無いわ。それより、ユーゴ?」

「ん?」


 湯呑に口を付けたまま聞き返した。

 それが火に油を注いでしまったのか、《魔玉》が刺々しい形になった。


「どうしてオーベロンに会った時に、歴史を色々と全部聞いてこなかったのかしら?」

「そう言われてもなぁ」


 ユーゴが妖精皇国にいたときの話は、ジゼルに伝えてあった。

 確かに様々な経験はしてきたが、それが特にジゼルと関係するものとは思えなかった。

 至高人――――アレク・レオがアルベル連邦を率いて、《クリスタルム》と戦おうとしていることは知れた。

 ただ、どうして《クリスタルム》が世界を滅ぼすのか、理由までは分からなかった。


「――――もう」

「その時は願い事とか、思い浮かばなかったんだ。あと、偽者とか言われたし」

「んー、つまり、認証されなかったってこと?」

「ああ、確かそうだったな。入出力制限とか何とか」


 そこまで言うと、《魔玉》が丸くなった。

 恨みがましい声で言う。


「……あの引きこもり、どうせ面倒くさがっただけなのよ」

「何だそれ」

「どうせ適当なこと言って、はぐらかしてたでしょう。あいつ、いつもああなんだから。聞いたことには答えてくれるけれど、質問が正確でないと答えも正確に返さない、っていう妙な受け答えの仕方をしてこなかったかな?」

「いや、よくわからん。管理者権限を得られよ、だったかな」

「管理者はあいつ――――オーベロンのことよ? 言い換えれば『私の同意を得なさい』って意味になるわ。他には?」

「また来い、とは言われたけど」

「面倒くさがりの上に寂しがり屋だからね。次に行ったら、歓迎してくれるかもしれないわよ。もし次があったら、私もついて行って頭をカチ割ってやるんだから」


 セイカの頭の上で、ひとしきり鬱憤を晴らしたジゼルが、《魔玉》の形を変えてふんぞり返る。


「それじゃあ、取りあえず私のボディを見つけに行きましょう」

「いや、俺は国に帰りたいんだが」


 真顔で拒否するユーゴを尻目に、やーねぇ、と形を変化させるジゼルだった。


「通り道だからいいでしょう。ウィドン洞窟の最下層にあるはずよ」

「ここからどれくらいかかると思ってるんだよ」

「心配ないわ。だってユーゴ、『獣の心髄』持ってるでしょ」

「これか」


 巻いた布を外すと、銀色の槍が姿を現す。


「そう、それをユーゴの脊髄にぶっ刺します」

「刺せるか!」

「大丈夫よ。チクッとするだけだから。孫弟子、やっておやりなさい」


 声をかけられたセイカが、迷惑そうに言った。


「よく考えたのでござるが、どうして拙者が師匠の師匠が言う命令に従わないといけないのでござるか?」

「今さらっ! ここに来て反乱とは……びっくりだわ。でも、本来の使い方としては、こっちが正しいのだけどね。槍の形をしてなくてもいいものなんだけど、これはオーベロンの趣味が入ってるわ。彼、影響されやすいから――――」


 遠い目をするジゼルだった。

 腕組みをしたユーゴは、諦めの表情を浮かべはじめる。


「そうか。で、俺が刺されて何が変わるんだよ」

「会ったことがある魔族であれば、その姿になれるのよ。竜種になって貰えたら、エトアリア共和国まで一っ跳びくらいよね。ウィドン洞窟なんかすぐでしょう?」

「それはそうだが……まあいいか。セイカ、やってくれ」


 頭を垂れてうなじを突き出すユーゴの姿があった。

 セイカが恐る恐る銀槍を降ろし、その首筋へ『獣の心髄』を差し込むのだった。




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