強者の理由
「で、これは何の集まりなんだ? 歓迎……されてなさそうなのは分かってるがな」
ユーゴは、自分の周囲に集まっている生徒たちに、そう言った。
その中でも中心的な男――――ユステンが、頬を歪める。
「ユーゴ・クロック、だったっけ? まあ奇しくもヴァレリア王国を滅亡寸前まで壊滅させて、王位を追われた裏切り者と同じ名前だなんてなぁ。センスあるよ、お前」
そうだそうだ、と周囲の生徒たちが騒いだ。
よく見てみると、その殆どが魔族の生徒たちだった。
このクラスの半数が人族の生徒だが、面倒事を避けて見ない振りをしている。
そして、この状態に一番反旗を翻しそうなフィーナ・アイブリンガーといえば、澄ました顔でユーゴの隣の席に座っていた。
ユステンが、横目でフィーナを気にしながら言う。
「……強いからって、あんまり調子に乗るなよ。殺すだけなら、手段は幾らでもあるんだ」
「ほう、そいつは頼もしい。お手並み拝見といこうかな」
これから始まる喜劇を楽しみにするように笑うユーゴだった。
ある種の懐かしさも感じていた。
彼は元々、エトアリア軍に所属していたこともあり、兵隊相手の付き合い方も心得ている。
そう難しく考える必要も無い。
新入りは舐められる。
舐められたくなければ、実力を示すことのみ。
そして、やり過ぎないこと。
本当の意味での『適当』が求められるというのは、どこの世界でも共通だった。
「こいつ……」
ただし、ユステンたちに限っては、あまり当てはまらないかもしれなかった。
それというのも、ユーゴの隣に座っていたフィーナが立ち上がり、彼の手を掴んでその場から離れようとしたからだ。
「行きましょう」
「は? でも、こいつらは?」
「馬鹿な男どもに付き合ってたら、時間がいくらあっても足りないわ」
彼女は、そう言い捨てる。
勿論、生徒たちの怒りはフィーナに向かうはずもなく、ユーゴに集中した。
隙あらば殺そう、から、絶対に殺す、という心境に格上げされたのかもしれない。
殺気と言うには少し湿り過ぎている視線を浴びながら、手を引かれて教室から出た。
廊下を歩き、分厚いガラス戸を開いてテラスを越えると、貴族らしくティータイムでも過ごせそうな空間が現れる。
白いテーブルと椅子が三脚あった。
フィーナが立ち止まる。
ユーゴは内心、娘と手を繋いで散歩出来たから日記でも始めようかな、などと思っていたところだったので、短い距離で止まったのは残念だった。
「座りましょう?」
「あ、ああ」
握り合っていた手が解かれ、二人は椅子に座った。
話題を探していたユーゴに、フィーナが頭を下げた。
「ごめんなさいっ」
「な、何が?」
いきなり父親だということがバレたのかと動揺するが、彼女の次の言葉を聞いて胸を撫で下ろした。
「ママが――――いえ、うちの母が失礼しました。まさか命の恩人で友好国の貴族を、あんな、咥えて引きずり回すなんて」
「いつものことだろ」
平然とするユーゴに、目を白黒させるフィーナだった。
「い、いつも?」
「あ……いや」
こう言ってしまうと、ティルアが普段から他国の貴族を引きずり回しているように思われてしまうので、適当な人物に罪を擦り付けておいた。
「君も知っていると思うけど、俺はフルクス様と知り合いだからね。いやー、フルクス様は誰であろうと、気に入らない奴を殴る癖があるんだよ。それに比べたら、ティルア様に咥えられるのは光栄と言えるね」
まったく誤解が解けていない上に、被害者だけ増やした言い訳であったが、彼女は首を横に振った。
「フルクスおじ様は、そんな乱暴者ではありません」
フィーナが微笑んだ。
何やら糾弾されているような雰囲気だったが、ユーゴは黙って聞いた。
「母の知己で、何度か格闘術の手解きを受けたことがあります。あの方は凄く誠実で、練達の武術家でした。尊敬できる方です」
「えー……」
ユーゴは、やさぐれた顔をした。
フィーナが彼のことを語った時と、フルクスの時の対応を比べてしまった。
芝居を打ったとき、うっかり殺しておけばよかったか、とまで思った。
とりあえず次にフルクスと会ったら『マジで殺ろう』と考えるのだった。
「あのぉ」
そんなユーゴを見てどう思ったのか、フィーナが視線を逸らして頬を染めた。
「……もちろん、クロックさんのことも尊敬していますけど」
「ありがとう。いや、本当に」
思わず抱きしめそうな勢いで礼を言うユーゴである。
親友を一人、失わずに済んだのだ。
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。あの時は助けて頂いたことは感謝しています。後ほど正式にアイブリンガー家から謝礼を届けさせます。それで、ご実家の方は?」
「大したことじゃないから気にしないでくれ。俺は君のことを外交に使う気は全くない。だから、実家になんて気を使わないで良いさ」
どうせフルクスが得するだけだしな、と心の中で呟く。
それをどう受け取ったのか、フィーナが感動した面持ちで頷いた。
「はい、クロックさんのご厚意に甘えさせて頂きます。それではこの国で困った際は、是非に私を頼ってください。これでも竜将軍と魔王の娘です。多少の融通でしたら何とかできますから」
「ああ、それなら、普段通りの君でいてくれると嬉しい。俺のことも、ユーゴと呼んでくれ」
「……ええ」
フィーナが苦笑いを浮かべた。
何か地雷を踏んだ雰囲気だった。
唐突に、彼女が言う。
「私の父のことはご存知ですか?」
「まあ、ある程度は」
本人だけどな、とは言えなかった。
「私はいつか、強くなってあいつを殺すのが夢です」
「がはっ――――」
血を吐く思いだった。いや、実際に出ていてもおかしくない気分だった。
こうも無邪気に殺害予告をされるとは、ユーゴも考えていなかった。
フィーナが、力なく微笑む。
「可笑しい、ですよね。相手は元魔王で、二人の母よりも強いそうです。正直、想像も出来ない強さですけど、いつかは乗り越えたいんです」
「ああ、そうなんだ……」
曖昧に頷くユーゴだった。
ベッドに潜り込んで丸まって泣きたい気分だったが、流石に娘の前だけあって体面を気にして気力だけで椅子に座っていた。
半ば放心状態だったユーゴの手が、身を乗り出してきたフィーナの両手に包まれた。
「あの、お願いがあります!」
「へ?」
「私の師匠になってください! そのためなら、何でもしますから!」
「ぶほぉ――――」
自分の娘に自分を殺す手伝いをして、尚且つ何でもさせて良いという摩訶不思議な状況に、ユーゴの理解力を少しだけ超えたのだった。
そして一周まわって冷静になった彼は、言葉を選びながら言う。
「いやいや、そんなことを軽々しく言うものじゃないさ。その、君はむす―――淑女だ。だから、自分を大事にするべきだ」
「誰でも良いわけじゃないわ。クロック――――いえ、ユーゴだからお願いしたいの。……その、そんなに嬉しくないかもしれないけれど、頑張るから」
「いや待て。そこは頑張らなくていい。むしろ頑張るなと俺は言いたい」
「え?」
ぽかん、とするフィーナであった。
「……まあいいか」
そんな間抜けそうな彼女を見たユーゴは、言いたいことをすべて飲み込んだ。
やはり、フィーナは可愛かった。
それだけですべてを許せてしまう気持ちだった。
「わかった、フィーナ。俺は君の特訓を請け負うよ。ただし、同じ仲間としてだ。見返りは――――そうだな。君が父親に会ったとき、最初の一言だけは聞いてやってくれ。それで君が何を思ってもいい。考えを変えなくてもいい。殺しても構わないから」
「え、ええ。わかったわ」
何もわかっていなさそうな顔で、彼女は応えた。
それでもよかった。
ユーゴは納得した。
「さて、それじゃあフィーナ。完全変貌してみてくれ」
「――――はえっ」
フィーナが驚いて両腕を抱えて、椅子から飛びあがった。
恥ずかしそうに身体を捩り、視線を逸らす。
「ん? どうかしたのか」
「えっと……変貌、よね。その、出来ません」
「――――え。はあ?」
「あははは、……ごめんなさい」
彼女が頭を下げた。
ユーゴは何を言われたのか理解したが、どうしていいか分からずに思考停止していたのだった。