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騎士になりました  作者: 比呂
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巴戦


 ――――巨狼が疾駆する。


 その姿を見て、裏切り者の息子と嘲る者は、もういない。

 彼は魔王国の人民を、実力で黙らせるほどの傑物となっていた。


 高貴さと獰猛さが両立した、大地の支配者。

 飛ぶように走るとはまさに、彼のためにある言葉だ。


 自在に市街地を走り抜け、苦も無く障害物をすり抜ける。

 風を切る速さで延々と動き続けているにも関わらず、息すら乱れていない。


 と思われたが、直後に乱れた。


 彼の背に乗るフィーナに思いきり髭を引っ張られたのである。


「ねえ、あっち!」

「あいたっ! 見つけたからって髭はやめてくれよ」

「口答えしない! 走って!」

「わかってるって。……そうだね、匂いは間違いない。あの時にいた奴だ」


 自然とユステンの毛が逆立った。

 彼らが茶色い外套の存在に気付けたと言うことは、相手も気付いているに違いない。


 それでも反応が無いのは、余裕の現れか――――傲慢さか。


 彼の背に乗るフィーナも、表情を引き締める。


「……ふぅん、確かに強そうね」

「珍しいね。僕はてっきり、見つけた瞬間に閃光砲でも放つものかと思ってたんだけど……いひゃい」


 澄ました顔で彼の髭を引っ張りつつ、彼女が目線を外さずに言う。


「多分、避けられるわ。下手をすると、ママ以上に厄介な相手かもね」

「話が通じないってことかな……あいたたたた、まつ毛も止めようよ」

「体中の毛が抜ける前に、その減らず口が治るといいわね」

「僕はただ、この場を和ませようとしただけだからね?」

「和ませてどうするのよ」

「それで良いのではないでござるか?」

「――――っ」


 いきなり会話に入って来た茶色の外套に、ユステンが全力で飛び退いた。


 彼が全力で警戒していたにも関わらず、外套の者が近づいていたことに気付けなかった。

 一撃は入れられていても不思議ではない状況だったが、彼は無傷だった。


 ユステンの背中では、フィーナが半変貌して臨戦態勢を整えている。


 対する茶色の外套は、首を傾げていた。

 両手に串焼きを持っている。


「ふむ、喧嘩はいかんでござる。仲直りすると言うのなら、これを進ぜよう」


 そう言って、片手の串焼きをフィーナに向けた。

 当の彼女が、目を細める。


「あなたは一体、何者なの?」

「はて。拙者が何者かなど、どうでもいいことではござらぬか」

「良いわけないでしょ。私はこの国を守りたいの。あなたが私の国で暴れるなら、私はあなたを叩き出さなきゃいけないのよ」

「はあ。何とも一直線な『おなご』でござるなぁ。ところでこの国の料理はイマイチでござるが、串焼きだけは絶品でござる」


 外套の者は、そう言って片手の串焼きを齧り始めた。


 革袋一杯の金銭で飲み食いしておいてその言い草は無いと思うぞ、とこの場に居ない誰かならば言ったことだろう。


「この肉質は、拙者の国にも無いでござる」


 外套の者にしてみれば、褒めたつもりであった。

 だが、国が違えば風習も違う。


 片手で串焼きを突きつけながら、もう片方で串焼きを喰らう行為が、『お前を喰らってやるぞ』と見えてしまう文化だってあるかもしれない。


 そして運の悪いことに、フィーナにはそういう類の挑発に見えてしまった。

 彼女が清々しい程に嘘くさい笑顔を見せた。


「言ったわね。串焼き以外にも名物はあるわよ」

「ほう、それは是非とも食べてみたいでござる」

「エルフの丸焼きなんてどうかしら」


 臨戦態勢だったフィーナの背中から、一条の光が飛んだ。

 それが外套の者を狙ったものならば、難なく避けられただろう。


 しかし、不意打ちはフィーナの意志が許さない。

 挑発には挑発で返すのが彼女の流儀だ。


 閃光砲で吹き飛ばしたのは、外套の者が差し出していた串焼きだった。


「ん、むう。……拙者の、最後の串焼き――――」

「いや、片手にもう一本残ってますよね」


 冷静なユステンの突っ込みが聞こえているのかいないのか、残った串焼きを食べながら、うわ言を呟くように言う。


「師匠に『もう小遣いは無しだからな』と言われてから買った、最後の串焼きが……無くなったでござる」


 口をへの字に曲げ、小刻みに震える外套の者であった。

 流石に悪い気がしたフィーナだが、意地が勝った。


「私に差し出してたじゃない。それなら、私が食べたことと同じでしょう」

「……妙な食べ方をするのでござるな」

「ちょっとまって。そこまで器用じゃないわよ? 攻撃で食べられるわけないじゃない」

「ふむ、つまり、拙者の串焼きは攻撃されたと言うことでござるな」

「ま、まあ、そうなるわね」

「ならば、仕置きが必要でござるな。食べ物は粗末にしてはならぬと、師匠も言っていたでござる」

「ん?」


 フィーナがどこかで聞いたことがある言葉に首を傾げそうになったところで――――茶色い外套が空に舞った。

 古風なエルフ式の服装に身を包んだ、美しい剣士がそこにいた。


「セイカ・コウゲツ、推して参る」

「いいわよ、このフィーナ・アイブリンガーが受けて立つわ」

「あ、それじゃあ僕は離れておくね――――うぇいっ! あぶないっ! 何いまの!」


 セイカの腕を知らない者であれば、ほぼ対応不可能な一撃を、ユステンが回避して見せる。

 しかも、経験や勘で避けたのではなく、しっかりと斬撃を見定めてからの回避行動だった。


 これにはセイカも、それなりに血が騒いだ。

 殺さないために手加減していたとはいえ、初太刀を外されるのは命取りだ。


「ほう! 拙者の剣筋を、見てから避けられたのは初めてかもしれぬな! 面白い!」

「こっちは全然面白くないぞ!」


 冷や汗と動悸が体中で溢れているユステンにとっては、迷惑な話だった。

 セイカの初太刀が避けられたのも、彼の視界に赤い筋が走ったからである。


 実父と戦って以来、ユステンには相手の攻撃が『色形』で視界に表されるようになった。

 それは類まれなる彼の嗅覚が幻像として視界に現れているのだが、彼には『眼が変になったけど便利だ』くらいの感想に過ぎない。


 ある意味で、敵対した相手の方が、ユステンの能力に詳しいと言えた。

 これはセイカでさえも、彼の実力を見誤ってしまう結果となる。


「このような者が在野に眠っているとは、魔王国も立派なものでござるな。そこな『おなご』よりも腕前は上かもしれぬでござる」

「……何ですって」

「あの、フィーナ? 本当は良く無いことだけど、百歩譲って毛はまだ良いよ。でも耳はやめて欲しいなぁ」

「わかってるわ。ちょっと近くにあったから握り締めただけよ。……でも、この戦いが終わったら、後で勝負しましょうね」


 うわぁ、とユステンが前足で眼を覆った。

 正直に言って、彼の能力とフィーナの戦い方は相性が最悪だった。


 幾ら攻撃が見えようと、彼が回避できない程に閃光砲の面制圧を行われると為す術がない。

 それなりに足の速い狼種であるが、閃光砲を凌ぎきるまでの防御力は無かった。


 反して、一級品の攻撃だろうと単発であれば『見えてしまう』のがユステンだ。

 セイカが放つ格上の斬撃でも、最たる真価を発揮すると言えよう。


 ――――彼女が刀を振るった。


 流麗だが恐ろしい切れ味を内包した剣閃は、手ごたえも無く空を斬る。


「ふむふむ、これも避けるでござるか。ならば手加減は無礼というもの――――」

「私を放っておいていいのかしら」


 今まで散々に相手にされていなかったフィーナの堪忍袋が、ついに破裂した。

 狙い澄ました閃光砲が、数条の光の帯を描く。

 これを苦も無く、足さばきのみで回避して見せるセイカであった。


「まあ、お主の攻撃は、わかりやすいでござるからな」

「わかってるわ。だから、全力で行くわよ」


 フィーナの背中には、大きな光球が浮き上がっていた。

 自然体だが隙のないセイカが、腰の刀に手を添える。


 一触即発の雰囲気に、呼吸も忘れたユステンだった。


 であるからして、突如として乱入してきた魔王に、目が飛び出るほど驚く羽目となった。


「そこまでです、姫様、客人殿」


 それは、完全変貌したエルザ・タワーズだった。

 彼女の発した言葉に、フィーナとセイカが互いに眉を寄せる。


「……客人殿?」

「姫様でござるか?」


 争いの気配が薄れたことを感じ取ったエルザが、止めとばかりにセイカへ懐紙に包まれたものを渡した。

 セイカがそれを開くと、中には乾燥した海藻の切れ端が入っていた。


「ふむ、師匠の使いでござるか。して、何用でござろうか」


 ひょいぱく、と海藻を食べ始めたエルフ剣士に呆れつつも、エルザが居住まいを正す。


「私について来て頂きたい。決闘も忘れて貰ってよろしいか?」

「承知でござる」


 飄々と頷くセイカに肩透かしの気分となったエルザだが、問題の一つが片付いたことで安堵する。

 そして、もう一つの問題をフィーナへ告げた。


「姫様、心してお聞きください」

「い、一体何のことかしら。軍紀違反はしていないはずよ……多分」

「いえ、それどころではありません」

「もしかして、二匹の竜が被害を出したとか?」

「そうでもありません。単刀直入に申し上げます。あなたのお父様が、御帰還なされました」


「――――――――え」


 息を失うには、充分過ぎる内容だった。

 あまりに理解不能過ぎて、意識さえ失いかけた娘であった。





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