表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士になりました  作者: 比呂
76/127

弱者


 張りつめた雰囲気の中、銀の槍が飛ぶ。


 常人の域を超えた速さだが、半変貌しているシアンの眼に止まらぬ速さではない。

 ただ、彼女の戦闘経験からすると、この槍は本気で突かれたものでは無いと感じられた。


 小手調べにしては、あまりに軟弱だ。

 槍を払い落として反撃に転じようと考え――――その場から跳んだ。


「……私を怒らせようというのなら、良い判断です」

「がべらぁ」


 外套を目深に被った槍使いが、不思議そうに首を傾げて見せる。


 銀色の槍が狙っていたのはシアンではなく、彼女の背後に控えていたヨアネムだった。

 確かに、息子の実力を測るには絶妙な威力の突きではある。


「まったく、やってくれますね」


 目の前に立ったシアンを無視して攻撃したことに加え、子供に手を出そうとする槍使いの態度には、冷静さを保つのが難しい程に怒りを覚えた。


 庇われてしまって、申し訳なさそうな声が聞こえる。


「は、母上……」

「何をやっているのですか。早く下がりなさい。……行きますよ」


 今度はシアンから攻撃を仕掛けた。

 槍使いの目的は、間違いなくヨアネムだ。


 それが何を意味しているのかまでは判断出来ないが、自分の息子を攻撃されて、平静を保つのにも限界がある。

 相手に向かって飛び込みながら、曲げた手首を構える。


 自慢の愛剣は、魔王城に置いてきた。

 武具を持ち出すのに気付かれると、部下に動揺が走るからだ。


 頼みの綱は、己の肉体のみ。

 魔族の本分としては、まったく正しい。


「あぶんぶほおお」


 しかし、槍使いがシアンに頓着することはなかった。

 まるで造作も無い障害物を避けるかのように、身軽な所作で飛びあがる。


「甘いですね」


 彼女は、決して拳が届かない距離で腕を振るった。

 手首を返し、その鋭利な毒爪が伸びる。


 そこでようやく、槍使いがシアンの爪を確認した。


「ぎしじい」

「くっ――――」


 突風がシアンの頬を叩いたかと思うと、彼女の手首が地面に落ちた。

 魔族の再生能力を考えても、即座に治るものでは無い。


 傷口から、血が溢れ出る。


「――――くく、この程度で怯むと思われては困ります」


 シアンは確信していた。

 毒爪を認識して切り落とすと言うことは、効果的であると敵が証明してくれているのだ。


 止血もせずに落ちた毒爪を拾い上げ、流れる動作で突き出した。

 そこで、僅かな疑念が心の隅に残る。


 ――――どうしてこの槍使いが、私の切り札に気付いたのでしょうか。


 彼女の記憶に残る、香りがした。

 僅かな刻ですら、戦っている最中には勝負を分けることになる。


 銀光を宿した槍の穂先が、シアンの目の前にあった。


「……まったく、今まで何をやっていたのですか」


 彼女の視界が、光に染まった。

 声をかけられる。


「空から敵を探していたのだが、そもそも姉上に言われたくない。無茶をしないで欲しいぞ?」


 半変貌したティルアが、槍使いを睨みつけながら立ちふさがっていた。

 輝く金髪をざわつかせながら、シアンの怪我を横目で確認する。


 ぎしり、とティルアの乱杭歯が噛みしめられた。


「ここは任せるのだ。姉上が居なくては、魔王国が成り立たぬからな」

「待ちなさい。何をする気ですか」

「これから起こることは、すべて私がやったことだぞ」


 そう言ったティルアが、完全変貌を始めた。

 矮躯が膨れ上がり、強靭な鱗に覆われる。


 鉤爪が大地を掴み、その巨体を支えて立った。

 金色の竜種が、その咢を大きく開いた。


 ――――閃光砲。


 竜種の中でも光竜しか放てない、大地すら焼き溶かす一条の光だ。

 まともに放てば、街すら貫く。


 その場に住む魔族とて、跡形なく蒸発するだろう。

 コロセウムとはいえ、魔王国なのだ。


 自国民ごと敵を焼く判断は、正しいとは言えない。

 槍使いを屠ったとして、その後に待つのは犯罪者の汚名だ。

 無抵抗な民の大量虐殺は、処刑に違いない。


 仮に相手がアルベル連邦の者であったとしても、ティルアの首を差し出すことで釣り合いは取れる。

 どちらにせよ犠牲が出るのなら、愛する者の礎となれ。


 ティルアが笑う。

 その口端から洩れた光が、周囲を埋め尽くした。


 光の奔流が溢れ出す。

 有り余る熱量が空気を焼き、何もかもをかき消した――――はずだった。


「――――ぬ」


 焼けた大地に、槍使いが立っている。

 銀色の穂先を突き出して、閃光砲を凌いで見せた。


 流石に外套の端々が焼け焦げているが、それでも健在でいるのは驚異でしかなかった。


「げぎぎゃばいばば――――」


 槍使いの叫びと共に、光竜へ飛び掛かる。

 その巨体ゆえに、並みの攻撃は鱗で弾き返すことが常だ。


 だが、閃光砲すら貫いた銀槍が、並みであるはずも無い。


「やらせません!」


 シアンが、横から割って入った。

 彼女の肩口に、深々と槍が突き刺さる。


 槍使いがシアンを蹴り飛ばし、槍を引き抜いた。

 倒れた彼女に槍を振り上げて止めを刺そうとしたところ、今度はティルアがその巨体を横滑りさせて、シアンに覆いかぶさった。


 何度も、槍が振り下される。

 強固な竜鱗を割り裂きながら、血の音が響いた。


「あ、ああ、あああ――――」


 その光景を、ヨアネムが泣きながら見つめていた。

 嗚咽を飲み込んで、歯を食いしばる。


 弱いと言うことは、こんなことを受け入れねばならないほど悪いことなのだろうか。

 愛する者を助けられないと言うことが、こんなに苦しいものか。

 理不尽な強さは、何をやっても許されるのか。


 何に祈っても、何に願っても、この身が張り裂けても、構わないと思った。

 強さが欲しいと、心の底から求めた。


 しかし――――そんなものは誰も与えてくれなかった。


 誰も助けてくれない。

 英雄なんていない。


 正義や悪など嘘の塊で、目の前の暴力と、自分の弱さが現実なのだ。


 悲しい。

 ただ、悲しかった。

 自分が無力であると言うことが、こんなに悲しいことだとは思っていなかった。


 空に向かって叫ぶ。

 悔恨と憎悪を思い切り吐き出しても、空の青さに変わりは無かった。


 諦めが滲む。

 何も変わらない。

 悲しみは終わらない。


 誰も――――救われない。


「ふざけるな」


 水面に波紋を起こすような、響き渡る一声があった。

 何も変わりの無かった空から、半変貌した年若い竜種が落ちてきた。


 その男は地面に墜落するなり、大きく腕を振りかぶり、槍使いを殴り飛ばした。

 そして、二人の母の前に立ち、槍使いに向かって鋭い眼光を向けた。


「お前が何者だろうと、俺が許さん」


 高らかに、そう宣言してみせた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ