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騎士になりました  作者: 比呂
69/127

行先


 腕を組んだウィードは妖精皇国側の入り江から、遠くに霞むアヴァロン島を眺めていた。


 涼やかな風が、アヴァロン島の湖面をさざめかせる。

 踏み荒らされた船着き場や、入り江には焚火の後が散見されていた。


 大勢の富嶽一刀流の兵士たちが戦いに臨み、引き上げていったことがわかる。


「うちの弟子は大人しくしてるかなぁ……」


 一抹の不安を抱えながら、こちらに向かってくる帆船に目を細めた。


 徹底抗戦の構えを見せていたグルヴェイグたちには、早馬で彼直筆の手紙を送っておいた。

 手紙だけではセイカに信用されないかもしれないので、油紙に包んだ少量の海藻を添えてある。


 すべては、チサキに頼まれたことだった。


 妖精皇国の宮殿ではチサキに追い回されたが、彼女の体力が早々に尽きた。

 その飛び抜けた聡明さと相反するように、小柄な見た目に相応しい体力しかなかったらしい。

 彼女が息の切れた声で、後は弟にまかせておる、と言って退室した。


 それからはジロウの差配で、妖精皇国側の入り江で会談を行うことになった。

 ジロウは諸処の調整で走り回り、あまり顔を合せられていない。


 しかし、代わりにとばかりに、ウィードの後ろには外套を目深に被ったハリィが立っていた。

 ウィードは後ろを振り向かずに言う。


「……暇なのか?」

「暇だったら帰ってるよ。これも仕事だね。君が暇だったら、何か話してくれよ」

「いや、そこまで話すことは無い」

「そうかい? いずれ知ることになるとはいえ、本人からの観点は参考になるんだけどな」

「どういう意味だ」


 彼が横目でハリィを見ると、外套の下から笑い声が漏れた。


「世界が救われるのさ。俺たちが『こう』なったのも、君たちを理解しようとした結果だよ」

「はあ?」


 彼が首を傾げて、ハリィに再び問いかけようとしたが、船の方から知った声が聞こえてきた。


「おお、我が導師さ――――へぐっ」

「師匠ぉぉぉぉ、御無事でござるか!」


 船から身を乗り出したグルヴェイグを踏み台にして、セイカが湖へ躍り出た。

 水面を蹴りつけて水柱を上げ、怒涛の勢いで向かって来る。


 富嶽一刀流の門弟が見せた技術であるが、彼女が走ると速度が違う。

 しかし、さっきまで喜色満面だった彼女の笑みが、ウィードの背後に立つハリィを見て陰った。


 いつでも刀を抜ける体勢で、入り江に降り立つ。


「お主、何者でござるか」

「ん? そんなこと、どうでもいいんじゃないのかな。斬りたければ斬ればいい。俺もそうする」


 頭から被った覆いの下で、ハリィが笑う。

 それに眼を細めるセイカである。


 溜息を吐いたウィードは、ハリィに言う。


「セイカには手を出させないから、物騒なことはやめてくれ」

「君がそれでいいなら、いいけどね」


 外套を脱ごうともせず、彼はセイカから意識を外した。

 ウィードの言葉を聞いた彼女も、戦闘態勢を解いて彼の側に寄る。


「師匠、こいつ気持ち悪いでござる」

「こら、思ったことをそのまま本人の前で言うんじゃない。俺だってそう思ったけど言わなかったんだぞ」

「え、ちょっと待って。俺が傷つかないとか思ってる?」


 震えているハリィだったが、表情は見えない。

 ただ、妙な哀愁を感じたので、彼は苦笑いを浮かべて言った。


「いやいや、顔の話じゃ無いさ。気配の話だ。何と言うか、ハリィの気配は全体的にぬめっとしてるんだよ」

「拙者としては、にょめっとした感じでござるが」


 ハリィが首を横に振る。

 声色には、どこか諦めた感じが含まれていた。


「誰も顔とは言ってないだろ。あと、君たちの言う違いが分からないし、気配ってそんなにぬるぬるしたものなのかな。……まあ、俺が人間じゃないからかもしれないけど」

「ああ、やっぱり人間じゃないのか」

「納得でござる」


 ウィードとセイカは、同時に頷いていた。

 それをどう思ったのか、ハリィが肩を竦める。


「種族よりも先に、気配で罵倒されたのは初めてだよ。いい経験になったかな。……それよりほら、皇帝の弟が呼んでるんじゃないのかい?」

「あ、本当だな」


 湖の入り江から遠くない所へ生えた松林に、人影が見えた。

 少数の護衛を伴って、ジロウとドウゼンがこちらへ向かって来ている。


 そうしているとワルハラ陣営の船も到着し、全員が揃った。


 皇帝印の記された陣幕の中へ案内されたウィードたちは、それぞれの椅子に腰かける。

 上座の中央に陣取ったのは、司会進行を努めるジロウであった。


「さて、今回の件に関しては、既に皇帝陛下から勅命が下されておる。皆、心して聞くがよい。――――此度の戦闘は、互いに己が本分を見間違えたことが原因である。見間違えることは誰にでもあり、一度の失敗を責め立てることは臣民の為に非ず。よって、罪としては罰せず。妖精皇国臣民に関しては無罪放免を言い渡す。ただし、この内乱を引き起こした者には、国外退去を言い渡す。……以上である」


 無精ひげを撫でながら息を吐き、最後に不機嫌な顔でウィードを睨んだのだった。

 その視線を受けた彼は、苦笑いで答える。


 対照的に、激高して立ち上がったのはグルヴェイグだ。


「我らが導師様に対して、何たる増上慢! いざ――――もぐがっ」


 彼女はすぐに、控えていた白衣の者達に取り押さえられた。

 それでは収まりがつきそうになかったので、ジロウが視線を交え、どうにかしろ、と訴えてきた。


 彼は面倒そうに椅子から立ち上がる。


「まあ、そう怒るなグルヴェイグ。悪い話じゃない。反乱だったら普通、一族郎党が処刑されてもおかしくないだろ。それが無罪になるんだからいいじゃないか」

「し、しかし、それで導師様を奪われるくらいならば――――」

「奪われるものか。俺は世界に出て見聞を広げるんだよ。それがどういうことか、グルヴェイグならわかってくれると思うけどな」

「――――はっ」


 彼女は天啓に打たれて眼を見開いた。

 頭の中で素晴らしい世界を眺めてきたであろう、夢想家特有の優越感を湛えた表情になった。


「流石です導師様。その道の苦難、いかほどと存じますが、このグルヴェイグ、しかとお持ち申し上げております。その――――導師様が世界を総べるその日まで」

「あ、うん。そうそう。多分そんな感じになるから。達者でな」

「では、僭越ながら、こちらをお持ちください」


 彼女が合図を出すと、白衣の者達が、布に包まった槍を持ってきた。

 布を外すまでもなく、中身は『獣の心髄』に違いない。


 ウィードが視線をジロウに向けると、彼は頷いた。

 妖精皇国としては、反乱材料になるくらいなら持って行ってくれ、ということなのだ。


 理解した彼は、槍を受け取った。

 その槍に影が差したかと思うと、ハリィが身を乗り出してきた。


「ふむ、確かに。力のある装置だね。良い線いってるよ。及第点だ」

「何かあるのか」


 彼が聞くと、ハリィは首を横に振った。

 そして何も答えないまま、勝手に自分の席に戻る。


「……何だったんだ?」

「素晴らしい武器に感動したのでしょう。ところでさっきの怪しい大男は誰なのですか?」

「あー、皇帝の知り合いだってさ」


 まさか《クリスタルム》の者とは言えず、お茶を濁すのであった。

 その代り、槍を持って礼を言った。


「感謝する。この槍は、大切に使わせてもらうよ」

「あぁ、あぁ、当然のことでございます!」


 感極まるグルヴェイグだったので、これで大丈夫だと考えた。

 それなりに彼女の部下たちも優秀そうなので、『ワルハラ』も何とかなるだろう。


「世界征服でござるか、師匠?」

「ちょっと弟子。これ食べてなさい」


 不必要な疑問を持ち始めた弟子には、ポケットから取り出した海藻の切れ端を渡しておいた。

 乾燥させているので保存性が良く、噛み応えも抜群の代物だ。


 彼女がもぐもぐしている間に、話を先に進める。

 ジロウの近くに控えているドウゼンに声をかけた。


「ドウゼン、悪かったな。依頼は失敗したよ」

「そうですか? 私としては内乱の回避と無罪放免で、結果に満足していますが」


 眼鏡の位置を直しながら、ドウゼンがどこ吹く風の様相で答えた。

 それなりに資金と兵力を損耗している割には、納得しているようだった。


 彼の疑念に気付いたのか、横を向いたドウゼンが言う。


「国が割れてアルベル連邦に飲み込まれるくらいならば、この損失は対価として払えるでしょう。まあ、散った門弟たちの命が安いとは思いませんけどね」


 ドウゼンの視線は、外套を被った大男――――ハリィに向けられていた。

 彼の正体を知ってか知らずか、その視線は鋭いものだった。


 そこでジロウが、わざとらしい咳払いをする。


「では、首謀者への沙汰を言い渡すぞ。……現在、妖精皇国は鎖国中である。なので特例として軍船を貸し渡し、大陸へ行ってもらう。そこからは好きにすると良い。余の意見としては、魔導具を売って国を渡る商隊に混ざれば良いと思う。ダンゾウの昔の仲間がやっているそうだ。護衛として雇われれば、衣食住くらいは用意してくれるに違いない」

「そうか――――ありがとう」


 ウィードは頭を下げた。

 ジロウの言葉を言い換えれば、ヴァレリア王国がある大陸まで軍船で安全に送ってもらえ、尚且つ、旅の手伝いまで用意してくれているのだ。


 ただ、ジロウの表情は晴れがましいものではない。


「礼などいらん。余は意見を言ったまでだ。そうであるな、ユーゴ」

「あ、うん。そうだな」


 チサキから聞いたのかな、と彼は思った。

 最初にウィードを名乗ったために本名を言い出せずにいたが、ジロウにしてみれば名前を偽っていたと思われても仕方がない。


 先程からのジロウの機嫌が悪い原因に思い当たった気分だった。


「余は、ユーゴなどという男は知らぬ。しかし、ウィードなら知っておる。共に酒を酌み交わした仲だ。それを忘れることは無い」

「ああ、わかった。……あれは良い酒だった」

「ふむ。では、行くがよい。この先、互いにどうなるか分からぬが、幸運を祈る」

「お前もな」

「……おい。一応、ここは公式の場であるぞ。皇族に向かってお前とは何事だ」

「いえ、さっき言ったのはウィードです。俺はユーゴですから、何も言っておりません」

「ええい、屁理屈を抜かすでない! おもしろ三段変態びっくり魔族のくせに!」

「好きでやってるわけじゃないからな!」

「「ふんっ!」」


 二人は睨みあった後で、どちらともなく背を向けた。

 互いの顔は見えなくて確認できないが、確かに同じ顔をしているだろうと、彼らは確信していた。


 そして言われた通り、ウィードは陣幕から歩いて出て行く。

 最後の幕を潜り抜け、湖の風景が見えた。


 この景色も見納めかぁ、などと思っていると、振袖を着たユウメがやって来た。

 手には風呂敷包みを持っていて、それを渡される。


「これ、御土産やわ。うちはうーさんについて行けまへん。一応、うーさんは罪人になりはるもんやから、ジロウ様からも止められたんよ。政略結婚の意味もなくなってしもうたし。……ごめんね」

「謝る必要は無いだろ。ユウメにもずいぶん助けられたしな。俺も、これを渡しておくか」


 彼は自分の胸元に手を突っ込み、大量の海藻を引っ張り出した。

 それをごっそりとユウメの両手に抱えさせる。


「ちなみに教えておくとだな、皇女様が寒天餅を御所望だそうだ。作ってやるといい事があるかもしれないぞ」

「……そうやね。うん。うち、そうするわ。ほな、またね」


 目尻に涙を溜めたユウメが、嗚咽を漏らしながら走り去った。

 その背中を眼で追っていたが、途中で松の木に隠れていたアンリを見つけてしまった。


 気づかれたことを知ったアンリが、そそくさと近づいて来る。


「お前は女心をしらん男かね。あれは『俺について来い』と言われるのを待っていたのだぞ」

「……そう言われてもなぁ」

「ふん。どうせお前のことだ。大方、魔王国までの道程は険しくて大変だから、と先々のことまで考えた結果なのだろう。だからエルフの一人や二人も嫁を作れんのだ」

「いや、作ろうとは思ってないけどな」

「ほう、愛人は一人で良いと言う訳か。中々都合が良いことを言うではないかね」

「都合が良いのはお前の頭だ」


 ウィードは落ち着かない気持ちをそのままに、行先も無く歩き出した。

 アンリがそれに追従する。


「さて、これからどうしたものかね」

「国に帰るよ」


 歩きながら頭の後ろで手を組んだ彼は、遠い空を眺めながら言う。

 しかし、アンリの言葉は重いものだった。


「それから――――の話かね。ジゼルもアルベル連邦も、そして《クリスタルム》でさえもお前に期待している中で、安穏と暮らせると思うのかね?」

「嫌なことを言うよな」

「逃れられないならば、仕方あるまい。私が《観測者》であるように――――」


 アンリが立ち止まった。

 歩いて行くウィードと、距離が離れていく。


 彼は立ち止まらなかった。

 背中に声をかけられる。


「次に会うときは、世界が終わっているかもしれないな。そうすれば私の《役目》も終わると言うものかね」

「そいつは物騒だな。それが良いことか悪いことか、見当もつかないけど」

「それを決めるのが、お前の《役目》かね」

「――――さて、どうしようか」


 そう呟いて、彼は思った。

 何か大切なことを忘れている気がして、首を捻る。


 そしてそのまま、いきなり突進してきたセイカに吹き飛ばされた。

 命の危険を感じそうなほど、首を捻ってしまっていた。


「い、てててて」

「師匠! 拙者、まだ褒美を貰ってないのでござる!」

「あ、そう言えばそうだったな。けど、その前に首を――――」

「捩じったでござるか? ならば拙者、良い医者を知っているでござるよ!」

「いや、自分で治せるんだけど……」

「そうと決まれば、行くでござる!」


 あれよあれよと言う間に背負い直され、誘拐されるが如く連れて行かれるのだった。

 その光景を見ていたアンリが、小さく呟く。


「馬鹿につける薬は無いと言うが、ある意味では、馬鹿も薬になるということかね」


 彼女の言葉は、穏やかに流れる風に溶けて消えたのだった。

 透き通る青空は深く、遠くまで広がっていた――――。



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