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騎士になりました  作者: 比呂
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皇帝


 ウィードが女官に案内されて通された場所は、恐ろしく広い板間の部屋だった。


 見事にカッティングされた巨大な灯水晶がいくつも吊り下げられており、柱や壁に使われている木材は一点の節も見当たらない特級品だった。


「松の間でございます」


 女官がそう言って、引き戸の前で動かない。

 どうしていいか分からないウィードは、素直に聞いた。


「えっと、入っていいのか?」

「申し訳ございません。ご返答出来る立場にございません」

「あ、そう? なら帰っていいかな」

「お戯れでも、そのようなことを仰らない方がよろしいかと存じます」


 顔を伏せた女官が僅かに視線を逸らした先には、体格の良い男が控えていた。

 気配から察するに、覇軍衆の兵士と遜色ない――――というよりは、宮殿だから覇軍衆が鎧を脱いで監視しているのだろう。


 彼は頭を掻いてから、遠慮なく部屋に入った。

 目指すのは、只っ広い室内の上座に置かれた豪奢なテーブルだ。


 これだけ広いと、歩かなければならない不便さが身に沁みる。

 遠目から見たときから気付いてはいたが、テーブルには誰もいなかった。


 勝手に椅子を引き出し、座って天井を見上げる。

 造りとしてはエルフ風だが、異質なものが混ざっているのを感じた。


「どっかで見たことありそうなんだけどなぁ」


 眉を寄せて悩んでいると、唐突に理解出来た。

 この『松の間』は、聖域に似ていた。


 雰囲気もそうだが、何よりも空気が聖域然としている。


「……ここも古代遺跡だとか言うんじゃないだろうな」

「――――違うぞ。古代遺跡を参考にして妾が作らせたのじゃ」


 上座に近い扉から、妖精皇国皇帝陛下が現れた。

 出会った時と同じ紅の振袖を着ており、歩くたびに鈴の音が響く。


 彼女の後には、頭から外套を被った見るからに怪しい大男と、侍従の女官が続いた。

 チサキが一番上の上座に行くと、女官が椅子を引く。

 

 当然のようにそこへ座り、テーブルに肘をついて口先を尖らせる。


「そなたの扱い、面倒くさいぞ」

「俺に言われても困る」


 ウィードは鼻で息を抜いた。

 いつの間にか椅子に座っていた大男が、小さく頷く。


「だろうねぇ」

「ん?」


 彼が視線を向けると、大男が挨拶代わりに手を挙げてきた。

 ウィードが知る限り、この人間離れした気配の男な出会ったことは無い。


「誰ですか?」

「え、忘れた?」


 大男が外套を揺らし、若干仰け反った。

 そんな反応を見せられると、罪悪感が湧く。


 必死に過去の記憶を辿ってみたが、やはり思い出せなかった。


「いや、すまん。記憶に無い」

「……そっか。確かに、遠くから眺めてただけの俺のことなんて、覚えてるわけないか。話したことも無いし」

「いや、そこまでなると、普通は覚えてないだろ。いつの話だよ」

「まだ君が『人間』だった頃の話さ」


 外套のフードが動き、遠くを見ているようだった。

 意味深なことを言われたウィードは、話を聞き出そうと身を乗り出すが、チサキに機先を制された。


「そちらの話は、後で勝手にやるがよい。先に妾の話を通させて貰おうぞ。簡単に言わせてもらうと、そなた――――ウィードは無罪放免ぞ。喜ぶがよい」

「いいのか」

「良いも悪いも無いのじゃ。そこの者から直々に頼まれれば、妾だけでなく妖精皇国としても動かねばならん。……まあ、助かったと言うと語弊があるがのぅ」


 むしろ悪化ではなかろうか、と物騒なことを呟くチサキであった。

 それを聞き逃すウィードでは無い。


「待て。本当に誰なんだ」

「そうだなぁ、君の持っていた鎧を造った者だよ」

「鎧? 鎧なぁ。……えっと。それって――――まさか」


 ウィードが人間であったときに、印象的だった鎧など一つしかない。

 自己再生する白銀の鎧。

 永遠蜘蛛の糸で織り上げられ、水晶湖の女王から下賜された世界に二つとない代物だ。


 つまり、外套を被った大男の出身国が知れようものである。


「ユーゴ……今はウィードと名乗っているんだったかな。久しぶりにして初めまして。俺はハリィと呼んでくれるかい。こんな見てくれだが、よろしく」


 大男――――ハリィがフードを自らはぎ取る。

 そこには、水晶で出来た髑髏があった。


「まあ、こんな頭なんで、目立ちすぎるから隠しているんだ。怪物と間違えられて襲われたこともあるからね」

「――――いや、そんなことより、どうして俺のことが分かったんだ」


 臨戦態勢に入りかけたウィードに対し、ハリィが顎の骨を鳴らした。


「魂の色、って言ったら信じるかな。まあ、それはいいとして。水晶湖の女王が君を見放す訳が無いだろう。……ジゼルが『しるべ』を断ち切った程度で、女王の愛は無くならないんだ。何になっても君は君だ」

「…………そこまで知っているのか」

「おおよそのことまではね。ただ、あえて放置していると考えて貰っていい。君たちの成す行為が何を実らせるのか、女王は楽しみになさっている」


 ウィードは気を抜いて、椅子に深く腰掛けた。

 全ては手のひらの上か、と呟きたくもなった。


 髑髏が手を広げて喋りだす。


「それで、《クリスタルム》の者が妖精皇国に何しに来たんだ。俺を探すためだったりするのか?」

「それだけでもないよ。《観察者》との契約でね、アルベル連邦から妖精皇国を守護するために俺が出て来たんだ」

「……以前、アンリが殺されたと聞いたんだが?」


 彼の脳裏に、エドガーの姿が思い浮かんだ。

 全としてのアンリが消滅することは無いとはいえ、彼女を殺したことにわだかまりがあるのも確かだった。


「《観察者》としての約定を逸脱すれば、俺たちにも制裁の権利があるからね。義務と権利は表裏だ。二つで一つ。意味分かる?」

「俺の所為だと言いたいのか」

「違うよ。《観察者》としての領分を越えたのはアンリ・カブラギだ。責任は彼女にある。そして、制裁は終わったんだ。《クリスタルム》としては、問題解決したと認識されているよ」

「制裁か――――妖精皇国が《クリスタルム》に従属している、と?」

「従属なんて、《クリスタルム》は望まないさ。だからこそ、妖精王オーベロンがあるだろ。契約を反故にしたいのなら、いつでもどうぞ。その手段は残しているつもりだよ。俺たちは、いつも君たちの選択に『期待』している」


 ハリィの髑髏が、表情も無いのに笑っていた。

 興味深く観察されていることを思わせる。


 そこで、チサキが話に割って入って来た。


「そう、ワルハラへの処遇じゃが、導師の追放ということで手を打つことにしたぞ」

「ああ、俺はそれで構わない。けど、大丈夫か?」


 彼は眼を細めた。

 ちょっと態度が怖いワルハラの領主が、何も言わないはずが無かった。


「グルヴェイグのことであれば、気にする必要はないのじゃ。今回の反乱騒ぎを全て不問とすることにも、ハリィ殿の意向が含まれておる――――元々、アルベル連邦の差し金であるサワリ・ミノウが原因であるからな」

「ふぅん。じゃあ、ワルハラが《クリスタルム》を滅ぼそうとか思ってることは解決するのか?」

「無論じゃ。妖精王オーベロンを使って『獣の心髄』ほどの武具を創り上げたのじゃから、次の反乱は数百年後になるのは必至ぞ。それまでは大人しくしておるよ」


 仕方なさそうに笑うチサキだった。

 ウィードは首を傾げる。


「なら、富嶽一刀流はどうなる?」

「あれらも無くなっては困るのじゃ。反乱阻止という大功をやって、身内から反逆者を出した罰と相殺するのが落とし所ぞ。つまり、今回の戦の分だけ損をしたと言うところよな」 

「なるほどねぇ」


 反乱阻止は大功だが、反逆者の輩出は大罪だ。

 持ち上げて落としているのだから、周囲には罰として重く映ることだろう。


 それでいて罰は最小限で、組織が傾くほどでは無い。

 政治としてのバランスは取れていた。


「そうなると、可哀想なのはジロウだよな。東奔西走して、結局反乱は起きたしな。《クリスタルム》との契約を知らなかったのか」

「そこまでの重荷をあの子に背負わせるつもりは無いのじゃ――――あ、そうじゃ。ウィード、手を出すがよい」

「ん? 何かくれるのか」


 椅子から立ち上がって、チサキの傍に寄った。

 手を出すと――――噛まれそうになった。


 咄嗟に手を引いたおかげで噛まれることは無かったが、チサキに恨みがましい目で睨まれた。

 彼も目を細めて睨み返す。


「おい、何してる」

「逃げるでない。ユウメから話は聞いておる。そなたは非常に美味であるとな。妾も一度食した寒天餅が、忘れられないのじゃ」

「だからって、直接俺を食う奴があるか!」

「わはははは、面白いねぇ君たち!」


 髑髏が腹を抱えて笑う最中、ウィードとチサキの追いかけっこが始まった。

 この時だけは、チサキが少女らしく見えるのだった。



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