表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士になりました  作者: 比呂
66/127

鈴音


 不敵に微笑んだサワリが呪札を構えつつ、ウィードに背を向けて駆けだした。

 後ろを振り返りながら言う。


「罠だとわかっていて来るなんて、余程の自信がおありですねぇ!」

「おい、ちょっと待て!」

「待てと言われて待つ者はいませんよ!」


 サワリが全力疾走のまま、建物の屋上から飛び降りる。

 残されたウィードは、相手が呪札の使い手であることを思い出した。


「――――やばい」


 大慌てしながら、彼も屋上から飛び降りた。

 途端に、屋上そのものが吹き飛んだ。


 瓦礫が飛び散り、噴煙が立ち上る。

 着地の衝撃を受け流すために何度も地面を転がったウィードが、ようやく身体を起こした。


「……やってくれたな」


 サワリの逃げた方向を睨むと、街路に両手を縛られて目隠しをされたエルフの少女がいた。

 彼女の目隠し――――というよりは、榴弾札を顔に張り付けられて前が見えていないと言った方が正しいだろう。


 起爆札を破れば榴弾札が爆発し、少女の顔面など簡単に抉り取る。

 恐らくはサワリが、ワルハラの民が人質として通用するかどうか、試しているのだ。


 人質が通用するとなれば、嬉々として人質が増やされるに違いない。

 最も被害を少なくする方法は、人質など無視してサワリを追いかけることだ。


 ワルハラの民が人質にならないことを知れば、サワリも余計な手間を抱え込むことは無い。


 ――――ただし、そのために何名かのエルフが犠牲となる。


 手始めは、街路に置き去りにされた少女だ。

 それを許せるかどうかと言えば、答えは否だった。


「ふぅ」


 短く息を吐いたウィードは、手のひらに人差し指で紋様を書き込んだ。

 そして、視線を少女に見据える。


 全力で地面を蹴り飛ばし、加速しながら街路へと躍り出た。

 サワリが監視していたならば、この時点で起爆札を破り始めることだろう。


 寸分たりとも逡巡している暇は無い。

 銀槍を地面に突き立てて勢いを殺し、少女の顔に手を伸ばす。


 強引に榴弾札を剥がし取り、紋様を描いた手の中に握りしめた。


「――――再装填(リロード)


 彼の手の中で、榴弾札が燃え尽きた。

 ウィードの胸にある《魔玉》の輝きが揺らめく。


「……今度は成功したか」


 成功しなければ、フギン(、、、)を吹き飛ばした時のように、身体の半分が木端微塵となっていたことだろう。


 守護兵たるフギンの催眠暗示にかけられていたウィードは、己の《魔玉》を素材にして皮膚に紋様を描き、特大の榴弾札を使用していたのだった。


 紋様も不完全で《魔玉》の使用量も出鱈目だったため、フギンと一緒に自分も吹き飛ばした。

 そこから《魔晶変換》で自己治癒すると、青年の姿になっていたのだ。


 つまり《魔玉》の使用に耐えられる身体へ造り替えられたということだが、自分で望んで行った訳ではないので、少々気味が悪かった。


 今更ながら、自分の身体が魔族の枠すらはみ出している事を再確認する。


「まあ、気にしても仕方ないんだが」


 彼は一先ず身体のことを棚上げし、少女の手足に結ばれていた縄を解いた。

 気を失っていたがそのままにして、生きていることを確認してから横に寝かせる。


 地面に突き刺していた槍を引き抜き、気配探知を行う。

 二度も間近で出会っているため、サワリの気配を間違えることはない。


 石造りの建物を二つ挟んだ場所へ隠れている事を察知し、『獣の真髄』を真っ直ぐ投げ放つ。

 建物ごと突き破って、銀光が飛んだ。


 ウィードも槍の後を追いかける。

 重い金属音が響いた場所に、刀を抜いたサワリがいた。


 槍を弾き返せはしたが、足を止められてウィードに捕捉されたことを苦々しく思っているようだった。

 端正な顔をしたエルフが、頰を歪めて言う。


「……あなたも相当な化け物ですねぇ。これほど常識外れな者に出会ったのは、ドウゼン・コウゲツ以来でしょうか」

「あれと一緒にされるのは、どうも納得がいかないんだが」

「私の榴弾札を握り潰すなど、正気の沙汰ではありませんよ」

「気にするな。それは俺も、自分でどうかと思ってる。出来れば危ない橋なんて渡らずに生きていたいんだけどな」

「冗談が過ぎますね。あなたは自分から危ない橋に飛び込む変態です。喜びながら綱渡りを楽しむ生粋の倒錯者ですよ。そうでもなければ、あの少女を助けたりはしないでしょうからね。それとも、正義病に罹患した偏執狂ですか」

「……言いすぎだろ」

「言い足りないくらいです。私の計画を台無しにしてくれたのですからね。……ああ、嫌だ、楽が出来ないのは、本当に嫌ですよ」


 サワリが刀を構える。

 対するウィードは徒手空拳だった。


 弾かれた槍を拾いに行こうとすると、即座に斬りかかって来ることだろう。

 それならば、と彼は開き直った。


 素手で構えを取り、サワリを見据える。

 すると、サワリが突進して間合いを詰めてきた。


「まったく、無手で私に勝つ気ですか――――」

「素手の方が弱いと言った覚えは無いんだけどな」


 大気を裂く振り下しの斬撃が飛び込んでくる。

 鋭いことに変わりはないが、セイカのものと比べるとやや精彩を欠いた。


 ウィードは半身になることで斬撃を難なくかわし、腰の入った殴打を放つ。

 そこで、サワリが不意に動いた。


 先程とは比べものにならない速さで、下からの斬撃を振るう。


「うおっ」


 寸でのところで体勢を変えるウィードだった。

 追撃を避けるために間合いを取る。


 放っていた拳がカウンター気味に当たっており、サワリの着物がずれていた。

 サワリの身体を良く見てみると、着物から露出した部分には呪札が張り付けられていた。


 武器では無く、身体強化のために開発された呪札だろう。

 サワリの眼が細められた。


「流石に一刀では殺せませんか」

「器用なことをしてるんだなぁ」


 彼は思わず嘆息した。

 呪札の研究では、基本的に武器としての運用が前提だった。


 それでも身体強化として考えられなかった訳ではないが、あまりに複雑な術式と《魔玉》のコストにより、エトアリア王国では実現すら不可能であった。


 強すぎれば使用者の筋肉と骨を折り、弱すぎれば意味が無い。

 ただし、完成さえすれば魔族にすら引けを取らない膂力を手にすることが出来る。


「では、行きますよ」


 間合いが離れていれば、サワリが榴弾札を投げてきた。

 遠近とバランスの取れた戦略だった。


 離れていて攻撃手段が限られるよりも、素手で突貫する方がマシなウィードである。

 空中に投げ捨てられた一枚の榴弾札が、彼の眼前に落ちてきた。


「――――再装填」


 呪札を捕まえて握り潰すと、手の中で燃えて消えた。

 そのまま突っ込んでいくと、奇妙な表情をしたサワリがいた。


「そんなやり方で……。しかし、私の刀を受けて見なさい!」


 互いに間合いを潰し合う形となり、刀と拳が交錯する。

 増強された斬撃は、確かに早い。


 しかし、幾度となく人外の領域にある速度の攻撃を受けてきたウィードにとって、早いだけの攻撃ならば対応することは可能だった。


「っ」

「隙あり、だ」


 動揺するサワリに、容赦なく拳を放つ。

 衝撃で呪札が破れ、目に見えて動きが落ちた。


 口元に血の雫を流しながら、サワリが言った。


「これで勝ったと思わないで下さいよ……。私が倒されても、反乱は終わりません」



 ――――いいや、終わりぞ。



 鈴の音が鳴る。

 黒い鎧武者の集団を護衛に控えさせ、紅の振袖を着た少女が現れた。


 手には鈴のついた扇子を持っており、それでサワリを指し示す。


「そなたの企みは、妾が終わらせておいた」

「貴様は――――」


 サワリが激情を露わにした。

 その少女が出てきたことで、すべてを把握したのだろう。


 妖精皇国皇帝――――チサキ陛下が直々に姿を見せたことには、それなり以上の意味があった。

 彼女が企みを終わらせたというのだから、反乱の兆しがあった諸侯を全て平伏させたに違いない。


「そなたが密約を交わしておった相手は、すべて説得したぞ。少しは妾を讃えても良い。差し許す」

「ぐ、うううぅ。……今ここで、貴様さえ討ち取れば――――」

「下郎が、口を慎め」


 チサキの脇に控えていた鎧武者が動き、サワリを組み伏せた。

 弱っているとはいえ魔族並みの膂力を抑え込むあたり、鎧武者の実力も大したものだった。


 サワリがそのまま、鎧武者に連行されていく。


 どうしていいかわからず、立っていただけのウィードにようやく視線が向けられた。


「ふむ。不肖の弟より聞いていたのと違うが、そなたがウィードか」

「まあ、そうだけど」


 半裸の上に薄汚れた格好だが、彼は頷いた。

 鎧武者たちが一様に殺気立つ。

 その中でも異様なほどに、チサキが好戦的に笑った。


「では、此度の首謀者よ。弁明を聞かせてもらおうぞ」

「ん?」


 何か勘違いされていないか、と思うウィードだった。

 口を開こうとしたが、その前に鎧武者に囲まれてしまったのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ