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騎士になりました  作者: 比呂
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水際


 喧噪と剣戟が、アヴァロン島の至る所で響いていた。

 焼かれた家屋から、黒々とした煙が立ち上る。


 刀を抜いて上陸戦に臨むのは、富嶽一刀流の精鋭たちだった。

 何処から拝借してきたのか、中型船を多数動員し、兵員を輸送している。


 無論、ワルハラ側も手をこまねいている訳では無い。

 最新式の後部装填方式大筒を、塁壁に用意して対処していた。


 中型船の周囲に水柱が立ち上り、行く手を阻む。

 それでも富嶽一刀流の剣士たちは、突貫を続けた。


 運悪く、中型船の中の一艘に大筒の直撃弾があった。

 船を粉微塵に引き裂き、葬送するように水柱を上げる。


 ――――その瀑布の中、鉢巻を締めた剣士たちが水面へ躍り出た。


 あろうことか、砲弾を斬り捨てた上に、水の上を疾走している。


 ワルハラの兵士たちは水上攻撃を即座に中止し、上陸阻止の構えを取った。

 大筒の弾薬を散弾に切り替え、岸際を土砂ごと吹き飛ばす。


 巻き上がる砂塵の中に、数名の剣士が巻き込まれた。

 粉々に砕かれた仲間を見送る暇も無く、剣士の一人が大筒の塁壁に取りつく。


 近接戦は独壇場とばかりに、血しぶきを舞いあがらせ、白刃が煌いた。


 ワルハラ砲兵が逃げまどい、我先にと塁壁内の弾薬庫へ逃げ込もうとする。

 それを許すはずも無く、剣士は背後から切り捨てた。


 血と臓物で足を滑らせないように気を付けながら、剣士が一息を吐く。

 横並びにある他の塁壁を襲撃すべく、残った仲間を呼ぼうと振り向いた時だった。


 鰐の姿をした魔族が、剣士の頭を食いちぎる。

 べっ、と吐き出して嫌そうな顔をする魔族だった。


 鰐種の魔族は、様々な種族が混ざった配下に指示を出し、塁壁に迫る剣士たちと対峙する。

 肉弾乱戦であれば、純粋な力で以ってエルフを上回るのが魔族である。


「……良い戦士じゃねぇか。勿体ねぇ」


 鰐種の魔族が不意打ちで命を奪った剣士の亡骸を見つめ、胸元に隠している部隊章を想った。

 アルベル連邦に捕虜として連行され、奴隷兵に組み込まれても手放さなかった彼の誇りがそれだった。


 彼の望みとしては、このまま塁壁を保持して戦線を維持し、相手を消耗させたかった。

 しかし、彼が受けた命令は、敵の殲滅である。


 聞くに堪えない悪態を吐きながら、配下と共に塁壁の外へ突撃を敢行する。


 刀を持ったエルフが、砂地を物ともせずにやって来た。

 配下の一人が刀で串刺しにされ――――エルフ諸共爆散した。


 鰐種の魔族が叫ぶ。


 奴隷兵たちの胸元には、サワリの命令で呪札が植えつけられていた。

 遠隔起動式の榴弾札が、次々に爆破される。


 両軍の戦士たちが破裂し、富嶽一刀流の進軍が遅れた。


 下半身が吹き飛んだ鰐種の魔族が、砂地に倒れて空を見上げる。

 彼自身の《魔玉》を利用した榴弾札のため、じきに息絶えることは分かっていた。


 それでも、無茶苦茶な命令を押し付けられた挙句、捨て駒として使われたことへの怒りがあった。

 胸に隠しておいた部隊章を手に取り、握りつぶして、息を吐いた。


 ここまで来ても、投げ捨てることが出来なかった。

 彼の顔に、影が差し込んだ。


「貴官の所属を答えてくれないか」

「あぁ?」


 銀色の槍を持つ、年若い人間の姿があった。

 鰐種の魔族が言葉に迷い、どうせ最後ならいいだろう、と口端を歪めて言う。


「……魔王軍第1鰐小隊、ロス軍曹だ。人間が何してる。さっさと逃げな。俺みたいになりたくなきゃな」

「忠告は感謝する。だが、いくら同胞の頼みでも、それは聞けないな」

「同胞だぁ?」

「それが上官に対する口の聞き方か。罰として帰国を命ずる。……後は任せろ」


 そう言って微笑む人間の姿が、とある魔王の姿と酷似していた。


「あー……」


 答えを閃いた鰐種の魔族だったが、何かを言う前に瞳から光が消えた。

 年若い人間――――ウィードが、彼の瞼を下す。


 短く息を吐いた後で黙祷を捧げた。

 次に眼を開いた彼は、周囲を眺めてから言う。


「控えめに言って、酷い有様だな」

「そうでござるなぁ。修行が足りんでござる」


 腕組みをして彼の背後に控えていたセイカが言った。

 そっちかよ、と思わずにはいられないウィードであった。


「修行でどうにかなる状況とは思えないんだけど……」


 グルヴェイグが足元から視線を逸らして言う。


「それにしても導師様。サワリが奴隷――――魔族兵を連れてきているのは私も気付きませんでした」

「ああ。まあ海中船があるくらいだから、自前の兵士を連れて来ていても無理は無いさ。ただ、扱いが道から外れているけどな」


 静かな怒りを吐き出しながら、彼は状況を見分した。

 呪札が使われていることが確認できたので、サワリの手の内の一つが判明したことになる。


 榴弾札の遠隔起動が行われたのであれば、サワリがこのアヴァロン島へいることは間違いない。

 タイミングよく敵味方が乱戦になったところで起爆したのだから、戦況が確認できる場所へいることだろう。


 遺跡群の中で見晴らしの良い所は、それほど多くない。

 彼はグルヴェイグの肩を掴んだ。


「とにかく、この島の全権を掌握してくれ。基本は住民を避難させながら、ワルハラで籠城するように頼む」

「え、ええ、任せて下さいませ」


 ガクガクと首を振るグルヴェイグであった。

 そこへセイカが割り込んでくる。


「拙者は何をすれば良いのでござるか」

「彼女の護衛だ」

「えー……でござる」


 見るからにやる気をなくしたセイカであった。

 彼についていければサワリと戦えるとでも思っていたのだろうが、物事はそれだけで終わらない。


 富嶽一刀流からの防衛戦には、魔族だけでなくワルハラの兵士も参加していた。

 彼らを引かせねば戦いが終わらないし、何より、一度下された命令が撤回されるにも時間はかかる。


 そして、もし富嶽一刀流が撃退されたとすれば、魔族が内側へ向けた刃となりかねない。

 サワリが魔族兵を使って蜂起し、アヴァロン島を武力鎮圧してアルベル連邦の領土を宣言すれば、救助目的で軍隊が送られてくることだろう。


 王権派と対峙して疲弊した皇帝派がそれを拒否すれば、戦争の切っ掛けにでもされかねない。

 サワリの思惑を阻止するためには、王権派の旗印として、グルヴェイグの身柄を利用する必要があった。


「頼むよ。これが終わったら、何か褒美を用意するから」

「本当でござるか!」


 あまりの食いつきの良さに若干腰の引けるウィードだったが、二言は無い。


「ああ。その代り、頼むぞ」

「任せて欲しいでござる。ではグルヴェイグ殿、何処へなりと行かれよ」

「あなたねぇ……まあいいわ、実力は見せてくれてるんだし、導師様の決定に不服をいう訳にはいきません。ついていらっしゃい――――では」


 頭を下げたグルヴェイグが、ワルハラへ向けて走り去った。

 セイカも意気揚々と彼女の後を追う。


 それを見届けたウィードは、近くにあった遺跡の屋敷を駆けあがった。

 屋敷の上に立つと、一際高い石レンガ造りの建物がある。

 建物としてはそれほど広くないが、広めの屋上に人影が見えていた。


「姿を隠す気が無い、か。何かあると言わんばかりだな」


 不敵な態度に毒気を抜かれつつも、彼は走り出した。

 屋根から屋根へ飛び移ったが、何かしらの妨害はされなかった。


 広めの屋上に、静かに着地する。

 そこには、微笑を湛えたサワリ・ミノウが立っていた。


「やはり、楽はさせて貰えないようですねぇ。だから大丈夫かと聞いたのですが……仕方ありません。予定通りと参りましょう」


 懐から呪札を取り出し、構える。

 サワリが駆けだしたのを合図にして、戦いが始まるのだった。 




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