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騎士になりました  作者: 比呂
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「やれやれ……」


 ウィードは肩の力を抜いて、溜息を吐いた。


 足元では、傷を治癒されたセイカが満足気に海藻を齧っている。

 彼女の脚は一部が炭化していて、本来ならば激痛で立っていられない程の怪我だった。


 それでも守護兵を斬って見せたのだから、精神が肉体を凌駕したとしか考えられない。

 彼が不思議そうな顔をしてセイカの様子を眺めていると、彼に鷲掴みされている頭部――――フギンが口を開いた。


「ふん、馬鹿ね。その程度の褒美で満足しているのだから、安い女なのよ」

「頭だけで喋られると、声の振動が伝わってきて気持ち悪いな」

「な、ボディを壊したのはあなたでしょう! 責任取って結婚しなさいよ!」

「嫌だ」


 面倒だから捨てようかなぁ、と彼が考えると、それを察知したフギンが泣き真似を始める。


「ああ! 何てこと! わたくしの身体を木端微塵になるまで蹂躙しておいて、用が済んだら捨てる気なのね!」

「あのなぁ、お前が俺に変な光景を見せるからだろうが」

「ぐもぐも――――師匠、何を見たのでござるか?」


 今更ながら会話していることに気づいたセイカが、海藻を食べながら聞いてきた。

 眼が輝いている辺り、武勇伝を期待しているのだろう。


 しかし、彼が見た光景は、言葉にするのも憚られた。

 口を動かさないウィードの代わりに、フギンが得意気に応える。


「わたくし、『思考』を司っておりましてよ。催眠暗示が得意なものですから、強制的に不吉な想像を抱かせることが出来ますの。例えば、その当人が最もあって欲しくないことを引き摺り出して、恐慌状態にできるわ。わたくしのダーリンが見たのは昔の家族が――――」

「誰がダーリンだ、割るぞ」

「――――いいいい、割れ、割れるから止めてえぇぇぇぇ」


 守護兵の頭蓋が軋みを上げる程に、強く握りしめられていた。

 そこでセイカが首を傾げる。


「家族?」

「ああ、まあ、俺にも家族はいるさ」


 苦笑いを浮かべた彼であった。

 郷愁が胸の隙間に入り込み、傷口が染みるような思いに耽る。


「いいいひひひひっ、そうかなぁ、大丈夫かなあああたたたたたっ、止めて、割れる!」

「……頭も粉砕しておいた方がよかったな」


 苦虫を噛み潰す表情をしたウィードは、守護兵の頭部を振りかぶった。

 そこでようやく観念したフギンが、慌てて謝罪する。


「悪ふざけが過ぎましたわ! 申し訳なくてよ! わたくし、これでもオーベロン様の側近なの! 壊さないでおくと良いことがあるかもしれませんわ!」

「本当か? あんまり信じられないんだよな」

「まあ、嘘であったら割れば良いでござるよ」


 とぼけた顔で口を挟むセイカだった。

 フギンが眼を細めて睨みつける。


「あなた、何気に酷いわね! ムニンも真っ二つにしておいて……あらら、本当に再起不能じゃない。エルフにしてはやるようね」

「何の、師匠のおかげでござる。師匠はまさに、心眼の使い手でござった。視覚など必要ないとばかりに眼を閉じて敵と相対する姿を見たからこそ、拙者も道が開けたのでござる」

「え? それってわたくしの催眠に思いっきり引っかかってた時のことではございませんこと?」

「ふん、お主のような絡繰りには理解出来ぬであろうが、師匠は引っかかった振りをしていたに過ぎぬ」

「そうなのかしら?」


 フギンが上目遣いでウィードを見上げるが、彼は素知らぬ顔をした。


「そんなことより、グルヴェイグさんが何処に行ったか探さないとな」

「あからさまに話題を変えたわね」

「些末なことでござるから、話す必要も無いのでござろう」

「……秀でた才能って怖いわね。他の才能を根こそぎ枯らしちゃうのかしら」


 憐憫の眼で視線を送るフギンに、話を聞いていないセイカだった。


 ウィードからすれば、どっちもどっちだが、今は本当にグルヴェイグを探していた。

 我を忘れてフギンを吹き飛ばした際に、彼女の姿も巻き込まれていた。


 衝撃波に飲まれただけなので大事には至らないと思われるが、明らかに戦闘慣れしていない様子だったので、打ち所が悪い可能性もある。


「――――ん。あれは」


 周囲に視線を巡らせると、門の前に銀色の槍が突き刺さっていた。

 それを杖代わりに、震える脚でグルヴェイグが立ち上がろうとしている。


「何なのよ、一体……ふざけてるわ」

「あー、生きてるようで何よりだ。傷があるなら治療するけど、どうかな」


 気さくなつもりで声をかけるウィードだったが、彼女は何事かを小声で呟いていた。

 聞こえてないのかな、と思って彼が近づくと、急に槍を振り回された。


「ああ、もう、何で守護兵が倒されるのよ! ありえないじゃない!」

「うおっ」


 彼は体勢を崩し、門に手が触れた。


「生体認証確認――――認証されました。管理者権限――――一部に重大な問題発生。入出力制限状態で開門します」


「あれ?」


 『王権』が無ければ決して開くことの無い門が、勝手に開き始めた。

 何かいけないスイッチでも押してしまった気分で周囲を見回すウィードだが、誰もが空いた口が塞がらない状態だった。


 どうしようもないので、開いた門の内側を警戒する。

 それこそ、《剣兵》が眠っていても不思議ではないクラスの聖域なのだ。


 そして――――彼の瞳に映ったものは、巨大な墓だった。

 どうやって生育しているのかは知らないが、芝生に覆われて綺麗に管理されている墓地である。


 部屋の中心に鎮座する磨かれた墓石には、異形の文字が書き込まれていた。


 誘われるように、ウィードが墓地を歩く。

 柔らかい下草を踏みしめ、地下にも関わらず穏やかな風に吹かれた。


 一際大きな灯水晶が照らし出す暖かさは、太陽のものと似通っている。


 彼の背丈を優に超える墓石に、手を触れた。


「我に何用だ――――偽者よ」

「喋った! ……ん?」


 最初は墓石が喋ったのかと思ったが、声の方向をよくよく探してみれば、墓石の裏に農民のような服を着た骸骨が座っていた。


「……誰だ?」

「我こそが、妖精王オーベロンである。用件があるなら言うがよい。場合によっては叶えてやる」


 座ったまま、ウィードを見もせずに言う骸骨であった。

 それならば、と彼も物怖じせずに聞く。


「何で門が開いたんだ?」

「認証されたからである」

「うわぁ、身も蓋も無い回答だなぁ。だったら、『王権』って何だ?」

「認証キーである。板状で、触れると硬い」

「あ、うん、そうか。そうなんだろうな。でも俺には、板状の硬いところは無いはずなんだけど」

「認証キーと生体認証は違うのである」

「あ――――そう」


 淡々と当たり前の言葉を返されると馬鹿にされている気分になるが、相手が骸骨なので表情は読めない。

 門が開いた理由は諦め、相手の妙な反応について聞いた。


「なら、俺を偽者と呼んだ理由は?」


 彼が言うと、そこで初めてオーベロンが顔を上げた。

 深い洞のような黒い眼窩で、ウィードを捉えている。


 どこから声が出ているのかは不明だが、白い顎が動いた。


「……身体の構成要素の一部が、未知の物質に置き換えられているからである。これ以上は入出力制限事項の為、口外できない。管理者権限を得られよ」

「都合のいいところは、だんまりか」

「管理者権限を得られよ」

「まあ、そうだな。気が向いたらな。あ、これ返しとくよ」


 ウィードがそう言って、フギンの頭部をオーベロンの横に置いた。


 不思議なことに、フギンの頭部は門の中に入った時から少しも動いていない。

 表情さえ動かさず、今までの会話が夢であったかのようだった。


「……必要ないのである。五十三秒後には、ロールアウトされるのである」

「うん?」


 彼が首を傾げると、オーベロンが守護兵の頭部を掴む。

 そのままオーバースローで、あさっての方向へ投げ飛ばした。


「おいおい」


 非難の声でも上がりそうだが、頭部は何も言うことなく、下草の中に消えて行った。

 そして、オーベロンがのっそりと立ち上がった。


「用件は、もう無いのであるか」

「あー、叶えたいことは色々あるんだけど、叶えてくれ無さそうだし、いいよ」

「そうか、ならば帰るのである。願いが出来たなら、また訪れるのである」

「また?」


 何やら人間臭い反応をしたオーベロンに、彼は面喰った。

 骸骨が反応を示すことはなく、泰然と地面を見つめ、何かを待っているようだった。


「…………またな」


 これ以上、話しかける言葉を持たない彼は、墓石に背を向けた。

 偶然なのか必然なのか、良く分からない出会いだったが、彼は満足げに頷いて門へと向かうのであった。




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