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騎士になりました  作者: 比呂
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真剣


 殺気の無い斬撃が、縦横無尽に乱舞する。

 微笑を張り付かせた女性の顔は、息切れすることも無く剛刃を振り回していた。


 守護兵――――ムニンの繰り出す剣技は稚拙だったが、速度は生物の限界を遥かに上回っていた。


 それは武術と呼ばれるものではなかった。

 ただ、人を斬り裂くことだけを目的とした刃の旋風と化している。


「……面倒でござるなぁ」


 セイカは迫り来る剛剣を、すべて見切っていた。

 剣先こそは生物の枠外だが、相手が人の形をしているなら、予備動作で攻撃を予測できる。


 問題はそれからだ。

 攻撃が見えていても、予想以上の速度で飛んでくるから始末が悪い。


 結果として、避けるための距離を多めに取ることで凌いでいるが、反撃の糸口がつかめなかった。

 腕一本捨てる覚悟で踏み込んでも、守護兵の鎧に刀が通らなければ犠牲も無駄になるだろう。


 ならば、残される手段は限られる。


「富嶽一刀流――――鋼合わせ」


 両刃の剣が振り下ろされるところに、同じ軌道でセイカが刀を合わせた。

 そこから剣を擦り上げて弾き飛ばす技ではあるが、ムニンの剣は動かなかった。


「ぬ、馬鹿力はここでも健在でござるな」


 それならば、と振り下ろされたままの剣を足で踏みつけ、跳ね上げる斬撃を振るう。

 すると、セイカの体重をものともせずに剣が振り上げられた。


 甲高い音が響く。


「なんともまあ、硬い顔でござる」


 遥か上空まで飛ばされた彼女は、空中で刀を鞘に納めた。

 そのまま落下しながら唇を尖らせる。


 吹き飛ばされる離れ際にムニンの顎へ刀を当てるだけでも驚異的な反応速度だが、それでもセイカには不満が残る。

 顎に当てた刀の感触から『この刀で斬ることは出来ない』と理解してしまった。


「――――ぃ」


 顎に何の損傷も見せないムニンが、何事かを呟きながら彼女を追い掛けてきていた。

 それを見ると、他の部位に攻撃仕掛けても意味がないことは知れている。


 ――――こういう時、師匠ならどうするか。


 彼女は落下中に、こっそりとウィードを盗み見た。

 そこには、両目を閉じている師匠の姿があった。


「……流石は師匠でござる。この程度の相手では、眼で見る必要すら無いのでござるか!」


 本人が聞いたら絶句する言葉を漏らし、彼女は大きく頷いた。


 意味がないことを行う必要はない。

 斬れないならば、斬れるもので斬るまでなのだ。


「師匠であればこの刀でもあの者を真っ二つにするのでござろう。まったく、敵に頼らねばならぬとは、拙者もまだまだ未熟者にござる」


 地面が近づいてきたところで、刀を構えた。

 正面には、着地を狙って走り込んでくるムニンがいる。


 セイカの手元が動き、『鞘走り』が刃を覗かせる。


「――――ぃ?」


 途端、微笑を浮かべる守護兵が戸惑ったように見えた。

 今までの動きとは次元の違う速度でセイカが懐に入り込んだからだ。


 彼女の背後には、地面に突き刺さった『鞘走り』の鞘が突き立っている。

 落下の衝撃を殺しつつ発射台の役割をこなした結果であった。


 もちろん、飛び出したのは刀を掴んだままのセイカだ。

 その名の通り、『鞘走り』の勢いのままに彼女は刀を振るう。


「――――ぃ!」

「これは!」


 セイカの斬撃に沿って、ムニンの剣が軌道を合わせてきた。

 無駄の多かった怪力が、流水を思わせる斬撃を放つ。


 まさしく正当――――富嶽一刀流、鋼合わせ。


 難無く『鞘走り』が宙を舞う。

 振りかぶった剣を持つムニンに対して、徒手空拳のセイカであった。


 相手の懐に入った所為で、彼女の耳に守護兵の声が届く。


「――――楽シイ」

「……ほう、絡繰りの癖にしては芸達者でござるな」


 一度見ただけで盗まれては、セイカも感嘆する。

 本来ならば、修練を重ねて己のものにするのが本道である。

 経験を飛び越えると言うのは、まさに天性の才能と言うより他は無い。


 ムニンの微笑みが揺らぎ、剣が振り下される。


「それでもまだ、技に届いておらず。芸止まりでござるよ」


 彼女が半身の構えを取った。

 技とは『返し』も修めてから、初めて会得したと言う。


 更には、戦いの流れを把握してこそ技は輝くものだ。


 付け焼刃の『偽物』など、いとも容易く剥がれ落ちる。

 相対する両者が共に天性の才能を持つとするならば、より修練した方が勝利するのが道理だろう。


「富嶽一刀流――――白刃流し」


 セイカと同じ鋼合わせならば、斬撃は彼女の目に映る。


 相手の動きを抑えようとはせず、あくまで剣筋をずらすだけ。

 止めず、流せば、攻守は入れ替わる。


 ムニンの手の内を離れた剣が半回転し、守護兵自身の鎧に食い込んだ。


「――――ぃ、ぃぃ」

「……これでも通らぬでござるか」


 距離を取って、落ちてきた『鞘走り』を掴んだセイカであった。

 彼女としては、守護兵の胴体を斬り飛ばしておきたかったところだが、鎧に傷をつけた程度である。

 カウンター気味に斬り返しているので、これ以上の斬撃は望めなかった。


 そして、自らの鎧に食い込んだ剣を引き剥がしたムニンが、微笑を完全な笑顔に変える。

 感情の灯らない笑顔は、異形そのものだった。


「楽シイィィ」


 剣を持ったまま、子供が感情を爆発させたように飛び跳ねるムニンである。

 ひとしきり地面を揺らした後で、首だけ回してセイカを見た。


「――――ぃ?」

「ふむぅ、楽しい、でござるか? そうでござるなぁ。同感とは言い難いのでござるが、戦いを続けることには賛同するでござる」


 彼女は口の端を引き、ウィードの真似をして獰猛に笑った。

 『鞘走り』を鞘に納刀し、得意の抜刀の構えを取る。


「その鎧が砕けるのが先か、拙者の刀が折れるのが先か、根比べとするでござるか」

「――――ぃ!」


 ムニンが剣を身体の前で持つと、突然、門から無機質な声がした。


「防衛機構からの情報収集により、脅威認定値プラス。機能限定状態での戦闘行動。レベル4までの殺傷武器使用許可。『ヒヒイロカネ』起動」


 守護兵の剣が、焼け始める。

 灼熱を纏い、陽炎を揺らすその剣は――――正真正銘、『守護の炎剣』だった。


 床を弾き飛ばしてムニンが飛ぶ。

 大気を焼いて、紅い斬撃が振り下された。


「ふっ!」


 セイカは、全身全霊の抜刀術で迎え撃つ。

 『守護の炎剣』と『鞘走り』が衝突し、朱光が破裂した。


 余熱で肌を焼かれたセイカは、痺れる手に気合を入れる。

 一合しただけで、全身の関節が潰れたように重くなった。


 『鞘走り』の刀身は溶け始め、熱を持っている。

 それでもセイカは刀を鞘に納め、ムニンと対峙する。


「――――ぃ」

「応―――っ」


 二合目は、足の踏ん張りが利かなくなった彼女が吹き飛ばされた。

 石床を転がって壁に激突し、肺の息がすべて吐き出された。


「かはっ」

「楽シイ」


 突撃してきたムニンが、追撃の炎剣を振るう。

 辛うじて飛び避けたセイカの、背後にあった岩壁が溶岩と化して溶け落ちた。


「中々……拙者も楽しくなってきたでござるよ」


 下手をすれば消し炭も残らない程に焼き尽くされかねない状況で、擦れた笑いを浮かべるセイカであった。

 生死の狭間で踊っているような、奇妙な可笑しさがあった。


 そんなことを考えている暇などないというのに、剣術以外の思考が冴えわたる。


「どうして拙者は、戦っているのでござろうか……」


 無論、強くなりたい、勝利したい、という真っ当な言葉も思い浮かぶのだが、己の何処かで、それに頷かない自分がいることに気付いた。


 三合目は、単に『鞘走り』で剣戟を防いだだけだった。

 紙屑のように投げ出されても、刀は手放していなかった。


 力が抜けていたのが幸いし、見た目ほどの怪我では無い。


「刀――――刀である理由? 武術?」


 満身創痍で立ち上がった彼女は、足元がおぼつかない。

 ふらりと揺れながら、迫るムニンを見る。


「――――ぃ」


 先程と違い、守護兵の動きは緩慢であった。

 炎剣を引き摺って歩き、表情も曇っている。


「楽シ――――クナイィィ」

「そう……でござるか。拙者は。拙者は?」


 何でござろう、と首を捻った。

 最後の時が迫るにあたって、心の奥底から湧き上がってくる感情があった。


 ――――斬りたい。


 斬れるかな斬ろうか斬ります斬るべし斬りましょう斬り刻む斬り捨てる斬り分ける斬り落とす斬る斬る斬る斬る。


 基本に忠実に斬る。

 刃を真っ直ぐ、刃筋を通らせ、上から下まで、刃を降ろす。


 四合目には、溶けた『鞘走り』が吹き飛んだ。

 セイカの耳は遠く、鐘の中で響くような音を聞いた。


「緊急事態発生にて、機能限定解除。全兵器使用自由。繰り返す、全兵器使用自由」


「……むう、うるさいでござる」


 ふらふらとしながらも、半目で正面を見据えた。

 五合目を待っているが――――ついに五合目が訪れることは永遠に無くなった。


 武装を完全開放したムニンが、炎の柱を持って立っている。

 セイカの脚は真っ黒になっていて、痛みも無いが動く気配も無い。


「せめて――――」


 彼女はウィードの存在を思い出した。

 褒めて貰いたいでござるなぁ、と頬を緩ませる。


 炎の柱が――――倒れた。

 一面が焼き尽くされる。



 その炎の海に割って立つ――――彼女以外は。


 炎はセイカを照らし、彼女の持つ細身の刀を浮かび上がらせていた。


 『守護の炎剣』によって外装を溶かされた『鞘走り』は、その真髄を惜しみなく発揮した。


 持ち主の意志を完全に体現し、炎剣ごと守護兵を斬り捨てた。

 溢れる炎海さえ斬り分け、尚も岩壁を割った。


 その結果に何の感慨も抱いていない様子のセイカが、周囲を見回す。


「はて、師匠は何処に――――」

「おーい。無事か?」


 沈静化する炎の向こう側から、半裸のウィードが現れた。

 その姿を見て、彼女は目を擦る。


 何が起こっていたのか、セイカには理解が追いつかなかった。


「な、あ、師匠が――――師匠になっているでござる!」

「それ二回目だからな」


 少年の姿から、青年の姿に変化しているウィードであった。

 彼の手には守護兵の頭部らしきものが掴まれており、破れている服からも激戦が予想された。


 しかし、何よりも先に要求するべきことが、彼女には存在した。


「とにかく師匠、褒めて欲しいのでござるっ!」

「ん? あー、まあ、その前に傷を治そうか」

「嫌でござる。拙者……えっと、結局どっちだったか覚えられなかったでござるが、どっちか斬ったでござるよ?」

「はいはい、わかったわかった」

「むうぅぅぅぅ!」


 頬を膨らませたセイカは、地団駄を踏み損なって、盛大にすっ転んだ。

 それをウィードに苦笑いされたことで、彼女が余計に機嫌を損ねたのは当然の結果であった。



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