遠声
戦場の迫る雰囲気の中、岩屋に居るはずの無い声が響いた。
その場にいる誰もが、同時に顔を顰める。
「――――さて、皆様方にも言いたいことは有ると思いますが、一先ず降伏して頂けませんかね」
ドウゼン・コウゲツの澄ました態度が、グルヴェイグの機嫌を逆撫でする。
彼女は短く息を吐き、頬を歪めて言い返した。
「何を言うかと思えば、降伏ですって? 田舎道場の成り上がりがよく吼えたわね。盗み聞きに飽き足らず、我らの土地を踏み荒らすなら容赦しないわ」
「盗み聞きだとしても、今まで貴方たちが話していた話は聞き逃せませんよ。アルベル連邦と通じて妖精皇国から『王権』を奪い取ろうなど――――言語道断です。最早、国を割るなどと言う問題でも無くなりましたから……おや?」
二人が話している最中だったが、いい加減にして欲しそうにセイカが言う。
「拙者の巾着に妙なものを仕込んだのは、貴様でござるか」
「はっはっは、我が娘ながら脇が甘いですね。火薬が仕込まれていれば無事では済まないところでしたよ」
ドウゼンの声がするのは、セイカの腰元にある巾着からであった。
遠距離でも会話が出来る魔導具はジロウも使っているので、その派閥であるドウゼンが使えても不思議ではない。
ただ、そんな貴重な魔導具をセイカの巾着に忍び込ませるとは、度胸のある使い方であった。
案の定、彼女にしては珍しく眉間に皺を寄せた表情を浮かべ、巾着を鷲掴みにして地面に叩きつけようとした。
「あ、セイカ? こら、やめなさい。もう少し話が――――」
「そうだな、俺からも話がある」
巾着が彼女の手から離される前に、ウィードが止めた。
彼は巾着に向かって言う。
「話を盗み聞きしていたのは、まあいいとしよう。だが、急に割り込んで来たのは何故だ。俺のやり方に任せてくれるんじゃなかったのか?」
「……貴方なら分かると思うのですが、国家運営という事柄において、個人の感情が優先されることは少数です。私たちは皇帝の敵を叩き潰すための存在ですから、反乱を見つければ何を差し置いても動かねばなりません」
「ふぅん、それにしては軍勢を用意するのが早すぎるだろ。この島を包囲するほどの大軍なら、前々から準備してないと不可能だ」
「用兵の妙、と言いたいところですが、偶然ですよ。軍船が沈む事件があったばかりなので、軍の気を引き締めるために軍事演習を行おうと考えていましてね。そのための部隊を、急遽呼び集めたに過ぎません」
「便利な言い訳だな。君は戦いを回避したいんだと思っていたんだけど」
ウィードの言葉に、ドウゼンは少しだけ黙った。
そして、こともなげに言う。
「出来れば我々も戦いは望まないのですがね。しかし同じ志を持つ輩ならまだしも、反逆の徒を許してしまえば治世が成り立たないのです。ともすれば、犠牲は少ない方が良い。違いますか」
「そう言われれば否定は出来ないが、犠牲の中に俺とセイカが入ってそうで、どうにもな」
彼が言葉にした通り、この状況で真っ先に狙われるのはこの二人だろう。
特にセイカなどは、富嶽一刀流の直系だ。
そのまま人質になってもおかしくないが、ドウゼンは笑って応える。
「セイカが私を父と呼び、助けを求めるならすべてを投げ出して助け出しましょう。しかし私の娘は、貴方と共にあることを選びました。ならば私としては、ウィード殿に頼るほかないのです」
「――――やかましい、のでござる」
彼女が振りかぶった手を大きく振り下し、巾着を地面に叩きつけた。
決定的な音がして、中身を見ずとも魔道具の破壊を知る。
やっぱりこうなったか、と貴重な魔導具を惜しむ反面、仕方なさも感じるウィードであった。
彼はグルヴェイグに問う。
「ところで、降伏するわけないよなぁ」
「当然でしょう。我々の計画が、前倒しになっただけだもの。……サワリ、準備をしてちょうだい」
「それは構いませんが、そこのお二人を残して大丈夫で?」
眼を細めるサワリに対し、彼女が薄笑いを浮かべた。
「諸侯の調整役はあなたにしかできないでしょう? それに、私が『槍』を使うのだから、巻き添えになっても知らないわよ」
「よろしいでしょう。くれぐれも、ここで躓くことの無いよう、祈っております」
「それは同盟者としての言葉? それとも、この私を見下しているの?」
「どちらでもありません。楽が出来て幸いなのは良いことですから」
へらへらと感情を見抜かせない笑いを浮かべ、現れたときと同じように壁際へ向かっていた。
継ぎ目の分からない岩戸が開き、その中へ消えていく。
必然と、ウィードはグルヴェイグと向きあった。
「まだ、交渉するとは言わないでしょうね」
「今のところ、皇帝派と王権派を止めるだけの材料は無いからな。どっちも戦いを望まないなら着地点を探そうとも思ったが、どっちも戦う気なら止めようがない」
彼は両手を上げた。
その手が降ろされる頃には、彼の表情も変わっている。
「富嶽一刀流は、俺たちが軍船で襲われることも事前に気付いていた……というか、情報をわざと漏洩させたかもしれないな。そこで王権派の動きを読もうとしたんだろ。それくらいから戦う準備をしてた、ってことだ。王権派も、戦うために諸侯の取り崩しをしてたんだから、お互い様か」
「そうだとして、あなた方の運命は変わらないわよ」
硬質の足音を響かせて、彼女が門の前へ立った。
白いローブを着たエルフが再びやって来て、グルヴェイグに『槍』を渡した。
それは鈍い銀色の刃を持つ、装飾の簡素な槍でしかなかった。
その槍を持ったまま、彼女が門の中心に手を添え、顔を俯かせる。
「使用者権限において、侵入者二名に対する防衛機構の起動申請を行う」
すると、門の内側から耳慣れない声質が聞こえてきた。
「――――一部承認。機能限定状態での戦闘行動。レベル2までの殺傷武器使用許可。守護兵、起動」
王門の両端に立っていた、フギンとムニンの両目が開いた。
その眼球がウィードとセイカを捉え、徐々に動きを見せ始める。
「おいおい、殺気に反応するだけじゃなかったのか」
彼の苦笑いに、グルヴェイグが口元を隠して言った。
「確かに私の部下でもないし、殺気に反応して防衛行動は取るのだけれど、私のお願いを聞いてくれないとは、言ってないわよ」
「ったく、どいつもこいつも」
ウィードは肩を落とした。
交渉も説得も、始める前から周囲に振り回され、徒労感があった。
それだけに一抹の空しさを抱えている状態だが、彼の隣にいる女剣士は違う感想を持っているようだ。
「はて、どちらがフギンでムニンか、壊すまでに覚えられるでござろうか」
微笑をたたえ、腰の刀に手をかけるセイカであった。




