門番
ウィードらを乗せた石室が到着した場所は、岩盤を切り抜いて造られた空間だった。
装飾の無い巨大な通路が、燭台に乗せられた灯光石によって淡く照らし出されている。
その灯りは天井まで届いておらず、どこまで地中深く降りてきたのかは予想できない。
継ぎ目のない石壁と通路は、聖地特有の超技術で加工されていた。
聖域自体に何者かの意図が現れている気がして、ウィードは嫌なものを感じた。
そこで、グルヴェイグが先頭に立って歩き出す。
「こっちよ、着いて来てちょうだい。ちなみに教えてあげるけれど、この場にいる限りすべてのことを妖精王はお見通しよ。頭の中で考えていることもね。誰かを殺そうと思うものなら、守護兵が出てくるわよ」
「守護兵、ねぇ」
聖域に出てくる守護兵と聞いて、真っ先に思い浮かんだのが《剣兵》だった。
流石に《剣兵》が出て来るとは考えたくもないが、戦いになれば逃げ場は無いに等しい。
罠に嵌められたのと変わらない状況だが、セイカは普段通りである。
「拙者、胸が少しときめいてきたでござる」
「あなたねぇ、私の話を聞いてたの?」
異質なものを見る目となったグルヴェイグが、微笑む彼女に言い放った。
それでも埒があかないと思ったのか、矛先がウィードに向けられる。
「あなたの弟子なんでしょう? 何とかしてくれないかしら」
「まあ、王様に失礼のないように注意はするが、今は交渉のために移動してるんだろ。戦う心配をする必要は無いんじゃないか?」
「……ぐっ。確かにそうだけれど、守護兵は私の部下では無いのよ。妖精王の直轄兵器で、自己防衛のためなら無制限で使用が許されている武装だもの。そうでなくても、聖域の守りとなれば、普通は萎縮するものでしょう」
「普通ならな」
彼は少し俯いて、口元を綻ばせた。
世話のかかる弟子ではあるが、委縮しているセイカを見たいとは思わない。
そして、守護兵と戦いになったとして、それがどれだけ強かろうが、ウィードは戦う覚悟を決めた。
「まあ、いざとなったら腕ずくで止めるさ」
「それならいいのだけれど……」
止める相手を勘違いしているグルヴェイグだったが、彼は敢えて正そうとしなかった。
単に面倒だったということもあるが、不肖の弟子が礼儀もわきまえずに飛び掛かる可能性も無いとは言い切れなかったからだ。
三人の硬質な足音が、暗闇しか見えない天井へ吸い込まれていく。
王座までの道程だけあって、厳かな雰囲気を感じなくも無い。
「……ん?」
地下の空気が、さらに冷たさを増したと思うと、開けた空間が浮かび上がってきた。
相変わらず光の加減が曖昧で、すべての輪郭がはっきりとしない中、巨大な門と――――その両脇に小型の《剣兵》が控えていた。
「――――っ」
ウィードの肌が一瞬で粟立つ。
それは、丸みを帯びた流線型の鎧を身に纏い、地面に突き立てた剣を両手で握りしめた姿をしていた。
以前に戦った《剣兵》とは大きさも形も違っているが、その存在感は間違いなく《剣兵》のものだ。
しかし、動き出す気配が一向に感じられなかった。
まさしく彫像といった風体なので、冷静になってみれば、奇妙な差異が見つかってくる。
特に気付かされたのは、彼が戦った《剣兵》とは違い、女性の顔をしていたことだ。
それが何を意味するのか理解できないが、門番であることに違いはない。
セイカが眉を顰めながら言う。
「人形、でござるか? 確かに妙な威圧を感じるのでござる」
溜息を吐いたグルヴェイグが、感情を抑えた声音で注意する。
「フギン様とムニン様よ。この方たちが、私の言っていた守護兵なの。彼女たちを通して私たちの事を妖精王様に伝えているのだから、本当に変な事はしないでくれる?」
「……二体もいるか。あれだけじゃなかったんだな」
ウィードは顎をさすりながら言った。
ヴァレリア王国を壊滅に追い込んだ存在が、同種と言えど、これだけも存在することを目の当たりにしてしまったのだ。
世界を探せばまだ出て来るだろうことは、想像に難くない。
考えるだけで頭が痛くなるが、今はそうも言っていられない状況だ。
「とにかく、この《剣兵》は、殺気さえ漏らさなければ動かないんだな」
「え、ええ。そのはずよ。……あなた、守護兵の存在を知っていたの?」
「いや、その二体は初めて見るけどな。同じような奴でもっと巨大な《剣兵》とは戦ったことがある」
「んなっ! この方たちは神の御使いにも等しい存在なのよ? 馬鹿なの? いえ、大馬鹿ね! 信じられないわ!」
驚愕する彼女を押しのける形で、期待を込めた目をしたセイカが身を乗り出してきた。
「それで、師匠が勝ったのでござるか?」
「何を以って勝ちとするんだろうなぁ。国がほぼ壊滅したし、俺も一度死んだようなもんだしな。ただ、仲間のおかげで倒す事は倒したぞ」
「ほほぅ、流石は師匠でござるな」
「流石じゃ無いわよ! 何考えて生きてんのよ、あなたたちは! ああそう言えば一回死んでたんですってね! 何で生き返ってんのよ!」
「何で、って言われてもなぁ。問題はそこじゃないだろ」
「あなたに言われなくてもわかってるわよ! ちょっと待ってなさい!」
手のひらを彼に向けて、深呼吸を繰り返すグルヴェイグだった。
彼女が目を閉じて天を仰ぎ、大きく息を吐いた。
「――――はぁ。ええ、もう結構よ。所で気になったのだけれど、ヴァレリア王国が壊滅しているのなら、同盟の話は無理があるのではないかしら。なら、あなたの価値も無いとは思わない?」
「へ? もう復興してるし」
真顔で答えるウィードに、開いた口が塞がらない様子のグルヴェイグだった。
「……何なのよ魔族って。おかしいじゃない」
「何か、すまんな」
「もういいわよ。会話が出来るだけマシだと思うことにするわ」
彼女が仕方ない素振りで、門前にある広間の中心へ足を運んだ。
すると、広間の壁際から一人のエルフが現れる。
白いローブを羽織っていて、腰には刀を差していた。
「初めまして。サワリ・ミノウと申します。私のことは、既に方々からお聞きでしょうから、自己紹介は致しません」
「変な奴でござるなぁ」
セイカが素直な感想を漏らすと、サワリが苦笑した。
彼はエルフの中でも顔立ちが整っているため、その姿が様になっている。
「ええ、ええ、申し訳ありませんね。これでも色々と後ろ暗いことをやっているもので、すべてを詳らかにするつもりは無いんですよ」
「後ろ暗いことねぇ」
ウィードは溜息と一緒に呟くのだった。
スパイ容疑をかけられているにしては、サワリには余裕が見え隠れしている。
彼がアルベル連邦と繋がっていて、カラハギの謀反を手助けしていたのならば、それを匿う『王権派』は反逆者となるだろう。
元々サワリが所属していた武術指南役の『富嶽一刀流』も、処罰を免れない。
内乱を誘導した上に、皇帝側を弱体化させることで、誰が一番利益を得るのかと言えば――――アルベル連邦しかいない。
ウィードがグルヴェイグに視線を向けると、彼女が肩を竦めて話し始めた。
「仕方のないことなのよ。皇帝が我らの『王権』を奪ったことが原因だもの」
「それは抗魔金属を売りさばいて、資金を蓄え過ぎたからじゃないのか」
「オリハルコンそのものは、重要ではないわ。あんなもの、目的のために溢れ出た余剰品でしかないの。皇帝が止めたかったものは、我らの悲願――――水晶湖の国を滅ぼすことよ」
「何だと?」
妙なところで聞き慣れた国名を耳にして、聞き返さずにはいられなかった。
そこで彼女が眉を上げる。
口元を歪め、勝利を確信した声音で言った。
「へえ、彼の国の名前くらいは知ってるのね。魔族は物知りも多いのかしら。……それなら、水晶湖の国を滅ぼすために、『至高人』によって妖精王オーベロン様が造られたこともご存じ?」
「いや……しかし」
彼の頭の中で様々な情報が錯綜しているが、明確な言葉が見つからないでいた。
グルヴェイグが仄暗い笑みを浮かべる。
「言ったでしょう、我々には歴史があると。このアヴァロンは妖精皇国よりも長く続いてきたわ。水晶湖の国から横槍を入れられるまでは、皇帝よりも立場も上だったのだから。……それをあの『観測者』とか名乗る薄汚い女狐が、余計なことをして台無しにしたのだからね」
「ん?」
アンリは何をやったんだ、と首を捻るウィードであった。
それに彼女が目を細める。
「そこの富嶽の娘は、私たちがやっていることを反乱だと言っていたわよね。けれどむしろ、反乱を起こしているのはあなたたち皇帝派なのよ。私たちは『至高人』の遺志を継ぎ、ここに立っているの」
熱に浮かされた表情を張り付け、グルヴェイグが手を広げた。
「目的の物も完成したし、披露するにはちょうどいい頃合いかしら。後は『王権』を手に入れることさえ出来たなら、門が開くわ。アルベル連邦も、協力してくれるのよね」
「無論ですとも。協力の約定は取りつけていますよ。既に三割の諸侯は私に協力的でしてね。……まさか、キュロス殿が撤退されるのは予想外でしたが、それでも、このアヴァロンが正当なるエルフの長に輝くことは間違いないでしょう」
サワリが、ええ、ええ、と何度も頷いた。
ウィードは難しい顔をする。
「妖精皇国が、アルベル連邦に飲み込まれるぞ。エルフだって人外狩りの対象にされても不思議じゃない」
「『王権』が手に入れば、妖精王様が復活されるわ。武力での対抗は可能よ」
「そう上手くいくものかな?」
「……あなたは『王権』を知らないから、そんなことを言うのよ」
微笑む彼女の耳が、広間へやってくる足音を捉えていた。
白いローブのエルフが駆け込んできて、その場にいる全員を見渡す。
「あ、あの、報告が――――」
「ええ、構わないわ。予想はつくもの。言いなさい」
「では、報告致します! 富嶽一刀流に動きがありました! 島の対岸に軍勢を配備しています!」
「……うわ、まずいことになったなぁ」
彼は腕組みをして、そう呟いた。
もしかして戦いの狼煙を上げる切っ掛けを俺が作ってたらどうしよう、と心の中で考えていたのだった。




