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騎士になりました  作者: 比呂
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仲裁


 格子窓から差し込んだ光が、デスクに肘を置くグルヴェイグを背後から照らしていた。


 その表情は陰影を増し、皮肉気に歪んでいる。

 彼女が面白くなさそうに言った。


「……子供らしくないわね」

「そうだろうな」


 ウィードは息を吐いて、眼を閉じた。


 彼の軽口が、思ったよりも効果を発揮しすぎたらしい。

 彼女が挑発を受け流せないタイプには見えないので、『王権』は相当に繊細な話題のようだった。


「見た目通りだと油断するな、って言いたいのかしら。それとも婉曲な宣戦布告のつもり? どちらにせよ、王権においてこれ以上の譲歩をするつもりは無いわ」

「これ以上?」


 彼が首を捻る。

 すると、今度はグルヴェイグが溜息を吐いた。


「……何のために来たのかしらないけど、もう帰って下さらないかしら。富嶽一刀流の嫡女が来たと言うから会ってみれば、本当に子供の使いだったとはね」

「――――」


 彼女の呆れる言葉に対し、セイカの視線が飛んだ。


 グルヴェイグが微笑み返した後で、デスクの上に置いてあったベルを鳴らす。

 それを合図にして、隣の部屋のドアが開いた。


 冒険者用の受付で見かけたような白いローブを被った男が、音も無く部屋に入って来る。

 身は軽く、装備の重さも感じさせない動きは、まさに暗殺者のものだ。


 その男が立ち止まり、ローブから僅かに覗く眼をウィードから離さなかった。

 彼女が苛立ちを隠さずに言う。


「何をしているの? 早く追い出してくれないかしら」

「こいつ……子供か」

「今さら何を言っているの。料金は払っているのだから、仕事をこなして貰わなければ困るのよ」

「――――ふん、料金は割増だ」

「ええ、それで結構よ」


 手をひらひらと振って給金増額を了承した彼女が、チェアに深く腰掛けた。

 白いローブの男が一歩踏み出した――――途端、セイカが飛び出す。


「ぐむっ」


 刀も抜かずにローブの男へ組みつき、相手が出そうとしていた短剣を払い落としてから、首元への一撃で昏倒させた。


 その後は何事も無かったかのようにソファへ戻り、澄ました顔で正座する。

 そこでウィードが言う。


「確か、君たちには軍船で暗殺者をけしかけてきた貸しがあったと思うんだけど、そのことについても話し合えないか?」

「軍船? ……そう、あなたがヴァレリア王国への使者だったわけね。納得したわ」


 自分の手駒があっさりと敗北したにも関わらず、平然と応じてみせるのだった。

 それでも少しは話をする気になったのか、デスクに頬杖をついて彼女が言う。


「それで、どうする気? 私を殺しても別の者がこの席に座るだけよ。我々『ワルハラ』は王権の返還を止めることは無いでしょう」

「そんなに抗魔金属の利益が必要か?」


 彼の言葉に、グルヴェイグが目を細めた。

 既に、子供に向けて良い視線ではなくなっていた。


「ああ――――そう。オリハルコンの利益を餌に、魔族は釣られたのかしら。そんな物で私たちの誇りは売り払われたのね」

「……ふむ、誇りか。俺の聞いた話と違うな」

「ええ、大方ドウゼン辺りに言いくるめられたのでしょう。あの男は、自分の目的の為なら手段を択ばないもの」

「ドウゼンの目的なぁ。道場の発展とか?」

「それもあるでしょうけどね。絶対に言えることは、皇帝の敵を排除することよ。そのための汚れ仕事もやっているわ。『ワルハラ』が目の仇にされて、いい迷惑よ」


 横を向いて口を歪め、聞き取れないほど小さな声で彼女が毒づく。

 余程の恨み事でもあるとしか考えられなかった。


 すると、今まで黙っていたセイカが口を開いた。


「確かに拙者の父は阿呆でござるが、反乱を企てたお主らに非は無いと言えぬであろう」

「反乱ですって?」


 彼女が両手をデスクに突いて、腰を浮かせた。

 言葉を吐き出しかけそうになり、寸でのところで冷静さを取り戻す。


「何も知らないドウゼンの娘が、私たちを語らないで欲しいわね」

「そう、それでござるよ。拙者はともかく、何も知らない師匠にお主らの心情を理解しろと言っても無理な話でござる。あと、拙者は富嶽一刀流の使い手ではあるが、道場に戻ってはおらぬ。言うなれば――――師匠派でござるな」


 してやったり、と顔に書いていても不思議ではないほどわかりやすい表情のセイカだった。


 彼としては、他人の心を気遣う弟子に、成長を見た気分である。

 ここが人前でなければ、ウィードも彼女の頭を撫でてやるのに吝かではなかったが、流石に自重した。


「まあ、うちの弟子の言う通りだな。俺も初めに言ったと思うが、喧嘩の仲裁に来たわけで、一方的に君たちを断じるつもりは無いよ。暗殺者を送り込んできたことは忘れてないけどな」

「そうね。つまり、私たちに貸しが一つあるだけで、まだ交渉の余地はあると言いたいのかしら」

「まあ、交渉しかない、というのが問題でね。妖精国で内戦が起きてアルベル連邦に飲み込まれるのは避けたいところなんだ。けど、君たちが既にアルベル連邦に協力しているというのなら、俺にも考えがある」

「あら、どういう考えか聞かせて貰えない?」

「王権を奪って逃げる」

「……どういう意味かしら」

「言葉通りだ。皇帝が王権をこの場から持って行ったというなら、持ち運びができる物だろ。それなら奪うことだって出来るはずだ」

「あなた馬鹿なの?」


 本気で彼の頭の中を心配する声だった。

 彼としては、そんな変なこと言ったかな、と小首を傾げる程度だが、グルヴェイグの表情を見る限り、まともではないことのようだ。


「何でもいいさ。この方法が、俺には一番『笑え』そうだからな」

「性質の悪い愉快犯ね……しかも、自分を少しも疑っていないところが余計に腹が立つわ。真面目に相手をしていたら、私まで頭が馬鹿になりそう」

「失礼な奴だなぁ」

「詐欺まがいの口上で乗り込んでくる奴に言われたくないわね。何が『富嶽一刀流の方から来ました』よ、馬鹿じゃないの。……馬鹿だったわね。まあいいわ、その馬鹿さ加減に免じて、その交渉に乗ってあげる」

「俺の方は、やる気を削がれたけどな」


 彼女の口の悪さについて、考えさせられるウィードであった。

 しかしグルヴェイグは気にもせず、澄ました表情でデスクを離れ、彼の前に立つ。


「それじゃあ一つ、私たちを知って貰いましょうか。まず、妖精王の御前まで行きましょう」

「確かそれは、皇帝の許可が必要じゃなかったか?」

「拝謁して祝詞を奉じることは許されないわ。けれど、門の前までなら私たちの管轄なの。勅命でも無ければ、管理人として許可できる立場なのよ、私は」

「別に歴史を教えてくれるなら、そこまで行かなくてもいいだろ」

「いいえ。私たちを知る上では、無くてはならない存在なのよ。それに、サワリ・ミノウがそこにいるわ。それでも行かない?」

「……いや、行くよ」


 ウィードはソファから腰を上げた。

 セイカもそれに続く。

 我が物顔で先を歩いて行くグルヴェイグだった。


 彼女の背中を追いながら、一先ずは最初に訪れた受付所へ戻る。

 そして今度は冒険者の受付へ向かい、白いローブを羽織った女性の職員にグルヴェイグが声をかけた。


「いつものお願いね。よろしく」


 無言で頷いた職員が、カウンターの下から番号札を取り出した。

 それを手に取った彼女が、悠々と古代遺跡の入口へ歩いて行く。


 岩山を刳り出して作ったこの屋敷部分は、古代遺跡全体からすれば玄関に等しい。


 冒険者用の入場門は岩場の隙間など多岐に渡り、番号札で管理されていた。

 鎧の上に揃いローブを羽織った男が、冒険者から番号札を受け取って行き先を分配している。


 冒険者のレベルによって、難易度を判断してくれる役割だった。

 ウィードたちは番号札を渡すなり、冒険者たちとは別室へ通された。


 岩屋にドアを取ってつけただけの造りで、彼も最初は衛兵の詰所と勘違いした。

 しかし、彼らが部屋に入ってドアを閉めると、音を立てて岩屋自体がゆっくりと沈み始める。


「な、沈下してるのか」

「そうよ。魔導具を複数併用して、この部屋が乗り物になっているの」

「はあ、それにしては景色が見えないでござるな」


 周囲を見回すセイカに、一言釘を刺しておく。


「壁を斬って窓を作るなよ」

「……駄目でござるか。何が見えるのか、興味があったのでござるが」

「確かに俺も気になるが、生き埋めになりそうなので却下だ」

「そうね、本当に止めてくれる? 一応、この部屋も『聖域』扱いなのよ」


 グルヴェイグの視線は冷たいものだった。

 それには、ウィードも口を紡ぐしか無い。


 聖域の扉を斬り捨てたことのあるセイカに、『聖域だから』という言葉が彼女を止める理由にはならないからだ。


 彼はセイカの様子を見守りつつ、背を壁に預ける。

 石の擦れる音を響かせながら、石室が地下深くへと降りていくのだった。



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