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騎士になりました  作者: 比呂
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笑顔


 ウィードが鮨を食べ終えて道場まで帰ってくると、本宅とは別棟の建物から、気迫のこもった声が聞こえた。


 自室に帰ろうと思っていた足を、その建物へ向ける。

 戸の開け放れた室内は、頑丈な板張りとなっていた。


 入り口には木の看板が掲げられていて、何とも厳めしい雰囲気を醸し出していた。

 強く床を叩く音がしたかと思うと、入り口にいるウィードの元までセイカが飛んで来た。

 息が掛かるところまで顔を近づけてくる。


「師匠!」

「は?」

「拙者も一緒にタヘイの鮨が食べたかったでござる!」

「ああ、タヘイさんなら、まだ近くにいると思うから、今からでも間に合うと思うぞ」

「本当でござるか? では御免!」

「気をつけてな」

「師匠もお気をつけて!」

「……俺も?」


 彼は全速力で飛び出していった彼女の背中を見送った後で、道場の中へ向き直った。


 そこには、明らかに手合わせの途中であった様子のフリュウが、抜刀の構えをとっていた。


「わしゃしゃしゃ、面白いやな。弟子の不始末は師匠の不始末ってなもんよ。ええ機会だしなぁ、わしの剣、見せてやる」

「いや別に見なくていいで――――すぅぅぅおぉぉぉぉっ!」


 抜刀の構えから、音もなく斬撃が飛んで来た。

 ウィードが警戒していなければ、本気で首から上が斬り飛ばされていただろう。


 のけぞっている彼を指差しながら、フリュウが自分の門下生たちに告げる。


「よう見とけよ。わしの『音断ち』を勘だけで避けるとこうなるからの」


 何やら門下生たちの間で、どよめきが起きた。

 掛け声も無く無音の斬撃を浴びせかけたことに対する非難かとウィードが思っていたら、何であいつは生きてるんだろう、という疑問の声が多数だった。


「いや、おかしいだろ」

「何もおかしくはなかろう。おのれはわしが認めた武人だ。文句があるなら剣で語るのが剣士っちゅうもんだ。それが嫌なら、武などというものに関わるもんじゃない」

「…………」


 フリュウの言葉に、彼は反感を覚えた。


 確かに剣士を名乗ると言うのなら、争いは避けられない。

 しかし、剣は武に関わる者だけに振り下されるものではない。


 力を持たない者が、一方的に剣で斬りつけられることもある。

 それを理解出来ていないフリュウではないだろうが、真意を言葉にする気も感じられなかった。


「しゃしゃ、良い眼をしとる。だが、問いたければわしに勝て。勝者が常に全てを得るとは限らんが、勝者だけが道を選べるのだ。そうして生きてきたのではないか、若いの(、、、)

「見た目ほど若くないんだがなぁ」


 彼のぼやきに薄ら笑いを浮かべたフリュウが、何の変哲も無い突きを繰り出してきた。

 恐らく本命の攻撃が別にある――――と考えた瞬間、異常な速度で突きが迫ってくる。


 それもそのはず、ウィードの頬を掠めた『それ』は、道場の壁を突き破って飛んで行ってしまった。


「飛び、道具なのか?」

「わっしゃっしゃっしゃっしゃ! 驚いたか」


 子供のように腹を抱えて笑う富嶽一刀流の師範だった。

 手元には刀の柄だけが残っており、刀身だけを発射する魔導具のようだ。


 何とも言い難い気分にさせられるが、彼も命懸けの遊びに付き合うつもりはない。

 そして、攻め込むならば今が好機と言える。


「なら――――次は俺の番だよな」

「おう?」


 相手が無音の斬撃ならば、彼は無音の突撃を見せた。

 傍から見ればただの正面突きに過ぎない。


 ただし、音も気配も無い攻撃は知覚の遅れを誘い、流石のフリュウも反応が遅れた。

 反撃できずに腕を上げ、防御に徹しているのがその証拠だった。


「おおっ。……良きかな良きかな! まだまだ隠し玉を持っとるじゃろがい。後学に見せてくれや」

「断る」


 彼が距離を取るために離れようとした瞬間を見計らって、張り付くように追いかけてきた。

 相手の意気を読み取ってそれに応じる合気の技だ。


 距離が取れないと判断したウィードは、逆に相手の腕を絡め捕りながら立ち位置を入れ替え、背後に回り込んで膝裏に蹴りを叩き込んだ。


 蹴りの勢いを利用して跳躍し、互いに一足の間合いで離れ合う。

 蹴られた足を引き摺ることも無く、フリュウが振り向いた。


「今の技――――本来ならわしの延髄を刈るものだったろ?」

「それがどうした。俺が何処を狙おうと勝手だろ」

「ふむぅ。……ここまでしても分からんか。ときにウィード。戦いは嫌いか」


 本気で不思議そうに首を傾げるフリュウだった。

 彼は質問の意味が分からず、ただ素直に返事をする。


「嫌いだ」

「ほう、それにしちゃあ、随分と修練を積んどるみたいだが?」

「仕方ないだろ」

「ん? ……すまん、質問の仕方を間違えたわい。つまりな、ちゃんと戦いを望めとるか、ってことだ」

「望む?」


 こんな質問をされることが理解出来ず、彼は眉根を寄せた。

 確かにウィードの周囲で、戦闘自体を娯楽と考えている者は少なからず存在した。


 魔族なども、強さを誇る種族である。

 戦いとは切っても切れない間柄だろう。


 セイカにも、戦いを楽しむように言った覚えがある。

 しかし、彼自身が戦いを望んでいるかは疑問であった。


 常に相手を傷つける罪悪感が、心の底に残っていた。

 フリュウが彼の表情を見て、溜息を吐いた。。


「はあ。……あのな、戦いっちゅうのは、相手がおって初めて出来るもんだ。自分だけじゃ戦いにすらならん。戦いを楽しめとセイカに言ったのは、おのれだろ。あいつが言っとったぞ」

「…………」

「お前は何気なく言ったかも知らんが、楽しいという感情は大事にしとけや。今までの戦いが、一度も楽しく無かったとは言えんだろ。おのれだけが辛気臭い面をして、世界を救う救世主になる必要はないわな」

「そこまで考えてないさ。だけど、誰かに優しくすることは間違ってないだろ」

「あー、ほうほうほう、そら間違ってないわい。ただ、その『誰かさん』に自分も含めろと言っとる。そうせんと、周りの者が笑えんだろが(、、、、、、)。わしの孫がお前にべったりなのも、心配しとるからだぞ」

「俺を、心配?」


 彼は自分の掌を見つめた。


 セイカに心配されるだけの存在であっただろうか、と自問する。

 そんな大したことはしていないとしか思えなかった。


「ばかもん」


 フリュウが刀の鞘だけを、彼の頭にゆっくりと振り下した。


 乾いた音が鳴る。

 顔を上げたウィードが見たものは、確かにコウゲツ家を感じさせる顔だった。


「わしは他人の生き方を否定する気は無い。ただ、戦うことと強いことが違うのはわかるな? だから、笑え(、、)――――とまあ、年寄りの戯言じゃあ」


 ふんふふん、と鼻歌を奏でながら、フリュウが道場の出口に向かった。。


 すると、入れ替わるようにドウゼンが道場に入って来る。

 立ち去る師範の顔を見て怪訝そうな表情を浮かべ、呆然としているウィードへ近づいて来る。


「何かあったのですか? 師範は悪戯を成功させた顔をしていましたし、貴方は貴方で、食べる前の弁当をひっくり返した顔ですね」


 固まっていた門下生たちの間に、どっと笑いが溢れた。


 空気が弛緩し、修練を見届ける師範も居なくなったことで、今日の修行はお開きとなったらしい。

 彼らはそれぞれに話をしながら、道場から出て行く。


 静かになった道場には、ドウゼンとウィードが残されていた。


「やれやれ、鮨で何か嫌いなネタでもありましたか。あるいは、腹でも下しましたか。それならヤブキが良い薬を持っていますよ」

「あ、いや。大丈夫だから心配しないでくれ」

「そうですか。ならば、座りませんか」

「わかった……」


 彼としては正直、床に寝転んでしまいたい気分だったが、つまらない矜持が邪魔をして胡座になるのが精々だった。


 ドウゼンが板間で正座をすると、眼鏡を押し上げて言った。


「さて、それでは聞かせて欲しいのですが。果たして、お引き受け願えるものでしょうか」

「あのなぁ。要するに、そのサワリ何某かを暗殺してこいってことだろ。証拠がてらに首でも持って帰れって言うつもりか?」

「その通りです。我らは既に王権派から目をつけられています。アルベル連邦が対決姿勢を見せて来た今、国内でいがみ合っている場合ではありません。しかし、皇帝派の我らが手を出せば、内戦の切っ掛けとなります。」

「だから俺だと? よそ者の俺がすべての罪を被って、しかも故郷を戦争に巻き込めって話だぞ。ちゃんと自分の言っていることがわかってるか」

「ええ、都合が良いことを言っているのは承知の上です。ですが、何もしなければ国が割れます。割れた国など、容易に人の王に蹂躙されることでしょう。それを阻止するためなら、支払える犠牲は少なくないと思いませんか」


 真面目な顔をして、ドウゼンが彼を見た。


 怒りも無ければ、哀しみも無い。

 淡々とした様子の――――セイカの父親だった。


 ウィードは自分の後頭部を掻き毟る。

 人間以外と敵対姿勢を露わにするアルベル連邦へ対抗するには、人間以外の種族が協力し合わなければならないだろう。


 ここで妖精皇国が落ちれば、魔導具の一大発掘地帯が奪われることになる。

 それはどうにか阻止したいところだが、他国の御家騒動へ加担するとなると、自由に動けなくなる。


 何か解決の糸口は無いかと、彼が聞いた。


「……その、サワリはどうしてお前らを裏切ったんだ?」

「そうですね。我らが皇帝より武術指南役を仰せつかっているのはご存知でしょう」

「ああ、知ってるが」

「ならば話は早いですね。サワリ・ミノウは、カラハギの配下に武術指導を行っていました。軍事顧問というやつです」

「そういう繋がりだったのか」

「ですから、カラハギがアルベル連邦に取り込まれている情報を得た時点で、サワリを召還させました。そして、そのまま軟禁し、皇帝の沙汰を待つ手はずだったのですがね。遺跡ごとアルベル連邦の企てを叩き潰した男がいたそうです」

「ふぅんそうか凄いなぁ」


 彼が視線を逸らした。

 別に悪いと思っている訳ではないが、ドウゼンの眼がやけに見辛い気分だった。


 師範代の言葉が、仕方ない雰囲気を醸しながら続く。


「カラハギが討たれたことを知った早晩、サワリが牢番を斬り殺して逃走しました。王権派とアルベル連邦の関係は不透明ですが、こんな時にサワリが動いたのが不思議でしてね。少しばかり話をしてみたいんですけど」

「一方的な質問ばかりの『お話』だろ」


 彼が目を細めて問う。


 豪放磊落なフリュウとは違い、息子であるドウゼンは精緻にして酷薄といった印象を受ける。

 恐らくは彼が参謀として、富嶽一刀流を育て上げたのだろう。


 並大抵の努力と手腕であることは、認めざるを得ない。

 そして、ドウゼンは否定しなかった。


「素直に話して貰えれば、苦しい思いをしなくて済むでしょう。選択肢は与えています。選ぶのは、他でもない彼です。……まあ、それは無事に捕らえられたら、の話ですがね。この際、皇帝へ献上するならば首だけでも構いません」

「違い過ぎだな、お前ら親子」

「よく言われます。出来のいい息子だと」

「あっそ。冗談だけは磨けなかったみたいだな」

「ええ。それも耳にタコですね。では、そろそろ返答を聞かせて貰いたいのですが」

「そうだな――――」


 ウィードは立ち上がって手を挙げ、背伸びをした。

 首を回して、道場の外を見た。


 そこには、満足な笑みを浮かべたセイカが、己の腹をさすりながら帰ってくる姿があった。


「――――引き受けよう。ただし、やり方は俺に任せる条件付きだ」


 そう言った彼は、仕方なさそうにして笑っていたのだった。




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