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騎士になりました  作者: 比呂
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王権


 部屋の外に人が集まっている気配を感じ、ウィードは目覚めた。


 寝室として彼に与えられたのは、夕飯を食べた部屋と同じく飾り気のないものだった。

 昨日のようなことが頻繁にあるのなら、確かに装飾は置くだけ勿体ない。


「…………?」


 彼の隣にある散らかった布団を見ると、セイカは既にいなくなっている。


 自室があるはずなのに、同じ部屋で寝ると言って彼女が拗ねた。

 面倒だったので、布団を分けることを条件に同室を許したのだが、何がしたかったのかは理解出来ていない。


「まあ、いいか」


 障子から入って来る陽光の具合と腹時計から察するに、昼食前ほどの時刻だろう。

 朝食の時間になっても起床しない師匠に見切りをつけて、先に出て行ったのだと考えた。


「疲れていたとは言え、少し寝過ぎたな」


 寝ていた布団を畳んで隅に寄せ、障子を開ける。

 すると、庭に集まっていた胴着姿の門下生たちがそれぞれに挨拶をしてきた。


 その中で見覚えのある男が近寄ってくる。

 見回り衆で、ヤブキの共をしていた者だった。


「これは、騒がしくして申し訳ありません。瞑想の邪魔でしたか」

「瞑想?」

「はい。お嬢様が、師匠は瞑想中であるから誰も部屋に入れるな、と仰っていたものでして」

「寝てただけなんだが……」


 あいつは俺を何者にしたいんだろう、と少し考え込んでしまった。

 事情を察した男が、苦笑いを浮かべる。


「ははは、そうでしたか。安眠されて何よりです。私どもも何名か武術家の方を御泊めしたことはありますが、そう言われたのは初めてですね。余程、うちの者達と馬が合ったのでしょう」

「はあ、そんなものですか」


 ウィードは曖昧な返事をした。

 見回り衆の男が、頷く。


「そんなものです。……では、朝餉になさいますか。まあ時刻としては中途半端になってしまいますが」

「いやいや、それだと手間ですよね。それよりも、ドウゼンさんと少しお話がしたいのですけど」


 昨晩は疲れていて詳しい話はしなかったが、これから先のことを考えると対話は必要だ。

 軍船でユウメから渡された連絡先にも行かなければならないので、外出についても聞いておこうと思った。


「師範代とですか? 今しがたヤブキさんと話していましたから、少し後がよろしいでしょう。私から師範代に話を通しておきます」

「お願いします」


 一礼した見回り衆の男が、何やら作業をしている門下生たちの集団に混ざっていった。

 細かな指示を出し、この場を離れるために言葉を交わしている。


 ウィードがよく作業現場を眺めてみると、そこは昨晩の騒ぎがあった部屋だった。

 大工道具などを持ち出して床板を作り直し、張替え用の畳が用意されていた。

 門下生の中には、突き破られた床下を隅々まで掃除している者たちもいる。


「大変だなぁ」


 彼は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 そこへ、庭の奥の方からフリュウ・コウゲツが走り込んできた。

 一直線に彼の元へ飛び込んで、周囲を見回した。


「んんん? セイカの奴は、こっちに来んかったか」

「いえ、見てませんけど」


 ウィードの言葉を聞いているのかいないのか、破壊された部屋を修繕している門下生たちを見つけたフリュウが叫ぶ。


「おうおうおう! 縁の下なんぞ掃除しても無駄だろがい! そんな暇があんなら修行しろや!」

「言ってることが昨日と違う……」


 彼は呆れ顔になってしまったが、門下生たちは慣れているようだった。

 掃除していた者達は手を止めて、修繕している者達に加わった。


「ったくのう、近頃の若いもんはすぐに怠けおる。そのくせ、元気だけは有り余って部屋まで壊しおって、どうせ酒でも飲んで暴れたのだろ。まあ、自分で直すなら許したるか」

「あの、壊したのはフリュウさんだったと思いますが」

「……え? うん? そうだったか? なら、わしも直すか」


 腕まくりをしたフリュウが、ずんずんと歩いて行って、修繕作業に加わった。

 意外にも手慣れた様子で大工道具を扱い、床板を切っている。


 門下生たちにも驚いた様子は無く、日常的なことだと思われた。


「似てる、のかな」


 何となく血筋というものを考えてしまうウィードだった。


 腕組みをしていると、廊下を叩く足音が聞こえた。

 不機嫌そうな顔をしたヤブキが姿を現す。


「何が似てるってんだよ?」

「コウゲツ家の人々しかいないだろ」

「……てめぇ、俺には敬語を使わねぇのか」

「使わない方がいいんじゃないか? 得体の知れない男の素顔が知れるいい機会だぞ」

「気色悪いこと言ってんじゃねぇ」

「お互い様だ。昨晩から姿を現さなかったのは、俺を監視してたからだよな」


 彼がわざとらしく微笑みかけると、ヤブキの表情が更に渋くなった。

 それだけで監視していたことを白状しているようなものだが、隠す気も無かったらしい。


 元来から強面だった男の顔が、既に子供へ見せる顔では無くなっていた。


「ちっ、いけ好かねぇな。何もかんも見透かした様なことを言いやがると、足元すくわれるぜ」

「心配してくれてありがとう。もう少し俺を心配してくれる奴が増えてくれると嬉しいんだけどなぁ……」


 真面目な顔をして愚痴を言うと、急にセイカの顔が思い浮かんだ。

 それはヤブキも同様だったようで、目を細めた二人の視線が合ってしまった。


「あれが増えるのも、考えものか」

「もう少しマシなことを言いやがれ。……ともかく、ドウゼンさんが呼んでる。ついて来い」

「ちょうど俺も話があったところでね。ちょっと待ってくれ」


 ウィードは見回り衆の男に向かって手を振り、ヤブキを指差した。

 相手も納得してくれたようで、一礼を返してくれた。


「おい、行くぞ」

「わかってる」


 既に歩き出しているヤブキの背後を、小走りで追った。

 廊下を進み、ドウゼンの私室へ通される――――かと思いきや、玄関に到着してしまった。


 草履が用意されていたのでそれを使い、飛び石を渡って門を出た。

 エルフ式の履物に感動しつつ路地を歩いて行くと、河の土手に辿り着く。


 そこで一軒だけ屋台が商売をしており、長椅子にドウゼンが座っていた。

 彼が近づくと、タヘイが鮨を握りながら声をかけてきた。


「よう、シショウ! 元気そうじゃねぇか。ちゃんと腹は空かせてきたか?」

「まあな」


 ウィードは笑顔で対応しつつ、ドウゼンの隣に腰を置いた。

 表情を変えずに黙々と鮨を頬張りつつ、たまに眼鏡の位置を直している師範代だったが、背を向けて去っていくヤブキの言葉には反応した。


「俺は仕事に戻るぜ」

「ご苦労でした。後はよろしく」


 そう言った後で二貫ほど穴子を平らげてから、緑茶を飲んだ。

 ウィードも目の前にあった海老を頼み、器用に箸を使って口の中に入れる。


 肉厚の海老から旨味が染み出し、甘い酢飯と良く合っていた。


「どうでえ、あっしの鮨はよぉ」

「旨いね。特に、米が良いよ」

「へっ、わかるかい。こちとら出汁昆布にゃあ気を使ってっからなぁ」


 鼻の下を擦るタヘイが、自慢げに頷いていた。

 続いて、湯呑を置いたドウゼンが口を開く。


「この旨味がわかるとは、余程、食い道楽でもしてきたのですか」

「いや、海藻の味には敏感なんでね」

「そうですか。流石は経験者ですね。一味違いますか」

「生きてれば色々あるからなぁ、今もだけど」


 彼は鮨を食べながら、今までの記憶を思い出して遠い目をする。

 力が抜けた様子のドウゼンが、溜息を吐いた。


「はあ、貴方の立場にはなりたくないものですね。そこでお話があります」

「嫌な予感しかしないけど、一応聞いてみようか」

「では遠慮なく。……皇帝が魔族との同盟を望まれているのはいいですね」

「何を今更。事のあらましはジロウから聞いてるんだろ」

「ええ、全てではありませんが」


 ドウゼンがお茶を啜り、湯呑の水面を見つめた。

 それから、唐突に言う。


「王権派はご存知でしたか?」

「知らないが、その先は聞きたくないなぁ」

「そう仰らずに。……まあ、王権派が皇帝と対立していることは昨晩ご説明しましたが」

「説明というか、脅迫だったろ」

「似たようなものです。ちなみに、妖精皇国についての歴史について学ばれたことはありませんか」

「いや、まったく知らん」


 ウィードとしては、海藻にされていきなり流れ着いた国家だった。


 伝聞として耳に入ることはあったが、魔王国と未だに国交が樹立されていないことを鑑みて、噂程度の知識である。


 生半可な噂を信じるよりは、目前の男から聞いた方が良いと判断した。

 首を縦に振ったドウゼンが言う。


「では、そうですね。妖精皇国の中に、一つの王国があるのは知っておられますか」

「いや――――」

「こちらは有名なのですがね。『妖精王オーベロン』という名に聞き覚えがあるでしょう。抗魔金属(オリハルコン)の輸出で財を成していましたから」

「…………それなら聞いた事がある」


 鮨を食べていた手が止まり、ウィードはそこでドウゼンを見つめた。


 抗魔金属とは、かつて魔王を殺すために人族が作り上げた聖剣の材料だった。

 他にも使用され、魔族へ抗うための兵器として重用されてきた。


 今になってどうしてそんなものが、と彼が思うのも無理はない。

 抗魔金属の取引を行っていたエトアリア王国が崩壊して、流通が無くなっていたからだ。

 ドウゼンが何もかもを了解した顔で頷いた。


「とても高価な金属ですからね。……ですが、何事にも終焉はあるものです。妖精皇国の皇帝が『妖精王オーベロン』を制圧し、抗魔金属の流通を禁止したのです。それには陰陽寮が関わっていたと推測されていますが、真相はわかりません」

「ふぅん……って、制圧? 王様を?」

「ああ、言い忘れておりました。『妖精王オーベロン』は、エルフの名前ではありません。古代遺跡の名前なのです」

「はあ?」

「まあ、実際に会えば(、、、、、、)納得してもらえるでしょうが、こればかりは皇帝のお許しが無いと無理な話です。それより話を戻しますと、王権派と言うのは『妖精王オーベロン』に国を任せようという思想の集団です」

「古代遺跡に、国を任せるのか?」

「荒唐無稽な話かと思われるでしょうが、事実です。そして、貴方の身柄を狙っている集団でもあります」

「俺を邪魔者扱いってことは、要するに魔王国との同盟に反対してるって訳か」


 喉の渇きを覚えたウィードが、冷えてしまったお茶を飲んだ。

 ドウゼンが首を横に振る。


「いやいや、彼らは皇帝との取引材料を求めているだけで、同盟話など二の次です。王権派が求めているのは、その名の通り、まさしく『王権』なのです。『妖精王オーベロン』の全権というわけですね」

「つまり、抗魔金属の利益が欲しいわけか」

「莫大な財になりますから――――とまあ、ここまでは我ら富嶽一刀流も直接は関係なかったのですが、一つ問題が起きましてね」

「ん?」

「我らの門下で、名前をサワリ・ミノウという者が、此度、王権派に寝返りました」

「うわぁ……それはまた」


 皇帝からの信が厚い富嶽一刀流だからこそ、武術指南役を受けているのだ。

 そこから裏切り者が出れば、疑われるのは個人だけでは済まない。


 下手をすれば役職を罷免されるだけでなく、武門の解散を求められるかもしれなかった。


「富嶽一刀流が、皇帝から嫌疑をかけられるのも時間の問題です。誰よりも先にサワリを捕らえ、身の潔白を証明しなければ、武門の恥です。そこで、ウィードさんに協力をお願いできないかと思いまして」


 そう言ってドウゼンが眼鏡の位置を直し、立ち上がった。

 手を着流しの袖に仕舞い込み、悠々とその場を離れる。


「あ、ここの鮨は私のおごりです。心行くまでどうぞ」

「えー……」


 嫌そうな顔をして、彼の背中を見送るウィードである。

 気の毒そうな顔をしたタヘイが、そっと鮨の盛り合わせを置いてくれたのだった。




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