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騎士になりました  作者: 比呂
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砂浜


 潮の香りが微かに漂う街道を、ウィードとセイカが歩いていた。

 防風林の役目を果たしている松林の隙間から、陽光を反射する海が見えた。


 ウィードは膨れた自分の腹を見つめて、ため息を吐いた。


「……食い過ぎた」


 ユウメの出してくれた食事を平らげた後、職人が集まるような屋台で天丼を食べた所為だった。

 彼を誘ったセイカなどは、三杯も天丼を完食して満足げな顔をしている。


「やはり、あの店の甘だれは美味でござる」

「確かになぁ」


 彼も記憶に新しい丼を思い出して、頷いた。


 揚げたてで歯ごたえの残る衣と、甘辛い醤油だれの香りが鼻腔によみがえった。

 噛めば弾ける海老の旨味と食感が素晴らしい。

 蓮根や茄子も、甘だれと衣の相乗効果で瑞々しさが良く感じられた。

 少し濃いめの味付けが、ご飯と一緒に食べることで絶妙の味を引き出していた。


「それで、セイカは食い納めできたのか?」

「無論でござる。まあ、都に帰っても、オススメのお店はあるでござるよ」

「ふぅん」


 緩やかな潮風に吹かれながら、彼は頷いた。

 都に向かうことは、彼女に伝えている。


 ついて来るか、とウィードは彼女に問わなかった。

 その代わり、ここを離れるから干し芋でも買いに行くか 、と言ったのだった。


 彼は着物の懐から、一緒に買った干し芋を取り出して口に咥えた。

 対面を通りかかったエルフの女性に、口元を隠して笑われる。


 目で上を見ながら、自分の姿を思い出して納得した。

 子供がおやつを我慢しきれずに食べたと思われたのだろう。


 照れ隠しに手を後頭部で組み、隣を歩くセイカを見た。


「ん? 何でござろうか、師匠。拙者の背に乗られるでござるか」

「自分で歩くからいい。……というか、何で俺を背負いたがるんだ?」

「しゅ、修行のためでござるよ。実家にいた頃は、石を背負わされて走ったものでござる」

「実家ねぇ」


 都は、彼女の故郷だった。

 生まれ育った家があり、そこには道場が併設されているという。


 皇帝が抱えている剣士集団ならば、規模は軍事施設と変わらないはずだ。

 名門と呼ばれる富嶽一刀流からはみ出したセイカ・コウゲツという剣士の帰還によって、ひと騒動ありそうな予感のするウィードだった。


「……ふっふっふ、爺様め、拙者の師匠を見て驚くがいいでござる」

「え、俺も連れて行かれるのか?」

「それはもう、師匠を自慢せねば話にならぬでござる」

「……えー」


 彼が露骨に嫌そうな顔を見せると、セイカが慌てた。


「爺様との約束なのでござるよ。命を賭すに値する者が現れたら、連れて来いと言われておりまする。これでも爺様には可愛がってもらったので、義理は果たすでござる」

「お前はそんな爺さんの首を狙ってたのかよ」

「それとこれとは話が別でござる」


 真顔で首を横に振るセイカだった。

 あまりに素直な反応だったので、ウィードも反応に困ってしまった。


 その代りに、富嶽一刀流の当主であるその老人のことを考える。


 流派を築いた男ならば、相当な武功を上げた手練れに違いない。

 本人が強いのは当然として、人を纏め上げるカリスマも持っているはずだろう。


 そして、エルフ族の老人なのだからかなりの長寿に違いない。

 武の頂点に君臨し、尚も生き続ける剣士――――。


 そんな男と会わなければいけないことを考えると、彼は自然と表情を曇らせた。


「……興味が無いことは無いけど、先にやることがあるしなぁ」

「そう仰らずに、師匠! 爺様は刀剣の《古代遺物》蒐集家でござってな、珍しいものもあるでござるよ?」

「え? いや、しかしな」


 少しだけ心が揺れ動いてしまうウィードであった。

 ここを好機と見たセイカが、そっと耳打ちする。


「まあ、爺様も拙者の紹介であれば荒事はないでござろう。歳でござるし」

「そんなもんか。まあ、用事があったらな」


 そうやって話をしながら歩いていたところ、目的地に到着した。


 ここは、ミウミと最初に出会った砂浜だった。

 少し離れたところに村があるが、前ほどの活気は見当たらない。


 しかし、それでもエルフの人々が懸命に作業をしているのが見えた。

 二人に気付いたのか、村の方からミウミとキシマがやってくる。


「あー、ウィードでしょう! もう歩いて平気なの?」

「まあな。村はどうなってる?」

「頑張ってるよ。もうみんな、自分の家に寝泊まり出来るくらいには修繕できたわ。ちょっと酷いところもあるけど、元通りにしてみせるわ」


 彼女が苦笑いを向けた場所は、カゲトキが《偽炎剣》の一斉射撃を放って焼け野原にした場所だった。

 これにはウィードも責任を感じていた。


「ああ、そう言えばキシマさんに預けていた寒天餅の代金があっただろ。あれを復興に使ってくれ」

「大金じゃぞ? それにウィード殿も都に行くと聞いとる。何かと入り用じゃろう。ましてや、村人たちを救ってくれた大恩があるのじゃ。むしろこちらから御礼をせねばいかんじゃろう」

「そんなことはないさ。この騒動については、俺にも関係があったみたいだからな」


 ウィードは、遺跡の中であったことを思い返した。


 アンリが、ジゼルの思惑があったと言っていた。

 彼も自分の身上を考えると、村が被害を受けたことに無関係とは考えられなかった。


 キシマが何事かを言いかけて、止めた。


「ん? それはどういう――――いや、そうじゃな。儂は聞かんことにする。恐れ多い御方の使者から、御言葉を頂いとるからのう」

「あー、俺もジ……あいつに世話になるから、大丈夫だ。金は使ってくれ。持ち歩くのも大変だしな」

「それは有難いが、お主、気を付けるんじゃぞ。あの恐れ多い御方をあいつ呼ばわりするとは……打ち首にされても知らんぞ」

「今のところは大丈夫だろ」


 妖精皇国がヴァレリア王国と同盟を結びたいと考えている限り、ウィードが命を狙われるとは思えなかった。


 そして、政治目的とはいえセイカとユウメを人質にしたジロウに対し、理解はあるが怒りもあった。

 態度がぞんざいになろうとも仕方ないことではある。


「ん?」


 そこで怒りの理由に気付いて、彼はセイカを見た。

 すると彼女が満面の笑みで屈みこみ、手を後ろに回して準備万端の体勢を取った。


「いつでも行けるでござるよ」

「いや、背負われたくなった訳じゃないから普通にしてなさい」

「はあ、そうでござるか」


 どこか寂しそうに立ち上がるセイカについてはともかく、彼女の妖精皇国での立場を護ってやらなければと考える。

 どちらにせよ、妖精皇国の皇帝や富嶽一刀流の当主とは、話をしなければならないようだった。


 ウィードが腕を組んで悩んでいると、近づいてきたミウミに頭を撫でられた。


「こうしてると、本当に子供にしか見えないよねぇ」

「年下に撫でられるのは、割と屈辱だな」

「うわ、酷い! でも髪質いいよねー。お姉さん家の弟になる?」

「……あの、目が怖いんだが」


 彼はミウミから一歩離れた。

 尚も追いかけようとする彼女だったが、キシマに止められる。


「恩人に迷惑をかけてはいかんぞ。……では、ウィード殿。預かっていた小判は有り難く使わせてらうぞい。ただし、必ず返すつもりじゃからな、またこの村に来ては下さらんか?」

「ああ、故郷に帰れて、また旅が出来るようになったら、一番に寄らせてもらうよ」


 彼とキシマが、固い握手を交わした。

 それが何年後になるかも定かでは無いが、互いに頷き合う。


 再会の約束もしたところで、ウィードは話を切り出した。


「ところで、鞘の太い刀がこの村に保管されてるって聞いて来たんだけど」


 ジロウから聞いた話では、遺跡から目と鼻の先であるこの村の一角に、鉄砲水で押し流された物がまとめられているらしい。

 一通りはアンリが目を通して、表に出てはいけない物は処分されているので、何を持ち帰ってもいいと言われていた。


 キシマも得心がいったようで、近くの海小屋を指差した。


「それも話は聞いとるぞ。あの小屋じゃ。元は漁具を仕舞うところじゃったが、しばらく漁も出来んでな。それで役人に貸したわけじゃ」

「なら、見せて貰ってもいいか?」

「気にすることは無いんじゃ。ウィード殿なら、好きなものを持って行きなされ」

「悪いな」


 彼らは砂浜を歩き、板を継いで建てられている質素な小屋の前に立った。


 立てつけの悪い戸を開くと、様々な物が雑多に積み上げられていた。

 特に使えそうなものは、泥を洗い流され、端に置かれている。


 その中に、目的の物があった。

 ジロウの言っていた通り、拵えまで綺麗にされた刀があった。


 それを手に取ると、後ろからセイカが顔を出してきた。


「それは何でござるか?」

「カラハギが持っていた刀だ。お前も刀が折れただろ。これを使えばいいと思うんだが」


 頑丈な聖域の扉を斬り貫いた所為で、彼女の愛刀は折れてしまった。

 今は丸腰なので、元々何か買ってやろうとは思っていたのだった。


 そこで思い立ったのがこの刀ではあるが、剣士の好みもあるので、本人が嫌がれば無理強いも出来ない。

 セイカが難しそうな顔をして、顔を刀に近づけた。


 値踏みをしているのかと思えば、鞘に備えられている飾りを見つめていた。


「これは……似ているでござるな。――――えい」


 彼女が人差し指で飾りを押した。

 瞬間で、鞘を持つウィードの産毛が総毛立った。


 空気を切り裂く音を残し、刀身だけが飛び上って屋根を突き破った。


 何が起こったか理解出来ないミウミとキシマを残し、セイカが頷く。


「やはり、爺様の持っていた刀に似ていたでござる」

「やはり、じゃない。そういうことは先に言え。押す前に相談しろ」


 鞘だけを持ったまま、半目で彼女を睨むウィードだった。

 しかし、カラハギの抜刀術が常軌を逸している理由の一端を思い知った。


 ――――秘剣『鞘走り』。


 その正体は、超高速で飛び出す刀の魔道具であった。

 常人であれば刀だけ飛んで行って使い物にならないだろうが、卓越した技術と研鑽された抜刀術を修めていれば、比肩するもののない速さを手に入れられる。


 落下してきてもう一度屋根を突き破った刀を、セイカが難なく手に取った。


「いやあ、面白いでござるなぁ。本当にこれを貰っても良いのでござるか?」

「まあ、お前が良いなら」

「別に気にしないでござるよ。確かに前の刀には愛着があったでござるが、刀は使ってこそ刀でござろう。さすれば、折れも曲がれもするのは当然至極」

「そうか」


 何も言う気が無くなったウィードは、鞘を彼女に渡した。

 それを腰に差し、長年使ってきた愛刀のように滑らかな納刀を見せるセイカであった。


「じゃあ、出るか」


 積み上げられた物の中に、他には目ぼしいものが無さそうだった。

 彼女の刀を手に入れられただけでも大収穫なので、文句は無かった。


 小屋に二つも穴を空けてしまったが、そこは元々が古ぼけた小屋だったために、キシマたちは笑って許してくれた。


 小屋を出た所で、駆け寄って来る青年がいた。

 キシマの家で奉公をしているトウシが、手に籠を持っていた。


 中身は小さな王泥蟹だった。


「……御礼、持ってきました」


 彼の恰好からすると、王泥蟹を一生懸命探していたのだろう。

 手足が泥だらけであった。


 差し出された籠を、ウィードが受け取る。


「有難く頂くよ。……ところで、王泥蟹ってこんなに小さいものなのか」


 人間でも真っ二つにする鋏など、見る影も無かった。

 彼の疑問に、セイカが答える。


「これは若い奴でござるなぁ。手ごろで身も柔らかく、この大きさなら殻ごといけそうでごさる。しかし――――」


 彼女の背後で、海面が隆起した。

 真っ赤な双爪が、対になって海を突き破る。


 鉄の大剣でも弾き返しそうな甲羅を纏った、年経て巨大化した王泥蟹の成体が現れた。


 刀に手を駆けた彼女が、嬉々として振り向いた。


「あれ位が食いでがあって、美味しいのでござる。試し切りついでに、あれも狩るでござるか」


 セイカが抜刀術の構えになり、不敵に微笑んだ。


 彼女の口元に涎が見え隠れさえしていなければ様になっていたかもしれないと、ウィードは思ったのだった。



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