騎士の学舎
既に王政を失って久しいエトアリア共和国――――の領内にある学び舎を前にして、二人の男が佇んでいた。
「……まさか俺の人生で、こういうものを着る機会があるとは思わなかったな」
ユーゴはそう言いながら、羽織っている深紅の外套を眺める。
装飾の多いシャツに、紺のベストを着付け、乗馬用のズボンとブーツを履いていた。
彼の格好は全体的に地味だが、質実剛健さを考えられた作りであった。
「似合ってるぜ、旦那。プククク」
短髪の戦士―――フルクス・エイロンが笑いをこらえていた。
こちらは丸みを帯びた軽装鎧を身に付けているが、その実、格闘戦用に考え抜かれた防具だった。
ただし、彼の異名を冠した手甲は身に付けていない。
それに気づいたユーゴが、言い返す。
「『紅き爪』は持ってきてないみたいだな」
「あー、別に戦いに来た訳じゃないからなぁ。それに、ガキども相手じゃ拳骨で充分だろ」
「お前の拳骨は処刑と一緒だ。国際問題だぞ」
ユーゴは、真新しい教育の場―――『ウッドゲイト兵術学校』を睨みながら言う。
そこは、人と魔族の両種族が共に学び、人と魔族の混合兵科設立を目的として作られた軍事学校だった。
周辺国の貴族に限らず、一般からも広く募集をする予定ではある。
しかし、未だ魔族に対する偏見は収まっておらず、まずは第一陣として国の幹部候補生である貴族を集めたのが現状だった。
フルクスが顔をしかめた。
「処刑とはなんだ。これでも教師として呼ばれたこともあるんだぜ」
「何日で辞めさせられたんだ?」
「三日だな」
ユーゴはあまりの驚愕に目を見開いた。
「三日も居れたのか!」
「おうよ。初日に生意気なガキを教育してやって、後はガキの出身国まで説教しにいって帰ってきたら、旦那の嫁さんに辞めさせられたんだわ」
「そりゃそうだろ。……ところで、どの嫁だ」
「シアンの姉御だ。ティルアの姉さんは、気持ちは分かる、とか言って笑ってただけだな」
「まあ、あれも問題児だからな。問題児同士、気が合ったんだろ」
それにしても、とフルクスが笑みを漏らした。
「自分の名前が付けられた学校に、今さら通わにゃならん気分ってのはどうだい、旦那」
「正直言って恥ずかしいことこの上ないな。……でもまあ、今の俺は人間、ユーゴ・クロックだ。元魔王とは別人だからな」
「ん、ああ、そういう役だっけか。偽名に、経歴詐称だな」
「おい、忘れるなよ」
ユーゴは叱った。
今回のことは潜入作戦と同義なのだった。
作戦内容については異議を申し立てたいユーゴだったが、現魔王にお願いされては断れない。
ただ、学校に編入するということで、色々と準備しなければならなかった。
偽名を作り、身分も変えた。
知り合いの中で最も暇そうな権力者、フルクス・エイロンを捕まえてきて、後ろ盾にならせたのだった。
今のユーゴの身分は、フルクスの出身国『グランエルタ』の新米貴族として中途入学する立場である。
「しかしまあ、面倒な世の中になったもんだなぁ。アルベル兵団のスパイが学校に入り込んでるんだっけか。そんなもん、相手が分かってんなら叩き潰しに行けばいいだろうに」
「機密をぺらぺら喋るなよ。お前んとこの上司に告げ口するぞ」
「やめてくれ。ウチの女王に言うのだけはやめてくれ」
本気で青ざめたフルクスを横目に、ユーゴは歩き出した。
「さて、いくぞ。一芝居うたなきゃいけないんだ」
「へいへい。いきなり呼び出したわりに、人使いの荒い旦那だ」
苦笑いを浮かべたフルクスが彼に続く。
傍から見れば、新米貴族が宰相を引きつれているという異常事態なのだが、二人は気づいていなかった。