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騎士になりました  作者: 比呂
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同衾


 暖かな陽気が、障子紙越しに透けていた。

 涼しげで澄んだ空気が満ちている。


 そんな過ごしやすい気候の中、締め付けられる重苦しさを感じながら、ウィードは目を覚ました。


「……ん?」


 まず、布団に寝かされている事に気付いた。

 薄紙を張った障子に、木製の家具が並んでいる。


 見覚えのある光景から、旅籠に戻って来ているのがわかった。


「あれから、どうしたんだっけか」


 鉄砲水に吹き飛ばされてからの記憶が無かった。

 それでも幾らか安らげたのは、彼の寝ている布団の周りに、見知った者たちが寝ていたからだ。


 アンリが自分の布団から抜け出して、ちゃっかりウィードと同じ布団に入り込んでいる。

 そして、同じ布団に入れなかったセイカが、彼の掛け布団の真上で丸まって寝ていた。


「苦しかったのはこいつらの所為か」


 流石に、子供の体格でしかない今の状態では、セイカにすら抱きすくめられる有様だった。


 とりあえず、二人を起こさないように這いずって布団から出た。

 幸い彼女らの眠りは深いようで、寝息が途切れることは無かった。


 気配と足音を消し、障子を閉めて自室を後にする。

 小刻みに廊下歩く小さな足が、今でも見慣れない。


 水でも飲みに行こうかと、飯場に立ち寄ろうとしたときだった。


「あら、起きはったん? 今、起こしに行こう思とったんよ」


 ユウメに声をかけられた。

 彼女が苦笑いを浮かべている。


「色々と大変やったみたいやねぇ」

「まあな。ところで、よく俺がわかったな」


 ウィードがそう言って自分の身体を見回すと、ユウメの表情がほころんだ。


「これでも最初は驚いたんえ? でも、裸で一緒に寝たら、慣れてしもうてねぇ」

「……おい、俺に何があったんだ。むしろ俺に何をした?」

「そんなんうちに言わせる気ぃですやろか」


 伏せ目がちに瞬きをするユウメに対して、疑心の眼差しを向けるウィードであった。

 そこで彼女が口元を押さえ、含んだ笑いを漏らす。


「うふふふ、可愛いわぁ。うーさんは怒ってもええ顔しはるもんやねぇ。持って帰ってもええやろか」

「いいわけないだろ。って、うーさん?」

「もうワカメはん違いますやろ。ほんで、うーさんやで? あんたはんの方がええ?」

「どっちでもいいよ。それより、村人はどうなったか知ってるか」

「もちろん。でも、そのことでジロウ様から話があるみたいよって、呼びに来たんよ」

「そうか。なら、ジロウの部屋に行ってみる」


 彼が向きを変えて歩き出そうとすると、ユウメが小走りで追いかけてきた。


「あ、そうそう。ご飯、どないしはります? お腹減ってはるやろ」

「んー……なら、後で飯場に寄らせて貰おうか」

「ほな、美味しいの用意しますえ」

「ありがとう、頼むよ」


 礼を言うと、任しといて、と言って笑いながら背を向ける。


 廊下の奥に消えていく彼女の背中を少しの間だけ見つめながら、何を食べられるか考えた。

 人の姿に戻って食事をするのも久しぶりな気分がするため、楽しみが増えた気がした。


 そして、故郷の手料理を思い出し、溜息を吐く。


「……しばらく食べてないなぁ」


 両手を後頭部に回して指を組み、物思いに耽りながらジロウの部屋へ向かった。

 同じ屋内の為、それほど時間も掛からない。


 親しい魔族たちの顔を思い出していると、すぐに辿り着いた。

 障子の木枠をノックした。


「入っていいか」

「ふん、ウィードか。入るがよい。あと、ノックはいらんぞ」


 少年が障子を開こうとすると、勝手に開いた。

 部屋の中に入って障子の裏を見ると、ダンゾウが障子を開いたのが分かった。


「ども」

「……俺よりも、大殿にご挨拶を」


 そう言われて上座を見ると、肘置きに頬杖をつくジロウと、正座して済ました顔をしたカゲトキがいた。

 無精髭をこすりながら、ジロウが言う。


「うむ、待っておったぞ。そなた、本当に人間だったのだな。子供とは思ってもみなかったが、魔族とはそのようなものか?」

「違う。本当は、もっと年上だ。二人の嫁と子供もいるんだぞ」


 彼の言葉に、その場の誰もが腰を浮かせた。

 特にジロウの驚きぶりは、目の色が変わるほどだった。


「――――子供、だと。そなたのような落ち着きのない男が?」

「うるさい。ほっとけ」

「しかも二人の嫁であるか。……しかし、魔族は同じ種族でないと子を産めぬと聞いたことがあるのだが」

「あー、いや、そこら辺は事情があって、何とも言えん」


 あまり喋りすぎてしまうと、ジゼルとの約束に抵触するかもしれないので、言い淀んだ。

 言葉を選びながら、畳に座り込む。


 ジロウが眉をひそめたが、意外なことにカゲトキから助け舟が入った。


「殿様。そこのウィード……さんは、アンリさんの関係者だぜ。しかも、昔からの仲みたいだ」

「ふん、そなたの報告とダンゾウの調べで知っておる。よもや、『陰陽寮』との繋がりがあったとはな。つくづくそなたという男には呆れ果てる。これは俄然、嫁を娶らせねばならん」


 余所を向いて口を曲げるのだった。

 今度はウィードが腰を浮かせた。


「嫁?」

「政略結婚くらい知っておるだろう。セイカ・コウゲツ、もしくはユウメでどうだ。そなたは顔見知りが良いだろう。無論、他が良ければ人選は好きにせよ」

「誰がそんなことするって言った?」


 腹立ち紛れに怒りを放つ彼に対し、音も無くダンゾウが立ち上がった。

 カゲトキさえも、いつでも動ける体勢を整えようとしている。


 その場でただ一人、ジロウだけが普段通りだった。


「この際、そなたの意見は要らん。ユウメを嫁にしないというのであれば、あれは自害するであろう。コウゲツ家も家出娘は放置できようが、国家反逆の徒を生かしておくような真似はせん」

「本気か」

「本気だとも。そなたは妖精皇国にとって、無くてはならぬ存在になってしまった。そのためなら、打てる手はすべて打つ。これは――――勅命である」


 静かだった空気が、急激に張りつめた。

 ジロウの存在感が重みを増し、威圧さえ放っている。


 控えていた二人も、己の覚悟を決めた気配があった。

 旅籠の一角に過ぎない場所が、戦場と変わらなくなってしまった。


 既にジロウが命令を下してしまっている。

 もう後戻りは出来ないのだった。


 そんな雰囲気の中で、ウィードは子供らしくない態度で腰を落とした。

 頭を掻きながら、ジロウを睨みつける。


「勅命、って言ったな? それはお前の指示か」

「余の意志に相違ない」


 視線を受け止めつつ、彼が静かに頷いた。

 それが余りに自然過ぎて、前もって用意された返答に感じられた。


「……まあいい。しかしなぁ、同盟交渉をさせる相手に脅しをかける理由って、何だ。よっぽど切羽詰まってるとしか思えないぞ」

「ふん、その通りだ。なりふり構っておられん状況だからな」

「大殿!」


 気遣うつもりでダンゾウが動いたが、むしろ状況の悪さを物語る行為でしかなかった。

 誰もがそれに気づいたが、ジロウは苦笑いを浮かべるだけだった。


「よい。この男に腹芸は阿呆らしい。まったく、余のことに対しては、必要以上に過保護すぎるぞ、ダンゾウ」

「は、面目ございません」

「うむ、精進せよ。で、だ。そなたは何も知らんのか」


 話の先を向けられたウィードが、両手を挙げた。


「まったく知らない。そもそも、古代遺跡から海水に押し出されてからの記憶がないからな」

「まあ、無理もあるまい。村へ駆けつけたときには、余も目を疑ったぞ」


 そうして、ジロウが事の顛末を語り始めた。


 ウィードとは別に動いていたジロウたちは、カラハギの屋敷を探っていたらしい。

 屋敷に主人がいない時分を見計らい、ダンゾウが忍び込んでアルベル連邦との繋がりを示す証拠を手に入れたのだった。

 屋敷は早々に制圧したが、カラハギ本人の行方について誰も知らなかった。


 そこで、ウィードたちと合流するために村へ向かったところ、彼らが遺跡の上部から飛び出してきたのであった。


「そなたらの詳しい話は、カゲトキから聞いておる」


 ジロウが片目で合図すると、青年が態度に似合わない会釈を見せた。

 ウィードは首を傾げる。


「そう言えば、カゲトキ君はアンリの部下じゃないのか?」

「俺は兵部省所属だから、直属の上司は兵部卿である殿様だ。陰陽寮……つーか、アンリさんの部下で戦闘向きの人材が少ねぇから、貸し出されたんだよ。殿様の命令じゃなきゃ、誰がやるか。面倒くせぇ」


 カゲトキが悪びれずに溜息を吐いた。

 その命令を下した張本人が澄ました顔をしている。


 ウィードは眼を細めた。


「人選、わざとだろ」

「余がそのようなことに、私情を挟むことは無い。ひとえにカゲトキが優秀であるからだ。……いや、本気で言っておるからな。それより話を戻すぞ」


 嘘は言っていない表情で、ジロウが薄笑う。

 ただし本当のことも言っていない、と暗に示しているのと同じだった。


 少し気になる所もあったが、彼は頷いた。


「俺はそれからどうなったんだ?」

「何のことは無い。数十名の村人たちを海藻の葉で巻きつけ、全員を海側に投げ放ったのだ。反動で自身の身体が、岩肌に落ちることも顧みずにな」


 ジロウが口元を緩めたまま、肩の力を抜く。

 どこか羨望の交ざる眼差しをしていた。


「まさに英雄の所業といったところか。余も昔は、御伽噺に胸を躍らせたものよ。目の前で見せられれば、まさに胸のすくものであった」

「そんな善人じゃないぞ、俺は」


 対するウィードの顔は優れないものだった。

 それにジロウが口を尖らせる。


「余はそなたのすべてを評した訳ではない。そなたの行動を評したのだ。一個の人格を簡単に評せる訳が無かろう。あまり欲張り過ぎるな。完全な善人など、この世にはおらん。――――否、居てはならん」

「まあ、そこまで言うなら素直に褒められとくよ」

「それでよい。……しかし、岩肌に落ちたそなたは無事では無かった」


 当時の光景を思い出すように、眼を閉じて天井を見上げるジロウだった。


「余の命令で探索していたダンゾウが、そなたを見つけた状態は酷いものでな。頭を強く打って、血を流し過ぎていたそうだ。――――ただし、傷は治癒していたらしい」

「……心当たりは、無くも無い」


 彼は腕組みをして頷いた。

 何をした覚えも無いが、《魔晶変換》の可能性はあった。


 ジロウが鼻で息を抜く。


「ダンゾウが村に連れ帰ったら、今度はコウゲツ家の娘が大騒ぎだ。ユウメに面倒を見させると確約したところで、ようやく大人しくなりおったわ。しかし、その騒ぎがあった所為で、そなたが元の姿に戻ったことがわかったのだがな」

「ああ、それはなんか、悪かったな」


 その場の光景が、容易に想像できるのだった。

 そこでウィードは、とある言葉に気付く。


「なるほどなぁ。……ん? ユウメに面倒を見させる?」

「そうだ。傷の手当は要らずとも、体温が低かったのでな。村の家屋を間借りして、同衾させた」

「あ、あぁ……そういうことか」


 彼はようやく、ユウメが言っていたことに納得したのだった。

 医療行為であるならば、むしろ感謝するべきことだろう。


 後で御礼でも、と彼が思っていると、ジロウの呟きを聞いてしまった。


「アンリは必要ないと言っておったがなぁ。恩を売れて既成事実も作れて、一石二鳥のこの機会を逃すわけにもいかんであろう。ユウメが言うには、最低限のことはやったらしいが」

「色々と台無しだ!」

「そう言ってくれるな。そなたでも茶化せねばやっておれん。妖精皇国海軍の一角が崩れたのだからな。一つの艦隊が海中から沈められたのだ。生き残りの船員は、鯨を見たと言っておったが、まさかアルベル連邦の兵器だとは気付かなんだぞ」


 面白くない顔をして、ジロウが己の膝を掴んだ。


 あまり感情が出ていないように見えるが、心の中は苦悩に満ちているに違いなかった。

 その被害たるや、考えるのも嫌になるくらいの莫大な損失である。


 話を聞いただけで、ウィードも冷や汗をかいた。

 確かに、ジロウが焦る気持ちが分からないでも無かった。


「それで、俺の政略結婚か」

「無論だ。一艦隊が沈んだことで、ヴァレリア王国出身者であるそなたの身柄は国賓に近しい存在となった。しかし、口約束だけでなく、形として残さねば信用せぬ者もおる」

「つまり、人質って訳だろ」


 信用に対する担保ということだった。

 誰でも無条件に信用できないのは、ウィードも理解している。


 特に王族において婚姻とは、国家戦略上欠かすことが出来ない程に政治化された制度だった。

 ジロウが大きな溜息を吐いた。


「はぁ。まったく、頭が痛いわ。事実上、アルベル連邦に妖精皇国海軍を無力化されたと見るべきだからな。これでは鎖国も、遠からず破綻するであろう。対策も考えてはいるが、時間が欲しい。その上、そなたの説得までしなければならん」

「……大変そうだな」


 彼は正直な感想を漏らしてしまった。

 王という責務を知っているだけに、仕方のないことでもあった。


 恨みがましい眼をしたジロウの視線が突き刺さる。


「言ってくれるわ。……そなた、何か欲しいものは無いのか。今なら妖精皇国のあらゆる宝が手に入るのだぞ」

「欲しいものって言われてもなぁ」


 斜め上を見上げるウィードであった。

 そうしていると、廊下の方から大きめの足音が聞こえた。


 足音の主に心当たりのあるダンゾウが、上座のジロウを見た。

 彼も分かっているらしく、小さく頷く。


 人影が障子に映されたところで、遠慮なく開かれた。


「――――私だ。私しかいないと思うがね」


 そこに立っていたのは、寝癖で髪を暴れ放題にさせたアンリだった。

 彼女の登場に、部屋にいた男たちは一斉に溜息を吐いた。


「おい、何か私に恨みでもあるのかね」


 憮然とした表情の彼女が、待遇の不服さを見事に物語っていた。




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