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騎士になりました  作者: 比呂
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裏司


 滑らかで継ぎ目のない廊下が、突き当たりの壁まで続いている。

 壁際には小さい灯水晶が紐で吊り下げられていて、簡易な照明として使われていた。


 この聖域を、頻繁に利用する者がいるのだろう。

 セイカに抱きかかえられたままのウィードが、足元を眺めながら呟いた。


「埃が積もってないな」

「そうでござるな。頻繁な出入りがあるのでござろうか」


 彼女が頷いて見せる。

 廊下には乾いた土の足跡が残っているが、大人数のものでは無かった。


 つまり、ウィードたちより先に侵入した者がいるということだ。

 歩幅が比較的大きく、歩調も乱れていないことから、この聖域の内部を知っている者だろう。


「――――もっとも、生きては帰れなかった者がいるようでござるが」


 セイカが警戒を強めた。

 その理由は、ウィードも気付いていた。


 戦場でよくある類の、血と臓物の臭いだった。

 それは比較的新しいもので、甘ったるいような重い生臭さがあった。


 廊下の奥を曲がった先では、物音一つしていない。

 ウィードは彼女の懐から飛び降りた。


「俺が先に行く。セイカは背後を頼む」

「承知」


 普段通りに歩みを進める海藻に、腰の刀に手を添える女侍が続いた。

 先にウィードが曲がり角を過ぎる。


 彼の根が、水音を響かせた。


「これは――――」


 そこには、廊下を埋め尽くすおびただしい数の肉片が散乱していた。

 廊下は血の川と化しており、灯水晶の光に照らされてぬらぬらと光っている。


 その奥に、大剣を床へ突き立てて佇む男がいた。

 まるで門を守る石像だったかのようなカゲトキが、面倒そうに顔を上げる。


「ああ、どーも。遅い到着お疲れさん。……もっと早く来て欲しかったもんだ」

「何があった? 戦力が必要なら、町で俺たちを探してくれれば良かっただろ」


 ウィードが近づこうとすると、彼の手が動いた。

 しかし、視線はセイカに向けられている。


「知らねぇよ、アンリさんが先に行く、つってこのザマだからな。あと、ここから先は海藻の魔物しか通すな、って厳命付きだ。相手が富嶽一刀流の秘蔵っ子だろうが、妙な化物だろうが、通す訳にはいかねぇな」

「その心意気は見事でござるが、拙者も引く訳にはいかないのでござる」

「面倒くせぇ……」


 鋭い殺気を放つ彼女に、相対するカゲトキだった。

 床に突き刺さった大剣を抜く。


 前に使っていた《ラハット》ではなく、トゥハンドソードのように長く幅広の大剣だった。

 アンリの部下が扱っていることを加味すれば、只の大剣ではなく魔導具の類だろう。


 廊下や壁に散らばる血を見る限り、単に斬ったり叩いたりする以外の仕掛けがありそうだった。

 ウィードが葉を組み、カゲトキや周囲を観察し終えた。


 この青年の腕前ごときで、セイカに敵う訳も無い。

 ただし、アンリがそれで良しとする事も無いだろう。


 魔改造大好きエルフのことなので、いっそ清々しいほどに凶悪な魔導具を持たせているに違いない。


 知らない魔導具と戦うことも勉強にはなるが、怪我をしないとも限らないので、両者を落ち着かせることにした。

 ウィードは自分で思っているよりも過保護だった。


 セイカの前に立ち、二人の戦意を削ぐために優しく語りかける。


「ところで、カゲトキ君。君の言った『妙な化物』のことを教えてくれないか?」

「それより、手前からもこの女侍を説得してくれよ。……知り合いなんだろ、アンリさんと」

「本当でござるか師匠!」


 取りあえず、目を見開いているセイカをなだめ落ち着かせた。


 それから、有無を言わせぬ態度でカゲトキに向き直る。

 自分の素性が何処から洩れるか、知っておかなければならなかった。


「どこでそれを?」

「ああ、アンリさんが言ってたからな。それと、あの御仁なら海藻に知り合いが居たって驚かねぇよ」

「うん、そうか」


 どうやら正体までは語られていないようで、一安心だった。

 青年が言葉を続ける。


「むしろ聞かせ欲しくないもんだ。アンリさんの立場からすりゃあ、どんな機密を扱ってるとも限らねぇからな。それよか、『妙な化物』について知りたきゃ、そこら辺に散らばってる残骸がそうだぜ」


 どこか疲れた表情を見せるカゲトキだった。

 その感情は、ウィードにも理解出来た。


 任務だとは言え、この惨状を引き起こして平気でいる方が異常だろう。

 上官命令には従うし、平然とした態度も取れるが、兵士が疲弊しないことだけは絶対にない。


「ご苦労だったな。それじゃあ、こうなる前の姿形を教えてくれるか」

「ああ――――そいつは、アンリさんに聞いてくれるかよ。女侍もいることだしな」

「なるほど」


 色々と情報を握っているが他には漏らしたくない、という意図を感じるウィードだった。

 それを考えれば、ジロウという皇族と共にいたことで、要らない嫌疑をかけられる理由にはなる。


 セイカを連れていけないのは、政治的に『富嶽一刀流』という存在を切り離すことが不可能であるからだ。

 納得したウィードは、自らの葉を一部分だけ切り落とした。


「な、何を――――」


 慌てたセイカが駆け寄って来たので、自らの葉片を彼女に差し出す。

 彼女が戸惑いながらも、それを受け取った。


「食べても良いのでござるか?」

「それは構わない。あと、頼みがある。ここで待っていてくれるか。必ず戻る」


 彼女が手の中の葉片とウィードを見比べ、葉片を大事そうに胸元へ仕舞い込んだ。

 セイカにしては落ち着いた顔をして、素直に頭を下げる。


「承知したのでござる」

「うん、頼んだ。それとだな、もしもそこのカゲトキ君と戦うことになったら、飛び道具に気を付けろよ。多分、剣先から何か飛んでくるから」


 ウィードが何の気なしに、カゲトキ対策を告げるのだった。

 その隣には、顎が外れそうなほどに驚愕する青年がいた。


「いやいやいや、ふざけんなよ何ネタばらししてんだよ! つか、何で知ってんだよ!」

「知りたいのか」

「――――うっ、いや、止めとくぜ」


 言い留まるカゲトキに頷きを返して、ウィードは扉に向かった。

 元々、彼の魔導具コレクションの中に、似たようなものがあったのだ。


 それをアンリが参考にしたのか、勝手に持って行ったのかは知らないが、彼女であれば素材さえ揃えることが出来れば再現可能だろう。


 たまには自分の趣味も役立つものだと考えながら、扉を開けた。


 そこは、薄暗く広い場所だった。

 扉から葉を放すと、勝手に扉が閉じられた。


 鉄製の分厚い扉だったので、ウィードにしても脱出は骨が折れることだろう。

 この広大な空間の端から、アンリの声がした。


「遅かったのではないのかね」

「招待してくれれば、早めに来たんだが」

「こちらも準備に忙しくてね。招待状を送る暇が無かったことは、理解してくれないかね。その代りと言っては何だが、見て貰いたいものがある」


 留め金を弾く音が響き、周囲が明るく映し出された。

 灯水晶よりも遥かに輝度の高い照明が、天井へ無数にぶら下がっていた。


 室内とは思えない広さが確保されており、小さな練兵場なら丸ごと収まってしまうだろう。


 その中で、異様な金属製の建造物があった。

 丸い管が無数に集まっており、硝子の筒が横向けに置かれていた。


 かつて《魔玉》を奪われたジゼルが入っていたものと、酷似している。

 ガラスの中には液体が満たされていて、異形の姿に変貌したエルフが浮かんでいた。


「これは、そんな」


 まるで魔族とエルフを混ぜ合わせた存在の胸には、《魔玉》が埋め込まれていた。


「そうだ。おおよそお前の再現結果だよ、ユーゴ・ウッドゲイト」

「再現だと。何のために?」


 睨みつけるように視線を彼女へと向けるウィードだった。

 アンリが小さく両手を上げて見せる。


「それはアルベル兵団に聞いて欲しいものだ。これをやったのは私ではない。むしろ、私の寝床(、、)を勝手に使われた被害者であるのだがね」

「無関係でも無いんだろ」

「――――っ」


 彼女が腰を折り曲げ、声無く笑った。

 可笑しくて仕方がない様子だったが、彼女が顔を斜めにしたまま名乗ってくる。


「慧眼お見事。私は十一代目(ザ・イレブンス)観測者(オブザーバー)》の、アンリ・カブラギという。是非お見知りおきをしてもらいたいがね」

「何を言ってんだ?」


 他人行儀なアンリに違和感を抱きつつ、その不安が言葉に現れる。

 思いつく限り朗報など考えられない状況で、彼女自身から言祝ぐ口調で告げられた。


「十代目は刻まれて、もう存在しない。契約違反を犯した罪で、エドガー・スミスの手で処刑されたのだ」


 その言葉を聞かされた海藻が、ふわりと跳ねた。

 アンリの目前に立ち、その見た目では考えられない程の怒りを孕んでいた。


「俺の知らないことが多すぎる。詳しく話せ」

「おや、妖精皇国中務省陰陽寮なかつかさしょうおんみょうりょう――――いや、裏司(うらのつかさ)の私に命令するのかね。頭が高い……といっても、頭が無かったか」

「頼むよ。俺の我慢が効いている内に話してくれ」

「ふふー―――その動揺、私にとっては非常に心躍る養分になるのだがね。まあ、肉体は切り刻まれているが、十代目(ザ・テンス)の記録なら私の頭だ」


 彼女が嬉しそうに、自分の頭に人差し指を押し当てた。

 その後で、どこも見ていない眼を見せた。


「しかし、私は私だ。記憶が人格として認められるのかは知らんが、そうでないなら同一人物と言える。生命の定義をここで論じるつもりも無いが、肉体的な意味では、連続した個体では無い。ただし、全ての記憶がここにある。私としては何代目でも私だ。外から見ると違う者に見えるのは理解しているがね」

「いや、その理屈っぽいところは間違いなくアンリだな」

「随分と知った風に言ってくれるかね」


 多少なりとも顔を引きつらせた彼女が、抗議するために海藻の葉を掴んだ。

 ウィードは引っ張りあげられて宙に浮かされる。


「何すんだよ」

「真面目に私の話を聞いて欲しいのだがね」

「俺だって真面目だ。いいから早く、その契約違反の理由を教えろ」

「何だ、そんなことかね。それなら簡単だ。《観測者》のくせに、魔族へ加担した罰だ。私は本来、公平でなければならない。手を出して当事者になることは禁止されているからな。それ故の、エルフという種族なのだ。わかったかね」

「魔族へ、加担した?」


 《剣兵》を倒すため、彼女の知恵を借りた。

 アンリ無くしては勝てなかった程に、その存在は大きかった。


 彼の失った手足さえ修復させた。

 その行為に、どんな代償があるとも知らなかった。


 海藻が天を仰いだのを見たアンリが、つまらなそうに微笑を浮かべる。


「ユーゴ・ウッドゲイトは、あの時点では魔族であったと思うのだがね」

「そうだ。……これだから知らないままでいるのが嫌なんだ。何代目とかはどうでもいいが、俺はアンリ・カブラギに恩がある。君を傷つけた奴がいるのなら、それは俺の敵だ」

「恩に着せるつもりは無いさ。元々、打算があって近づいたのだ。……ふん、海藻が言ってくれるものだ」


 彼女の人差し指が、ウィードの葉を弾いた。

 どことなく感情を持て余している様子が伺えたので、彼は落ち着いた声で言う。


「それで、何でエドガーが処刑を?」

「奴は《水晶湖の女王》の尖兵だ。ユーゴの部下になったのも、監視役としてだったのだろう。だから、《観測者》を処分する権利はある」

「権利とかは知らん。そもそも、《観測者》って何だよ」

「この世界の趨勢を見守る者だよ。真っ先に最も愚かな決断をした種族かね。《水晶湖の女王》と《魔女》の戦いを止めもせず、成り行きに任せた者たちが、美と長命を手に入れたのだ。まあ、今では《子孫》が台頭してきて三つ巴になりそうだがね」

「ん? それって、《魔女》がジゼルで、《子孫》がアルベル連邦でいいのか」

「ああ、合っているとも。今更だがね。その中でも、お前は微妙な立場にいると思うぞ」

「俺?」

「無論だ。《クリスタルム》の祝福を受けていながら、魔族となった『至高人』の末裔ともなれば、いかな《観測者》とて興味をそそられるというものだ。その所為で消滅されかかっては世話も無いがね」


 含んだ笑いを漏らすアンリだった。

 ウィードから手を離し、後ろにあった椅子へ座る。


 地面に降りた彼は、葉を横に向けた。


「ところで、硝子から変なのが出て来てるんだが、俺を再現したとしても『これ』はないだろ」

「はあ?」


 彼女がウィードと同じ方向に視線を移動させると、異形のエルフが雫を落としながら立っていた。

 理性を無くした瞳が向けられる。

 両腕が鱗に覆われたエルフの男が、頬を歪めて笑うのだった。



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