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騎士になりました  作者: 比呂
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遺跡


 遺跡の探索に取り掛かって、かなりの刻が過ぎていた。


 どれくらいの時間が経っているかは、太陽が見えないので確かではない。

 ただ、嫌になるほど正確なセイカの腹時計によれば、二日は過ぎているらしい。


 ウィードは洞窟内の岩場で、周囲を監視しながら休憩している。

 探索についてきたセイカが、岩陰で毛布に包まって仮眠していた。


 洞窟歩きに慣れない者であれば、体力より先に心が折れる。

 それを危惧して休憩を多く入れていたが、ウィードの心配を他所に、彼女は熟睡していた。


「……ふむ」


 彼は背負い袋から、地図を取り出した。

 この遺跡は《トモリ遺跡》と呼ばれており、既に探索の終えられた遺跡だった。


 地図を買った道具屋の店主から教えられたことによると、魔導具は粗方掘り尽くされていて、旨味のない場所ということだった。


 そのおかげで地図の値段も安く、細部まで完成されたものとなっていた。

 確かに魔導具の枯渇した遺跡は人の出入りも少なく、探索で道が均されているので隠れ家には丁度いいと言える。


 しかし、今までの道程で人に出会うこともなく、魔物の影すら見当たらなかった。

 このまま想定通りのルートを探索して回れば、一旦の帰還をすることになるだろう。


 それでも手持ちの食料と水は余る計算だが、計画通りなので問題ない。


 もうそろそろか、とウィードが地図を仕舞うと、セイカがむくりと起き上がった。


「起こしたか」

「……いえ、厠でござる」


 寝ぼけ眼で歩きだし、岩陰に隠れた。

 ウィードはエチケットとして耳を塞ごうと思ったが、耳など無く全身で音の振動を拾ってしまうため、衣擦れの音まではっきり聞こえてしまった。


「ふわぁぁ……っ」


 眠くも無いのに欠伸をして、環境音をかき消した。

 少ししてから、半眼のセイカが腰帯を結びながら現れる。


「それにしても、魔物が一匹もおらぬとは拍子抜けでござる」

「狩り尽くされたんだろ。居ないに越したことは無いさ」


 岩場の影から甲殻類が時折あらわれるものの、サイズは小石ほどで脅威にはなりえない。

 人間を真っ二つにするほどの巨大な鋏を持つ王泥蟹が生息していたらしいが、見る影も無い。


 そこで、セイカの腹の虫が鳴った。


「ぬ……お腹が減ったでござる。ところで師匠、王泥蟹は美味しいのでござるよ」

「そうか。見つけたら食ってみるかな。絵面がひどいものになりそうだが」


 蟹を捕食する海藻、という光景が彼の脳裏を過った。

 まさか自分が海産物になるとは思ってなかったからな、と皮肉気に言いながら、背負い袋から携帯食料を取り出した。


 それをセイカに渡すと、彼女が苦笑いを浮かべた。


「旅籠の食事が懐かしいでござるなぁ」

「なら、昼飯は乾飯を湯で戻して御飯にしよう。ついでに味醂干しも焼くか」


 薪を集めて火を起こし料理する、というのは思ったよりも手間がかかり、水も使う行為だった。

 ただし、洞窟探索での楽しみが食事になるのも仕方がないし、栄養補給は大切である。


 案の定、乾飯をそのまま噛みしめていたセイカが目を輝かせた。


「おお、それは楽しみでござる」

「それじゃあ、喰い終わったら行くとするか」


 セイカの朝食が終わるのを待ってから、二人は出発した。

 灯り水晶の数は少ないが、微かに道筋は見える。


 ウィードが先頭に立ち、大きめの荷物を背負ったセイカがそれに続いた。

 彼は油断なく気配探知を張り巡らせているが、生物らしき反応は感じられなかった。


 足音に混じり、水滴の落ちる音が大きく響く。

 緩やかな下り坂を歩いてきたため、既に現在位置は海より低い。


 探索された場所とは言え、岩壁が決壊して海水が流れ込まないとも限らない。


 海藻の身で溺れるのかどうかは知らないが、その実験にセイカを巻き込むつもりは無かった。

 そんなことを考えていると、思ったより早く、地図の端にある折り返し地点に到着した。


 掘り返したような跡が残っているが、それだけだった。

 岩盤に突き当たって、それ以上進めないことは、よくあることだ。


「よし、ちょっと休憩したら、さっきの休憩場所まで戻るぞ。俺は少し観察する」

「はい、でござる」


 荷物を下して座り込んだセイカが、着物の懐から取り出した巾着を広げ、干し芋を取り出していた。

 これはウィードが渡した小遣いで彼女が買ったもので、行動食代わりだった。


 あまりにも美味しそうに食べるので、戻ったらウィードも買ってみようと思っている。


「さて、何かあるかな」


 そう呟いたものの、彼も期待はしていない。


 一度目の探索は下見のようなものだ。

 これから二度、三度、と探索を繰り返して、怪しいところを重点的に調べるのが本番だった。


 切っ掛けでも見つかれば、と足元を探る。


 壊れた魔導具の残骸でも見つかったなら、少なくとも彼の好奇心は満たされる。

 海藻に成り果てても、趣味の魔導具集めが止められないのだから、業が深いものだと呆れるしかなかった。


 本命は、《魔操剣》を投げた気配の薄い小僧――――の行方だ。


 その時、岩盤の端に何かが突き刺さっているのを発見した。


「あれ? えっと……」


 それは、アンリに渡したはずの魔操剣だった。

 岩盤に刀身が突き刺さっていて、柄の部分だけ出ている状態だった。


 ウィードは訝しみながらも、その魔操剣を引っこ抜いた。

 すると、地響きを立てて岩盤が横に半回転する。


「な、何事でござるか! おっと干し芋が……」


 突然の大音量に驚いて干し芋を取り落とし、空中で再び掴むことに成功したセイカだった。

 地響きが落ち着く頃には、岩盤の向こうに通路が見えた。


 そこは、明らかに整えて作られた人工の空間だった。

 鋼材と硬化石で整然と建てられた通路は、まさに古代遺跡の聖域だった。


 聖域とは、古代に栄えていた文明をそのまま残す場所であり、滅多に見つかることは無い。

 そこでは魔導具でも桁違いのものが発見されることが多く、足を踏み入れることは冒険者にとって垂涎の場所だった。


「……何のつもりだ?」


 ウィードは葉で掴んだ魔操剣を見つめながら、そう呟いた。

 完全に誘い込むための罠だが、逃げる訳にもいかない。


 アンリの無事を確かめなければ、落ち着いて休憩も出来なかった。

 残りの水も食料も少ないが、ウィードだけならどうにでもなる。


「まあ、行ってみるか」

「師匠が岩盤に穴を空けたのでござるか?」


 干し芋を食べながら、セイカが近づいてきた。


「いや、引っ張ったら開いた」

「何と! 流石は師匠、押して駄目なら引いてみるのでござるな?」

「そうでもないんだが」


 そもそも岩盤をどうにかしようとすら思っていなかった。

 持っていた魔操剣を背負い袋へと仕舞い込んだ。


 その代り、持っていた地図や携帯食料を全て、セイカに渡すことにする。


「俺はこれからこの先に行くけど、セイカはここで待ってるんだぞ。危ない気配がしたら、外に出て助けを呼んで来てくれ」

「……一緒に連れて行ってはくださらぬでござるか?」

「この先がどれくらい続いているか分からないが、俺は先に進む。海藻だから食料も水もそんなに必要ないしな。それに付き合う必要は無いだろ」

「拙者を捨てると申されるでござるな」


 口を曲げて、彼女の目には今にも零れそうな涙が浮かんでいる。

 手を強く握りしめ、痛みを堪えているように見えた。


「待て。どこでそんな言葉を覚えたんだ」

「ユウメ殿が言っていたでござる」

「よし、帰ったら女将はワカメの刑に処すとしてだな。俺が弟子を見捨てるとでも思ったのか」

「有り得ぬでござる。……ただ、師匠は拙者の身のためなら、絆すら捨てて万難を排す御方であると思ったのでござる。それはとても尊いことだと、拙者も考えまする。しかしながら、我らの絆が魂よりも軽いものだとは、思いたくないのでござるよ」

「あー……うん、そうか」


 ウィードは葉を萎れさせた。

 親しい者に、同じようなことを言われたことがあった。


 一度肉体が滅びて海藻になっても、同じことを繰り返すもんだな、と思った。


 そうしていると、セイカに葉を力強く握りしめられた。


「拙者を信じて下され。例えこの身が滅びようと、決して師匠との絆を汚したりはせぬでござる」

「絆、か」


 彼は粘液を出して、セイカの手からぬるりと抜け出した。


 ウィードも理解はしていた。

 意志疎通が出来る者同士の間に、尊敬し得るものが生まれることを。


 そして、それは立場や年齢によらず、尊ばれるべきものなのだと。


 確かに素晴らしいことだろう。


 ――――絆を優先したために、ウィードの弟子が洞窟で力尽きることさえ無ければ、の話だが。


 誰も傷つかない者などいない。

 それは道理だが、納得できるかどうかは別の話だ。


 彼の場合――――尊いものが壊れてしまうことが、何よりの恐怖であることに気付いてしまった。


 壊されてしまうのならば、代わりに自分が壊れよう。


 大切な者を守ることが、相手にとって最大にして最高の利益だと疑わなかった。

 それは結局、守られている者気持ちを考えていないことだと気づいたのは、いつのことだったか。


 それでもウィードは、信用されることよりも、彼が大切にする者の幸せを望んだ。


 過去に苦渋の裏切りを受けたことで心が歪んでしまったのか、それとも最初からこういう心の在り方だったのかは定かではない。


 今更、この生き方が変わるとも思わない。

 誰かに優しくするということは、優しく出来なかった誰かが生まれるということだ。


 それが間違っているわけでも無い。


 彼が得る見返りは、大切な者の安全で、そこに自分の安全は含まれないのだ。


 ウィードは、選び続けてきたことに後悔は無い。

 ただ、海藻に向かって本気で駄々を捏ねるエルフの娘の必死さが、伝わらないことも無かった。


「連れて行って下され、師匠っ!」


 逃げても、彼女は葉を掴みに来る。

 爪を立て、必死に食らいつく。


 その様子は無様なもので、美しさの欠片も無く、親から引き離されて追い縋る子供にも似た光景だった。


 ――――ただし。


 引き離されて悲しむ子を見た親が、その子を嘲るようなことをするだろうか。

 最終的に抵抗を止めたウィードが、セイカに抱きつかれる形で決着はついた。


「――――仕方ないか」

「師匠?」


 彼女に強く抱きしめられ過ぎて潰れた姿のウィードであったが、文句は言わなかった。

 その代りに、彼女の着物の中に葉を入れて、干し芋を取り出した。


「一個くれ。戻ったら、一緒に買いに行こう」

「……欲しいのなら、初めからそう言ってくだされば良いのでござる。分け合うことは、そう難しいことではござりませぬ」


 半ば呆れた笑いを見せるセイカだった。

 照れを隠すため、彼は何も言葉を返さずに干し芋を頬張った。


 やはり想像通りに、甘かった。

 ウィードは彼女に抱えられたまま、聖域へ向かうことにするのだった。


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