小判
正午過ぎの日差しが、障子を通して淡く光る。
旅籠にしては静まり返ったジロウの部屋に、ウィードとユウメが呼び出されていた。
「…………」
苦み走った顔をして、上座にいるジロウが胡坐をかいていた。
肘置きに身体を預け、お世辞にも態度が良いとは言えない姿だった。
彼の正面に座っているのが、残りの一人と海藻である。
彼らが対峙するその中ほどには、風呂敷に包まれた小判が置かれていた。
唐突に、ジロウが言う。
「おい、そなたら。これは何だ」
「妖精皇国の通貨だろ」
ウィードが真面目に答える。
それに対して、ジロウの口元が歪んだ。
「……はぁ。余も、金策にうるさいことを言うつもりは無い。金が無いと苦しいのは承知しておる。だがな、騒ぎを起こすとなると話は別よ。そなたら、寒天餅に何を入れて販売したのだ」
「ん?」
金儲けのことを怒られると思っていたウィードは、怒られている理由が違うことに気付いた。
ユウメが苦笑いを浮かべて言う。
「えっと、あのう、そのう、ジロウ様は食べはりました?」
「食べておらん」
部下の失態を値踏みする彼の態度だったが、ユウメは安心したようだった。
その様子を訝しみながらも、ジロウが追及した。
「何を盛った? 媚薬か毒薬か、それとも――――」
「ちゃいます。仕事道具は一切使ってあらしまへん。……そんなら言いますけど、怒らんといてくれはります?」
「いいから早く言え」
「ワカメはんの粘液ですえ」
「――――」
途端、ジロウの動きが固まった。
彼の眼球だけが揃って動き、ウィードを見る。
視線を向けられた海藻は、照れて葉の裏を掻いた。
「俺の粘液がここまで売れるとは思ってなかったよ。すまん」
「ええい! 粘液と言うな!」
固まっていたジロウが動き出して叫び、肘置きを倒した。
それで我に返ったのか、座りなおして海藻を睨む。
「……金が欲しいのなら余に言えばよかろう」
「借りは作りたくなかったんだ」
「ふん、その心根は誠実だがな、迷惑である。実際、この町の甘味処が一軒、移転を余儀なくされておる」
「あらら、マタザはん、引っ越しはったん?」
「そなたの所為でもあるのだぞ」
「……御免なさい」
ぎろり、と音が聞こえてきそうなほど強い視線を向けられたユウメが、身体を縮めて小さくなった。
元はと言えばウィードが原因なので、葉を上げて言う。
「迷惑をかけたのは悪かった。ユウメを叱らないでやってくれ。俺が頼んだことだ」
「わかっておる。金の工面もせずに頼みごとをした、余の不始末でもあるのだ。この件は不問にすると決めておった。……しかし、まさか姉君の所まで届いてしまうとは思わなかったぞ」
「それって皇――――むぐ」
若芽の辺りを無理矢理に抑え込まれたウィードだった。
重要機密の漏えいを未然に防いだユウメが、冷や汗をかいていた。
「あのう、三日も売ってないんやけど……」
「どこぞの商人が早馬を六頭潰してまで、都に届けたらしい。まあ、毒見や何やで、姉君のところには匙に一欠けしか残ってなかったらしいがな。礼を言っておったぞ」
そこでウィードは、再び葉を挙げた。
見逃せない疑問があったからだ。
「早馬六頭も潰す距離で、礼を貰ったのか」
「流石、耳ざとい海藻よな。余は遠くの者と会話できる魔導具を持っておる。余が姿を消しているときは、魔導具で方々に指示を出している時だと思って貰って構わぬ」
「そんなこと言っていいのか」
ウィードとしては、国家機密を話された思いだった。
そんな魔導具が複数あれば、戦局を一気に覆すほどの代物だったからだ。
的確な指示と運用を心掛ければ、小国が大国を相手取って戦えてしまう。
ジロウほどの者がそれを理解していないとは思えない。
「この程度なら、問題ではあるまい。アルベル連邦も気づいておる。我が海軍の精強たる所以であるからな」
ジロウが意地の悪い笑みを浮かべた。
恐らく、機密を漏らしたのはわざとだった。
妖精皇国にとって、ウィードを重要人物に仕立て上げるつもりなのだろう。
「もう勘弁してくれるか」
「分かればよい。それと、この金は全てウィードが取っておくのだ。ユウメには充分な給料を支払っておるのでな、必要なかろう。それに、葉を食った代金も払っておらぬな?」
そうよな、とジロウが睨み付けると、彼女が悲喜こもごもの表情を見せた。
「そうやねぇ、これはワカメはんが取っといてくれはります?」
「それはいいが、この金貨はどれくらいの相場だ?」
あまりに多く貰い過ぎても、使い道を思いつかないウィードの言葉だった。
それに、この金貨が見たままの価値ではないこともある。
大きな金貨に見えても、混ざり物が多ければ価値は下がるのだ。
「余にそれを聞くか。知識はあっても、常識は知らぬぞ。ユウメ、答えてやれ」
そこは軍船の値段は知っていても、うどん一杯の値段を知らないジロウであった。
問題は部下に放り投げられる。
小首を傾げたユウメが、ひ、ふ、み、と小判の束を人差し指で数えてから言った。
「これくらいなら、一軒家が建てれますえ?」
「どうやったらお菓子でそんな大金が稼げるんだよ」
「うちの手腕を舐めたらあかんえ? 幻の妙薬とか、若返りの薬とか、商売人は目に見えないものをお金に変えるんよ?」
「……俺がいた頃のヴァレリア王国なら、貴族の邸宅が買えそうな額だぞ」
ウィードの言葉に鋭く反応したジロウが、小さく頷いた。
「妖精皇国は《古代遺跡》が多いからな、希少金属も出やすいのだ。その辺りの相場もあるのであろう。ちなみに、資金援助の準備は万端であるが?」
「俺に決定権は無いぞ。あまり買い被るな」
「まあ、そういうことにしておこうではないか」
「それより、こんな大金、外に出られない俺が持ち歩くのは面倒だ。小さくならないか?」
話を聞こうとしないジロウは無視して、ウィードがユウメに聞いた。
服も無ければポケットもない彼にとっては、財布も持ち難いのであった。
「ほんなら、細工物に買えてきたらええんと違います? 買い物に行きはるんやろ」
「まあ、セイカに連れて行って貰おうかと考えてたんだがな」
果たして不詳の弟子に大金を渡しておいて、騙されないか心配なところではあった。
彼女は一度、騙されていたことがある。
世間知らずはお互い様だった。
「うぅん、なら、キシマはんに任せたらよろしいんと違います? 一応は村長はんやからね、何かと上手うやってくれはるやろ」
「そうだなぁ、それじゃあ支度金だけ貰って行くから、残りは渡しといてくれるか」
「ええよ。ほんなら気ぃつけなはれや」
「これ以上、騒ぎを起こしてくれるなよ」
二人がそれぞれに返事をした。
ウィードは小判の山から一枚取り出し、葉の根元に挟み込んだ。
手を挙げて挨拶しながら歩き出し、障子を開いた。
じわりと沁み出す陽気に撫でられた。
部屋から出たすぐ傍の廊下に、セイカが正座して周囲を警戒している。
ウィードのことを見て、にっこりと微笑む。
「これは師匠、話は終わったのでござるか」
「ああ、終わった。これから遺跡探索の道具を揃えに買い物へ行こうと思うが、連れて行ってくれるか」
「承知にござる」
着物の胸元から、ウィード専用の風呂敷が取り出された。
それが廊下へふわりと広げられると、その中心にウィードが立つ。
四方から優しく包みあげられ、セイカが風呂敷を背負い、首元で風呂敷の端を結ぶ。
彼女が機嫌よく歩き始めた。
「何から買いに行くのでござるか?」
「嵩張らなくて軽いものからだ。まずは地図だな。どこまで潜るかによって、食料や消耗品の数が決まるんだ」
「ほうほう、なるほどでござる。何だか難しそうでござるなぁ」
「まあ、詳しい目利きは小声でアドバイスするから、それで判断してくれ。買い物が終わったら、御茶屋に行って菓子でも食うか」
「御茶屋、でござるか?」
旅籠から出たところで、彼女が聞き返してきた。
小さな困惑が伝わってくるのだが、ウィードはそれを貧乏ゆえの遠慮だと思ってしまった。
今まで無一文だったのだから、仕方ないと言える。
「遠慮するなよ。これでも小遣いは手に入ったんだ」
「はあ、まあ、お金を持ってる者しか入れませぬでござるからなぁ」
「当たり前だろ。金も無しに飲み食いするのは無理だ」
「そうでござるな」
セイカが頷いた。
これも勉強でござるかぁ、などと小声で呟いている。
その呟きを聞いたウィードは、菓子で何を勉強するんだろう、と思っていたのだった。
そして、御茶屋と言われてセイカが案内した場所が、芸者遊びをする場所であることなど、このときのウィードは知る由も無かった。




