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騎士になりました  作者: 比呂
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傀儡


 風も無い穏やかな雰囲気の中、海藻の葉が落ち着かない様子で揺れていた。

 それというのも、さっきまで握手していた手を、アンリが暫く見つめていたからだった。


 彼の正体は、誰にも明かしてはいけないことになっている。

 家族でさえ駄目なのだから、かつての戦友だとしても無理だろう。


 しかし、アンリは得体が知れなさすぎた。


 凄腕の錬金術師で改造が趣味だという異質なエルフでありながら、ジゼルのことも知っている。

 彼女なら、手についたウィードの粘液から何かを読み取っていたとしても不思議ではない。


「ほう、これは――――」

「…………」


 彼女の呟きに、思わず葉を逸らしてしまうウィードだった。


 このままではジゼルとの約束通りに消滅させられると思い、名前を言う前に気絶させようと葉を構えた。


「――――まぎれも無い海藻だな。既知の魔物に、このような存在はいない。まあ、それはそれで『どうしてこんな生物が』という新しい疑問を生むがね」

「それはでござるな、師匠は元魔族で、魔導具によって海藻に変えられたのでござる。これから拙者と元の姿に戻るための旅をするのでござる」


 割と慎ましい胸を張り、ふんぞり返るセイカであった。


 その声に頷き、アンリが視線を海藻へ向ける。

 彼女の目には、熱っぽいものが混ざっていた。


「ほほう、それは珍しい。魔導具の系統として、《異形》なのか《交換》なのか、ぜひ詳しく聞きたいのだが、どうだろう。元の身体に戻りたいと思うのなら、素直に頷いておくべきだと思うがね」

「君が信用に足る人物だと思えるまでは、考えさせてもらおう」


 ウィードは慎重に言葉を選んだ。

 勝手に返答したセイカへ葉を巻きつけて引き寄せ、大人しくさせる。


 はて、と首を傾げる彼女であったが、ウィードの成すがままであった。


 アンリがその様子を眺めながら、顎に手を添える。


「確かにその通りだがね。これは千載一遇の好機なのも違いないぞ。この国で私以上に魔導具を知り尽くしたエルフはいないのだからな」


 そうだったのかぁ、とウィードはしみじみ思う。

 彼の記憶には、改造大好き変態エルフとしてのアンリしか無い。


 それが今では妙な黒衣姿で、『戦争屋』を引きつれているのである。

 殆ど出自を語らなかった彼女の、記憶とは異なる一面を見て、彼は鷹揚に頷いていた。


 アンリがその様子を見て、首を傾げる。


「何を納得しているか知らないがね、返事は早めにもらいたいものだ。これでも忙しい身の上でね」

「忙しいのか?」

「ふん、お前たちがこの村を訪れているということは、理由は同じだろう。この周辺を治めるヒデマサ・カラハギの調査だ。無論、目的は違うだろうがね(、、、、、、、、、、)


 彼女が意味あり気な視線で、ウィードとセイカを眺めるのだった。

 それに対し、ウィードも葉を組んでから言う。


「まあ、俺たちの方は空振りみたいなもんだ。物見櫓に吊るされている魔族を確保しに来たはずだったんだ。けど、セイカと、そこの青年で戦いが始まってしまってね」

「なるほど。では、あの魔族は一体誰に吊るされたのだと思うかね」


 アンリの言葉の後に、静寂が続く。


 吊るされている魔物から垂れた血の雫が、地面に当たって弾けた。

 そして――――。

 

 ウィードが真っ先に、家屋の物陰から放たれた物に気付く。


 無防備だったアンリを庇うために前へ出たが、放たれたものは、頭上のはるか上を飛んで行った。

 装飾のついた銀色の短剣が、吊るされているロルフの胸に突き刺さる。


 短剣の柄端についた宝石に、輝きが灯った。

 その宝石は、ウィードにも見慣れたものだった。


 アンリが言う。


「お前たちには残念だったようだが、私の方は反応があったかね。よし、カゲトキ。仕事をするのだ」

「そいつはいいんですがねぇ。手持ちの《ラハット》は使い切って、もうねぇよ?」


 カゲトキが、地面に放っておいた木箱を傾けて、中身を見せていた。

 眼を細めたアンリが、青年を見下して言う。


「ここまで阿呆だとは思っていなかったがね。兵部省の《直丁》も地に落ちたものだ」

「打ち合わせも無く囮にされて、その上に化物二匹と戦わされたこっちの身にもなって欲しいんですがねぇ!」

「ああ、もういい。文句はお前のとこの兵部卿に直接言ってやるかね。これで何とかしろ。短剣を投げた奴を追え」


 彼女が腰元から黒い金属製の棒を取り出して、カゲトキに投げ渡した。

 難なく黒棒を受け取った青年が言葉を漏らす。


「……あのお方に面と向かって文句言えるのは、アンリさんぐらいだっつーの」


 それでも彼が命令に従い、家屋の物陰へ消えていくことに何の迷いも無かった。


 次の瞬間、空気を震わせるほどの鼓動が響いた。

 鼓動の主が、口を開き、雄叫びを上げる。


「グウウォォォォォォォォォォォォォッ!」


 吊るされていた縄を力任せに引き千切り、地面に墜落した。

 骨と肉の潰れる音をさせたが、その魔族は立ち上がった。


 口から血泡を吹き、喉で唸りながら、それでも敵意を剥き出しにしている。


「……ふむ、こいつはどうしたものかね」


 アンリの困ったような呟きに反応する者があるとしたら、それは海藻くらいしかいなかった。


「任せろ」

「――――」


 彼の言葉に驚いている様子のアンリだった。

 何かを呟きかけ、それを戒めるように口を結び、その病的な双眸を曇らせた。


「そう言えば、お前の祖国を聞いていなかったかね」

「俺の故郷は、ヴァレリア王国だ」


 海藻はアンリに後姿を向けながら、そう言い切った。

 彼女が頷く。


「そうかね。あるいは――――いや、止めておこう。今の私には(、、、、、)その資格が無いのでね。まあ、任せろと言うのなら、任せるとするかね」


 今にも襲いかかって来そうな忘我の魔族を前にして、アンリが安堵するのが誰の目にも理解出来た。

 それほどまでの安心感を与えられるのが、地面に立つ海藻だった。


 ウィードは今まで引き寄せていたセイカを解放した。

 彼女が言う。


「では師匠、ロルフを連れて帰るでござるか?」

「いや、あんなの連れて帰れないだろ。ここで眠らせてやろう」

「はっ。それでは拙者が、埋めやすいようにこの刀で――――」

「いいから。魔族の始末は、俺がやる。セイカは手ぬぐいで顔を隠しておけ。雄叫びを聞いた役人がやってくるから、気絶させろ。殺すなよ」

「承知でござる」


 彼女が懐から手ぬぐいを取り出し、顔の下半分に巻きつけた。

 あまり意味が無いようにも見えるが、保険のための意味合いに過ぎない。


 彼女が本気で気配を絶って動けば、常人の目には留まらないだろう。


 気配探知に引っ掛かった役人に向けて、一直線に駆けていくセイカだった。

 それを見送っていると、ロルフが血を撒き散らしながら襲いかかってきた。


「グウルァァァァァッ」

「なあ――――魔族がどうして誇りを重んじるか、知ってるか」


 ウィードの問いかけに何の反応も見せず、ロルフの拳が迫る。

 完全変貌していないにも関わらず、空を裂く威力だった。


 海藻が拳の直撃を受けて、そのまま後ろに吹き飛ばされる。


 ロルフの拳が殴った勢いを削がれずに地面に突き刺さり、砕けた。

 吹き飛ばされたウィードは、空中で体勢を立て直し、ふわりと着地する。


「それは、自分を恥じないためだ。もう忘れるなよ」

「グガアァァァァァァ!」


 地面に突き刺さった拳を引き抜いて、突進してくるロルフだった。

 ウィードは魔族の巨体と交錯する刹那、半身を入れ替えて体勢を崩させ、叩き伏した。


 轟音と土煙が舞う中、仰向けに倒れ込んだ魔族に、為す術は無い。

 倒れた衝撃で肺が潰れ、全身の骨が砕けていることだろう。


「さて」


 根っこを動かして倒れたロルフに近づき、胸に突き刺さっている短剣を引き抜いた。

 それでロルフの動きが、完全に止まる。


 彼は葉に持つ短剣を眺め、特に装飾で付けられている宝石を眺めた。

 背後からアンリに声をかけられる。


「《魔玉》で間違いないぞ。いわゆる《魔操剣》というものでな。アルベル連邦が魔族を奴隷として扱うための代物だ。まあ、死体まで操るものは私も初めて見たがね」

「ふぅん。今すぐ叩き壊したい気分だな」

「気持ちは分からないでもないがね。それは私に引き渡す方が良い。悪いようにはしない」

「ん」


 ウィードは素直に《魔操剣》を差し出した。

 僅かに面喰ったアンリが、短剣を受け取って呟く。


「私が信用に足る人物だと思えるようになったのかね?」

「さあ?」


 葉を広げて見せる海藻であった。

 そして葉の向きを変えたその先には、気絶させた役人を両肩に担ぎ、こちらへ走ってくるセイカがいた。


 どこか楽しげな声色でウィードは言う。


「こっちに走ってくるのは俺の弟子なんだが、ちょっと自分に正直過ぎる奴でな。少しは虚実を身に付けろ、とも思う。……けどな、まあ、見習うべきところもあるんだ」

「そうかね……」


 寂しそうな顔をしたアンリが、海藻に手を伸ばしかけて、それでも手を戻した。


 ウィードの前に、セイカが駆け込んでくる。


「拙者、拙者、しっかと師匠の言いつけを守って気絶させてきたでござるぞ! 見て下され、この者の安らかな顔を! 痛みさえ感じさせずに気絶させたでござる! ほら呼吸もこの通り……ん? あれ? 息をして、無いで、ござるか?」

「あのなぁ!」


 穏やかな顔で意識を失っている役人を地面に寝かせ、ウィードは心臓の鼓動を葉で探った。

 何も反応が無い、ただの心停止だった。


 彼が即座に葉を重ねて胸の上に置き、心臓を強く押すと、息を吹き返した。


「が、はっ、う、うぅん……」

「――――せいっ」

「かはっ」


 意識を取り戻した役人を、再び眠らせるウィードであった。

 彼の背後から、アンリの声が聞こえた。


「見習うべきところが、本当にあるのかね?」

「……さあ?」


 ウィードの葉が僅かに萎れる。

 セイカが冷や汗をかきながら困った笑顔をして、もう一人の役人を指差した。


「こっちは息をしているでござるよ?」

「あー、わかったから。葉にしがみ付かなくても、ちゃんとわかってるから。大人しくしてなさい」

「承知でござる……」


 項垂れるセイカであった。

 葉を掴まれたまま、ウィードは周囲を確認した。


「ところで、カゲトキって青年が帰って来たようだが」


 彼がそう言うと、家屋の影から苦笑いを浮かべるカゲトキが姿を現した。

 手には黒い棒を持っており、先端が煤けていて、使用した痕跡が残っている。


「いやあ、すまねぇ。逃がしたっすわ」

「…………私は、こいつに見習うべきところは無いがね」


 苦み走った顔をして言うアンリに、頭を掻いてへらへら笑うカゲトキだった。


「何の話してんすか?」

「お前の話だがね。それで、逃げた先は調べているのかね。それも出来なかったと言うなら、今回の経費はお前が払うのだぞ」

「げぇっ! 《ラハット》一本、幾らすると思ってんすか! 俺の給料で払える訳ねぇじゃんか」

「それを湯水のごとく使い切ったお前が言う言葉かね。で、どうなのかね」


 アンリが表情を変え、問い質した。

 カゲトキも姿勢を正し、口を開く。


「俺が追いかけてたのは、小僧だったぜ。妙に気配の薄い小僧だったなぁ。ま、海岸に追い詰めた所で洞窟に入られちまった。それで俺も追いかけようとしたんだが、どうやら《古代遺跡》だったみてぇでなぁ」

「ふむ――――」


 《古代遺跡》という言葉を聞いて、息を吐くアンリだった。

 何の準備も無く、いきなり入れる場所で無いことは明白だった。


 そこに逃げ込むのだから、カゲトキが言う小僧には、余程の自信があったのだろう。

 むしろ、罠にかけるには絶好の場所に違いない。


 状況を把握したアンリが、片目を閉じて言う。


「仕方あるまい、一旦引くぞ。準備が整ったら、その《古代遺跡》とやらを調査するかね」

「ういっす――――で、どうするんすか」


 カゲトキが意味ありげな視線を、ウィードに向けてきた。

 アンリが溜息を吐く。


「問題ない。そもそも、治安維持はこの藩の管轄だ。私たちには関係ない話かね」

「っす」


 納得しないまでも、命令に従うカゲトキだった。

 踵を返したアンリが、背中を見せながら手を挙げて歩き出した。


「では、縁があればまた会うかね。どうせこの近くの町に滞在しているのだろう」

「そうだな」


 ウィードも葉を上げてそれに応えた。

 離れていく二人の背中を見送り、彼がセイカの頭に葉を乗せる。


「まあ、今日はご苦労様だったな」

「……はいでござる」


 少し落ち込んだセイカに葉を持たれながら、ウィードは普段より少し強めに彼女の頭を撫でるのだった。



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