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騎士になりました  作者: 比呂
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黒衣


 《偽・炎剣》の入った木箱が、青年の身じろぎで金属音を響かせた。


 難しい顔をした青年が、ウィードの全身を見つめている。

 地面にそそり立つ海藻を様々な角度から眺め、顎に手を添えて悩み、恐る恐る聞いてきた。


「……魔物、か?」

「知らんよ。俺が教えて貰いたいくらいだ」


 ウィードは堂々と言い放った。

 すると青年が、さらに悩む。


「あり得ねぇ、何だこれ。もう考えるのも面倒クセェ」

「お取り込み中悪いんだが、俺にも聞かせて貰いたいことがあってね。どうする?」


 ウィードの質問に、青年が後頭部を掻きながら応えた。


「どうしようもこうしようもねぇ。やる気なんだろう。かかってこいよ」

「――――師匠が出るまでもないのでござる」


 今まで黙っていたセイカが、前に出た。

 背負っていたウィードがいないので、それを気遣わずに戦えるようになったのである。


 彼から見ても、セイカが勝つことを疑ってはいない。


「ふむ。そうだなぁ」


 ただ、あまりにも彼女の目付きが悪くなっていた。


 このままでは精神の成長に良くないと、後頭部に葉を乗せて落ち着かせようとした。

 しかし、根っこが滑ってセイカの尻を触ってしまった。


「え?」

「……あ、すまん。粘液に足をとられてな」

「いえ、構わないのでござるが」


 彼女が触られた尻を眺めているので、妙に恥ずかしくなるウィードであった。

 そんなことも気にせず、セイカが空中を見つめる。


「はて、前にも似たことがあったような気がするでござるな」

「そんなに頻繁に弟子の尻を触ってるはずがないだろ」

「そうではなくて……ああ、師匠がユウメ殿の尻を触っていたときのことでござる!」


 手に手を打ちつけて、大きな声で叫ぶセイカであった。

 ウィードは青年の反応を気にしつつ、葉を一本だけ立てて黙らせようとする。


 だが、眼を閉じつつ頷いている彼女には見えていなかった。


「なるほど。あれは殺気が漏れていることを和ませるための手段なのでござるな? 拙者もまだまだ修行が足りませぬ。このような小物に冷静でいられぬとは。師匠のお手を煩わせて申し訳ありませぬ」

「いや、違うんだが」

「安心してくださりませ、拙者も師匠の域に達するまで、その技は使いませぬ」

「そういうことでもないんだ」

「皆までおっしゃりますな。もう大丈夫でござる。あの男、見事に討ち取って御覧に入れましょうぞ!」

「俺の話を聞けよ……」


 思わず芽茎を抱えるウィードだった。

 そのまま彼女を放っておいても、『戦争屋』の青年と良い勝負をして帰ってくるだろうことは分かる。


 ただし、彼女はウィードの弟子だった。

 教え育てることを放棄してしまえば、彼にも師匠を名乗る資格は無い。


「待つんだ、セイカ」

「何でござろうか」


 敵を前にして何の躊躇いも無く振り返るセイカであった。

 顔も見ずに返事をするのは失礼だと思っているのだろうが、ウィードとしては、その気遣いを他に向けて欲しいと切に願った。


 そして案の定、彼女が背を見せた隙を逃さず、燃え盛る剣を投射する青年であった。


「そっちが来ねぇなら、俺から行くぜ!」

「どいつもこいつも……」


 海藻の芽の辺りから、裂帛した呼気が漏れる。

 彼はセイカの身体を庇いつつ、迫りくる《偽・炎剣》のすべてを複数の葉で絡め取った。


「なっ、俺の《ラハット》が――――」

「やかましい。弟子の修行が終わるまで待ってろ!」


 ウィードは燃え落ちる剣をそれぞれ投げ捨てながら、青年に葉を突きつけた。

 青年が身構えて動かないでいる間に、セイカへ向き直る。


「さて、言わせてもらうぞ」

「師匠! それほどまでに拙者のことを思ってくださるのでござるか!」

「……あー、そうだな。とにかく、セイカの尻を触ったことは謝ろう。あれは俺の足が滑ったんだ。すまん」

「何をおっしゃられるのでござるか! 師匠であれば、此の身など好きに御揉み下され!」

「それはいらん」

「う? ――――拙者、何故だか心が痛いでござる」


 自分の胸を押さえて不思議がるセイカであった。

 彼女の微妙な心の機微については、ウィードも立ち入るつもりは無かった。


「まあ気にするな。つまるところ俺が言いたいのは、感情で剣を振るうな、ってことだ。理由や目的は怒りでも悲しみでもいいよ。けどな、感情で人を斬れば、いずれ感情に斬り殺される羽目になるんだよ」


 人である限りな、という言葉を飲み込むウィードであった。


 攻撃の感触は手に残る。

 報復の恐怖は心に残る。


 それに囚われれば、泥沼のような罪悪感と向き合わねばならない。

 せめてセイカにはそうなって欲しくないという、彼なりの教訓であった。


「えっと?」


 それでも、セイカが理解するには難しすぎた。

 剣の才能以外は何も持たない彼女が、剣の道を進むことで幸せになるとは言い切れない。


 しかしウィードは、彼女が選んだ上で間違えるのなら、それも勉強かと考え直す。

 セイカが道を踏み外しそうになったら手助けするのがいいだろう、と改めて納得した。


 照れ隠しで葉を振って、彼女を追いやる。


「もういいから、いつも通りにしてろ。戦いを楽しめ。間違いそうになったら、俺が教えてやる」

「――――っ。承知にござる!」


 感極まった顔を見せた後で、肩の力を抜くセイカだった。

 まさに自然体といった様相になり、風に揺られながらも大地に根を張る大樹の如き貫禄が現れる。


 彼女が微笑を浮かべ、遠くから聞こえるウミネコの声を聞いていた。


「ったく、仕方ねぇか」


 セイカを見ていた青年が、背負っていた木箱を下ろした。

 その木箱の上蓋を開け、鋼線で繋がった《ラハット》を引きずり出した。


「何つーかよ、そこの海藻だけは、今ここで始末しとかなきゃいけない気分だぜ」

「ふふふ、ようやく師匠の強さに気付いたでござるか」

「違ぇよ。……まぁ確かに強ぇんだが、問題はそこじゃねぇ。そこの魔物は、得体が知れなさすぎる。もしこんな魔物が妖精皇国に増殖してみろ」


 青年が言葉を切って、ウィードを睨みつけた。

 彼の想像の中では、海岸線をワカメの大群が埋め尽くしているのだろう。


 緊張した面持ちで、セイカが生唾を飲み込む。


「それは――――とても幸せなことではござらぬか?」

「手前は黙ってろ! こんなのが増えたら国が大混乱になるってんだよ!」

「増えないから。それは俺も嫌だから」


 ウィードは葉を横に振って否定をしながら、真面目に答えた。

 だが、青年が素直に頷く筈もない。


「魔物の言うことなんざ、誰が信じるかっつーの! 手前ら諸共、吹き飛べや!」


 青年が大きく手を振り上げると、まるで生き物のように、鋼線で繋がれた剣が舞い上がった。


「くらえっ!」


 青年が手をウィードたちに向かって振り下ろす。

 すると、剣の雨が一直線になって降り注いできた。


「まったく、ヤケにならずとも、相手にしてやるでござるよ」


 落ちてくる剣を、ゆるやかな歩法で避けるセイカであった。

 外から見れば未来予測に等しい動きだが、彼女にしてみれば、自由落下してくる剣など空気の乱れで察知できる。


 青年との間合いを詰め、刀を彼の喉元に突き付けた。


「剣を取る暇くらいは許すでござる」

「あのなぁ、だから何遍言ったらわかるかねぇ。俺は剣士じゃねぇんだよ。棒振り回したきゃ余所に行け」


 青年が笑みを浮かべる。

 木箱に繋がっている鋼線を、彼が引き抜いた。


 地面に降り注いで突き刺さっている《ラハット》が共鳴しはじめた。


「くはははっ、ラハットの全弾同時発火爆導索っ! 防げるもんなら防いでみろってんだ!」


 剣が赤熱化し、破裂寸前の緊張が高まる。

 レプリカと言えど、これだけの《守護の炎剣》が同時点火されれば、村の半分が融解してしまうだろう。


 そしてその範囲には、青年も含まれている。

 セイカが首を傾げた。


「お主は、勝つ気が最初から無かったのでござるか?」

「俺ぁ個人の勝ち負けに興味なんざねぇよ。そんな面倒なことやってられっか。ここで魔物の足止めをすんのが、俺の勝利条件だ。後は知ったこっちゃねーよ」


 両手を頭の後ろで組み、木箱に背を預けて座り込む青年であった。

 セイカが溜息を吐き、鍔鳴りの音を響かせる。


「何と言うか、興が削がれたでござるなぁ――――そうは思いませぬか、師匠」

「そうかな。俺はこいつのこと、嫌いじゃないぞ」


 いつの間にか彼女の隣に立ち、木箱を眺めているウィードだった。

 元々彼が趣味で魔導具を収集していたこともあり、興味深く木箱の中身を覗いている。


 するとセイカが、指を咥えてウィードを見た。


「嫌いじゃない、とは何でござろうか。まさか、こやつも弟子にするつもりでござるか」

「それは無い。ウチはそこまで門戸を広げてないぞ」

「ふぃー、好敵手出現かと思って焦ったでござる」

「ただ、口は悪いが優しい奴じゃないか」


 妖精皇国のために、命を投げ出す覚悟で己の武器を暴走させるなど、深い共感を覚えるウィードだった。

 人間の姿だったならば、小遣いを渡している程には親近感を持っている。


 呆気に取られていた青年が、今頃になって口を開く。


「いや、手前ら……爆発は?」


「斬ったでござる」

「折ってやったぞ」


 青年の元に返ってきた返事は、同時だった。

 彼が身体を傾けてセイカたちの背後を覗くと、そこには断面の綺麗な剣や、力ずくで捩じ切られた残骸が燃えていた。


「化物どもが……」


 苦虫を噛み潰した顔で、俯く青年だった。

 彼が半目で地面を見つめていると、土を踏みしめる足音が近づいてきた。


「――――やっと来やがったか」


 顔を上げた青年の前に現れたのは者は、黒衣を身に纏っていた。

 服装と同じく黒々とした長い髪が、地面の際まで垂れている。


 大きく膨らんだ胸元と、長いスリットから真っ白な脚を覗かせて、亡霊を思わせる足取りをしていた。


 彼女(、、)が病的に輝く双眸を周囲に巡らせた後で、青年に聞く。


「さて、カゲトキ。何があったか私にも説明してくれるかね。面白いことになってるじゃないか」

「何で――――」


 ウィードは戦慄を覚えた。

 続けることのできなかった言葉が、心の中で紡がれる。


 ――――何でお前がここにいる。


 彼には見覚えのある女性だった。

 ただし、恰好が似ても似つかない。


 青年――――カゲトキが、決定的な名前を放つ。


「遅ぇよ、アンリ(、、、)さん。こんなクソみてぇな趣味の悪い待ち合わせ場所を決めたのはあんただろうが」

「ふん、目立っていて阿呆なお前にもわかりやすいだろう。あと、時間を厳守するとは言ってないがね。私を信じたお前が悪い。それよりも、そこの立っている海藻を紹介してくれないか? 何故かこう、気になってね」

「紹介できるほど知り合いじゃねぇよ。さっきまで戦ってたのが見てわかんないんですかねぇ」

「一方的に嬲られていた、と言うべきじゃないかね?」

「見てたのかよ! 見てたら助けろよ!」

「見てなぞいるものかね。状況証拠だけで事足りるさ。……まあ、どうして富嶽一刀流の後継者がここにいるのかも含めて、謎は深まるばかりだがね」

「ん? 拙者のことを知っておられるでござるか。もしや、爺様の知り合いでござるかな」


 珍しく苦笑いを浮かべているセイカだった。

 彼女が後ずさっている所を見ると、富嶽一刀流を束ねる当主というのは強者において顔が広いらしかった。


 アンリが腕組みをしながら、真顔で言う。


「ああ、知っているよ。知っているだけだがね。だがまあ、放逐された孫娘を連れ戻して欲しいと聞いても無いものでね。好きにしたらいいさ」

「そうでござるか。ならば安心でござる。あの爺様を倒すには、もう少し強くならなければいけませぬから。ねえ、師匠」


 そう海藻に問いかけるセイカを見て、アンリが眼を見開いた。


「……ワカメが師匠? お前、頭は大丈夫かね」

「はあ、すこぶる健康でござるが」

「ふん、そうか。だったらいい。ところでカゲトキ、お前はあのワカメが何に見えるかね?」


 アンリが振り向きもせず言うと、カゲトキも面倒そうに口を開いた。


「海藻の魔物にしか見えねえ。むしろ他に何に見えるってんですかねぇ」

「ありきたりな意見だな、面白くも無いんだがね。恥を知れ」

「何で俺が罵倒されてんですかねぇ!」


 憤るカゲトキが無視されて、アンリが一歩前に出た。

 海藻の前に立ち、手を差し出してくる。


「こちらの連れが失礼した。見ての通りの粗忽者なので、許してやって欲しいのだがね。仲直りと言っては何だが、握手をしてもらえないだろうか」

「構わないぞ」


 彼がアンリの手を握ると、ぬめっとした。

 それでも嫌な顔一つせず、しっかりとお互いに握手した。


 ウィードは見下ろされる形で、アンリ・カブラギと再会を果たしたのだった。




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