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騎士になりました  作者: 比呂
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炎剣


 日差しも半ばを過ぎた頃、ウィードとセイカの二人だけが村へ戻ろうとしていた。


 昼間から海藻が根っこで歩いていると騒ぎになるため、ウィードは風呂敷に包まれた格好になっている。

 それを背負うセイカが、意気揚々と歩いていた。


 あまりに機嫌が良さそうなので、彼女が何を考えているか心配になるウィードだった。

 周囲に聞こえない程度の声で話しかける。


「やけに機嫌が良いな?」

「それはもう、師匠と一緒に討ち入りとあれば、腕が鳴るでござる」

「いや、討ち入りと違うからな。これから村に戻るわけだが、セイカのことだから事情は覚えてないだろ」

「いえいえ、師匠の言葉は一字一句漏らさず覚えているでござる。ただ、たまに言葉の意味を忘れるのが困りものでしてな」

「……余計な心配事が増えた気がするなぁ」


 風呂敷の中で、ウィードは葉を萎えさせた。

 弟子のことを放り投げる訳にもいかないため、出来るだけ簡潔に事情を整理することにした。


「村に戻る理由は覚えてるか?」

「師匠、そこまで見損なって貰っては困るでござる。ロルフを捕縛するためでは?」


 片目を閉じて言うセイカに、少しだけ感動するウィードだった。

 風呂敷から葉をそっと出して、頭を撫でる。


「正直、そこまで覚えているとは思ってなかった。偉いぞ」

「少々馬鹿にされている気がしないでもないでござるが、褒められるのは悪い気がしないものですな」


 彼女が不満げな顔を見せているが、結われた髪が犬の尻尾のようにぶんぶん揺れている。

 それが、背負われているウィードに当たる。


「ああ、わかったから落ち着け。それで、理由は覚えてるか」

「はあ。素浪人……たしかジロウという師匠の御友人から依頼されたはずでござる」

「うん。もうそこまで覚えてれば、言うことない気がしてきた」


 ウィードは満足して頷くのだった。


 彼がジロウから依頼されたことは、村に縛り付けて置いてきたロルフの確認だった。

 流石にカラハギ側から救出されているとは思ったが、その時は次の手を考えることになっている。


 万が一、ロルフが見捨てられて縛り付けられたままでいるのも寝覚めが悪い。

 そう考えながら村に戻っていると、セイカが歩みを緩めた。


「何やら騒がしそうでござるな」

「まあ、そうなるよな」


 彼女が遠くを見つめている先で、役人らが検問を行っていた。

 行商人や村に知人がいる者たちが、騒ぎを起こしている様子だった。

 喧噪に紛れて、「疫病」や「立ち入り禁止」などの言葉が飛び交っている。


 セイカが口の端を吊り上げた。


「では、露払いをして参るでござる。これより始まる師匠の覇道に、相応しき戦いを――――っと、何でござるか?」

「必要ない。迂回するぞ」


 ウィードは背負われたまま、風呂敷の中から出した葉で、彼女の後頭部を突いたのだった。


 そして、駄菓子をねだる小僧に言うことを聞かせるように、セイカの視線を検問から引きはがした。


 人目につかないよう、獣道も無い藪の中に入る。

 そうなればウィードも背負われている必要が無くなり、彼女の前を立って歩いた。


「村を封鎖してるなら、ロルフもいないだろうなぁ」

「そうでござるな。……しかして師匠、そのようにおみ足を汚されずとも、拙者に乗って下されれば良いものを」

「誰も居ないからいいだろ」

「そうでござるか……」


 藪を掻き分けて進むウィードの後ろを、消沈した面持ちでついて来るセイカだった。


 しばらくの間、黙々と村に向かって進んだが、彼女の気が晴れることは無さそうだった。


 気になったウィードは、葉を振り向かせた。

 そこには、下を向いて小さな足取りを繰り返すセイカの姿があった。


「どうして落ち込んでるんだ?」

「あ、いえ、滅相もないでござる。お役に立てぬ我が身を悔いていたところでござる……」


 彼は、葉の裏を別の葉でぽりぽりと掻いた。

 小さな溜息を洩らした後で、根っこを止める。


 それに合わせて、セイカも立ち止まった。


「何かあったのでござろうか?」

「ああ、村も近づいてきたことだし、また風呂敷の中に入れて貰おうかと思ってな」

「ま、任せて下され!」


 彼女が首元で結んでいた風呂敷を、即座に引き剥がして地面に広げた。

 ウィードがその上に乗っかると、貴賓でも扱う様に優しく包み込み、振動を感じさせない手際で背負うのだった。


 それからは再び、満面の笑みを取り戻して歩き続けた。


 何がいいのやら、と考えるウィードであったが、鼻歌さえ聞こえてきそうな彼女の顔を見ると、納得するより他なかった。


 小気味よい歩みの揺れに身を任せていると、彼は娘のことを思い出すのだった。

 娘と一緒に幼少期を過ごしてやれなかったため、たまの休みに遠足でも行けば、今のような気分だったのかと自問する。


 ウィードが魔王国のことを思い出していると、セイカから本当に鼻歌が聞こえてきた。

 彼は、その鼻歌が気になった。


「それは、何ていう曲だ?」

「ええっと、知りませぬ。乳母がよく歌っていたものでござるが、最後まで曲名を教えてくれなかったのでござる。恐らく、自作だったのかと」

「そうか。良いものを貰ったな」

「はい。母のことは何も覚えておりませぬが、乳母の良くしてくれたことは覚えているのでござる」

「ふむ――――」


 彼の心に突き刺さる一言であった。

 必死に平静を装ってはいるが、彼女の『何も覚えていない』という言葉に、否応なく衝撃を受けていた。


 それを察したのか、セイカが苦笑いを浮かべて言う。


「お気にされずとも良いでござるよ。母は流浪の民だったと聞いております。それでも拙者を生むときは、掟を破ってまで父と居たそうでござる」

「そうか……」

「まあ、母は尊敬しておりますが、父はどうでも良かったでござるな」

「――――げほっ!」

「ど、どうかしたのでござるか?」

「気にするな、何でも無いぞ。むしろ気にしないでくれ」


 ウィードは今の今まで、彼女が皇帝の目前で父親を倒して放逐されていることを、さっぱり忘れていたのだった。

 武門で言えば、当主に恥をかかせたことで処刑も有り得る所を、放逐で済ませているのが親心とも見えなくはない。


 実際の心情はわからないが、セイカの親子関係が拗れていることだけは理解するウィードだった。

 彼が言葉を選んでいると、村が見えるあと一歩という所で彼女の雰囲気が変わった。


 穏やかな空気が消え、周囲が張りつめている。

 鼻の奥にこびりつく様な、生臭い血の臭いを思い出した。


「師匠」

「……ああ、気に入らないな」


 二人が遠間から見た景色は、血に濡れた魔族の亡骸であった。


 村の中心にある物見櫓の中ほどに、切り刻まれたロルフの残骸が吊るされている。

 その遺体からは、魔玉が綺麗に刳り貫かれていた。


「あれは――――」


 セイカが眼を細めて呟く。


 血に濡れた物見櫓の足元に、大きな木箱を背負った青年がいた。

 二人に気付いているようで、視線を動かさずに見つめてくる。


 ウィードは、風呂敷に包まれたまま言った。


「さて、とりあず話でも聞いてみようか」

「よろしいのでござるか?」

「まあ、殺気が感じられないしな。いざとなったら俺が出るから、このまま向かってくれ」


 剣気を留めきれてないセイカの機嫌を慮りつつ、むしろ彼女の態度で相手の反応を伺おうと考えたウィードだった。

 彼女が距離を淡々と詰めて行くが、青年に動く気配はなかった。


 セイカが近づくにつれて、青年のやる気のなさそうな表情が露わになる。

 声をかけられる間合いに入った途端、青年が言う。


「……おい、俺がやったんじゃねーからな」

「では、ここで何をしているでござるか」


 鋭い目つきを隠さず、セイカが詰問した。

 それでも青年は動じないどころか、面倒臭そうに吐き捨てる。


「人を待ってんだよ。だりぃなぁ、だからこんなとこで待ってたくなかったんだよ」


 青年がぶつぶつと、ここにはいない誰かに向かって愚痴を呟く。

 それに業を煮やしたのか、セイカが剣気を強めて青年を煽った。


「あのぶらさがっているのは、拙者の顔見知りでござる。事情を聞かせてもらおう」

「……マジか。あんにゃろう、俺を餌にしやがったな。あー、もう面倒くせぇなぁ!」


 青年が叫び、上半身を投げ出すように手を伸ばして、筋肉を弛緩させた。

 そして、俯いていた顔を上げた。


 彼の表情が、戦う者のそれに変わっていた。


「おい、女剣士。あんまり気は進まねぇが話を聞かせろ。今ならまだ、お話だけで終わらせてやるからよ」

「ふん、苛立たしいのはお主だけではないでござる。師匠が止めていなければ、お主など相手にしておらぬ」


 そこまでセイカが言ったところで、青年の態度が一変した。

 彼が噴き出したのだ。


「あ? 何だよ、そんな偉そうなこと言っといて、師匠ってか? おむつも取れてねぇ嬢ちゃんは素直に質問に答えてろ。あと、こんなところに女を来させる手前の師匠に言っとけよ。漢じゃねぇーってな」

「――――」


 セイカから表情が抜け落ちた。

 伺い様によっては微笑んでいるようにも感じられるが、彼女の腹の奥底は煮えくり返っていた。


「お主、師匠を――――拙者の師匠を虚仮にしたでござるな」

「ああ、悪ぃ悪ぃ、ホントのこと言われて怒ったか?」

「その口、余程いらぬと見える」


 風が鳴った。

 鯉口を切る音と、白刃が煌く瞬間が同時に感じられた。


 それでも彼女の持つ刀に、一点の曇りも無かった。


 遅れて、金属の重なる音がする。

 飛び退いて斬撃を避けた青年が、大きな木箱を背負ったまま着地した時の音だった。


「…………」


 セイカの眉が顰められる。

 狙いを告げたとは言え、重い木箱を背負っていながら彼女の斬撃を避ける跳躍力は只者ではない。


 その青年が、嫌そうな顔をしていた。


「あー、面倒くせぇ。だりぃ。やってらんねぇ。だがまあ、そこそこやるじゃねぇか、女剣士」


 彼が自分で背負っている木箱を、後ろ手で叩いた。

 すると、木箱の側面が割れて、片手剣が飛び出してきた。


 それを手に取り、構える青年である。


「手前の身が削り落ちて無くなる前に、俺の質問に答えてくれよ」

「減らず口だけは達者でござるな」


 セイカが刀を持ったまま、自然体で対峙した。

 散歩でもするように無警戒な歩みで、青年との間合いを詰めていく。


 彼が口元を曲げる。

 おおよそ達人とは程遠い動きで片手剣を振るってきた。


 先程の動きとの違いに面喰うセイカであったが、ならば遠慮なくと片手剣を切り落とそうとして――――後ろに飛び退いた。


 その瞬間、青年の片手剣が輝くほどに燃え上がった。


 魔導具であることに違いない。

 ただし、その素性を考え得るに、ここにあってはいけないものだった。


 過去にその剣が成した偉業は、魔王国を焼き、堅牢無比な黒竜の鱗を裂いたことである。

 その名を《守護の炎剣》と呼ぶ。


「なんつぅ勘してやがんだ、手前」


 青年が嫌味を言いながら、燃え盛る剣を投げ捨てた。

 炎剣は地面で焼け焦げながら、炎の勢いを弱めて溶け落ちる。


「まあ、オリジナルには敵わねぇらしいが、一瞬だけなら何でも切れる模造品だ。その刀で防げるもんじゃねぇぞ」


 青年が再び木箱を叩いて、片手剣を取り出した。

 それを繰り返して無数の剣を地面に差し、両手にも片手剣を持つ。


 彼の背負う木箱の容量を考えると、まだ無数に《偽・炎剣》が納められているのは間違いない。


「さぁて、火遊びでもしようじゃねぇか。俺は剣士じゃねぇ、戦争屋だからよ。火力で勝負だ」


 青年が、不敵に笑う。

 持っていた片手剣を振りかぶって、投げた。


 炎の刃が回転しながら飛来する。

 それも、間断を挟まない程に投げつけてきた。


 刀で打ち払うことも受けることも出来ない炎の波が、セイカの身に迫る。


「――――この程度」


 熱気が肌を焼くほどの至近を通り過ぎる《偽・炎剣》であったが、刹那の隙間を縫う様に避けていくセイカだった。


 間合いを縮めようとして彼女が前に出る。

 すると、飛んでくる《偽・炎剣》同士が衝突して砕け、散弾となった。


 一つ一つは小さな炎の塊だが、まともに浴びれば火達磨になりかねない。

 着物を脱ぎ棄てればどうにかなるかもしれないが、その逃げ方では、背負っている風呂敷まで燃えてしまう。


 そこで彼女が選んだのは、背負っていた風呂敷を遠くに投げ捨てることだった。


 風呂敷の荷物を見捨てれば、散弾から逃れられるかもしれない。

 しかし、セイカは我が身より師を選んだ。


 炎の散弾に貫かれた布が、宙を舞う――――。

 焦げた臭いが、周囲に漂った。


 青年が、頬を歪めて、その光景を見つめていた。


「なんだ――――そりゃあ」


「いやなに、弟子の戦いに師匠が顔を出すのもどうかと思って黙ってたけどな。俺が足を引っ張ってちゃ意味が無いだろ。それに『戦争』となれば話は別だ。なあ、戦争屋くん」


 地面に海藻が立っている。


 その広げた葉から、砕けた《偽・炎剣》の残骸が落ちた。

 本来なら頑丈な鎧をも貫く散弾が、海藻の葉に防がれていた。


 しかも、女剣士の師匠を名乗っている。


「……はあ?」


 青年がもう一度、疑問を呟くのも無理は無かった。

 ウィードのことを生物だと認識するのに、もうしばらくだけ時間を必要としたのだった。



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