師弟
小鳥のさえずりが聞こえてくるほど穏やかな晴天の元で、女エルフ剣士が土下座していた。
若く美しい娘が、陸上で揺らめく海藻に向かって土下座しているという、摩訶不思議な光景がそこにあった。
動けないと言っていた割には、ウィードの葉を食べたおかげか、顔の色つやも良かった。
「とにかく、その恰好をやめようか」
キシマとミウミの視線を受けながら、ウィードは土下座しているセイカを静かに助け起こした。
口を引き結んで言葉を待つセイカに、呆れた声で言う。
「俺が弟子を取ると思うか? 海藻なのに」
妖精皇国と多少の文化は違うかもしれないが、彼も徒弟制度くらいは知っている。
これが武術になると、武門に入るということだ。
師弟となれば、確かに武門の庇護はあるかもしれないが、武門のために命を捨てなければならないこともある。
彼女も武門の一員だったならば、師弟の重さは承知しているはずであった。
しかし、セイカの目に迷いは無かった。
「承知しているでござる。しかし、この機を逃せば他にありませぬ。拙者、元より富嶽一刀流より除籍の身にて、士官の口を探していた途中なのでござる。その際にカラハギ殿へ客分となった所存」
「えっと、色々と疑問はあるんだが、君は流派を除籍になっているのか?」
「はい! 師範代――――まあ拙者の父でござるが、天覧試合で叩きのめしてしまったでござる」
「誰が?」
「拙者でござる」
当然のことを伝える様子のセイカに対し、ウィードは空を仰いだ。
彼女の行動指針からして、自分の父親を完膚なきまでに叩きのめしたことは疑いようも無い。
ただ、彼も娘を持つ父親として、もう一度聞かずにはいられなかった。
「……あー、つまり、自分の流派の偉い人を、有名な大会で負かしたのか」
「はあ、それでも殺してはいないでござる。まあ皇帝陛下の御前であのような失態をしておれば、剣士としては終わったも同然でござる。ただ、流石にこれでは流派の面目が立たぬということで、爺様から除籍を言い渡されましてな。流派を勝手に名乗るのは許されましたが、家は追い出されたのでござる」
そりゃそうだろうなぁ、と嘆息するウィードであった。
むしろ、除籍と放逐程度の処分で落ち着いたことに、セイカが感謝すべき事案だ。
まかり間違えば、一門の敵として、富嶽一刀流門派が討伐に乗り出しかねない。
ウィードの考えがそこまで及んだところで、彼は我に返った。
「なあ、それって君を弟子にすると、もれなく富嶽一刀流を敵に回すってことだよな?」
「ああ、心配御無用でござる。私より強いといえば爺様くらいしかおりませぬし、拙者と師匠の二人掛かりならば、楽勝であります」
「勝てる勝てないの話じゃない。俺はこの国で敵を作りたくないんだよ。あと、師匠になった覚えはないぞ」
「これはしたり。ならば師匠、拙者がちょっと故郷に帰って富嶽の名を唯一無二にしてくれば、弟子入りが叶うと?」
「何もわかってないようだけど、何をする気だ」
嫌な予感を覚えつつ、ウィードは問うた。
今までの言動から考えると、碌でもないことに違いは無い。
セイカが満面の笑みで応える。
「とりあえず、富嶽一刀流の免状持ちの首を獲るでござる。爺様は、まあ、寿命を待つのが賢明でござる。それでは、しっかと使命を果たしてくるでござるよ」
「やめろよ! なに物騒なこと言ってんだよ!」
彼は立ち上がろうとするセイカを押さえつけ、どうどう、と言いながら落ち着かせた。
いきなり流派の幹部を討ち取る計画を聞かされ、落ち着いていられなかった。
この狂剣士ならやりかねない、と本気で考えさせられてしまうからだ。
ウィードの隣で話を聞いていたミウミが、彼に耳打ちした。
「あのぅ、富嶽一刀流って、凄く有名な剣士集団だよ? 正直、巻き添えは御免かなぁ」
彼女の言葉を聞いて、葉を引きつらせるウィードだった。
このままセイカを野に放っては、事実はどうあれ、富嶽一刀流壊滅の切っ掛けを作ったのがウィードということになってしまう。
しかし、当の本人が能天気そうに言った。
「そんな大したものではござらん。剣ではなく、座敷で語らって強さは計れぬ。皇帝陛下に認められたとはいえ、他流試合を断るとは言語道断!」
「それは、技の流出を防ぐということではないかのう?」
キシマが口を挟んだ。
巻き込まれてはたまらない、という感情が彼にも伺える。
ウィードも同意するが、セイカに通用する筈が無かった。
「対策を練られたくらいで負けるような剣技など、その程度でござろう」
「皆が、君みたいに強いわけじゃないんだぞ」
「それはそうでござる。それならば拙者も家を追い出されておらぬよ」
「剣だけで何でも計れると思うな、と言ってんだけどな」
頑迷なセイカに対し、少し説教をしたくなるウィードである。
対する彼女の対応は、手を打ちつけるほどに明快だった。
「それでござる。爺様にも言われましたが、拙者にはわからぬのでござる。是非、ご教授くだされ。拙者を負かしたウィード殿であれば、何でも言うことを聞きまする」
「俺は弟子なんか取ってる暇無いんだけど」
「ならば、切腹いたす。介錯を願いしまする。このまま引き下がるは拙者の恥でござる」
いきなり上着を脱ぎ始め、さらしを巻いた姿を現す。
更には己の愛刀を抜き、刀身を握って腹に向けた。
ウィードは葉を蠢かした。
「え、何で聞き分けのいいふりして、俺を脅迫してるんだ?」
「それは、師匠が拙者を弟子にしてくれないからでござる」
「いやもう何言ってるんだ」
取りあえず彼女を気絶させて逃げようかと思ったところで、キシマに声をかけられた。
「のう。ここは一先ず、弟子にしたら良いのではないか?」
「えぇ……」
ウィードは嫌そうな声で反論しようとしたが、キシマに引っ張られる。
会話が届かないくらいにセイカから離れた所へ連れて行かれ、潜めた声で告げられた。
「セイカ殿には適当なところで、もう教えることは無い、とか言えばいいじゃろ。そちらの問題が片付かねば、儂らもどうしていいか分からんでな」
「むうぅ」
確かにキシマから言われた通り、この村の問題を解決しなければウィードも寝覚めが悪い。
優先順位はそちらが上だ。
それでも、セイカがそんな言葉だけで諦めるとは思えない。
悩んでいるウィードに、いつの間にか近寄って来ていたミウミが小さな声で言った。
「でも、ウィードは妖精皇国で魔導具探しをするんでしょう? 旅をするなら、エルフが居た方が便利だよ」
「――――ふむ」
確かに旅の助けになってくれるかもしれないな、と考えるウィードであった。
海藻よりは、エルフの方が確実に動きやすいと言えるだろう。
ウィードのヴァレリア王国帰還を協力してもらう代わりに、剣の研鑽を手助けするのなら、良い取引に思われた。
しかし、それでも即座に頷けなかったのは、ウィードの直感が働いたからだ。
彼の変人に対する直感は、経験によって磨かれ過ぎていた。
「でもなぁ」
直感の件を差し引いても、ヴァレリア王国へ辿り着く時間が短くなるのであれば、飲み込めないことでは無い。
ウィードが意識をセイカに向けると、彼女がそれを感じ取ったようにこちらを向いた。
「話は終わったのでござろうか?」
「便利といえば便利、なのか?」
セイカの反応は早かった。
僅かな身じろぎだけで、ウィードの意思を察知する達人なのは間違いない。
真剣勝負を行なって、少しの情が湧いたのも事実である。
大きな溜息を吐いたウィードは、セイカに近づいていった。
彼女の手に握る刀を優しく取り上げ、手のひらの傷に海藻の粘液を擦りつけた。
「こ、これは何でござるか」
戦慄するセイカが、ねばつく粘液に怖気付いていた。
「多分、治りそうな気がするからつけておいただけだ。気持ち悪かったら拭き取ればいいさ」
「んむ?」
既にセイカが、粘液を食べていた。
「誰が食べていいと言った」
「いやあ、師匠の葉ほど美味なるものはなかったもので、つい食べてしまったでござる。そして、これも中々の美味でござるぞ。お代わりはあるのでござろうか」
「お代わりは無い。あと、口が汚れてるぞ」
「これは失敬――――っと、血が止まっているでござる」
彼女が口元を手で拭こうとして、手の異変に気付いた。
刀を握りしめて骨まで見えそうだった手の傷が、もう癒着していた。
「……まったく、何をやってるんだか」
嘆息するしかなかったウィードは、取り上げていた刀を鞘に戻して、彼女に返した。
傷の深さを考えると、彼女の本気が垣間見える。
先行き不安だが、せめて切腹するのだけは止めさせよう、と考えるのであった。
「何をしてやれるかわからないけど、しばらくの間なら君の修行に付き合おう。俺にも目的があって旅をするつもりだが、構わないか?」
「拙者を弟子にして頂けるのであれば、何も問題はありませぬ」
「まあ君が構わないなら、それでいいけど」
「委細承知の上でござる」
セイカが刀を持って立ち上がった。
肌蹴ていた上着を羽織り直し、帯を強く締める。
そして、刀を縦に持ってウィードの前に差出した。
柄を持って僅かに刀を抜き、再び納刀して鍔鳴りを響かせる。
ウィードは葉を傾げた。
「何やってんだ?」
「金打という、誓いの儀式でござるよ。師匠は気にされずともよいでしょう。……さて、それでは拙者、カラハギ殿に別れの挨拶をして来るでござる」
「ちょっと待て」
早駆けしようとするセイカの肩を、伸ばした葉で掴んだ。
本気で何もわかっていなさそうな彼女の顔を見て、ウィードは別の葉を使って指し示した。
そこには、全身の関節を外されて気絶しているロルフがいた。
合点がいき、笑うセイカである。
「いやはや、流石は師匠! そのために生かしておいたのですな? では、ついでにこやつの首を届けてくるでござる。鮮度が良いと、カラハギ殿も驚くことでしょう」
「待て待て待て、俺が驚いたぞ!」
即座に首を刎ねようとする彼女を、再び止めた。
葉で彼女の両肩を押さえつけ、正座させる。
「はて? 拙者、何か心得違いをしていたのでござるか」
「あのな、状況をよく考えろ。そこのロルフはカラハギの手下だろ。そいつの首を持って行ったら、確実に殺し合いだぞ」
「ふっ、負ける気は無いでござる」
「ふっ、じゃないだろうが。そうなれば、キシマさんとミウミはどうなる」
「あー、そうだったでござるな?」
「どうして疑問形なんだよ。わかってないだろ。何でも斬って済む問題じゃないんだ」
「師匠ほどの方が、恐れるほどの相手でも無いと思うのでござる」
「俺より強い奴は多いぞ。あと、知恵者を侮るなよ」
ウィードはそう言って、ロルフが落としていた嘆願書を拾い上げた。
全てが筆跡の違う直筆で、村長でさえ認めたものだった。
「これが本物だとするなら、作らせた奴が必ずいる。村人全員に言うことを聞かせられるってことだ。それと、ざっとこの村の気配を探ってみたがな、俺たち以外、一人残さずいなくなってるぞ。恐らく、俺たちが騒ぎを起こす前から準備していたんだろうな」
「むぅ? ……あ、本当でござる」
セイカが耳を澄ませたかと思うと、即座に頷くのだった。
この若さで彼女の気配探知がウィードに迫るなど、才能だけは度を越している。
「どういうことなんじゃ?」
落ち着かない様子で、キシマが尋ねてきた。
村人全員が失踪したなどという荒唐無稽な事態に、居ても立っても居られないのだろう。
ウィードは葉を広げなから言う。
「まあ、落ち着いてくれ。これほどの手練れなら、連れ去るより殺す方が簡単だ。だから、連れ去るだけの理由があったんだろ。それより、これからどうするかだな。村にいても、狙われるだけだ。落ち着けるところで、今後の対策を考えた方がいいんじゃないのか?」
「そうじゃのう」
キシマが頷いて、村長屋敷を見上げた。
湧き上がる感慨を胸に収めて息を吐くと、ミウミに言った。
「家を出る支度をするぞい。ここから先の町に、知り合いがやっておる旅籠がある。そこで厄介になろうて」
「ウチの漁船はどうするの?」
「そのままでええわい。まずは儂らの命よ。何を失っても、命さえあればやり直せもするじゃろうて」
キシマがウィードに笑いかけた。
彼は葉の裏を掻きながら応える。
「そうだなぁ」
曖昧な頷きを返して、海藻は遠くを眺める仕草を見せた。
彼自身、復活したまでは良かったものの、ここまで波乱万丈になるとは考えてもいなかった。
それでも、やり直せないよりはましか、と納得したのだった。




