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騎士になりました  作者: 比呂
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指南


 寝起きのセイカと起こした騒ぎが収まった末に、その場にいた全員で朝食を取ることになった。

 騒ぎの間も寝ていたミウミを起こし、布団を片付ける。


 そこへトウシが一人で膳を運んでくると、ミウミもそれを手伝って準備が整った。

 各々の前に膳が置かれ、上座にウィードとキシマが座り、それからセイカやミウミが並んでいる。


 その場にいる全員が手を止めて、ウィードを見ていた。


 彼自身は、目の前にある膳を見て困惑していた。

 茶碗に盛られた白米や、脂の乗った焼魚などは、とても美味しそうに見えていた。


 しかし、海藻がどうやって食事をするというのか、見当もつかなかった。


「……うん。俺のことはいいから、先に食べてくれないか?」

「それもそうじゃな。では、召し上がってくだされ」


 キシマの一言で、朝食が始まった。


 ただウィードだけが、膳と睨みあっている。

 誰もが朝食を取りながら、静かに彼の動向を見守っていた。


 それに気づかないウィードでも無いので、緊張の中、そっと根を持ち上げた。

 海藻といっても、生態は植物に違いない。


 ならば根で栄養を取るのが一般的だろうという、彼の思惑だった。


 海藻の根が、焼き魚の上に置かれた。


「――――」


 一同が息を止める。


 しばらくして、ウィードは根を離した。

 特に腹と言うべきものが満たされてはおらず、根に魚の脂が付着しただけだった。


「……駄目か」


 何故か周囲で溜息が漏れた。


 いつの間にか朝食を食べ終えていたミウミが、緑茶の入った湯呑を持ってきてウィードに差し出した。

 葉で湯呑を受け取りながら、礼を言う。


「すまんな」

「ああ、うん、それは別にいいんだけどね」


 含みを残す言い方に、彼が葉を傾げる。

 意を決したのか、眉を寄せたミウミが聞いてきた。


「ウィードって、どこで喋ってるの?」

「それは……ああ、そういうことか」


 ミウミの言いたかったことを理解した彼は、全身の感覚に集中した。


 声を出すということは、発声する器官があるということだ。

 そこに口があるのではないか、という発想だった。


 植物が喋るなど、あまり考えられないことだが、実際に喋れているので仕方がない。


 どういう構造をしているんだ、とジゼルに文句を言いたい気分で口の場所を意識すると、すぐに判明した。


「あ、これか」


 全ての葉の根元にある茎の最上部に、声を出している穴があった。


 果たしてそこで食事しても良いものか、という不安が過るが、何事も経験だと自分に言い聞かせて、お茶を垂らした。


「……お、緑茶の味がする」


 味覚まで感じられることに喜びを覚えたウィードは、葉で箸を掴んで食事を始める。

 海藻が器用に箸を使って魚の身をより分ける光景は、異様と言うより他なかった。


 その場の全員が、自分たちの食事も忘れて唖然としていた。


 いち早く我に返ったセイカだけ、溜息と共に言う。


「魔物のくせに、魚の味が分かるのでござるか。次は人族を喰らう、などと言うつもりでは無かろうな」


 新芽の生まれる辺りにある穴へ次々と食材を放り込む海藻の様子から、彼女が危機感を抱くのも無理は無い。


 口の中に広がる魚の旨味に感慨を覚えながら、ウィードは指摘しておく。


「言っておくが、俺は人族を食べるつもりもないからな。魔族も食べないぞ」


 そう言うと、明らかに一同が安心していた。

 セイカも、ふん、と息を吐いて横を向く。


「怪しいものでござるな」

「別に好きなだけ怪しんでくれて構わないぞ。俺はこの村から出て行くから、心配するな」


 ワカメの入った味噌汁を飲みながら彼が告げると、セイカが急に立ち上がった。

 拳を震わせて、彼女が叫ぶ。


「何と、逃げる気でござるか!」

「まあな。この村は君が守ってくれるようだし、騒ぎの元である俺が長居しても仕方ないだろう」

「それはならぬ! この村を守るには、お主の亡骸が必要でござる!」

「だから、そこらの海藻を持って行ったって構わんだろ」

「否! 断じて否でござる! 拙者、カラハギ殿には恩義があるのでな。見過ごすわけにもいかぬ」

「そうか。君が真面目なのはよくわかった。けどな、カラハギとやらがこの村を潰そうとしていることに、疑問は無いのか」


 ウィードの指摘には何かを思っていたようで、先程までの勢いが無くなっていた


「……それは後日、お目通りしてから聞くでござる」

「なるほど、君も疑問には思っているって訳だな。まあ、俺の思い過ごしならそれで――――と、全員、動くなよ」


 味噌汁を飲み終えたウィードが、葉を部屋の外に向けた。

 ミウミとキシマが顔を見合わせる中、セイカが遅ればせながら気づく。


 そのときにはもう、遅きに失していた。


 窓の外から、拳の大きさはあろうかという石塊が飛来する。

 それも、一つでは無く、波濤を思わせるほどの数だった。


 無数の礫が村長の屋敷に降り注ぎ、建物を削り取った。


 噴煙が立ち上り、その中からウィードが姿を現わす。

 広がっていた海藻の葉から、飛来した礫が無数に落ちた。


 ウィードの背後には、無傷のミウミたちがいた。

 飛来する全ての石礫を、その葉で受け止めていたのだった。


 刀を構えていたセイカが、悔恨の念を叩きつけるようにして言う。


「お主、拙者まで守ったな?」

「ミウミとキシマさんを守るついでだけどな。君だけ石礫が飛んで行くように守る方が面倒だっただけだ。君が自分の身は守れることくらい知っているから、恩に感じなくてもいいぞ」

「そう言う事では無いでござる!」


 彼女の刀を握りしめる手に力が込められていた。


 あの豪雨のような石礫を斬り飛ばす実力は、セイカも持っている。

 彼女単独であれば、難なく切り抜けられただろう。


 しかし、今回は判断が遅かったために、ミウミとキシマを守るまでには至らなかった。


 そのことを悔いている上に、目の仇にしていたウィードから庇われて、彼女の感情が尋常でいられる訳が無い。


「拙者は、二人を――――」

「守りたかったんだろう? それは分かる」


 ウィードは精一杯に笑顔となって言ったつもりだったが、葉がくねくねしただけだった。

 伝わらんだろうなぁ、と思いつつ、彼は石礫の飛んで来た方を向いた。


 セイカへ葉の裏を見せながら語る。


「力不足は大いに嘆いていい。そうありたいと願うことが、君の目指すべきものだ。目標へ辿り着くまで、誰かの手を借りるのも良いだろう。俺も一人じゃ、ここまで来れなかったからな」


 彼は屋敷から外へ飛び出し、石礫の散乱した庭へ着地する。

 そこへ垣根を蹴破って現れたのが、魔族――――ロルフ・トンベックだった。


 砕かれたはずの顎は元通りになっていて、手には大ぶりな金槌を持っている。


「がはははははっ、このクソワカメ! 瓦礫にすり潰されていい気味じゃねぇ……か」

「何と言うか、ここまで予想通りに反省してないと、魔族って感じを思い出すなぁ。懐かしむほど時間が経ってなければいいんだが」


 無防備に根っこを動かして歩くウィードだった。

 それを見て愕然とするロルフだが、頬を歪めながら金槌を振り上げた。


「て、てめぇ! 動くな! この魔導具で粉々にしてやろうか!」

「やってみろ。魔導具に頼ってる時点で、まともに相手をする気が失せたよ。魔族が自分の《魔玉》に誇りを持てなくなったらおしまいだとは、考えなかったのか」

「うるせぇ! 勝てりゃあいいんだよ! 負けて死んだら意味がねぇ!」

「……ん?」


 ロルフの目に、ウィードへ対する恐怖以外のものが混ざっていることに気付いた。

 顎が治っていることや、妙な魔導具を持っていることを考えると、カラハギの持つ影響力が透けて見える。


 末端のロルフにさえ魔導具を貸し与える資金力は、豪族の域を超えていた。

 それに加え、この場にロルフだけしかいないのも偶然ではないと考えるべきだった。


「ふん、誰の入れ知恵かは知らないが、あまり非道なことをすると俺も黙ってはいられないからな」

「何を言ってやがる……」


 ロルフがウィードの言葉を聞いて、視線を泳がせながら一歩下がった。

 これだけで確信に近いものを得たウィードだが、それにしてはロルフの態度が気になっていた。


 彼は、腰があったと思しき辺りに葉を添えながら言う。


「一晩の時間があったんだ。この村を焼き払えるだけの戦力は集められただろ。それに、大義名分である君の傷を治して、魔導具まで貸し与えられてるんだろう? 他に思惑があると言っているようなものじゃないか」

「ちっ――――魔物の癖にいい勘してやがる。こりゃあ確かに、カラハギ様の言う通りになって来たぜ」


 そう吐き捨ててから、ウィードの背後に向かって叫ぶ。


「おい、セイカ・コウゲツ! カラハギ様から言伝を預かってあるんだがなぁ! 今更だが聞いとけよぉ。カラハギ様は、俺と協力してそこの魔物を退治する願いを出されてるぜぇ! 客分であるてめぇに強制は出来ねぇが、恩赦のことを忘れたわけじゃあるまい!」

「……ぐぬぅ」


 セイカが口を曲げて黙り込んでしまった。

 ウィードは葉を傾げて、離れているミウミに声をかけた。


「なあ、恩赦とか言ってたが、あいつ何やらかしたんだ?」

「えっと……」


 ミウミが遣うような眼差しをセイカへ向けたが、意を決したようだった。


「食い逃げ、かな」

「くうっ!」


 セイカが苦悶の表情を浮かべて、膝をついた。

 そして、暗い声で呟き始める。


「違うのでござる……あれは確かに、無賃で良いから食べていけと言われたでござる。食べた後で金を払えと言われても、拙者、持ち合わせがこれっぽっちも無かったのでござる」

「ああ――――」


 騙されたんだな、とウィードは納得した。

 素直なセイカの性格を見抜いて、あくどい料理屋が腰の刀でも取り上げようとしたのだろう、と簡単に予想がついた。


 それに気付いていない様子のセイカが、すっくと立ち上がった。


「無念と言えば無念でござる。しかし、拙者の罪を無くし、住居と職を与えてくれたカラハギ殿には恩義がある。ウィード殿、神妙にせよ」

「殿、ねぇ」


 ウィードは自分の名前が呼ばれたことの意味を、間違えなかった。

 今までの争いとは違い、刺し違えてでも命の獲り合いをする、という気迫が込められていた。


 セイカの剣気に、ロルフが笑う。


「へ、いいじゃねぇか。助太刀するぜぇ」

「お主は邪魔だから、何処かに行っているでござる。先刻、その魔導具を使って拙者ごとミウミ殿たちを巻き込もうとしたこと、忘れておらぬ」

「ああん? てめぇが居たとは知らなかったぜ。それにな、そいつらはもう、お尋ね者だ。村の総意を捻じ曲げて御上に伝えたってなぁ。ここに訴状もあるぜぇ」


 ロルフが着流しの懐から、一枚の紙を取り出して見せた。

 そこには、村人たちの署名がされており、正式なものとして認められるだけのものがあった。


「何じゃと! それは――――」


 キシマが訴状を穴が開くほど睨みつけるが、確かに村人全員の名前が書かれてあった。

 これは、村人たちから見捨てられたと考えて間違いない。


 むしろ、生贄の如く差し出されたと考えても過言では無かった。


「馬鹿な、あやつらが、こんなものを……」


 得意げなロルフが追い打ちをかける。


「はっ、ジジイ! 孫可愛さに村を捨てたてめぇが、何を言うことがあるってんだ」

「捨ててなどおらんわい! 孫を犠牲に村を治めたとて、それで良いわけが無かろう! そのような事自体が間違っておる!」

「ああそうかい、だが、村人たちはそう思わなかったみたいだぜぇ」

「くぅっ、馬鹿者どもめ! ここで言いなりになってはならんと、何故わからなんだ!」


 キシマの叫びが、無残にも響いて消えていった。

 嘲笑うロルフと、口を引き結ぶセイカの姿があった。


 ウィードは、葉を鞭のようにしならせ、地面を叩いた。

 滴を打ったときと同じ静寂が流れ、透き通った海藻の声が反響した。


「キシマさん。今からでも遅くないから、こいつら半殺しにしよう」

「何を言ってやが――――あがっ?」


 怒鳴ろうとしたロルフの顎が外れた。

 ウィードの攻撃を、その場にいる誰もが知覚出来ていなかった。


「あが、ががががががっ」


 ロルフの身体が、溶け落ちるように崩れた。

 全身の関節を外された激痛の中、言葉にならない言葉を発するより他に、ロルフに許されていることは無かった。


 ウィードはセイカに向き直る。


「さて、戦うとしようか。今度こそ手は抜かないさ。俺はこの二人を守るぞ。君はどうする?」

「それは……」


 セイカが、キシマとミウミの真摯な視線を受けて怯んだ。

 無力な老人と娘子の視線に、彼女の心が射抜かれていた。


 ウィードは彼女に向かって歩いて行く。


「カラハギへの恩義が深ければ、俺は何も言わないつもりだけどな。……君が本当に願うことは何だ。何の意義も無ければ、その刀も捨ててしまえ。強いということは、刀を持つことじゃない」


 セイカの背中が震える。

 ウィードは、軽く息を抜いた。


「だけどな。それでも刀を持ちたいというのなら、君は刀で何をするつもりだったのかな?」

「拙者がしたかったこと……」


 彼女の震えが止まった。

 生まれて初めて見たように、己の手を見つめていた。


 そこには、彼女なりの歴史が刻まれているのだろう。

 セイカが手を握りしめて、拳を作った。


「お頼み申す。決闘を受けてくだされ。その後に拙者が生きておれば、もう迷いませぬ」

「いいぞ」


 ウィードは初めからそのつもりであったと言わんばかりに、簡単に引き受けた。

 それを虚勢と見ることも無く、セイカが会釈する。


「感謝を申し上げる。全身全霊、拙者の持てる全てをご覧進ぜよう」


 彼女が微笑むと、両足を肩幅に開き、両手を大きく横に広げた。

 その所作には、隙が無かった。


 ゆっくり動いているように見えるが、その実、内包している気力が凄まじい。


 ――――柏手(かしわで)が打たれる。


 それだけで、静寂と清浄さが生まれ出た。

 何処も見つめていないセイカの瞳が、逆に全てを捉えていた。

 

 全身の関節を同時に動かし、合わせた手を振るった。


「富嶽一刀流奥伝――――無刀斬り」


 虫さえ鳴くことを忘れた空気の中、はらりと一葉が落ちた。

 どこかで見たことのある形をしていたと思えば、ウィードの葉だった。


 切り口は鋭利にして、傷口自体が、斬られたことにも気づいていない。

 そもそも、斬られたという事実が後から追い付いてきたことを、ウィードは感じさせられた。


 人間の知覚を超えた剣技を何度も経験したウィードでさえ、自身が何の抵抗も無く、むしろ自ら斬られにいったと思しき剣技は、初めてだった。


 まさに剣の極致、技の極北といった有り様だった。


 ただ、ウィードに幸いしたのが、セイカが未熟であった所為と、念のために仕込んでおいた『粘液』だった。


 食事で水分とワカメを摂取しておいたウィードは、自前の粘液を作り出せた。

 それを全身くまなく分泌しておいたので、一枚目の葉で剣筋が鈍ってしまい、二の太刀を封じることが出来ていた。


「まったく、末恐ろしい剣士だな」


 ウィードはセイカのことを賞賛しつつ、自分の葉を拾い上げて彼女に歩み寄る。

 当のセイカが、苦笑いを浮かべながら後ろに倒れた。


「――――はあ、もう動けないでござる。拙者の負けでよい。何なりとして欲しい。首級(しるし)も欲しくば差し上げよう」

「そんな趣味は無い。これでも食べて回復してろ」

「ぐもぅ!」


 彼がセイカの口に、斬られた自分の葉を押し込んだ。

 眼を白黒させていた彼女だったが、その滋味を舌で味わった瞬間に、恍惚とした表情を浮かべた。


 確かなぷりっ、とした歯ごたえに、舌の奥を蹂躙するほどの旨味が溢れ出た。

 濃厚な粘りが喉を通り、胃でさえその味を感じられる。


 挙句の果てには涙さえ流し、ウィードの葉を堪能していた。

 咀嚼し、最後の葉を嚥下したセイカが、ふはぁ、と艶やかな息を吐く。


「う、うう、拙者、こんなに美味なるものを食したのは生まれて初めてでござるっ!」

「……何か、そこまで喜ばれると怖いな」


 葉をうねうねさせて、セイカから距離を取るウィードだった。

 ジゼルが喜んで食べていたからそれなりに味は良いと考えていたが、ここまでとは思っていなかった。


 そして、相変わらず斬られた葉に痛みは無く、頑張れば何となく生え変わりそうな気もしていた。

しかし己への戒めに、少しの間だけそのままにしておくことを決めた。


 理由はセイカを侮っていたことが半分と、あまり早い再生を見せると遠慮なく葉を食われそうな気がしたからだった。


 仰向けに寝転がって涙を流していたセイカが、会心の笑みを浮かべた。


「――――拙者、決めたでござる。ウィード殿に弟子入りしまする!」

「――――え」


 何か慰めの言葉でもかけようとしていたウィードは、予想外の反撃に言葉を失った。

 新芽の辺りにある口を開いたまま、葉が風に揺れていた。


 眼を綺羅星のごとく輝かせるセイカに、その場の誰も、何も言えなかった。



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