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騎士になりました  作者: 比呂
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天賦

 空が赤く焼け、遠くの山に太陽がかかる。

 虫の鳴き声が大きく聞こえ始めた頃、ウィードは畳の上にいた。


「……やっちゃったなぁ。俺もまだまだ修行が足りない」


 彼はそう呟きながら、腕立て伏せを行っていた。

 果たして葉を折り曲げて意味があるのかどうかわからないが、暇なので続けている。


 それもこれも、村長の屋敷で軟禁されているからだ。


 厄介ごとに自分から突撃していったとはいえ、この漁村に迷惑をかけているのは事実だった。

 故に、村長の家から逃げ出せもせず、甘んじて沙汰を待つ身である。


「あのまま追いかけて、全員半殺しにしとけばよかったかな」

「あんまり物騒なこと言わないでよ。お爺ちゃんがまた寝込むでしょ」


 部屋の隅で正座しながら、ミウミが言う。

 どうやら魔物を拾って来た責任で相手を任されているらしいが、まだウィードに対する恐怖が抜け切れていないようだった。


「よっと」

「きゃあっ!」


 ウィードが腕立て伏せをやめて勢いよく立ち上がっただけで、ミウミが悲鳴をあげた。

 彼が振り向くと、恥ずかしそうに横を向くミウミだった。


 彼は悪いことをしている気になった。


「なんか、すまん」

「べ、別に。怖く無いし。普通だし」

「涙目で言われも説得力が無いな。……さて、もうすぐ来るぞ」

「へ?」


 ミウミが首を傾げたところで、エルフの伝統的な扉――――障子が開いた。

 頰に皺の刻まれた老エルフのキシマ・シシキが倒れるように転がり込んで来た。


「だめじゃぁ、もうだめじゃぁ、この村はお終いじゃあー!」

「ははは、本当に家族だな。反応がよく似てる」

「笑い事ではないんじゃぁ!」

「いや、だから俺が責任を取って、カラハギの手下を全員半殺しにしてくるぞ?」

「そんなことをすれば、反乱と見なされて皆殺しにされるわい!」

「ああ、そのときは本当に反乱してしまえばいい。俺が手伝う。このままでいるわけにもいかないだろ」


 ウィードは、村長の娘が襲われた経緯を話してあった。


 この村を取り壊して港にするには、村人を立ち退かせねばならない。

 彼らを他の場所に移住させるとなると、巨額の費用が必要となる。


 反乱と言う名目を立ててこの村を焼き払えば、その費用が必要なくなるのだ。

 既に、ロルフという魔族に怪我人が出ている。

 村が反乱を起こしたと吹聴するのに、最低限の材料は揃っていた。


 しかし、キシマが渋い顔をして首を横に振る。


「……皆が皆、お前のような戦争狂ではないのじゃ」

「しかし、君たちが何もしなくても、報復されるぞ。原因が俺だとしても、この村は焼かれるだろうな」

「それくらい知っておる。村を潰す口実が出来たも同然じゃからな。お主を差し出して生きながらえる方法も出たんじゃが、魔族を子供扱いする魔物を、どうしろと言うんじゃ」

「うん、俺を差し出すのも良い案だった。でも、その相談も遅いな。さっきから言ってるけど、お客さんが来てるみたいなんだが」


 ウィードが障子の開け放たれた向こう側を、葉で示した。

 そこには女剣士が立っていた。


「御免。拙者、カラハギ家が客分――――セイカ・コウゲツと申す者。こちらに人を傷つける魔物がいると聞いて、参上させてもらった」


 エルフらしく整った顔立ちをしていて、髪を後ろでまとめていた。

 剣士然とした浅葱色の小袖と、紺の袴を穿いている。


 腰には大刀一本を差しており、よく使い込まれた拵えをしていた。


「セイカさん、違うんです!」


 ミウミが身を乗り出した。

 それをキシマが手で制しながら、セイカに問う。


「やめよ。……して、何用じゃろうか」

「魔物を引き渡してほしい」

「ほう、それでどうする気じゃろう」

「成敗する――――といっても、命まで貰うことはないでござる。けれども、カラハギ殿の配下が受けた傷と同程度は覚悟してもらおう」


 セイカが鋭い視線をウィードに向けた。

 それにキシマが水を差す。


「なるほど、では、ウィード殿はどう致しますかな」

「うーん、なるべくキシマさんに迷惑をかけないようにしたいんだけどなぁ」


 ウィードはキシマの言葉に乗った。

 問答無用で殺し合いに発展することは、彼としても迷惑だった。


 それに、このまま戦えばシシキ家が無事で済まない。

 どうにか彼とシシキ家が無関係であることを説明し、ウィードだけが罪を被るように差し向けたいと考える。


 しかし、ミウミの意見は違っていた。


「聞いて、セイカさん。あの男は三人がかりで私を襲おうとしたのよ? ウィードはそれを救ってくれただけよ」


 その言葉に、顔を覆うキシマと、呆然と佇むウィードがいた。

 セイカも表情を引き締めて言う。


「わかっているでござる。ケジメは後でつけさせよう。しかし、それとは別なのでござる。凶暴な魔物は、退治せねばならぬ」


 セイカが鋭く短い殺気を、ウィードへ飛ばして来た。

 それは、殺気をミウミとキシマに悟らせないことで、二人だけの対話を望んでいるという意思表示だった。


 ウィードは一も二も無く賛成した。


「そりゃそうだ。俺でもそう思う。ただし、後腐れがないようにしたいんだけど」

「どういう意味でござろうか」


 セイカが可愛らしく首を傾げた。

 彼は葉を揺らめかせる。


「いや何、君が負けたら、この村はどうなるかと思ってね」

「どうにもならぬでござる。恐らくはロルフの郎党が焼打ちするであろう。それを防ぐためにも、『落とし前』とやらが必要なのだ。魔物さえいなくなれば、後は拙者が、カラハギ殿に直訴してみよう」


 セイカがそう言い切ると、キシマが大きく息を吐いたのがわかった。

 ウィードが負けると、村の被害が最小限になることを理解したのだ。


 彼はそれを咎めようとは思わない。

 しかし、ミウミの顔が憮然としていた。


 葉を揺らしたウィードは、挑戦的に言う。


「あー、まあ、『落とし前』は必要だよな。なら、そこら辺の海藻を斬り捨てて持って行けばいいんじゃないか? 俺みたいなのが海に一杯落ちてるぞ」

「むう?」


 顔を顰めるセイカであった。

 確かにその通りであるなぁ、と呟いているところをみると、性格は素直であるらしい。


 しばらくしてから、やっと気付いた。


「つまり、ここで魔物を斬り捨てても、ただの海藻と思われるでござるな」

「そりゃそうだろ」


 ウィードの指摘に、彼女が口を曲げた。

 ただし、眼つきは鋭かった。


「で、あるならば、その葉全て斬り落とし、芽茎だけにしてくれよう」

「なるほど。俺が勝っても負けても、村に影響はないわけか。それで戦うのは構わないが、君が負けたらどうすればいい? 身柄を誰に預けていいかわからないものでね」


 ふてぶてしい態度を崩さないウィードは、暗に亡骸の処遇について聞いた。

 セイカもそれに気づきながら、笑みを浮かべる。


「ふっ、どうとでもせよ。この身が敗北する時は、お主の好きにするがよい。まあ、恩義にもとるので、カラハギ殿に手紙の一つでも出してくれれば助かる」

「よし、わかった。それじゃ、外でやろうか」

「む? お主は何かないのでござろうか? 海に帰りたいとか」

「いや、俺の故郷は海じゃ無いぞ。それに、負ける理由が無い」

「たいした自信でござる。それなら期待してもよろしいか。拙者、強い者と戦うのは久しいものでな――――」


 音も無く、セイカが村長屋敷の庭へ降りた。

 暗殺術で暗歩という技術があるが、それとは違う歩法であった。


 いわゆるエルフ式剣術の『すり足』という技術であるが、常人のそれとは練度の高さが桁違いだった。

 足の裏を地面から離さず、かといって抵抗なく滑るように移動する様子は、達人の域にあると言って良い。


「ふむ、確かに言うだけはあるなぁ」


 ウィードは根を動かして畳の上を通り抜け、廊下から直接、庭へ飛び降りる。

 そうしている間に、セイカが居合の構えを見せていた。


 葉を揺らせて、ウィードが言う。


「その刀、抜かないのか」

「……本当に、不思議な魔物でござる」


 彼女が苦笑する。


「何処にも斬り込めぬと思ったのは、生まれて初めてでござる」


 セイカが刀を抜かなかった――――否、抜けなかったのには理由がある。

 あまりにも隙だらけ過ぎて、逆に斬り込めなかったのだ。


 初見では罠を警戒して様子見をすることもあるが、それは実力差が近い者同士で起こることである。

 つまり、この魔物は油断できないと、彼女自身が認めている証拠なのだ。


 一貫してセイカより格上の態度を取る彼に、彼女が闘志を燃やす。


「では、胸を貸してもらうとするでござるか」

「胸はないけどな。葉なら貸してやろう」


 彼の言葉が言い終わるや否や、セイカが態勢を沈ませながら滑り込んで来た。


 筋力に物を言わせた動きではなく、重力と骨格を使った技術だった。

 動きを悟らせず、下から伸びてくる斬撃は、これだけで一つの極意を体現していた。


 ――――ただ、それは相手がウィードでなかったら、手放しで賞賛されていただろう。


 元々、海藻に芽はあっても、眼などない。

 全身で周囲の環境を感じ取っている彼に、動きを悟らせないことは至難の技である。


 空気の間を縫って飛来する斬撃に対し、ウィードは葉で刀の峰を弾いた。


「お見事! だが、まだまだ!」

「ん?」


 軌道を変えた剣線が、跳ね返るように戻って来た。

 エルフ剣法富嶽一刀流――――裏一閃であった。


 一度避けたはずの斬撃が、再び死角から襲いかかってくることを予測できるものは少ない。


「お、危ない」


 ウィードは葉をくねらせて回避した。

 人では再現不可能な避け方だった。


「ぬぅ、流石は人外の魔物、敵ながらあっぱれでござる。……拙者の腕が鈍ったのであろうか」


 そう言いつつ、村長の庭に置かれていた人の背丈ほどもある庭石を斬る。

 庭石が真ん中から横一文字に両断され、極わずかな段差が生じた。


 ウィードは顎を掻くつもりで、ぽりぽりと葉の裏を掻いた。


「物に当たるのは良くないと思うぞ」

「あ! 確かにそうでござる。キシマ殿、これは後で弁償させてもらおう」


 馬鹿正直にキシマへ向かって頭を下げるセイカであった。

 キシマが慌てて言う。


「いや、それは別にいいんじゃが、戦いの最中に敵から目を離されても、儂には責任をとれませんぞ」

「心配されるな。この魔物……いや、海藻……もとい、ワカメ? とにかく、この者は、まだ少しも攻め気を出していないでござる。そこに感じ入る所もある。ミウミ殿を助けたと言う話も得心がいく」

「で、あれば――――」


 身を乗り出したキシマを制止するように、セイカが言った。


「だがしかし。拙者、このように強い者と出会えて興奮が止まらぬ」

「えぇ……」


 ウィードが若干、後ずさった。

 魔族であればまだしも、エルフでこのような考え方をする者は多くない。


 しかし、彼女ほどの腕前であれば、仕方ないとも言える。

 剣術に措いては、ウィードも凌ぐ圧倒的な技術の持ち主だった。


 それでいて、素直過ぎる性格が気になった。

 恐らく、天賦の才に恵まれ過ぎて敵がおらず、精神修養まで至っていないのだ。


 本当に楽しそうに刀を握るセイカを見て、彼も思うことがあった。

 僅かながら、自分の娘と姿が重なって見えたのだ。


「……まあ、いいか。変な奴に負ける前に、俺が君に負けを教えてやろう」

「変な奴と言えば、お主以上に変な奴はいないのでござるが……」


 セイカが抜刀したまま、刀を晴眼に構えた。

 およそ基本的な剣術の構えだが、今までよりも隙が無くなっていた。


 ウィードのことを警戒しているのは理解出来るが、徹底していない所為でどちらつかずの印象が拭えない。

 何をしてもそれなりに出来てしまう才能の塊だからこそ、欠けている部分が目立つのは仕方のないことだった。


「まあ、基本は出来てるんだよなぁ。……惜しいのは、普段から楽に勝ってきた所為で、技の底が浅いことだな。さっきの君の技は、もっと奥が深いぞ」


 ウィードは刀のように、一枚の葉を突き出す。

 見た目は海藻だが、彼女と同じく晴眼の構えだった。


「――――いくぞ!」


 わざと掛け声を出して、海藻が飛び掛かる。

 遅すぎて欠伸が出るほどの剣筋に、驚きを隠せないセイカだった。


 我慢しきれずに彼女が反撃に移ろうとした瞬間――――セイカの頭部に打撃が入った。


「ぐっ」


 見えない攻撃によって、彼女に動揺が走る。

 更に見えない方向から、意識を奪われかねない打撃を受けた。


「何が――――」

「攻撃を先読みすることを、殺気と視覚に頼り過ぎなんだよ。俺は君の動く方向へ先回りして葉を置いてるだけだ。そこへ自分から突っ込んでいるから、攻撃が見えてないんだろ」


 ウィードはそう言いながら、刀のように構えた葉とは別の葉を、ゆらゆらと動かせて見せた。


「ず、ずるいでござる! これ見よがしに葉を見せておいて、実は別の葉を使うなど!」

「はっはっは、悔しかったら真似してもいいぞ」

「ぐぬぅ、それはそれで拙者の心が晴れぬと言うか何と言うか……そもそも、拙者は海藻ではないので真似出来ないのでは?」

「馬鹿者。誰が姿形を真似ろと言ったか。大切なのは心だ。目を瞑って感じるんだ。そこに技の深奥があるはずだ」

「ほう、こうでござるか」

「隙あり」

「――――けふっ」


 セイカが意識を刈り取られて、地面に倒れた。

 眼を閉じて突っ立っていたところへ、首筋に一撃を見舞われたのだった。


 ウィードは、葉を空へ向けて、遠くを想った。


「素直過ぎだな、こいつ」


 彼の言葉に、湿った視線を向けるミウミとキシマだった。

 既に空は暗くなり、星の瞬く夜空となっていた。


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