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騎士になりました  作者: 比呂
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魔族として



 ――――深く暗い闇が、ただ『そこ』にあった。


 水の中にいるような浮遊感が漂っていた。

 ゆらゆら、ゆらゆら。


 己を形容するための言葉が、それだけで済んだ。

 まるで光の届かない海底に生えた、海藻そのものだった。


「んー」


 海藻から声が出た。というか出せた。


「んー、んー」


 海藻が考えているより、海藻は自由であったらしい。

 そして、海藻が本気を出して根っこを動かせば、移動できるような気がした。


 無責任なやる気に後押しされて、力を込めた。

 にょき、と根っこが地面から生えたところで、足音に気づいた。


「ん」


 冷たい床を裸足で歩くときの、ひたひた、という音だった。

 足音の主が、海藻を見下ろして言う。


「何をやっているのかな?」

「んー?」


 海藻は、ゆらゆらと漂いながら見上げた。

 とても美しい、裸の女がかがみこんで、海藻をつついていた。


「あら、けっこう面白いかもしれない……」

「んーんー」


 あまりに突かれすぎたので、海藻が抗議の声をあげた。

 それでも女がつつくのをやめなかったので、ぐったりした。


「……んー」

「あらあら、やりすぎました。ごめんね」


 裸の女が、海藻の葉を手に取って口づけをした。

 すると、海藻の根っこがピン、と立った。


「どこを立てているのかなー。おませさん?」

「んー」


 海藻がしょんぼりした。

 地面から生えていた根っこは、再び地中へ潜ってしまった。


 海藻は揺れていた。

 様々なことがどうでも良くなっていた。

 再び眠ってしまっても良いか、とさえ思い始めていた。


「あー、こらこら。ちょっと茶化しただけで拗ねないでね。自閉した意識をサルベージするのは手間なんだから」

「ん」


 海藻が少しだけ興味を示した。

 先程よりも背筋が伸びているような気配さえ見せていた。


「ええ、その調子よ。さすが男の子だ。うんうん、頼もしいわ」


 美しい裸の女は、褒めて伸ばすタイプだったらしい。

 海藻も満更では無かった。


 そして、男らしくなった。

 根っこも生えた。


「……別に、そこは男らしくなくてもいいかなーって、お姉さん思うんだけど」

「んーんーんー」


 海藻は強く抗議した。

 男らしさ故の反逆だった。


 いわゆる反抗期かも知れなかった。


「はいはい、わかりました。私にもそういう時はあったから、許してあげましょう。でもね、そんな暇はあるのかなぁ。私は良いんだけどね、その状態で油断してると数百年は軽く飛び越えちゃうよ。ねえ?」


 ――――ユーゴ・ウッドゲイトくん。


「え?」


 海藻がゆらゆら揺れながら、驚いていた。

 眠りから目覚めるように、ユーゴとしての意識が戻ってきた。


「……はあ? え、何これ。何で俺が海藻になってるんだ?」

「別に何にだってなれるけどね? どうして海藻なのかは私も分からないけど」

「何にでもなれるなら、今すぐにでも元に戻りたいんだが」

「私が何かしてる訳じゃないのよ。まあ、意思疎通出来るだけでもよかったわね。自我も保てない状態で沈殿してるなら、泥と変わりないもの。その点、ユーゴはお話が出来る状態ですものね、偉いっ!」


 パチパチパチー、と口で喋りながら、海中で手を叩く裸の女だった。

 その女性の姿はユーゴにとって、見覚えのある姿だった。


 特に、水の中で揺れる髪と、見た者を虜にする魔性の美貌には、記憶を刺激させられた。


「どこかで会ったことがあるような……」

「あらー? もしかして私の裸に見惚れてるぅ? 奥さんに言いつけちゃうぞ」


 そう言いながら、裸の女はポーズを決めた。

 手で髪を掻き上げながら、胸を出して腰を引き、流し目でユーゴを見つめてくる。


 海藻――――もとい、ユーゴは首らしき箇所を横に振った。


「いや、全然違う。記憶から遠ざかった。記憶のは、もっと綺麗だった」

「おいこらー、ちょっとそこ正座しろ? 根っこも引っ込めないでよ。私馬鹿みたいじゃない」

「みたい?」


 ユーゴの心からの疑問に対して、裸の女が笑顔を近づけてきた。


「引っこ抜くぞ?」

「え?」


 彼女の顔を間近で見ることが出来て、記憶が鮮明になった。

 ユーゴがこの女と初めて会ったのは、王立魔術研究所の地下だった。


 《魔玉》を刳り貫かれ、保存液で満たされたガラス製の円筒に詰められていた。

 その状態でなお、無類の美しさを誇っていた魔族の女王。


「ジゼル王妃――――」

「そう、そうだよ。君がティルアに命令して根こそぎ焼かせたジゼル・アークライトだよ。思い出してくれた? でも引っこ抜く」

「むおっ」


 ユーゴは束にして掴まれて、地面から引き抜かれた。

 力が抜けていく感覚を味わうが、伊達に海藻をやっている訳では無かった。


「とうっ」

「うわ、ぬるっとした!」


 海藻であるがゆえに、捕まえられた手から身体を滑らせて脱出した。

 根っこで大地に立ち、海藻の葉で構えを取る。


 その後、流れるような身体さばきで土下座した。


「すまなかった。あのまま実験体にされるよりはと、思ったんだ。尊厳を汚すと考えていた。まさか、生きていたとは思わなかったんだ」

「え、いや、生きてないし」


 顔の前で手を横に振るジゼルだった。

 ユーゴは顔のような位置にある海藻を持ち上げた。


「ん?」

「あれ、海藻に戻った?」

「違うが。……生きてないのか」

「そりゃあそうでしょう。ユーゴだって、自爆したよね」

「――――ああ」


 海藻が何かに合点がいった時のように、ぽん、と葉同士を打ち付けた。

 そして、海藻の首らしき箇所が捻られた。


「それじゃあ、今の俺は何なんだ」

「海藻だねぇ」

「海藻だなぁ」


 ユーゴは目のありそうな所で遠くを見た。

 特に何も思い浮かばなかったので、意気消沈した。


「……というか、自爆したら海藻になってたって、どう理解すりゃいいんだ」

「そりゃあね、理解の方向が間違ってるからだね。ここは君の世界じゃあないの。認識のズレってものがあるよ」

「俺の世界じゃない?」


 海藻の葉が、皺を伸ばした。

 そして、興味を示すようにジゼルへ全ての葉を向ける。


 ジゼルが苦笑いを浮かべて手を振った。


「ああ、言い方が悪かったかしら。今のあなたは死後の状態ではあるけど、死者ではないのよ」

「そりゃ海藻だしな」

「こらそこ、混ぜっ返さないの。まあ、だからと言って、生きてるとも言いにくいんだけど」

「ふぅん」


 海藻の葉がくねくねと妙な動きを始めた。

 それが奇妙に見えて、ジゼルが若干、後ろへ下がった。


「ところで、なんなのその動き。威嚇してる?」

「いや、考えてるだけなんだが。……そうだな」


 ユーゴは微笑を浮かべるジゼルを、遠目で眺めた。

 彼女が嘘を言っている気配は無かった。


 しかし、事実をすべて教えてくれているわけでもない理由を考えていた。


「俺の身体は無いが、意識だけは残っている、ってことか。幽霊でも無さそうだし、何か《魔玉》と関係してるんじゃないのか」


 その言葉を聞いた途端に、ジゼルが薄く笑った。

 正解ではないが、正解に近いものを選んだ雰囲気があった。


「そうね、どうしてそう思ったの?」

「いや、《魔玉》しか理由が思い当たらないからな」

「うーん。どうして《魔玉》に思い至ったのか説明してくれると、お姉さん嬉しいな」

「ん? でもなぁ生前の話だし、魔晶化が進行してたときだから、確かな記憶でもないけどいいか」

「ええ、もちろん」

「それなら言うが――――」


 ユーゴは、海藻の身振り手振りを加えながら、他人の記憶が見えたことを話した。

 魔晶化が進むたびに、その傾向が顕著になっていったこともあり、自分の魂も《魔玉》になってしまったのではないか、という推論まで説明した。


 それに対して、ジゼルが大いに頷く。


「そう、概ね正解かしら。《魔玉》は生命エネルギーを物質化して、生命情報を蓄積した結晶なのよ。その中にあるユーゴという情報を抜き出して再構築したのが、今のユーゴなの」

「あー、つまり、魂だけになった俺を、もう一度組み立てたら、海藻になってたわけか」


 彼の言葉に、ジゼルが親指を立てる。

 彼女が得意そうな顔で頷いていた。


「いやぁ、そこまで理解してくれたら助かるわ。私の《胎内》にいてアーカイブからバックアップを受けてるとはいえ、見事なものよ? ……もしかして、魔晶化のときにバイパスが出来てて、親和性が高くなっているのかな?」

「うん、よくわからん」


 どうでも良さそうに遠くを見るユーゴだった。

 暗く果ての無い海の深奥を眺めることで、興味が無いことを表現していた。


「興味なくさないでね、お姉さん怒るよ?」

「怒られてもなぁ、俺もう海藻だし」

「それなのよね。普通、生命情報体は私の《胎内》で自由に扱えるものなんだけど、どうにも勝手が違うと言うか、歪と言うか――――」


 ふむ、と頷いたジゼルが、ユーゴの一部である海藻を手に取って、口に含んだ。

 ユーゴは驚く様子も見せず、されるがままに舐められていた。


「なあ、俺って旨いのか?」

「ほうへ、ははっはふぁ」

「口にものを入れたまましゃべるんじゃない。……で、何がわかったんだ」


 微妙に意思疎通が出来ていることを、不思議に感じるユーゴであった。

 名残惜しそうに口から海藻を離したジゼルが、口元を拭いながら言う。


「美味しかったぁ」

「そりゃ良かった。で、他には?」

「うん。ユーゴってさぁ、水晶湖の王国――――《クリスタルム》に招かれたことがあるんだよね?」

「良く知ってるな?」


 片眉を上げるユーゴだった。

 水晶湖の女王が治める《クリスタルム》は、人外魔境の奥深く、最果ての地下にある王国だった。


 王国のすべてが水晶で覆われ、その最奥には水晶の湖が存在している。

 水晶湖の中に生息している一匹の『永遠蜘蛛』を鎮守することこそが、《クリスタルム》の役割だと認識されていた。


 《クリスタルム》には、女王に認められた者だけが入国することを許され、武具を下賜される栄誉がある。

 ユーゴという生還者が出たことで冒険者などが殺到したが、《クリスタルム》に辿り着ける者すら極わずかだった。

 世間で確認されているだけでも、数名しか武具を下賜された者はいない。


「お姉さんはね、ユーゴの知らないところまで知ってるよ。何せ、そのために存在してるようなものだからねぇ――――ま、私の話はいいでしょ。問題はユーゴが海藻になった理由なんだから」

「それはそうなんだが」


 釈然としない頷き方になってしまった。

 確かに人間に戻れるものなら戻りたいユーゴであったが、自爆した身で人間に戻れるものなのか不安もある。


 そして何より、ジゼルの思惑が不透明過ぎた。

 彼の不安を知ってか知らずか、彼女が語り始める。


「水晶湖の女王から、生命情報に対するアンカーを付けられてるね。それが邪魔してたみたいよ?」

「アンカー?」

「まあ、盗み聞きできる道具って考えてよ。多分だけど、水晶湖の女王は、有能な冒険者に対して全員にアンカー付けてるんじゃないかな」

「何のために?」

「この惑星の情報を、すべて集める為でしょうね。……とにかく、ユーゴに付けられてるアンカーは壊れてるから心配無用よ。というか、ゼルヴァ―レンが壊してたみたい」

「えっと、それはゼルヴァ―レン閣下のことで良いんだよな?」

「そうだけど、呼ぶ?」


 気軽に声をかけるような仕草で、ジゼルが聞いてきた。

 愕然とした様子で海藻を垂れ下げるユーゴは、反応に困った。


 ユーゴがまだ人間で勇者だったとき、仲間に裏切られたところを、魔王ゼルヴァーレンに救って貰った恩がある。

 会えるならば御礼の一つでも言いたいところだが、果たして会っていいものかどうかが不安だった。


「呼べるのか……」

「強制的に呼び出せるけど、こっちには来たがらないでしょうね。満足して逝ったみたいだし」

「なら呼び出さないで欲しい。彼の眠りを妨げたくは無い」

「そう? 別に、起こせば良いと思うんだけどなぁ」

「いや、彼が眠っているのなら、俺もそれに倣おうと思うよ」


 ユーゴは海藻の根を、泥の中に潜り込ませようとした。

 眼を細めたジゼルが、胸の前で腕組みをする。


「……いいのかなぁ、そんなこと言ってさ。もう一度、家族に会いたくないの?」

「何っ、会えるのか?」


 海藻の葉が伸びて、ジゼルに集中した。


 ユーゴとて、自爆したくてやったわけではない。

 愛する嫁二人と娘の無事を確認できるなら、海藻の我が身など惜しくは無かった。

 フィーナの最後の言葉が、今も胸に刺さっていた。

 許されるならば、彼女に償いたかった。


 ユーゴの感情に合わせて、海藻の葉も蠢いていた。

 興味とも敵意とも取れそうな行動に、彼女が笑顔で応じる。


「まあ、条件はあるんだけどね。私の話を聞く気になったかな?」

「――――条件次第だ」


 いきなり力が抜けて、海中に葉を漂わせるユーゴである。

 それには苦笑いを返すジゼルだった。


「よろしくてよ? 交渉というなら、こちらにも用意があるんだから。まあ、それはともかく、私の目的が気にならない?」

「確かに」


 ユーゴは頷いた。

 相手の目的を聞くことは、交渉の最初の一歩だった。

 それが本気であれ、嘘であれ、お互いに理解し合わないと交渉は生まれない。


「そう、良かった。なら――――」


 ジゼルが慈愛の笑みを浮かべる。

 細い指で、彼の海藻の葉を撫で、優しく語りかけるように呟いた。



 ――――『永遠蜘蛛』を殺して欲しいのだけれど。



 それは甘く妖艶で、何より憎悪に満ちた言葉だった。


 彼女の心情が影響を与えるかのごとく、泥の大地が揺れる。

 ユーゴは、手でするように海藻を横へ広げた。


「殺せないから『永遠蜘蛛』だろ。遠目から見たことはあるが、俺の手にどうこう出来るような代物じゃなさそうだけどな」

「そこはお姉さんに任せなさい」


 ジゼルが自信あり気に胸を叩き、豊かな双丘が揺れた。

 ユーゴの葉も揺れている。


「いや、『永遠蜘蛛』を殺せたとして、俺が殺す理由は無いだろ」

「そうかしら? 『永遠蜘蛛』がいずれ、世界を滅ぼすとしても?」


 そう言って、彼女がユーゴの葉を指で弾いた。


「ユーゴはまだ、知らないことが多すぎるわ。ここで私が手取り足取り教えてあげてもいいんだけど、自分で納得したいでしょう? 取りあえず、元の世界に戻してあげるわ。だって、私が嘘を言ってるかどうか、私は証明できないもの」

「それはそうだが」

「あと、先に報酬をあげる。シアンとティルアの《魔玉》を元通りにしてあげるわ。……困っていたのよね? 彼女たちを生かすために、幾多の戦場を乗り越え、己が身をすり減らしていたことも知っているのよ」

「出来るのか」


 彼の冷たい声が響いた。

 幾ら望んでも手に入らなかったものが、眼前へ差し出されたに等しかった。


 ジゼルが笑う。


「私は、原初から魔族と共に歩むもの。すべての魔族と同じもの。二人を助けることは可能よ。それ以上を望むなら、別に対価を頂くけれどね」

「そうか。君は見た目通りの年齢――――」

「それ以上言うと、お姉さん、本気で怒るから」

「――――忘れてくれ」


 海藻の身体が消し飛びかねない殺気が叩きつけられていた。

 人間の身体であったなら、殺気だけで心臓が止まるだろうと考えたほどだった。


 唇を尖らせたジゼルが、横を向いた。

 両膝を抱え込んで屈み、泥の上に何かを書いている。


「ふん、だ。何よ、どうせ私は古いわよ」

「……それだけ美人なら、気にすることは無いと思うけどな」

「慰めてくれなくたっていいんだから」

「そうだな。それはゼルヴァ―レン閣下の役目だろう」

「え? ああ、そっか。確かに形式上は王と王妃の関係だったわよね。でも、流石にゼルに手を出したらマズイよね。物凄い年下だったし。でも、外の世界に干渉するのは、あの関係が一番だったのよね」

「あー、うん、はい」


 年齢のことに関係しそうな話だったので、触れないことにしたユーゴだった。

 納得して気が晴れたのか、ジゼルが海藻を持ち上げて、胸に抱きこんだ。


 そのまま、歩き出す。


「どうしてかな。ユーゴと話してると、私がまだ『人間』だった頃を思い出すわ」


 人間だったのか、という言葉を辛うじて飲み込むユーゴだった。

 そして、同じ元人間として、代わりの言葉を紡ことにした。


 人間の弱さを想う。

 人間の儚さを想う。


 けれど、ここまで歩いて来られたことには違いない。


「頑張ったんだろう? それだけは、俺にだって分かる」

「…………」


 ジゼルからは何の言葉も帰ってこなかった。

 ただ、抱かれて持ち上げられた海藻の葉に、ぽたりと水滴が落ちたのがわかった。

 しかし、何事も無かったように彼女が言った。


「年長者を泣かそうとは、片腹痛いわよ」

「まあそう言わないでくれ。俺の葉を齧ってもいいから」

「ふぁう」


 ノータイムでモグモグされていた。

 痛くも無いが、変な感触が伝わってくるので我慢した。


 会話が無いので、ジゼルが歩く先を見つめていると、小さな光があった。

 波の音が聞こえてくる。


 光が次第に大きくなっていく。

 ようやく海藻から口を離したジゼルが、歩くのを止めた。


 光る場所を懐かしそうに見つめ、視線を外さずに呟いた。


「今からユーゴは外の世界に出るけど、禁則事項があるわ。逆らったら消滅させるからね」

「……俺は条件を呑んでいないと思うんだが?」


 彼の言葉に、優しく微笑むジゼルであった。


「きっと、ユーゴは戦うことになるわ。きっとね」

「嫌な予想だなぁ」

「ともかく、外には、どこに《クリスタルム》のスパイがいるか分からないから、私のことを決して話さないことね。あと、ユーゴが生き返ったことを知られてはいけないから、自分の正体を明かさないでね。それが家族でも、伝えては駄目よ」


 まるで忘れ物を心配する母親のようなジゼルの言葉に、ユーゴは葉を揺らした。


「くすぐったいんだけど、どういう意味なの?」

「ん、いや、悪い。考え事をしていた」

「あのね、ちゃんと聞いててよ。お姉さん悲しくなるから」


 ジゼルが自分で抱いていた海藻を、胸から離した。

 花を手向ける様に、そっと、ユーゴは光の方へと流される。


 彼は別れの挨拶をしようと声を出したが、何も発声されなかった。

 それに、ジゼルが苦笑いを浮かべる。


「また会いましょう? 次に会えるのを楽しみにしているわ。だから――――」



――――いってらっしゃい。



 光の渦にのみ込まれていくユーゴは、遠ざかっていく意識の中で、その言葉を深く噛みしめるのであった。









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