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騎士になりました  作者: 比呂
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剣先の彼方2

 ヴァレリア王国が、アルベル兵団から一方的な宣戦布告を受けた。


 そのことが同盟国であるエトアリア共和国にも伝えられ、戦火を免れ得なくなった。

 すでに国境線を跨ぐ主な街道がアルベル兵団に抑えられ、市民生活にも影響が出始めている。


 共和国故の初動の遅さから、軍は後手へと回ってしまった。

 今さら街道を取り返そうとして軍を派遣しても、精鋭と名高いアルベル兵団と正面から戦う戦力が無い。


 過去には列強を名乗ったエトアリア共和国だったが、今では全力を出すと国が傾く。

 それならばヴァレリア王国と戦って貰っている間に、後方支援という形で小戦力を出せば戦費も少なく、義理も果たせる、といった結論になった。


 エトアリア共和国は静観を決め込む形になった訳だが、とある軍事施設はヴァレリア王国の出資で建設されていた。


 それが、ウッドゲイト兵術学校である。

 独自の権限で他国の子弟まで引きつれて戦争に向かわれては困ると、警護の名のもとに軍に包囲されてしまった。


 この全てのことを正確に生徒へ伝えたのが、校長のエルザだった。

 養成学校とはいえ軍事施設であり、有事の際はヴァレリア王国の軍編成に組み込まれる。

 しかし、エルザが堂々と言い放った。


「我々は兵士であるが、他国の大切な子息を預かっている身でもある。故国の為を思うのなら、この度の戦争に参加するのは遠慮願う。その代り、我ら魔族の勇猛さをご覧に入れよう」


 その言葉を聞いた生徒たちは、二つに分かれた。

 

 学校の名前で肩書をつけるために来ていた者は、此処で戦って命を散らすことは無意味だと悟る。

 アルベル兵団と敵対することに不安がある者もいた。

 

 そして、自国に帰っても居場所の無い貴族や、魔族の友を見捨てられない者が残ることとなる。

 半数以上がいなくなった兵術学校は、閑散としていた。


 教室の隣にあるテラスで、フィーナが呟いた。


「何か、急に色々な事がありすぎて、訳がわからないわ」

「大変そうだな」


 ユーゴはそう答えつつ、花壇の横に転がって眠そうにしていた。

 フィーナがそれを、薄目で睨む。


「世間がこんなになってるのに、普段より気が抜けてるっていうのはどういうことなの?」

「いや、寝てないだけだ。ちょっと怪我をして、その修理――――もとい、治療でな」

「それは聞いたわ。でも、のんびりし過ぎよ」

「ふむ……ちょっと来てくれ」

「もう、何なの」


 ユーゴは、自分の傍まで来るように手招きした。

 訝しみつつも、フィーナが言われた通りに近づいてきた。


 ユーゴの前に屈み込んで来たところで、彼は前振りも無くいきなり抱きついた。


「……は、はわーっ!」


 彼の予想と反した叫びをあげるフィーナだった。

 彼女なら怒り出して頬ぐらい叩くだろうと思っていたユーゴだったが、反応は大人しいものだった。

 身体を強張らせて固まっており、短い息を繰り返して、顔を赤くしていた。

 驚かせすぎたか、と思ったユーゴは、落ち着かせようとする。


「あまり抱え込むもんじゃないぞ。フィーナのことだから、ヴァレリア王国のことが心配なんだろう」

「え、ええ、そう。うん。母様に手紙を貰ったわ。魔王国のことは気にしなくていいから、あなたはあなたのために戦いなさい、って。心配してるのに」

「ん? それって、ティルア様からは手紙をもらわなかったのか」

「ママは手紙を書くような魔族じゃないわ。それに手紙よりも早く会いにこれて、帰れるもの」

「確かに。アレが筆まめなところは想像できないな」

「アレ?」

「え、えっと、口が滑ったみたいだな」

「……さすがユーゴ、怖いもの知らずね。本人に会ったにもかかわらず、アレ呼ばわりなんて驚きだわ。ママの部下の人たちが聞いたら、教育されるわよ」


 うん知ってる、とは言えないユーゴだった。

 竜姫と称えられ、部下の一部に崇拝までされていることをユーゴが知ったとき、ひと騒動あったのだ。


「まあ、何だ。俺の態度のでかさは筋金入りだからな」

「それはそうだけど、やっぱりユーゴはグランエルタに住んでたから、魔王国を知らないのね。……怒った母様たちは、本当に怖いんだから。いくらユーゴが強くても、食べられちゃうわ」


 彼女がそう言って、おどけて見せる。

 ユーゴが抱きついたことへの仕返しらしかった。


 あれは怖いよな、と心の中で同意しながら、彼は頷く。

 魔王国の女傑から、実際に身体を齧られ、両腕を持って行かれたので何も言えないのだった。


「ああ、ヴァレリア王国は強いさ。それに、敵の狙いが何にせよ、大切なものはこの身に代えても守るよ」


 寝転んだまま抱いているフィーナの背中を、優しく叩いた。

 それで彼女がどう思ったのか、唸り始めた。

 嬉しそうな悲しそうな顔をして、フィーナが彼の胸に顔を埋めた。


「この身に代えるとか、言わないで。いなくなるのはダメ。絶対にダメ。許してあげない。だって――――寂しいから」

「そうだなぁ」

「そんな生返事しないで。誰かがいない(、、、、、、)っていうのは、悲しいことなの」


 ユーゴは苦笑いを浮かべた。

 そしてフィーナと約束をしないままに、彼女を立たせた。


 フィーナが約束の返事を待っていると、教室の方から帯剣したユステンがやってきた。


「なあ、フィーナ。校長が呼んでたんだけど」

「……わかったわ。行きましょう」


 彼女がユーゴを連れて行こうとすると、ユステンが首を横に振る。


「呼ばれてるのはフィーナだけだ。そこのクロックは俺たちと授業だからな」

「え? うん、まあ、仕方ないわね。……ユーゴにひどいことしたら怒るからね」

「するもんか。これでも魔族の騎士だぜ」


 ユステンが笑って彼女を送り出した。

 その場に残されたユーゴは、ユステンの気配が変わっていることに気づいた。


 テラスで二人きりになると、ユステンが口を開く。


「お前さ、戦争に行ったことがあるのかよ」

「行くには行ったが、君の求めている答えは出ないと思うぞ」


 ユーゴがそう言うと、ユステンが牙を見せて睨んできた。


「お前も適当なこと言うのか。はっきり言えよ、糞溜めの地獄しかないってな!」

「わかってるなら、別にそれでいいじゃないか。何をそんなに怒って――――うん。まあ、俺もそう言う時があったな。そうだそうだ」


 まだユーゴが勇者になる前の、新兵時代のことを思い出したのだった。

 戦いが怖くて仕方がないのに、戦いへ赴かざるをえない立場にいた。


 そういうときは、大抵、先輩たちに場末の娼館へ連れて行かれ、酒を飲み、悩んでいることがどうでもよくなるまで過ごしたものだ。


「しかし、まさか俺がそういうことをするわけにもなぁ」

「何を言ってるんだ。娼館?」

「うわお、考えが口から漏れてたか」

「お前、最低のクズだな。汚らわしいことをする下衆め。金輪際、フィーナに触れるな!」

「いやあ、フィーナだって、そういうことしたから生まれてきたんだろうに。女性に対する尊敬と節度は必要だが、汚いもののように言うのはやめてくれないか」

「うるさいっ! 彼女はアイブリンガー様のお世継ぎだぞ! 下賤の者と一緒にするな!」

「下賤って言われた……。っていうか、ティルア様は元魔王のことを何て伝えてるんだよ」


 ユーゴは口を尖らせながら言う。


「いや、お前。その、アイブリンガー様はお優しい方だから、裏切り者の元魔王でも愛していらっしゃると……。そういえば、魔王様からも悪口は聞かないな。……相手は元人間だしな。政策のこともあるし、微妙なんだよ、微妙」

「そうか」


 少し照れくさそうにするユーゴを余所に、ユステンが恍惚とした表情で語る。


「元魔王とかどうでもいいんだよ。ティルア様は光竜だし、突竜飛行隊長で将軍なんだ。尊敬せざるをえないだろ。お前を下賤と言って何が悪い」

「ふーん」

「あ、お前聞いてないだろ! ほんとにムカつく奴だな!」

「えー、ああ、そう?」

「ぬぐっ、ぐうううううぁ! こいつ、本当にどうかしてやりたい!」

「やるか?」

「なんだと!」


 まさに怒髪天を突く勢いで身を乗り出してきたユステンだった。

 ユーゴとしても、この危なっかしいフィーナの友人に、息抜きをさせてやろうと思ったのだった。

 余裕の無い状態では、本来の実力が出ないのは明らかだからだ。


「俺に勝てたら、何か一つ褒美をやろう」

「どこまで上から目線なんだお前! 褒美なんかいるもんか! 魔族の名誉は誇りそのものだ! お前みたいなクズで下衆の男に勝っても嬉しくないけどな!」

「はっはっは、そういうのは勝ってから言うんだな。……勝てたら、の話だが」


 心底残念そうに肩を落として見せると、ユステンが沸騰したようにいきり立った。


「ふざけやがってぇっ!」


 突進してくるユステンを、ユーゴは身体を半身にするだけで避けた。

 帯剣しているのに剣を抜かない辺り、成長しているのか単に忘れているだけなのか、判断が難しかった。


「こ、のっ!」


 バランスを崩して、踏みとどまるユステンだった。

 その隙を見て、ユーゴが尻を蹴とばす。


「うお!」

「相手が反撃してこないと思うなよ。あと、感情に身を任せるな。嫌なことほど知り尽くせ。それが自分を助けてくれる」

「何を偉そうなことを!」


 それでも剣を抜かずに向かってくる辺り、成長と認めることに吝かではないユーゴだった。

 剣を抜けば殺し合いになる。

 ユーゴとの実力差から言えば、確実にユステンの敗北となる。


 要するに、実力差は分かっていて、死にたくなくて、それでも立ち向かいたいのだ。


「うん、良いことだ」


 短く息を吐き、ユーゴは半身で拳を構えた。

 ユステンの動きが止まる。

 攻め手を失って、どうしていいのか分からない様子だった。

 少しだけアドバイスしてやることにする。


「これは騎士様の試合じゃないぞ。相手の得意分野に乗ってやる必要は無いんだからな。一番自分の実力が発揮できるところで戦え。それ以外は全部避けろ」

「そんな卑怯なことができるか!」

「身内を惨殺されても、そんなことが言えるか? 君が負けたら、次はフィーナの番だぞ」


 ユーゴの目は冷徹だった。

 人間や魔族に限らず、誰でも心の奥底に黒いものを持っている。

 それが見えやすいのが、極限状態だということに過ぎない。戦争もその一部だ。


「ぐ、このぉ!」

「頭を使えと言ってるんだ。戦場では考え無しから死んでいく」

「黙れよ!」

「自分の得意分野で戦うことの、どこが卑怯だ。自分でルールを作って、自分で負けるな。もっと自由に戦え。奪われてからじゃ、遅いんだぞ。君は友人を見殺しにするのか」

「そんなこと――――」


 動きが無くなったユステンに対し、ユーゴは滑るような動きで間合いを詰め、何も言い返せない青年の胸板を叩いた。

 ユステンがよろめく。


「う、あ?」

「勝て。勝ってから悩め。生きてる者にしか、悩む時間は与えられないんだ。それが分からない奴は、必ず誰かの足を引っ張る。それなら、最初からいない方がマシだろう」


 ユーゴは最後に、寸止めするつもりで拳を放った。

 当たれば頭蓋を叩き割る破壊力が込められている。


 何が起こっているか分からない表情のユステンだった。

 その彼が、突き飛ばされた。


 割って入ってきたのは、先ほどから遠間にいたユステンの友人――――オリバー・ハリスだった。

 予定通り、ユーゴは拳を止めた。

 にやり、と笑う。


「殺すと思ったか?」

「……いえ。でも、身体が動きました」

「そういうことはある。誰にでもな」


 オリバーの肩を、優しく叩くユーゴだった。

 それだけで、オリバーの鍛えられた身体能力が理解出来た。

 生半可な鍛え方をしておらず、ユーゴが拳を止めなくても受けきったと思われるほどだった。


 ここにいてもやることが無くなったユーゴは、手を頭の後ろで組みながら教室へ向かって歩き出した。

 その際、立ち尽くすオリバーに伝えた。


「戦うのは良いが、手段は選べよ。俺から君に言えるアドバイスはそれだけだ」


 立ち去るユーゴの背後では、項垂れるオリバーと悔しそうなユステンが、地面を見つめて黙っているのだった。



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