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騎士になりました  作者: 比呂
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命の使い方5


「俺を知ってるのか?」


 ユーゴは青年の顔を見つめてみるが、記憶に無かった。

 すると、青年が何かに気付き、そっと握手していた手を離す。


 どうやら、背中にいるアンリが睨んでいるようだった。


「知らずに戦いを挑むほど、怖いことは無いね。俺はそう思うけど、あんたはどうだい?」

「ああ、確かに」


 ユーゴも頷く。

 青年が敵意無く笑みを浮かべ、胸元から紋章入りのペンダントを出した。


「改めて挨拶しよう。俺はアルベル兵団北方打撃群総司令官、エドワード・チューリングだ」


 エドワードが見せつけてきた紋章は、確かにアルベル兵団を意味するものだった。

 ペンダントには意匠が凝らされており、その技術の高さと精巧さが、彼の身分を現していた。

 どうしてそんな男が遺跡で荷物持ちをしているのか、ユーゴは素直に聞いてみた。


「ご丁寧にどうも。君が知っている通り、ユーゴ・ウッドゲイトだ。ところで、その恰好は?」

「……俺のことを言えた義理じゃないと思うぜ。元魔王が、今じゃ見た目が完全に盗掘犯だもんな」

「これには深い事情があってだな」

「そいつは大変だ。どこも変わらんね。俺が荷物持ちをやってんのも、事情があるのさ」


 肩を竦めながら、ちらりと背後の女戦士を伺うエドワードだった。

 彼は女戦士に動きが無いことを確かめた後で、一息ついた。


「まあ、俺があんたに会って見たかったのは、本当さ。それなりに考えたんだぜ、色々と」

「そうだろうな」


 ユーゴは自分が誘い出されたことについてだけは、手放しで賞賛したい気分だった。

 まず他国の遺跡に誘導するために、遺跡となじみ深いアンリの交友関係を使ったことが絶妙だった。

 身内を狙われれば怒りもするが、身内の取引相手ならば我慢も出来る。


 他国の遺跡まで、護衛を付けて来ないということも利点だ。

 かなりの所まで情報収集されているな、とユーゴは思っていた。


 エドワードが問う。


「ところで、あんたに会って聞きたいことがあるんだが」

「答えられることなら、答えよう」

「無難な言い方するなよ。色々やってるだろ。流石に俺たちの情報網に気付いてない訳じゃないもんな」

「仕事みたいなものでね、わざわざ吹聴してまわることじゃない」

「俺たちは、あんたが各地を飛び回って戦争に介入してるのだって知ってるぜ? 結構無差別にやってるみたいだが、何? 女王に魔王業務やらせて、自分は戦争介入?」

「そう見えるのか」


 ユーゴは溜息を吐いた。

 嫁の命の為だと説明するつもりは無いが、ヴァレリア王国が元魔王を使って他国侵略していると解釈されていることを知った。


 悪意のある解釈だが、何も知らない人間にとっては事実でしかない。


「ま、本気でそう思ってる訳じゃないぜ。戦争介入する割には、利益が取れそうな場所にあんたはいない。……だからこそ、何が目的か教えて貰いたいもんだね。そうすれば、お互いに損害を減らせるってもんだ」


 世間話でもするように国家戦略を聞き出そうとするエドワードだが、ユーゴには答える理由は無い。

 彼は義手となってしまった、自分の手のひらを見た。


 犠牲は覚悟していた。

 自分だけで足りないことも知っていた。

 それでも、愛する家族を諦めることは出来なかった。


「はっきり言っておくが、ヴァレリア王国に他国侵略の意図は無い」

「戦争に介入するだけで、侵略だろ」

「俺個人でやっていることだ」

「あんたの肩書と婚姻関係を考えても、その言い訳は厳しいんじゃないか? 自国に利するように動くことだって出来るんだからさ」


 エドワードが呆れる演技を見せ、それに合わせてユーゴが面を上げる。


「その誤解を承知の上で、俺は戦場を巡っている。弁解が必要なら、俺が直接赴こう」

「あのねぇ、あんたみたいな狂戦士を政治屋に会わせて皆殺しにされたら、俺の立つ瀬がないだろ。俺らがヴァレリア王国を調べてんのは、あんたたちが怖いからだよ」

「怖い、か。戦って勝てない相手に戦争を挑もうとは思わないだろ」

「無傷で済むとまでは、思っちゃいないぜ?」


 エドワードが微笑んで見せた。

 それを挑発と受けたユーゴだが、そんなことをするために、ここまで手の込んだことをする必要も無いだろうと考える。


「君は、何をそんなに焦っているんだ?」

「……どうしてそう思うんだよ」

「君が戦下手とは思えないからな。まるで、戦争を嫌っているように見える」


 ユーゴは目を細めた。

 それに対し、エドワードが皮肉気に笑う。


「戦争好きな奴の方が変だろ。魔族でもあるまいし――――まあ、そいつはいいや。それで、交渉する気はあるのかい?」

「君次第だな。さっき君は『損害を減らせる』と言ったな。戦い自体は避けられないんだろ。君のとこの大将が何を考えているか知らないが、落とし所を聞かせてもらえなければ、こちらも判断のしようがない」

「ああ、やっと交渉らしくなってきたな。最初から探りを入れていくんじゃなかったぜ。そこは謝ろう」

「別にいいけどな」


 呑気そうにユーゴが応えるのだった。


「まあそう言うなよ。謝罪ついでにアルベル兵団としての目的を教えてやるからさ。……簡単に言って『魔族の絶滅』がスローガンな訳だ」

「それはまた何というか、過激だな」

「俺も同意見だぜ。そんなことして何になるんだって思うが、金になるから仕方ない」

「ほぅ」

「魔族を殺すためなら幾らでも金を出す人間がいるのさ。私怨がある奴だっている。そんな所に、ちょうど武力を持った俺たちがいた。さあ、どうする。戦うしかないよな、だって金の為だもんな」

「俺に同意を求められても……」


 ユーゴは顔の前で手を左右に振った。

 それに大きく頷くエドワードが、詐欺師の声音で言う。


「あんた元とはいえ魔王だもんな。そりゃそうさ。でも、元人間でもあるだろう。正面からあんたのとこの戦士と戦ったら、エグい損失が出る。これは間違いない。だから、国を裏切ってくれ。あんたと、そこのエルフは見逃してやるよ」

「ああ、いや、結構です。間に合ってます」


 そう言いながら、ユーゴは背負っているアンリの尻を揉んだ。


「ちょ、おいっ。本気で揉むとは思って無かったのだがね。一体、どんな心境の変化だ? こんなときに性欲を持て余したというなら、私以上の変態だぞ」

「いや、場を和ませようと思っただけなんだけどな」

「和んでいるのはお前だけだろうに」

「悪かったよ」


 微笑んだユーゴは、エドワードに顔を向けた。


「と、言う訳で、だ」

「どういう訳だよ」

「そうだなぁ。生憎、今の俺はとある女性の騎士でね。格好悪いところは見せられないだろ」

「人前で女の尻を揉む男が、よく言ったもんだ。……ま、俺も上手くいくとは思ってなかったが、こういう断り方をされるとは思っても見なかったぜ」


 呆れているのか納得しているのか、エドワードが溜息を吐く。


「はあ、これでいいだろ、エキドナさん。この元人間もどきは、魔族を裏切らないってさ」

「――――」


 エキドナと呼ばれた女戦士が、長槍を肩に担いだまま、首を傾けてこちらを見ていた。

 少しも動く気配が無かったので、エドワードが代わりに口を開く。


「エキドナさんは、大の魔族嫌いでね。最大の屈辱を味あわせるために裏切り工作なんて頼まれた訳だが、これで義理は果たしだぜ」


 そこで、ユーゴが首を傾げた。


「うん? ところで、君らは人間と魔族の混合部隊じゃなかったか。それなら『魔族の絶滅』なんて難しいと思うんだけど」

「あー、まあ、俺たちと戦争すれば嫌でもわかるさ。そんじゃま、お開きにしようぜ」


 よっこらせ、と腰を逸らし、帰ろうとするエドワードだった。

 しかし、女戦士が槍を構えた。

 それをユーゴが指摘する。


「ああ。それはいいが、君のとこの護衛がこっちを狙ってくるんだけど」

「へ? あの、エキドナさん。殺しはしません、とか言ってた気がするぜ?」

「――――うるさい、クソ人間。気が変わったわ」


 エキドナが怒りを込めた言葉で言う。

 彼女がユーゴの前に立ち、眼を覗き込んできた。


「あなた……変ね。変だわ。まるで――――いえ、そんなはずはあり得ません。殺します」

「勝手だなぁ」


 ユーゴは苦笑いした。

 すると、背負われているアンリが言う。


「やあ『原住民』殿。ご機嫌いかがかね」

「はあん? ただの『依代』かと思ったら『先祖返り』だったのね。あなた今、何代目かしら」

「数えるのも忘れてしまったよ。『原住民』殿より若いことは確かだが」

「寄生虫もどきが良く吼えるじゃないの。余程、潰されたいと見えるわ」


 エキドナが頬を歪めて笑った。

 今にも長槍の穂先が飛んできそうな状況の中、ユーゴは背中に向かって聞いた。


「知り合いか?」

「私の御先祖様と知り合いなだけだね。私自身は写本でしか知らないから今まで気づかなかったが、そこの者が『エキドナ』と呼ばれているのなら言えることがある」


 薄く息を吸ったアンリが、淡々と言い放った。


「全ての魔族の祖――――全にして一、最古の竜種だな。『祖竜エキドナ』といえば、この世界の始まりの一つだよ」

「はあ? 魔族の祖なら、何で魔族を滅ぼそうとしてる奴らと一緒にいるんだ?」

「せっかく伝説が目の前にいるんだ。聞いてみたらどうだね」

「そうだな」


 ユーゴが視線を向けると、エキドナが牙を剥いた。


「答えると思っているのかしら、クソ魔族モドキが。あたしを選ばなかったくせに」

「えっと?」

「……憎い、憎い憎い、ああもうすべてが憎たらしくて仕方がないわ! 『偽物』が愛される世界なんて、滅びてしまえばいいのに!」


 漏れ出す怒りを抑えるようにして自らの顔に触れた手が、既に竜化していた。

 奇声を発し、彼女が力任せに長槍を振るう。

 岩肌が吹き飛び、洞窟の一部で崩落が起きた。


「おい、あんたら! さっさと逃げてくれ! 俺まで巻き添えにされちまう!」


 エドワードの叫びに、ユーゴは手振りで応じた。

 竜化するエキドナから、目を離すことが出来なかったからだ。


 その理由は、彼女からは魔玉の反応がなかった。

 『永劫回帰』を使うユーゴに、魔玉の存在を隠し通すことなど出来ない。


 つまり、それが意味するところは、魔玉がなくても魔族が生きられるかもしれないという、希望だった。


 この原理をエキドナに聞きたいが、彼女とはもう話など出来ない雰囲気である。

 ユーゴは歯を食いしばりながら、背中のアンリに問いかけた。


「逃げるぞ。ちょっと無茶するけど、いいか」

「死なない程度でよろしく頼む」

「少なくとも、俺より先に死ぬことは無いさ――――『威射磁手』機関解放、最大出力」


 そう言うと、右腕の義手が花のように全周展開された。

 放熱板が振動し、耳鳴りのような音を発する。

 アンリが不思議そうな顔をした。


「それはあまり攻撃には向かないと思うのだがね」


 ユーゴの右義手に移植された『威射磁手』は、元々がアンリの持っていた対魔族用の《魔導遺物》だった。

 それは、人間の魂や魔族の魔玉を燃料にして機関を動かし、周囲の魂を吸収して溜めこむ装置である。

 ユーゴはこの機能を使って、戦場で魂を集めていた。


 そして、集めた生命力は高純度のエネルギー体となり、防壁としても使える。

 ただし、防壁は『威射磁手』本来の使い方ではないようで、光竜が本気で放った閃光砲には貫かれてしまう程度のものだ。


 『祖竜』の攻撃を相手に、防ぎきれるものでも無い。

 彼女の不安も当然だが、ユーゴは言う。


「口閉じてろよ、舌噛むぞ。来い、黒杖(グリーダル)


 彼の言葉に、地面の影から漆黒の杖が浮かび上がった。シアンから支配権を奪ったまま返すのを忘れていたのが、功を奏していた。

 空中で杖の向きを変え、エキドナを捉える。


「形態変化、砲身(バレル)。……弾はこれでいいか」


 ユーゴがそう言って腰元から取り出したのは、丈夫な革製の水筒だった。

 水筒を右手で掴んだまま、黒杖砲身の中へ嵌め込む。

 アンリが口を尖らせた。


「何でそんなものを?」

「まあ見てろ――――いくぞ」


 左の義手で黒杖砲身を掴んで構え、『威射磁手』の機関を逆噴射させた。

 閃光と爆音が破裂した。


 反動で吹き飛ばされるユーゴとアンリだった。

 砲身から飛び出した水筒が、白熱化してエキドナに向かう。


「ああ――――」


 エキドナは、完全変貌を終えていた。

 黒く分厚い鱗に覆われ、瞳が金色に輝いている。


 竜種として体躯は小さいが、存在感が段違いだった。

 黒竜の僅かに開いた口から、息吹が漏れた。


「――――あなたも、あたしを殺そうとするのね」


 怒りに満ちたエキドナが、牙をむき出しにして、咆哮体勢を整えた。

 光を吸い込むほど黒々とした暗闇が、放出されようとした。


「……何?」


 瞬間、革製の水筒が破裂した。

 急激に熱された水が水蒸気爆発を起こし、周囲に蒸気を撒き散らす。


 その程度では撫でられた程度も感じないエキドナであることは、竜種と付き合いの長いユーゴも知っている。

 そして、竜種はその防御力の高さ故に、初見の攻撃は様子を見る習性があることも多かった。


「バカじゃないの?」


 エキドナは、有史以前から戦いを連ねて来た歴戦の勇士である。

 この水蒸気爆発が、目くらましであることは理解していた。

 それならば、水蒸気ごと削り取って仕舞えば良いと考えるのは当然だろう。


「消えてしまいなさい、クソども」

 エキドナの咆哮が響く。

 黒い奔流が迸り、その場にある物質を引き摺り込んで消滅させた。


 破壊というよりは抉り取った(、、、、、)痕跡が残る洞窟内に、ユーゴとアンリの姿は無い。

 微かに残るのは、洞窟の天井付近に漂う噴煙くらいなものだった。


「はあん? 小癪じゃないの。ねえ、あなたもそう思うでしょう」


 竜形態のエキドナが、長い舌舐めずりを見せた。

 瓦礫に埋もれそうになっているエドワードは、憮然として言った。


「そりゃ、来た道を戻るのは理にかなってるな。方法が尋常じゃないけどさ。何だよ、人が飛ぶとは思わねぇだろ」

「あら、飛べる人もいた(、、)のよ」

「いつの話なんですかね」

「遠い昔のことです。色々と懐かしいものが見れたから、少しイラついて、少し嬉しいのよ。分かれとは言わないわ」


 エキドナの瞳は、現在では無く過去を見つめていた。

 それこそが彼女の拠り所にして、憎悪の原点だった。



 そして、アルベル兵団北方打撃群が進軍を開始したのは、この二日後のことであった。



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