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騎士になりました  作者: 比呂
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命の使い方4


「ところで俺は、お尋ね者になるつもりは無いんだけどな」


 ユーゴは使い古された外套を頭から被り、洞窟の前に立っていた。

 そして、彼と同じような外套を被ったアンリが、得意そうに言う。


「見つからなければ、どうということは無いと思うがね」

「お前なぁ」


 彼は腕組みをしながら項垂れた。

 その理由は、ユーゴとアンリの姿が雄弁に物語っていた。


 二人とも、まるで盗賊か暗殺者のような恰好なのである。

 遺跡を探索するには、その遺跡を管理する国家の許可が必要だった。


 ただし、アンリの都合で二人の身元を提出するわけにはいかなかった。

 彼女の言い分もある。


「危険な場所へ赴くのでね、保護者付きでは寝覚めが悪い」

「要するに、護衛が心配だったんだろ」

「私の行動を止められる心配だな。護衛からお前の嫁に報告が行くと、あの竜種が出て来かねん」

「確かにな」

「それに、遺跡で発見した物は私のものだ」

「盗掘するなよ。……何か見つけたら、ちゃんと引き渡せよ。後で適正価格で買ってやるから」

「どうせお前の懐も国庫経由だろう。先に手に入れて何の問題ないと思うがね」

「これでも私有財産は結構あるんだ。一つ二つなら問題ないはずだ」


 ユーゴは苦笑いを浮かべて言うのだった。

 遺跡で発見した物は厳重に審査された上で買い取られる。


 しかし、世の中には何にでも好事家がいるように、遺跡から出土する貴重品を手に入れようとする者は後を絶たない。


 富豪が役人に賄賂を出すことも後を絶たず、他国が秘密裏に冒険者を送り込むこともあり、果ては遺跡ごと買い取ったという話もあった。

 国も出土品が技術的価値さえ低ければ、市場へ流して国庫の足しにする場合もある。


 それらだけなら問題ないが、引きこもりのアンリが出て来るまでとなると、話が違ってくる。

 ユーゴが目を細めて彼女を見た。


「嫁に隠れてまで遺跡に来てるんだが、何をする気なんだ? 盗掘だけが目的なら帰るぞ」

「まあ、これを見ろ」


 そう言ってアンリが胸元から紙束を取り出した。

 その表紙は黒く汚れているが、それは血が渇いて出来たものだった。


「これは、私がウィドン洞窟の東端に送り込んでいた同志の残した資料だ」

「同志って?」

「改造を趣向とする者たちの総称だが?」

「あ、いや、うん。お前の同志なら、そりゃそうだよな」


 ユーゴが曖昧に頷く。

 それを尻目に、アンリが紙束を持ち上げた。


「私は基本的にインドアだが、こいつの持ち主は冒険者でね。遺跡の盗掘がライフワークの男だったから、出土品を買い取っていたよ。無論、遺産を他国に流出させないためと、私の改造のためだ。主に後者が本音だが」

「清々しいくらい自分の欲望に忠実だよな」

「当然だな。……だからこの男は、大怪我をする羽目になったみたいだがね」

「ふぅん」

「そいつは、東端下層にある未踏破地帯を探索中に、竜を連れた人間(、、、、、、、)を見たらしい」


 アンリが探るような目で見つめてきた。

 彼女が訝しむのに理由はいらない。

 そもそも竜種を連れて歩ける人間など、いないと考えていい。


 唯一と言っていいほどに、竜種を連れて歩ける人間は、ユーゴくらいしかいないと判断して構わない。

 だが、当の本人に心当たりはまったく無かった。


「俺じゃないぞ。ティルアに聞いてくれても構わないからな」

「……あの竜種には嫌われているものでね。ともかく、ユーゴが自分ではないというのなら、一緒に探しに行ってくれるのだろう?」

「まあ、隣国の遺跡に正体不明の竜種がいるってだけで、軍から調査隊を編成したいところだけどな」

「そうしている内に、竜種も貴重品も消えてしまうだろうがね。そうならないために、お前が必要だ、ユーゴ」


 アンリが真摯な顔をして言った。

 その目的が何であれ、状況的には動かざるを得ないユーゴに、彼女の誘いを拒む理由は無い。


「それで、ここから先はどうするんだ?」

「ああ、目の前の穴に飛び込んでくれたまえ」

「……これに飛び込むのかよ」


 ユーゴが目を向けた先には、人が通れそうな大穴があった。

 草木に覆われていて目立たないが、穴からは冷たい風が流れてきている。


「確かにこの先には何かありそうだが、罠とかじゃないよな」

「罠と言えば、天然の罠だな。ここは、普通の冒険者では着地不可能な長さの縦穴になっている」

「なら飛び込まなくても、ロープを使えばいいだろ」

「この縦穴が《強酸蟻アシッドアント》の巣でなければな。ロープを張ろうものなら、酸で冒険者ごと溶かされるのがオチだ。穴だけにな」

「それで外套被って飛び込まなきゃならないのか。落下速度で振り払うってことだな。それで、着地は俺任せでいいのか?」

「そのためのユーゴだ。本来なら二日はかかる行程を、瞬時に終わらせることが出来る」

「……命がけだけどな」

「それはどちらにせよ、だ。落盤が無いとも限らないし、冒険者同士で殺し合いもごめんだよ」

「じゃあ、行くか」

「ああ、では頼む」


 アンリが彼の背中側に回り込み、いきなり飛びついた。

 彼女の両手がユーゴの首に回り、両足が胴体に絡められている。


「やっぱり、こうなるのか」

「それはそうだろうさ。体力の無い錬金術師が単独で縦穴に飛び込むのは、自殺と変わりないと思うがね。まあ、私の尻でも触って楽しみたまえ。それくらいの役得は当然の利益だと考えよう」

「嫌な言い方するなよ。お前の身体を支えにくいだろ」

「だから構わないと言ってるだろうに。洞窟内はずっと背負ってもらうつもりだから、よろしく頼む」

「少しは運動しろよ」

「足手まといを増やしてどうする。私の合理的判断を覆す根拠を示してくれないか」

「……冒険者は良い奴ばかりじゃない。戦いになることだってある。自分の身は自分で守れないと困るぞ」


 ユーゴは眼つきを変えた。

 冒険者は何も、宝探しだけを行っている訳ではない。

 必死の思いで探し当てた貴重品を奪っていく『冒険者狩り』を行う者も存在するのだ。

 しかし、得意げな表情をするアンリだった。


「ふん、その程度の反証では根拠不足だ。現状――――ユーゴに勝てる者がいたとして、そんな奴に立ち向かって勝てるほど私は強くない。むしろゴミ以下と言える」

「自分の弱さを自信満々に誇るなよ」

「誇るとも。私は弱い。それでいい。だから、ユーゴの背に隠れられる」

「何が良いんだか……」


 ユーゴは外套を被りなおした。

 強酸蟻が出現するというのなら、義手のユーゴはともかく、背負っているアンリに触れさせることは出来ない。

 しっかりと準備したところで、背中から声をかけられた。


「……その心遣い。私をおかしくさせるには充分すぎるのだがね。せめて気のない振りでもしてくれれば助かる」

「我慢しろよ。危ないんだから」

「では、これくらいにしておいてやろうかね」


 アンリがそう言った後で、彼は首筋に舌を這わされた。


「んなっ!」


 驚きと怖気が一緒になったことで、ユーゴは飛び出してしまっていた。

 バランスを崩した状態で、縦穴に飛び込んだ。

 真っ暗で何も見えない中、風だけが全身を叩きつけていく。


「うおおぉぉぉぉぉぉ――――」

「右手!」


 いきなりアンリが叫ぶ。

 ユーゴは自分の右手を引いた。わずかに指先が穴壁に触れ、火花を散らす。


「あ、ぶなかったぁ」

「私が言う通りにしろ。せっかく改造した四肢がもぎ取れるぞ」

「わかった。聞こう」


 相変わらずユーゴには暗闇を落下していく感覚しか無いが、アンリには何かが見えているらしかった。


「左足を直角に曲げろ――――左手を前に――――右手で左肩を抱き――――ぷっ、変な恰好だな」

「誰の所為だと思ってんだよ!」

「そろそろ着地だ。無駄口を叩くな」

「こいつ……」


 唸りをあげて過ぎ去っていく壁が、いきなり途切れる。

 ぼんやりと明るい巨大な空間に飛び出た瞬間、すぐそこに地面が待っていた。


「噴射――――っ」


 ユーゴの落下速度を相殺するように、彼の足から圧縮空気が噴き出した。

 土や埃を巻き上げて、暴風が荒れ狂う。


 二本の足で超人的なバランスを取りながら、二人はどうにか地面に触れた。

 ただし、殺しきれなかった勢いの所為で、結構な距離を盛大に転がっていた。


「ぶはっ」


 顔に被さっていた外套を跳ねのけ、彼は周囲を見回す。

 遺跡の殆どに存在する灯水晶のおかげか、暖色光でうっすらと壁面が見えた。

 大きな怪我もなく着地出来たことを再確認しながら、ユーゴは思った。


「これはアレだな。歩いて洞窟を抜ける方が、時間が掛かっても何倍かマシだな」

「その意見には同意だが、おかしいな」

「何が?」

「強酸蟻が居なかった、と思ったのでね」

「まあ確かに――――ん?」


 不審な点に思いを馳せる間もなく、ユーゴは洞窟の奥側を見た。

 硬質な足音を二人分響かせて、ゆっくりとカンテラの灯りが近づいてくる。


 相手もユーゴたちの存在に気づいているのか、真っ直ぐこちらに向かってきていた。

 輪郭が見えてくると、相手は冒険者だとわかる。


 穂先の長い長槍を持ち、詰まらなさそうに歩く黒髪の女戦士。

 それと、少々痩せぎすの荷物持ちにされている青年だった。

 青年の方が、おぼつかない足取りでユーゴたちに近づいて来る。


「あー、どうも。ところで水持ってない?」


 彼の言葉に、背負われていたアンリが応えた。


「情報と交換なら渡そう。どこまで未踏破地帯を進んだのかね」

「ちょっとそこまで、だな。道案内が必要なら地図も書くぜ?」


 顔色の悪い青年が、どこか厭世気味に笑う。

 眠そうな半眼で、体力も無さそうな青年ではあるが――――無傷で無踏破地帯にいることを考えれば、素直に見たままを信じる訳にはいかない。


 もしも彼が見たままなら、その背後で欠伸を噛み殺している女戦士が並外れているのだろう。


 どちらにせよ油断できない、とアンリが思っている傍で、ユーゴは懐から水の入った革袋を取り出して渡していた。


「ほら、ゆっくり飲むんだ。口を湿らせるように、ゆっくりな」

「わかってるさ、すまないな。ん、んぐ――――ごくごくごくごくっ」


 青年は口を湿らせている途中で、欲望に負けて一気に水を飲み干した。

 革袋を持ち上げて、垂れる水の一滴まで逃さまいとしていた。

 その様子を呆れながら眺めていたアンリが、視線をユーゴに向けた。


「何か言いたいことはあるかね?」

「特に何も無いな。……あと、あの女戦士は強いぞ。俺よりも、な」


 ユーゴは平然とした顔で、そう告げた。

 アンリが片眉を上げて応える。


「逃げられるだろうか」

「難しいな。まあ、あちらさんもすぐに仕掛けて来る気配は無さそうだけど」


 彼は腕組みをして、離れた場所で興味なさ気に地面を見つめている女戦士を意識の端に捉えていた。

 すると、青年がいきなりユーゴに飛びついてきて、手を握ってきた。


「いやー、生き返ったぜ! 助かったよ」

「困ったときはお互い様だからな」


 ユーゴは頷いて、青年の手を握り返した。

 少しだけ、戦友だった者たちに金を借りに行ったことを思い出したのだった。


 そこで、青年が笑う。


「会えてよかったよ。なあ、元魔王で元人間の、ユーゴ・ウッドゲイトさん」


 表情を寸分も変えずに、その青年は、嗤っていた。


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